第11話 嵐を呼ぶ師弟【STAGE 屋敷】


『さて乳母虐待事件から1年が経ちましたのでカレリンも6歳になっているはずです。あの子は元気にやっているでしょうか?』

「乳母虐待って何よ! 人聞きの悪い」


 全く、いつも突然やってきて……この駄女神!


『あら、元気そうですね』

「お陰様でね」


『ちなみに私の声は他の人には聞こえませんから声を出して応対すると独り言の激しい頭のおかしな人になりますよ?』

「それを先に言いなさい!」


 道理で使用人たちが私をじろじろ見るはずだわ。


『それで貴女は何を読んでいるのです?』

 ちょっと勝手に覗かないで!


『えーとなになに? ザービ・ド・ズール著『肉体強化魔法論』?』

 ふふふっ、熱い本よ。

 魔力を魔法として使用せずに筋肉へと変換して物理で闘う戦闘魔法の解説書!


『この世界は魔法が発達していて魔法優位ですよ?』

 だから何よ?


『わざわざ物理力に変換するのは効率が悪いのですが?』

 何言ってんの。ザービ・ド・ズールは魔法師として優秀な兄に「闘いは筋肉パワーだよ兄貴!」と伝えた名言が残ってるじゃない。


『その後、彼は放射系の魔法に敗れて逃げ帰ってきますよ?』

 うっさい駄女神ねぇ。いずれ私が物理が最強だと証明してあげるわ。



――バンッ!



 いきなり扉が勢いよく開く。

 

 また来た……

 乱入してきたのは1人のひっつめ髪の女性。


「お嬢様! またそのような書籍をお読みになって!」


『この方は?……(8歳で家庭教師になるはずでは?)』

 ああ、この人?

 メイヤー・ロッテンさんよ。


 乳母がいなくなったので両親が代わりに教育係として私に付けたのよ。

『(やはり2年前倒しに……ナニーの件でこの方にも影響が出たのですね)随分とお怒りのようですが』

 いい人なんだけど口喧くちやかましくて。



「メイヤー先生に言われた通りに魔法の勉強してるわ」

「魔法と言ってもズール先生の『肉体強化魔法論』ではないですか! なんでもっとまともな魔法を学ばないのです!」


 始まった……


 メイヤー先生はいい人だけどとても真面目なのが玉に瑕よね。

『いい人なんですか?(おかしい。メイヤーは将来カレリンへの恨みから復讐鬼となって……あっ! カレリンが追放しないから未来が変わった?)』



「ザービ・ド・ズール先生は現ダイクン王立魔法学園の学園長でしょう? 先生だってつい先日まで学園で先生の薫陶を受けてたじゃない」

「屁理屈はおやめください! ズール先生云々ではなく『肉体強化魔法』がまともではないのです!


 言っちゃったよ、この人。

(自分の恩師の書籍なんですけどねぇ)


「だいたいアレクサンドール侯爵のご令嬢がどうしてそんな魔法を覚えようとなさるのです?」

「それは……魔獣退治のため?」

「なんで魔獣退治するんですかぁ!」


 うるさいなぁ。

『まともな思考だと思いますが』



「いやぁ、近い将来冒険者ギルドに登録しようと思いまして……」

「侯爵令嬢のお嬢様が冒険者になる必要はありません!」

「えー」



 あ、先生のコメカミに青筋が……

『当たり前でしょう』



「メイヤー先生、そんなに青筋立てたらせっかくの美人が台無しですよ」

『その忠告は逆効果でしょう……ほら』


「――ッどうしてなんですか!」



 泣き出しちゃった。

『泣かせましたね』


 えっ!?

 私のせい?

『貴女のせい以外になんだと?』



「うわーん! お嬢様は美人でスタイルも所作も抜群で、頭も良ければ魔力だってかなり高いのに……えっぐえっぐ……やれば出来る子なのに……ヒックヒック……」

「いやぁ、人には向き不向きがあるでしょ?」


「お嬢様はスペック激高なんですよ!絶対に令嬢の中の令嬢になれるのに!」

「私がなりたいのは『霊長類最強』でして」


 別に最高の令嬢なんてどーでもいいのよね。

『貴女という人は……』


「目指すのは令嬢類最高にしてください!」

「うまい! 一本!」



『馬鹿ですか!?』

 何よぉ!

 場を和ませようとしただけでしょう。

『それは火に火薬くべてるだけです』



「お嬢様……このままでは私はクビになってしまいます!」

「えっ!? そうなの?」

『(まずいですね。これもゲーム補正ですか?理由はバカらしいですが、カレリンが原因でクビになるのは同じになってしまいます。理由はアホっぽいですが)』


「お嬢様は能力が非常に高いのは誰の目から見ても明らかなんです!だから侯爵様も奥様も期待が大きいのです!これで教育失敗したら教師の私のせい以外ないではありませんか」

「メイヤー先生のせいと言うより、私が興味ないことに全力尽くせないだけなんですけど……」


「どうしたら興味を持っていただけるのです」

「うーん……『霊長類最強』になれるなら?」



『この脳筋アホは処置なしですね』

 何よ!私だって努力はしてるのよ!


『スペックは異常に高いのに無駄遣いで残念な娘です』

 私と佳緒里ねぇを間違えたポンコツに言われたくないわよ!



「私はお嬢様に賭けているのです!」

「はい?」

『何です?』


「一目お嬢様を見て私は確信したのです……この方が私の運命だと」

「それは先生の気の迷いかと……」


「いいえ! その美貌、その知力、その魔力、どれをとっても超一流の素材!」

「それは先生の勘違いかと……」


『そうですねぇ。気力体力時の運命の間違いでは』

 どこのクイズ番組よ!

 だいたい大型貨物自動車10tトラックに轢かれてトラ転した女のどこが運いいのよ?

『あれは轢かれたのではなく貴女が突っ込んだんでしょ!』



「私はお嬢様を超一流の侯爵令嬢『レディ・ザ・レディ』として世の乱れた令嬢たちを健全な令嬢へと回帰させる超越存在になっていただきたいのです!」

「それどこの東方不敗!?」

『この女いっちゃってますねぇ』


「だから私はお嬢様に……カレリン様に一生を捧げる覚悟をしたのに!」

「重い! 重い! メイヤー先生の想いが重すぎ!」


「私は生涯カレリン様のお側から離れぬと申し伝えて婚約者と別れてきましたのに!」

「それは早まり過ぎ!!!」

『(婚約破棄されるのではなく婚約破棄してきましたか……一応メイヤーは婚約者と別れていますね。これも補正なのでしょうか?)』


「お嬢様は私の希望! 私の光! 私の全て!――ああッ! 女神様!!!」

「重すぎるからやめてぇ!」

『女神は私なんですが』




『その後、メイヤー女史の努力とカレリンの持ち前の集中力、悪役令嬢のスペックも手伝って、彼女もそれなりに貴族令嬢らしくなりました。しかし、魔法至上のこの世界でカレリンは魔法の習熟が余りにも壊滅的。結局メイヤー女史はクビを言い渡されたのでした……』




 K.O.?



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