第42話 婚約破棄ビデオレター

<御霊知火牙はもうそこには帰らない。心配しているかもしれないので、最後に、彼がこれから新しい幸せな人生を歩んでいくって証を送ります。同梱しているUSBに入れてる動画を見ればわかるはず。それでは、お幸せに>



 知火牙ちかげ禁断症状に襲われて頭がうまく回っていない彼女たちの脳は、メッセージカードに書かれた文章の意味を理解するのにじっくり数秒間要した。


「............これって......。知火牙じゃなくてボクたち宛......ってことだよね?」


「そ、そうみたいね。私たち宛......。この部屋に私たちが住んでることを知ってる人から......」


「そんなのあたしたち4人と知火牙くんしか知らないはずでしょ!? やっぱりみんなの中の誰か......なわけないか......」


「そうだよ佳音かねさん。藍朱あいすたちはみんなこの2ヶ月ずっと監視し合ってたんだから、なにかを送るなんてできないはずだよ」


「ってことは......第三者から............」



 知火牙が自らの意思で自分たちを捨てるなんて可能性はそもそもありえないし、メッセージカードの文面も知火牙のものではなさそう。

 したがって、やはりというか、別の第三者が知火牙に何かをしたということ。


 ヒントは手元のUSBメモリのみ。


 メッセージカードに書かれた『最後に』という言葉がそのUSBの中身を見ることに抵抗を生じさせるものの、まさか現状すがり得る唯一のヒントを放置してしまうなんてこともありえない。


 4人は恐る恐る部屋にあるPCにUSBを挿して、メッセージにかかれていた通りにあった中の動画ファイルをダブルクリックする。


 動画再生用のソフトが画面上に現れ、半分暗い画面の中央に三角形の再生ボタンが見える。

 その背後には動画の開始時点の画像が薄暗く映し出されている。


 その画像が目に飛び込んだ瞬間。それだけで4人ともビクリと身体を小さく震わせて息を呑む。





 映っていたのは、蝶のような仮面と黒いボンテージファッションに全身を包んでベッドに腰掛けてこちらを向く女性と、一切の服を着用せず、その女性の足に頬を擦り付けて、情けなく嬉しそうに涎を垂らしている男性の姿。


 動画を再生するまでもない。男性は間違いなく知火牙だった。


 みなが知る知火牙であればするはずのない漢らしさとはかけ離れた行為と、緩みきった漢らしくない表情を浮かべてはいるものの、4人が知火牙を見間違えるはずもない。


 信じられない画像に戦慄して再生ボタンを押せないまま固まってしまう4人。


 すでに大きすぎるショックを受けているが、それでも先に進むため、唯桜はなんとかマウスを動画の画面に動かし、ゆっくりとボタンを押下した。










<ちかちゃんのオトモダチ・・・・・のみなさん、こんにちは。ウチは御霊知火牙くんのお嫁さんです>



 動画は謎の女性の挨拶から始まった。


<名前は......伏せておくとしましょう。ウチらの幸せな新婚生活の拠点がバレて凸られても困っちゃうからね。本当はこのままキミたちには何も伝えずにいようかと思ってたんだけどね。なにもウチは鬼じゃない。最後にちかちゃんの幸せそうな姿くらいは見せてあげてもいいかなと思ってね。ほら、ちかちゃん? みんなにご挨拶して?>



 ボンテージ女に促されて、カメラとは別の方を向いていた裸の男性がようやくカメラの方を向く。


 彼は、やはり知火牙その人だった。

 だけどその様子は異様そのもの。


<えっと? これは何の動画なんでしょうか? 僕の友達に送るんですか? それは......恥ずかしいですね......。僕のすべては**さまに捧げたもの。できれば他の人には見せないでほしいのですが......>



 おそらく彼女の名を呼んだのであろう箇所はビープ音で誤魔化されており聞き取れない。

 そんなことよりも............。


 普段なら絶対にしない媚びるような上目遣いで、わずかに瞳を潤ませながら女々しく訴える知火牙。

 一人称すらも普段とは異なっており、もはや同一人物だと認めることにも苦労するレベルの人物が、そこに映っていた。


 そんな最愛の彼の姿に驚きすぎて、4人とも一声も上げられないまま動画は進んでいく。


<これはお別れのメッセージ動画だよ。ちかちゃんがウチの旦那さまになって、これから永遠に一緒にいることになるから、お友達にお別れメッセージを言うんだよ。旦那さまは突然いなくなってびっくりしてる子たちもいるだろうからね。旦那さまが幸せだぞーって姿を見せて安心して忘れられるようにしてあげようね? お嫁さんの命令、聞けるよね?>



 知火牙の頬に手を当てて優しく擦りながら説き伏せるボンテージ女。

 誰かに命令されることが大嫌いだったはずの知火牙は、女の手の感触を楽しむように目を細めたあと......。


<わかりました。**さまがそう言うなら......。あとでご褒美貰えますか?>


<もちろんだよ。というか、この動画の中でもご褒美あげるからね? たくさん気持ちよくなって、みんなを安心させたげよーね>


<はい......愛しています......**さま......>








 呆然と画面を眺めていた4人だったが、ボンテージ女に自ら口づけする知火牙の姿に慄く。

 唯桜はその驚きのはずみで、マウスに乗せていた指を誤って押してしまい、動画が一時中断する。


 部屋に痛いほどの沈黙が流れてしばらく。


 唯桜は、ギギギギっと錆びたブリキの人形のような動きで後ろで画面を見ているはずの3人の方を振り向く。

 青い顔をした3人に対して、特に意味もなく、回らない頭で「これって............」と呟く。


「さ、先を見よう。ちーくんがこんなことをするなんて、絶対によっぽどの事情があるはず。だからあたしたちはちーくんを見つけ出して取り戻してあげないといけないんだよ! ぐすっ......。その、ためには..................おえっ......続きを............見ないと......」



 なんとか気丈に振る舞おうと、自らに残った僅かな理性をフル稼働させて、合理的な次の一手を提案する玲有れいあではあったが、後半は堪えきれず涙と嗚咽が混ざってしまう。


 玲有の言葉に他の3人も同意して、続きを再生する。




 しばらくは2人の深い深いキスが延々と続くも、早送りしたりする気力さえ4人には残っておらず、言葉もなくキスを交換する2人の姿をただ呆然と眺めるだけ。


 やがて、ボンテージ女が「あっ、そうだ」という先程までの淫靡な空気を一変させるような明るい声をあげて、キスを中断する。

 知火牙の表情が心から寂しそうなことに、4人は血が出るほど拳を握り込む。


 その痛みでさっきまでよりも多少は意識を現実に引き戻すことができていた。

 しかし、その意識も、動画の続きですぐに手放すことになる。






<もしかしたらみんなはウチがちかちゃんのお嫁さんになったって信じられないかもしれないから、特別に見せてあげるね? ............じゃーん、婚姻届の写しでーす。ウチとちかちゃんは、法的にも夫婦になってまーす♪ だからこれからは他の女といたらただの浮気じゃなくて不倫になります! 近づいたら訴えるからね〜>

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