第39話 桃郷凛夏の思い出

 あれはまだウチが中学3年のころ。

 ウチの後悔の元凶になった思い出。



*****



「ねぇねぇりんちゃん! 2年生の御霊みたまくんって子知ってる?」


「御霊くん? ううん、知らない。誰?」



 いつも一緒にお昼ご飯を食べてるクラスのお友達6人の内の1人が瞳を輝かせて話題を出してきた。

 普段から特に男の子とか色恋の話題が好きな子だけど、いつものそれと比べてもさらに力強い気がする。


 けど、ウチは聞いたことのない名前。

 そんなにテンションが上がるような子なんだろうか?


「あ、それあたし知ってる! なんかねぇ、すっごくカッコいいらしくて、どんなことでも凄く上手くこなせる王子様みたいな人なんだって! それで、なんかよろず同好会とかいうなんでも屋さんみたいな部活動やってて、ほんとにいろんな依頼をタダで受けては簡単に解決してたりするんだってさ!」


「へぇ、そうなんだ? よくわかんないけど、なんか凄そうだね」



 そのナントカ同好会とかいうのはよくわからないし、どうせちょっとした噂が独り歩きしておっきくなっちゃってるだけなんじゃないかな?


 けど、この子が楽しそうだし、みんなが幸せそうならウチも楽しい気持ちになれる。

 だから、そういう意味で、彼女に幸せそうな表情をさせてくれた『御霊くん』とやらに興味がでた部分はあるかな。


「ねっ、凄そうだよね! 3年の子の中にも助けてもらった子がいて、もうメロメロになっちゃってるんだって! それで何人も告白してるみたいなんだけど、誰とも付き合ったりしないんだって!」



 ふーん、そんなになんだ。

 っていうか、ふふっ。『メロメロ』だって。ちょっと古くないかい?


 けど、それってそんなに驚くようなことかな?


「そんなにカッコいいなら、もうお付き合いしてる子がいるんじゃない? だから断ってるんじゃないのかい?」


「ううん、それが違うらしいんだよ。断られる理由はみんな一緒らしくて、『俺は漢らしさを極めないといけない。付き合うってよくわからないし、そういうことに時間を使ってる場合じゃないから』って言うんだってさ。意味不明だけど、なんか逆にカッコよくない!?」



 へぇ。これまたよくわからないね。

 『漢らしく』なんて言うなら、女の子を侍らせててもおかしくなさそうなものだけど。


 にしても、それは確かに。


「ちょっと面白そうだね〜」


「でしょ!? ちょっと見てみたくない!?」


「うーん、ウチはあんまり男の子に興味ないんだけどなぁ。けどまぁ確かに、そんなに言われるくらい凄い人っていうのは興味あるかも」


「だよね! じゃあさ、今日ちょっと覗きに行ってみない!?」


「わー! それいいね! 行こうよ!」


「まぁいいけど............ちょっとだけだよ?」



 ウチは知らなかったけど、他の子たちもこの子と同じような反応みたい。

 どうやらクラスのお友達の間で、1年下にものすごく万能でカッコよくて素敵な後輩くんがいるって噂が流れだしてるらしい。


 その日の放課後、お友達数人と一緒に噂の御霊くんとやらの姿を拝みによろず同好会なる怪しい部活の部室を訪れた。


 みんなはちょっと腰が引けてたみたいだけど、見た目は何の変哲もない教室だったので、ウチは特に気にすることなくガラガラってドアを引く。








 そこで、ウチは運命に出会った。


「あぁ、いらっしゃいませ。ご依頼ですか?」



 教室の中で1人で本を読んでいた彼は、ウチらの入室を確認して優しく微笑みを浮かべると、部屋の真ん中あたりにある長机の椅子を6つ、ウチらの人数分の椅子を引いて着席を促す。


 依頼もなにも、彼を一目見るためだけに訪れたのだから、用件は特にはなく、ウチらは揃って口ごもってしまう。


「あ......えっと......うーん、依頼っていうか......」



 なんて、口ごもったのは用がなくて困ったってだけじゃない。

 あまりにも美形で爽やかで、後光が差してるみたいだったから。


「あはは。先輩方も、この同好会の噂でも聞いて興味を持ってきてくださったクチですか? だったら俺もちょうど暇してたところですから、もしお暇でしたら、少し雑談でもしていかれますか?」


「「「「「「え......あ、はい」」」」」」



 中学2年生とは思えない大人っぽい丁寧な物腰で、用件もなく不躾に彼を訪れたことを咎めることもなく、優しく微笑みながら提案してくれた彼に、心臓がドキリと高鳴る。


 今この瞬間、ウチは『恋』というものを本能で知った。

 一緒に来たみんなも、彼に一目惚れしたことはすぐにわかった。






 それからしばらくはみんな硬かったけど、彼......御霊くんがウチらの話しやすい空気を作ってくれて、1時間も経った頃にはみんなリラックスしておしゃべりしてた。


 彼の話し方は、常に自分たちを優先して、楽しませようとしてくれるのが伝わってくる。

 そんな風におしゃべりしてると、確かに彼を好きになってしまう気持ちも、無茶を承知で告白してしまいたくなる気持ちもわかる気がした。


 2時間が経った頃には、一緒に来た子たちはみんな明らかに彼に向ける視線がメスのソレで。


 だから............。


「ねぇねぇ、知火牙くん! 私とお付き合いしてもらえない!? あの......一目惚れなんだけど......」



 めちゃくちゃ急だったけど、我慢できずにお友達の1人がそんな告白をしちゃったのも、共感できた。

 でも噂の通りだとすると......。


「あ、えっと......ごめんなさい。先輩はとてもお綺麗で素敵な女性だとは思いますが......。俺は漢らしさを極めないといけないんです。それにお付き合いするってよくわからなくて。俺はこの同好会でしっかりたくさんの依頼をこなして人の役にたって、漢らしさを証明していかないといけません。ですから、そういうことに時間を割く余裕がないんです。だから、すみません』


「あ........................そっか..................。そう、だよね。あ、あはは、急にごめんね?」


「いえ、俺の方こそ、すみません」



 やっぱり、聞いてた通りの断り文句。

 彼女も他の子たちも、落ち込んだ表情。かくいうウチも、脈のなさに悲しくなってしまう。


 けど、希望がないわけじゃない。

 むしろ、今思いついたアイデアが実現したとしたら、希望どころの騒ぎじゃないんじゃないか?


 さっき知火牙くんは『依頼をこなして人の役に立ちたい』って言ってた。


 彼女がほしくないとかそういうことじゃなく、よくわからないって言ってた。

 ならそこに付け入るすきがあるんじゃないだろうか。


 依頼という形であれば、知火牙くんはなんでも・・・・叶えてくれるみたいだし。

 そしたら、お友達と一緒に、みんなで幸せになれるんじゃない?


 なら早くみんなで作戦を立てなきゃ!


「......それじゃあ、ウチらはそろそろ帰るね。長いことお邪魔しちゃって悪かったね。今度は依頼があるときにお邪魔させてもらうよ」


「そうですか。いえ、俺も楽しい時間を過ごさせていただきました。ありがとうございます。依頼がおありの際は、ご遠慮無く。俺が全力をもって手助けさせていただきます」


「うん、それじゃあ、またね。みんな、行こっか」


「「「「え、あ、うん」」」」


「お疲れさまでした」


 まだ下校時間まで余裕があるのに、いきなり帰るって言い出したウチの発言の意図を掴みきれてなさそうなお友達たちは名残惜しそうにしながらも、ぞろぞろと立ち上がって、優しく微笑みながら手をふる知火牙くんに見送られて部屋をあとにした。



*****



 知火牙くんのかっこよさへの興奮と、1人が振られてる様子を見て自分にも脈なしだって気づいてしまったショックを引きずって、沈黙と共にみんなで自分たちのクラスに戻ってきた。

 ウチら6人以外には誰もいない教室で、みんな黙って自分の席のかばんを取る。


 みんなが俯いて悲しそうな表情で帰宅の準備をしている様子を見て、心が痛む。

 それが、ウチがさっき思いついた作戦を実行することを決意させてくれた。


「ねぇみんな。知火牙くんに、抱いてもらう依頼を出すのはどうだろうか」



 ウチの提案に、5人みんなが帰宅の準備の手を止めて怪訝な表情でこちらを振り向く。


「え......っと、凛ちゃん? どういうこと?」


「知火牙くんは『色恋がよくわからないから付き合えない・・・・・・』と言っていただろう? 同好会で依頼を受けて漢らしさを示したいから、と」


「う、うん。そう、だね?」



 まだ要領を得ないといった様子の彼女たちに、ウチのアイデアを共有する。


「だったら、ウチらの処女をもらってほしいって依頼を出したら、彼は抱いてくれるんじゃないかな」


「「「「「!!!!!!!!!!!!!」」」」」



 食いついてくれた!


「彼は多分、『好きだから付き合ってほしい』って言っても付き合ってくれないと思う。だから、正攻法でお付き合いを狙うんじゃなく、先にウチらの身体を抱かせて、しっかり既成事実を作るんだ」



 さっきまで暗かったみんなの目に光が差す。

 いいね。やっぱりみんなで幸せになれるのが何より幸せなんだ!


「けど、どうやってえっちしてもらうの? 知火牙くん、多分、お付き合いしてない子と思い出だけのためにえっちするようなことはしないと思うんだけど......」



 お友達の1人が言う。

 良い質問です! そう、それこそがウチの計画のキモ。


「うん、そうだよね。そこで、こういうのはどうかな?」



 そう前置きしてみんなに伝えたことは、2つのポイントを抑えるだけの簡単な筋書き。


===


 1つ。

 同好会には他に2人、女の子がいるみたいだけど、もしかするとその子たちに知られると断られる可能性がある。

 だから、その子たちにはバレないように知火牙くん個人に依頼を出さないといけない。


 2つ。

 知火牙くんに出す依頼内容は、処女をもらってもらうこと。

 その理由として、ウチらみんな好きな人がいるんだけど、その好きな人は『処女は面倒くさい』って言ってる、ってことにする。

 だからどうしても処女を捨てたくて、かといってこんなことをお願いできる人はそうそういない。

 よろず同好会なら、なんでも助けてくれるっていうのを思い出して依頼しようと思った。


===


 そういう筋書き。


 ウチの話を聞き終えたみんなの表情は明るく、目はキラキラ光ってた。

 満足そうにみんなお互いに目配せし合って、5人同時に声を上げた。






「「「「「良いねソレ! みんなでバージン卒業だー!」」」」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る