第43話 模久藍朱への挑発
画面いっぱいに映し出された紙は紛れもなく婚姻届。
すべての欄が記入されているが、『妻になる人』の欄にはモザイクがかけられており、住所も名前もわからないようになっている。
彼女の言によれば、それは単なる『写し』であり、本物はすでに役所に提出済み。
4人が長らく求め続けた『嫁』のポジションは、誰とも知れないボンテージ女にあっさりと奪われたという。
しかし、絶望の淵に落された4人を、さらに深い絶望に落とすべく、動画は続いていく。
*****
う............嘘......だよ......。チカが......チカが............!
そんなわけないよね? チカは藍朱のお婿さんになるんでしょ!?
そんな偽物の婚姻届なんて......。
論理的に誤りを指摘してやりたいのに、頭は回らない。
ぼーっと見続けている画面は藍朱が何をするわけでなくとも勝手に進んでいく。
<あとねー、これ見てこれ見て、結婚指輪! 旦那さまが選んでくれたんだ〜。ウチはいいって言ったんだけど、ちかちゃんがどうしても一番ウチに似合うやつを贈りたいって言ってくれてね? ほらこれ。ピンクゴールドのリングだけでも可愛いし、ここのダイヤも可愛くない!? ほーら、ちかちゃんのも見せて見せて!>
ゆ......指輪......。
ほん......もの......の......。
藍朱がもらったオモチャの指輪とは、わけが違う。
藍朱が、十年以上も大事に大事に宝物として持ってたコレとは、輝きが、違う......。
女が画面に左手の甲を近づけてチカとおそろいアピールをしながら見せつけてきているリングは、黒の光沢のあるボンテージ姿には正直似合わない可愛らしいデザイン。
婚約指輪ならともかく、結婚指輪というには信じられないくらい大きいダイヤが並んで輝いてる。
動画の前で呆然とする4人は、それぞれが
それゆえに、全員その指輪の意匠を見ただけでハイブランドのリングであることにすぐ気づいてしまう。
女の背後にいる知火牙も照れつつも一切否定しないあたり、女の言葉もすべてが本物だと信じられてしまう。
婚姻届だけでなく、知火牙の隣にいる権利の象徴を見せつけられ、4人ともに絶望感が深まる。
<あ、そうだ。こっちは婚約指輪! お値段は内緒だけどね〜。家が建つよ! ほら、すっごい豪華じゃない!? 旦那さまってば、ものすごく張り切ってくれちゃってね。オーダーメイドで作ってくれたの!>
婚約指輪として指輪箱を開けながら見せつけてきたのは、プラチナのリングの中央に赤いダイヤモンドのセンターストーン、それを囲むように大粒のダイヤがバラの花状に配置されたリング。
華美すぎていっそ下品に見えてしまうレベルのソレは、誰が見ても高そうで。
さっきの結婚指輪よりは黒いボンテージに似合うデザインにも思える。
いずれにしてもSMプレイみたいなことをするようなシチュエーションには相応しくない。
そんな些末なことは、4人にはもはや関係ないが。
中でも
「あ、藍朱............」
「あ、あれ? なにこれ、おかしいな。あんなニセモノの指輪なんて、藍朱の大事なコレには敵いっこないに決まってるのに......。なんで藍朱、泣いてるんだろ? この女が哀れ過ぎるから可哀想で泣けてきちゃったのかな......?」
「
「藍朱ちゃん......。そう、だよね」
知火牙との絆の証として、命と同じかそれ以上に大事にしていた。
知火牙もそのことをわかっているからか、ネックレスやピアスはみんなに買ってくれるのに、リングだけは買わなかった。
そんな知火牙が贈ったという素敵なデザインの結婚指輪と豪華絢爛な婚約指輪。
いくら思い出が詰まっているとはいえ、おもちゃのそれとは比べるべくもない本物の人生のパートナーの証。
藍朱の表情に浮かぶのは、怒りでも悔しさでもなく、口を半開きにしたままただただ呆けて涙を流すだけの、敗者の色。
そんな表情に、いつもなら煽るような言動をする他の3人も、多くを語ることができず口ごもる。
藍朱を筆頭に、絶望の底に叩き落されたかと思った4人に、動画がさらに追い打ちをかける。
<それからー、ウチ、ちかちゃんの赤ちゃん身ごもったんだよ〜。ま、すぐに堕ろしちゃったけどね〜>
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