第41話 ハーレムと疑心暗鬼

「お前が監禁してるんだろ! 早く知火牙ちかげを返せ!」


「だからあたしじゃないって言ってるでしょ!? そういう衣莉守いりすちゃんが犯人なんじゃないの!? だからそんなに必死なフリしてるんじゃない!?」


「はぁ!? ボクなわけないでしょ!? ボクが知火牙を隠したとしたら、そのままボク自身もみんなの前から姿を消すに決まってる!」


「やっぱり私も佳音かねさんが怪しいと思う。模久もくさんも三頭みずさんも、ちーくんを連れ去るだけの力も手段もないと思うし。けど佳音さんはちーくんと同じ会社でお仕事してるわけだし、いくらでもやりようはあると思うもの」


「たしかに。ビッチさんはこの中じゃあ一番の新参者だし、たった半年しか一緒にいないからよくわからない人だし、抜け駆けする可能性は一番高いかもね。ほら、さっさと言いなよ、チカをどこにやったの?」


「だからあたしじゃないって言ってるでしょ!? ほら、あたしのところにも連絡きてないから!」


「そんなのいくらでも偽装できるでしょ。信用できないよ」


「あの日はウチら全員ベッドでくたばってたよねって話で完結したでしょうが!」


「それだって、実行を誰かに依頼すればいくらでも誤魔化せる問題だよ」


「あーもーっ、ほんとにあたしじゃないから! なんなら徹底的に調べてくれてもいいよ!?」


「..............................ほんとに唯桜いおさんじゃないんだね?」


「そう言ってるでしょ!?」


「......じゃあ、チカはどこに............」












 2週間前のこと。

 突然、知火牙との連絡が取れなくなった。


 普段は彼女たち全員のCHAIN宛に、1日のうちに何回も定期的に連絡が来るのに、2週間前の日曜日のお昼を最後に、連絡が途絶えていた。


 日曜日は知火牙の予定次第で自由行動が基本。

 問題のその日は、知火牙が1人でお出かけしてた。


 前日の夜は、4人ともヘトヘトになるまで嬲られて、ぐったりしてた。

 本当は5人みんなで買い物に行く計画をしていたものの、知火牙以外の誰も立つこともままならなかったため、1人で買い物にでかけていたのだ。


 知火牙が連絡を寄越さない。

 それは信じられないほどの異常事態であり、彼をよく知るものほど強烈な衝撃に襲われる状況だった。


「チカは......。チカは藍朱あいすたちに2週間も何も連絡しないなんて、今までなかったんだよ......。絶対に誰かに襲われたりしたんだ......」



 そう。知火牙はどれだけ忙しくても、2日以上連絡を断つことはなかった。

 彼女たちに心配をかけないようにと配慮してのこと。


 それほどマメな知火牙との連絡が完全に断絶している。


 容疑者は、いつも知火牙のそばにいる4人。

 4人とも、自分は犯人ではないことはわかっているため、それぞれにとって容疑者は3人。


 知火牙の前ではある程度猫をかぶっているとはいえ、自分以外の3人とも、他の全員を蹴落として自分だけ愛されたいと思ってることはわかってる。

 動機もしっかりある。


 疑わない理由はなかった。


 当日のアリバイはあるものの、知火牙失踪の原因や状況がわからない以上、いくらでも言い訳できる状況だけに、お互いを疑うのが最も合理的。

 それゆえ、冒頭のようなお互いの糾弾が続いていた。


「衣莉守ちゃんはストーカーなんだし、チカの服にも盗聴器つけてるんでしょ? チカの音声を聞けばわかるんじゃないの」


「だからぁ、日曜のお昼頃からGPSも盗聴器も何もかもが壊れて記録が残ってないんだって! みんなにも見せたし聞かせたろ!?」


「見たけどさぁ、そんな都合よく壊れることある? ちーくんも気づいてないんでしょ? だったらソレを壊そうとできるのは三頭さんだけなんじゃない?」


「たしかにね。いつもは執拗に知火牙くんの情報を集めてるくせにこんなときだけ見つからないなんて、おかしいもん」


「ボクじゃない! それに街に仕掛けてる監視カメラも全部壊れてたじゃないか! ボクのやつだけじゃないから!」


「それも衣莉守ちゃんがやったんじゃないの? ほんとのこと言いなよ。あたしらも鬼じゃないし、今白状するならまだ許してあげるかもよ?」


「だからボクじゃないって言ってるだろ!?」



 そのあとも、そんな無意味なやり取りは何日も続く。

 4人ともが学校も仕事も休んで、常に一緒に過ごすことでお互いの動きを常に監視し合いながら知火牙の痕跡を探す日々。


 それでも誰も特別な動きを見せないまま、2ヶ月が経った。


「知火牙............知火牙............愛してるよ............気持ちいいよ。ボク、幸せだよ......」


「チカ......そのまま藍朱にちょうだい......。あぁ......大好き......」


「ちーくん......赤ちゃん、順調に育ってるね。名前、何にしようね。え? じっくり考えてくれてるって? ふふ、一緒に考えようよぉ」







「あんたたち......。本当にみんなが犯人じゃなかったみたいだね......。けど、だったら知火牙くんはいったいどこに......」



 唯桜いお以外の全員が、知火牙と肌を重ねない時間が長すぎて頭がおかしくなりだした。


 模久藍朱もくあいす三頭衣莉守みずいりす鎚玲有つちれいあの3人は、長年、時間をかけて知火牙に調教されて完全に知火牙中毒に陥っており、強烈な禁断症状に襲われた彼女たちは知火牙の幻覚とまぐわいながら毎日ベッドの上で自分を慰めていた。


 普段から金曜日と土曜日などの全員が呼ばれる日は、知火牙は当然全員をかわいがってはくれるものの、一番最初に本体をもらって愛してもらえる方が長い時間天国を味わえるため、その順番争いには必死になる。

 そのことは知火牙もわかっており、『知火牙の独断と偏見で一番早く気持ちよさそうに自分で果てた子が1番目』というルールを設けていた。


 そのルールのせいで4人は自分で自分を開発し、知火牙を誘う術を磨くことになっていた。


 特に長い時間知火牙と一緒にすごしてきた3人は知火牙の幻覚に諭されてその業を遺憾なく発揮してしまっており、脳の侵食具合もひとしおらしい。


 幸せか不幸か、知火牙の女になってからの時間がまだ短い唯桜にとっては、知火牙と時間を共有していないことのダメージは他の3人ほど大きくなく、なんとか正気を保つことができている。できてしまっている。

 アンモニアとメスのすえた匂いが充満する部屋の中で、狂いきれずにいた。


 ただし、それもいい加減限界が近いことは本人も自覚済み。

 最近では、ふとした拍子に自分が無意識の内に知火牙の名を呼びながら致していることがある。


 他の3人が狂う直前に見せていたのと同じ症状。


「このままじゃ、知火牙くんを探せない......。どうしよう............。今ならこの子たちを振り切って知火牙くんを探しに行けるかもしれない......」



 もっと早くこの中に犯人がいないことに気づけていれば、今頃は適切な行動ができて知火牙を見つけることができていたかもしれなかったのに、多分ムダな喧嘩で2ヶ月もの時間を費やしてしまった。

 だが、自分の脳も知火牙不足であまり回らず、自分たちの間違った行動を呪うしかできない。








 ピーンポーン。


 そんな中で響いたインターホンのベル。

 他の3人は誰も気づかない、というか正気を取り戻さないため、唯桜が玄関に出る。


「はーい、どちらさまでしょうか?」


「あ、御霊さんですか? 宅配です。ここにサインお願いしまーす」



 よく見る緑の作業服を着た配達員が、小さな包装された荷物を持って訪れてきていた。

 伝票にサインして、荷物を受け取ってリビングに戻る。


 中身はわからないが、知火牙が失踪して2ヶ月。

 それだけ経っている中で送られてきた謎の荷物。


 伝票の品目欄には「USBメモリ」とある。


 嫌な予感を抱えつつも、知火牙を見つけるヒントになるかもしれないと想い、乱暴に包装を破って中身を取り出す。


 中身は品目の通り、1つのUSBメモリ。

 それに加えて、封筒にいれられた小さなメッセージカードが同梱されていた。


 嫌な予感がさらに高まり、カードを取り出して見るのをためらっていると、いつの間にかさっきまで幻覚の中で自慰に耽っていた3人も唯桜の傍に寄ってきていた。


「なに、それ?」


「うーん、わからないけど、知火牙くん宛に送られてきてた」


「......ボク、なんか嫌な予感がするんだけど......」


「藍朱もそう思う」


「私も......」


「封筒の中身、見てみる?」


「そう............だね」



 4人を代表して唯桜が恐る恐る封筒を開き、中のメッセージカードを取り出し、書かれた文章に目を通す。













<御霊知火牙はもうそこには帰らない。心配しているかもしれないので、最後に、彼がこれから新しい幸せな人生を歩んでいくって証を送ります。同梱しているUSBに入れてる動画を見ればわかるはず。それでは、お幸せに>

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