第17話 ムダヅキなき改革【STAGE 特設闘技場】


「懲りない男ねぇ」


 少年マンガよろしく猛スピードで分身の術?

 確かに凄いけど私にはまったくの無意味よ。



「ほざけ! この動きを捉えられるものか」



 ザワ… ザワ…

  ザワ… ザワ…

――すげぇ!

――速すぎて身体が幾つにも見えるぞ!

――オレはタクマさんを信じてた!

――この速さならあのガキも……



 タクマの分身にギャラリーが騒然としているわ。


 まあまあ速いわね。

 残像で何人もタクマが存在するかのよう。


 でもね体は一つなのよ!


 私は時計回りに動くタクマの機を捉えると重心を残しながら体を左に振る。すると、タクマが釣られて僅かに周回する円形の中心点が私の方へずれた。


 その瞬間にススイッと摺り足で前進すれば、あ~ら不思議。私とタクマが一瞬にして交差する。

 そのすれ違いざまに掌底で足を掬うと自分の勢いもあってタクマが宙を舞った。



「どわわわわ!」



 勢いがあり過ぎたのがよかったようで、タクマは空中で体勢を立て直すと何とか着地に成功。



「何故だ! どうして今の動きを捉えられるんだ!」

「無駄無駄無駄無駄ァ――ッ! 速く動いたところで意味がないのよ。それに……」



 私はタクマの周りをぐるぐると猛スピードで走る。



「その程度なら私にもできるわ!」

「バ、バカな……俺より速いだと!」



 令嬢流魔闘衣術は筋肉を増量することなく身体を強化する。


 つまり質量をそのままにパワーアップしている私は車体をオールアルミで軽量化して大出力のエンジンを積んだホンダNSXのようなもの。


 本当は筋肉をムキムキにつけたいんだけど、まだ幼女の私には筋トレは早いので今の私はぷよぷよ。だけど、それが却ってこのスピードを生み出しているのよ。


 全身に魔力を通し強化された私のトップスピードははっきり言って人の域を超えている。タクマが分身を5つ作ったなら私は10は作れるわ。



「技術で劣るあんたが身体能力でも劣っていれば、もはや勝ち目はないわよね」

「くッ!」

「それに……」


 私は急停止すると舌打ちするタクマに背を向け、近くの壁に打突を繰り出す。



 ドガァァァン!!!



「令嬢流魔闘衣術・ガントレット」



 破壊した壁の前で静かに技名を呟く――決まったわ……

『やっぱりその名前なんとかなりませんか?』



 ザワ… ザワ…

  ザワ… ザワ…

――なんて破壊力だ!

――この領地の幼女は戦術級魔法並みの攻撃力を持っているのか!?

――可愛いナリしてあのガキは化け物か!?

――あんなのまともに食らったら1発ミンチだ



「さてタクマ。もう降参する?」

「あ、当たらなければどうということはない!」


『この方も赤色で性能3倍になれればいいのですが』

 赤い色が性能を引き上げるなんて仮面の男の幻想よ!


「降参しないなら仕方がないわ」


 私は再びタクマを中心にぐるぐると猛スピードで周回する。


「私とてミスリル級の冒険者だ! 無駄死にはしない!」


 そう叫ぶやタクマの目がカッと見開かれ、どうやら私の動きを捉え始めたようだ。



「見えるぞ! 私にも敵が見える!!!」



『ホントに覚醒した! この方、自分の目に魔力を通して動体視力を上げていますよ!』

 そんな使い方もあったのね。

 ふふふ、これは良い収穫よ。

 令嬢流魔闘衣術の幅が広がるわ。


『たぶん無意識にやっているのでしょうが大した才能です』

 こいつも良い拾い物ね。

 鍛え上げて私の実験だぃ……じゃない、モルモッ……もとい修行の相手をしてもらいましょう。


『貴女ホントに鬼畜ですね』

 世界を実験場にしているお前が言うな!



「お前の動きが見えるなら、この戦いは対等!」


 タクマは私に対して正眼に木刀を構える。


「見える? 対等?

 私は貴方ほど急ぎすぎもしなければ、速度に期待もしちゃいない」



 こいつバカね。

 嘲笑わらっちゃうわ。

『貴女ホントにヒロインですか……あっ、悪役令嬢でした』



「だけどそうね……折角だから」



 さらに加速の倍満8000オールよ!

「ここからが本当の絶望だ」


「バカな! これ以上スピードが上がるだと!!!」

「WRYYYYYYYYーーーッ!」



 いつものような華麗な足運びをやめて、タクマに乱雑な動きで襲い掛かる。


 技術で圧倒してもよかったのだけれでね。

 今回は圧倒的な力の差を見せつけてやるのよ!

 自分の得意分野で打ちのめされる気分はどんなものかしら(笑)

『ホントに無慈悲ですね』



「くっ! まだだ! まだ終わらんよ!」



 タクマも負けじとスピードを上げて走り出したけど……



「くそっ! 追いつけねぇ!!!」



 私とでは全く勝負になるわけないじゃない。

 何故なら……



てるのよ! タクマ―ッ!!」

『貴女は人として霊長類最強を目指していたのでは?』


「くおぉぉぉ!」

 私のスピードに食らいつこうと必死の形相で走るタクマ。


 しかし、私を包み込む魔力が体に浸透し、身体能力をどんどん向上させていく私には到底及ぶはずもない。



「一年前に令嬢流魔闘衣術を完成させたが、これ程までに絶好調の晴れ晴れとした気分はなかったなぁ! 全身を駆け巡る魔力は本当に良く馴染む!」


 サイコーの気分よ!

『走り過ぎてランナーズハイになってませんか?』



「最高に『ハイ!』ってやつだアアアアアアハハハハハハハハハハーッ!」



 必死の形相で走るタクマ

 くすくす、どんなに頑張っても簡単に背後とれちゃうわよ。



「死ぬしかないなタクマ・ジュダーッ!」

「それが『最速トップスピード』かッ!こい―っ!」



 タクマの全身全霊全力のスピードを以て繰り出す無数の鋭い突き!



「オラオラオラオラオラオラオラオラ―ッ!!!」



 だけど……



「遅過ぎ!無駄 無駄 無駄 無駄 無駄 無駄 無駄 無駄 無駄」

『貴女はどこぞの吸血鬼ですか!?』



 それらの突きをひょいひょいとことごとく躱す。



「何故だ! 何故あたらん!」


「もともと技術が上の私にスピードでも負けているのに、あんたの攻撃が当たるわけないでしょうに。逆に私の攻撃はいつでも、幾らでも当たられるわ……

 そこで問題だ!この絶望的状況でどうやって私の攻撃をかわすか?

 3択―ひとつだけ選びなさい

 答え①ハンサムのタクマ・ジュダーは突如反撃のアイデアがひらめく

 答え②仲間がきて助けてくれる

 答え③かわせない。現実は非情である。


 冒険者のあんたが選びたいのは答え②でしょうが、1対1タイマンに仲間の助けは期待できないわよね!」


「グッ、クッ! い……いち?」

「ぶっぶー! 都合よくアイディアが浮かぶくらいなら、最初からもっと上手く立ち回んなさい!

 答え―③ 答え③ 答え③かわせない。現実は非情である!」



 私は苦し紛れにタクマが振るった剣を易々と躱して懐に飛び込むと腹部に掌底を叩き込んだ。



「ぐぼぉは!」



 私の打撃をもろに食らったタクマは変な声を上げて倒れ伏した。

 ぴくりとも動かなくなったタクマをちょんちょんと足蹴にしたが、全く反応がない。



「生きてる~?」


 へんじがない。

 ただの しかばね のようだ。

『死んではいませんよ』


 最大限の手加減はしたのに。

『当然です。貴女が全力で打ち込んだら、この男の上半身と下半身が永久に別たれてしまいますよ!』


 判定員レフェリーを押し付けられた鋼級冒険者のボルナルフ君が微動だにしないタクマの状態を確認していたが、直ぐに立ち上がると頭上で両腕を交差させた。



「タクマ・ジュダーのノックアウト! 幼女……じゃなかったカレリンの勝利!」



 ボルナルフ君は私の勝利宣言をすると大声で担架を持ってくるように指示をだしていた。

 まあ、死にはしないでしょう。


 こうして冒険者なりたての木級幼女ルーキーの私に完膚なきまで叩き潰されたタクマはロリコンの汚名も着せられて世間の荒波に耐える試練が与えられたのであった。

『何という非情!』


 一方の私はザコに引き続きミスリル級冒険者タクマも葬ったため、その時に見学していた周囲の冒険者からは恐れられて、腫れ物を扱うが如く距離を取られた。

『まあ、幼女相手にちょっかいかけて痛い目はみたくないですよね。あまりにリスクが大き過ぎます』


 そうして冒険者どもが私の対処に手をこまねいているうちに、私の可愛さと強さにメロメロになった受付嬢うらぼすセレーナさんと結託した。こうして武力のカレリン、知力のセレーナという最悪のタッグがアレクサンドール冒険者支部の影の支配者フィクサーとして君臨した。


 もはや私とセレーナさんに逆らえるものはなし!

 このギルドは完全に私が掌握しぎゅうじった。

『何という非道!』

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