第44話 鎚玲有への挑発

<それからー、ウチ、ちかちゃんの赤ちゃん身ごもったんだよ〜。ま、すぐに堕ろしちゃったけどね〜>



 なっ!?

 この女もちーくんの赤ちゃんを......!?


 ............けど、せっかく孕めたのに、わざわざ堕ろした......?

 どういうつもりなの......?


<あー、もしかしたら「せっかくちかちゃんの子を妊娠したのになんで堕ろしたんだろ?」とかって思ってる子もいるかな? それはねー、もちろん、ウチはちかちゃんの赤ちゃんなんていらないからだよっ。ウチはちかちゃんと永遠に2人っきりで過ごせればそれがいいの。赤ちゃんなんて産んじゃったら2人の時間が失われちゃうでしょ?>



 ......確かにこの女の言いたいこともわからないわけじゃない。

 私だってそのことを気にしなかったわけじゃないし。


 けど、それでもちーくんとの愛の結晶を形として残してちーくんの人生を縛り付けられることと天秤にかければ、赤ちゃんを産むメリットが勝つって判断したんだよ。

 この人はその天秤が、ちーくんと2人で過ごすことに傾いたってこと、なのかな。




 玲有れいあは、女の言葉に自分だけの優位性を崩されてショックを受けつつも、その行動自体には納得しなくもない複雑な心境に陥っていた。


 そんなとりとめのない思考を引きずってぼんやりと画面を眺めていると、ふと女の表情が変わる。

 目は獰猛な獣のような鋭さで、口元は三日月のように歪みわずかにヨダレを垂らしている。


 明らかに正常な状態ではないことは明らか。

 だが、それよりも尋常でない様相を呈しているのは......。


<............**さま......ごめんなさいっ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。僕のせいで......>



 ち、ちーくん?

 いつも強気なあのちーくんがここまで弱々しく、女のつま先に頬をこすりつけて土下座しているなんて、私は夢でも見てるの!?

 やっぱりこんな映像はフェイク......? ちーくんがこんなことするわけない......。


 フェイクではないことは直感的に理解しつつも、現実逃避をやめられない玲有。

 そんな彼女を放置して、動画はさらに進む。



=====


「ちかちゃん、ちゃんと反省できて偉いね。でもさ、ウチは赤ちゃんほしくないって言ってたのに、どうしてデキちゃったんだっけ?」


「え、あ、う......そ、それは......」


「ねぇ、どうしてなんだっけ?」


「そ、れは......**さまの身体があまりにも気持ちよすぎて僕が我慢できなかったから......です」


「そうだね、ちかちゃんが理性を失って、ウチがダメだって言っても何度も中でイッちゃったからだね」


「はい......ごめんなさい。で、でも僕が「せめてゴムをつけさせてください」ってお願いしても許してくれなかったのは**さまで......」


「は? 何ちかちゃん、ウチが孕んだの、ウチのせいだって言いたいわけ?」


「そ、そういうわけじゃないですけど......」


「ちかちゃんが今言ったのはそういう意味に聞こえるんだけど? なに、責任逃れしたいの? ウチは堕胎手術までしたんだよ? ちかちゃん・・・・・のせいで・・・・ね? そこのところ、もっかいわかっといたほうがいいんじゃないかな? あの日、ウチに誓ったことは嘘? 人生全部ウチに捧げますって泣いて謝ってたこと、忘れちゃった?」


「わ、忘れる訳ありません! ごめんなさい、口答えしようとした僕が間違ってました!」


「うんうん、そーだよね。ちかちゃんは何してても間違うんだから、チョーシに乗っちゃ、ダメだよ? ちかちゃんはダメな子なの。しっかり自覚して?」


「はい......」


「わかったらウチの足を舐めながら、自分でシてみて。いつもみたいに、ウチに忠誠の証を見せて?」


「え......でも、今ってビデオ回してるんじゃ......?」


「あれ、ちかちゃん、ウチの命令が聞けない? さっき言ったことも忘れちゃうほどおバカさんになっちゃった?」


「い、いえ......。では......お御足失礼します......」


=====



 う、嘘だ。ち、ちーくんが、自分でシてる・・・・・・......?

 目の前に女がいるのに......人が見てるのに......自分で慰めてる......。


 私たちと一緒のときは絶対にシなかったのに......。

 私たちには毎日毎日自分でさせてたのに、「漢たるもの女性の前で自慰はしない!」だとか豪語してた、あのちーくんが!?


 涙を流しながら、美味しそうに、嬉しそうに女の足に舌を這わせつつ自分で......。

 しかもいつもなら、私たちのことをいじめるために1回目の発射まで30分はかけるのに、目の前の動画の中では3分くらいで1発、その後連続でもう1発。


 見たこともない蕩けた表情で情けなく喘ぎながら女の足にぶっかけるちーくんの姿は、どこにも過去の面影もない。


 それにさっきまでのちーくんと女のやり取り。


 そっか、きっとこの女がちーくんとの子どもを堕ろしたのは、単に『いらなかったから』なんかじゃないんだ。

 こうやってちーくんに責任を押し付けて、ちーくんの罪悪感を募って、そうやってちーくんの心を支配するためなんだ。


 この女は、私以上に赤ちゃんの命をただの道具としか思ってない。

 ちーくんを繋ぎ留めるためだけの使い捨ての道具だって。


 この女は......悪魔だ。

 ちーくんを堕落させる悪い魔物だ。


<あ、そーいえば、ちかちゃんのお友達・・・にも妊娠した子がいたっけ? なんでも好きな人との繋がりを作りたくって無理やり赤ちゃん身籠ったんだって〜。頭おかしーよねー。ね、ちかちゃんはどう思う?>


<あ......えっと、はい、そうですね......。頭おかしいと思います......>



 そ、そんな............。ちーくんはそんなヒドいこと思ってたの!?

 私の行動なんて、意味ないどころか悪印象を与えてた......?


 そっか......。あ、あはははは。あははははははは。


「玲有さん......。想像妊娠してたときの藍朱あいすとおんなじくらい......いや、あのとき以上に無様でダサくて惨めで滑稽だけど......これはさすがに......」


「玲有ちゃん......。意味ないってわかったんだったら、もう......堕ろしちゃったら?」



 以前に玲有の妊娠騒動があったが故に、動画内の女、桃郷凛夏もものさとりんかの妊娠・堕胎発言は、玲有以外の3人にはそこまで強いダメージを与えるほどの衝撃ではなかった。

 もちろん、平身低頭な知火牙ちかげの立ち居振る舞いや、これまで眼の前で見たことなかった知火牙の自慰行為には衝撃を受けたものの、玲有が受けたダメージに比べれば微々たるもの。


 滂沱の涙を流す玲有に、三頭衣莉守みずいりす佳音唯桜かねいおの2人は暴言を交えつつも憐憫の情を禁じえない。

 模久藍朱もくあいすは先の指輪の件で茫然自失。すでに泡を吹いて倒れて、ビクビクと痙攣している。

 次いで、この堕胎関連の話を通じて鎚玲有つちれいあもショックで崩れ落ちた。


 残された2人も、相対的にはダメージはマシだとはいえ、すでに精神的に満身創痍。

 それでもダウンした2人に代わって動画を見続ける。




<あ、そういえばアレも伝えとかないといけないよね>


<え? なんのことですか?>


<会社。ウチらが新しい会社立ち上げる準備してるとこだって話! ほら、お友達には近況をちゃんと伝えとかなきゃでしょ?>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る