第16話 がけっぷち高スピード裏闘技場列伝【STAGE 特設闘技場】


『ギルド特設の闘技場で向かい合う2人。


 あ~かこぉ~なぁ~

 身長176cm、体重69kg。

 タクマ・ジュダー!

 18歳の若さでありながらミスリル級に昇格した新進気鋭の凄腕冒険者(攻略対象の1人)!

 あまりの敏捷性から誰もその動きを捉えることあたわず!

 ついた二つ名は~『スピードスター』!!』


 えッ!? このとっぽいあんちゃん二つ名があるの?

 いいなー。私もほしー。


『あ~おこぉ~なぁ~

 対する挑戦者は……「えッ! 私が挑戦者なの!?」

 身長125cm、体重24kg。「あんた! いつの間に私の体重を!!!」

 カレリン・アレクサンドール!

 若干8歳のまごうことなき真正の幼女!』


 なにその紹介は!?

 まあ美幼女は認めるけどさぁ。


『自分で言うな!……こほん。

 その常識外れな言動と霊長類最強にしか興味の無い青天井のアホさは止まるところを知らず、他の追随を許さない!

 呆れた私がつけた二つ名は『脳筋非常識アホ娘』!!』


 えーッ、ポンコツがつけたのぉ?

 しかも何その昭和臭漂う二つ名?

 あんた歳がバレるわよ。

『黙れ女神を崇めぬ不届き者めッ!』


 まあいいわ。私にはまだ戦績じっせきがないから二つ名が無いのも無理なし。これから目の前の優男をぶっ潰して周りに私の実力を思い知らせてやりましょう。


 ふっふっふっ!

 ミスリル級に昇格して粋がっているようだけど、こいつに世間の厳しさってもんを教えてあげるわ!

『貴女に関わるとみんなドン底に落とされそうです』


 堕ちればまた這い上がってくればいいだけのこと!

『どこのアント兄さんですか!』


 まあ、這い上がってきても、すぐにドン底に叩き堕としてやるけどね。

『鬼ですか貴女は!』



 私に地獄へ案内される犠牲者タクマは手にした木刀で肩をトントンと軽く叩いた。


 さすがにさっきのザコとはレベルが違い、多少はできるようで自然体ね。



「で、嬢ちゃんの得物は何にするんだ?」

「私はこれでいいわ」


 私は握った拳を突き出す。

 冒険者殺すにや刃物は要らぬ、拳が2つもあればいい。


「素手だと! ナメるのもいい加減にしろよ! 泣かすぞ!」

「舐めるだなんて汚らしい……そういうご趣味があるのかしら?」

「こんガキャァ! 調子に乗ってん……」

「いやぁぁぁ! この人、私に舐めなきゃ泣かすって脅すのぉ」



 ザワ… ザワ…

  ザワ… ザワ…

――え!? 幼女相手に?

――タクマさんって変態?

――マジ引くわー。

――尊敬してたのに幻滅だぜぇ。



「お、おい! 俺にそんな趣味は……」


 ニヤリ――

 こいつも私の術中ね。

『相変わらず汚い……』


「このガキ、謀ったなクソガキ!」

「くっくっくっくっ陰口を叩かれながら世間の荒波に揉まれるといいわ!」

『どこまでエゲツないんですか!』


 神経戦は私の勝利ね。

『それでもヒロインですか』

 私は悪役令嬢ヒールよ。

『……そうでした』


「このガキッ! もう勘弁ならねぇ! 絶対ぶっ潰す!」



 こんな程度で頭に血が上るなんて、このタクマって男もまだまだね。

『ふつー怒ると思いますよ?』



 戦いでは冷静でいられない奴から死ぬのよ。

 指でクイクイとかかってこいジェスチャーでさらに煽る。

『貴女という人は……』



「貴方はこの狭いギルドで登り詰めて調子に乗っているようだけど、世の中は広いってこと教えてあげるわ」

「それはこっちのセリフだろぉーが!」

『8歳児が大人に言うセリフでもないですね。立場があべこべです』



「それでは始め!」


 判定員レフェリーを押し付けられた鋼級冒険者のボルナルフ君が挙上した腕を勢いよく振り下ろした。



「もうてめーは冒険者にはなれねぇ……」


 えッ!?

 どうして?


「その理由は……

 たったひとつだぜ……クソガキ……

 たったひとつの単純シンプルな答えだ……」



「てめーはおれを怒らせた」



 言うが早いか、タクマが一直線に向かってきて木刀を振るった。

 その軌道は地面スレスレ。

 私の足を掬い上げるつもりね。


 狙いは悪くない。


 だけど……



「どわ!」



 ざぁ~んねん。

 盛大に転んだのはタクマの方。


「いったい何が?」


 タクマはわけがわからず、尻餅をついたまま茫然とする。

 周囲の冒険者ギャラリーも何が起きたか分からず騒めく。


 それほど大した事ではないんだけどね。


 ただ私は右足を斜め前方に大きく踏み出し左足を素早く後ろに引いただけ。

 これだけで、タクマの左からきた木刀を躱し側面をとったのよ。


 その後に魔力で強化した足を引っ掛けてタクマを転がしたの。

『反三才歩で木刀をかわして、三才歩で足を払ったのですか。見事です』

 さすがオタク女神。よく知っているわね。



「令嬢流魔闘衣術・グリーブ」



 やはり、技をかけた後に技名を呟く。

 これぞタイマンの醍醐味!

『その厨二臭プンプンの名前はどうにかならないのですか?』


 なんてこと言うの駄女神!

 この名前はメイヤー先生と三日三晩……

『それはもういいです』


 なんて塩対応! 私達の産みの苦しみも知らず!

 男の人っていつもそうですね……!

 女をなんだと思ってるんですか!?

『いや私って女神だし、なんなら世界産んでますし』


 何よ!

 産みっぱなしのネグレクトのくせに!

 まるで無計画に女を孕ませる最低男よね!

『あながち間違いでないのが癪に触りますね』



「貴様、いったい何をした!」



 立ち上がったタクマは、今度は油断なく構えて私と対峙する。



「この程度のことも分からないなんてね」



 やれやれと肩をすくめて首を振る。

『貴女ホントに挑発しますよね』


「あんたは確かに速く、太刀筋は鋭い。そのスピードで今までやって来れたのでしょうけど、足運びは直線的、剣の振りも単調。話にならないわ」


「それならこれでどうだ!」



 タクマはいったん距離を取ると、ジグザグに体を振りながら私に向かってくる。


 速い!



「俺はミスリル級冒険者……ザッコとは違うのだよ、ザッコとは!!」



『かなりのスピードです。さすがスピードスターの異名は伊達ではありませんね。人間の限界ギリギリといったいところですか』

 ま、意味はないけどね。


 私はタクマの動きの機を捉えると、自分からタクマへと近づく。

 もっともタクマから見れば一瞬にして懐に入られたように感じたでしょうね。


 そして、横への移動と捻りの動作で半身になれば瞬時に側面を取れる!

『同じことの繰り返しですね』


 タクマは私の足に引っかかり、勢い良く顔面スライディングして行った。いい男も台無しね。



 ザワ… ザワ…

  ザワ… ザワ…

――あのタクマさんが!

――ミスリルが手も足も出ないのか?

――アレクサンドールの幼女はバケモノか!?



「あんた馬鹿なの?」

「なんだと!?」


 何を驚いているの?


「左右に体振ったって、足運びが無茶苦茶じゃ直線的な攻撃とさして変わらないわよ。ジグザグに体を振る分だけ動きに無駄ができるのよ」

「くそッ! それなら……」



 タクマは私の周囲を猛スピードでぐるぐると周りだした。

『先程よりも更にスピードアップしてきましたか』



 それは先ほどまでとは比較にならないスピードで、驚くべきことにタクマの残像が幾つも生まれたの!!!

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