第33話 佳音唯桜が病み落ちしたきっかけ

 知火牙ちかげくんと出会ってから、つまり、知火牙くんが便利屋マクロに入社して1年半。

 仕事でもすっかりあたしと同じ......いや、それ以上に頼もしくなっちゃって、社長から直々の個人依頼もたくさん受けてるみたい。


 社長は滅多なことでは社員にすら個人依頼を任せたりしないのに、ただのアルバイトである知火牙くんにはバンバン任せてるみたい。

 確かに要領もいいし体力もある。それに人間離れした強靭な肉体も精神も、特別な仕事をするのにピッタリだし、さもありなん。


 そんな知火牙くんは、あたしにすっかり懐いてくれてて、危ない時は助けてくれたし、ピンチでヤバいときの判断力も凄まじくてカッコいい。あたしのことを引っ張ってくれる力強さもある。

 かといって嫌な絡み方はしてこない。最初はちょっとしつこくてうざく思ってたけど、きちんと一線を引いて接してくれてる。


 気づいたときにはこの人だと思うようになってた。


 この人こそがあたしの運命の人。

 あたしのことを食い散らかすだけじゃなくて一生大事にしてくれる人。あたしが一生添い遂げて大事にすべき人。

 あたしが大学に入って姿も性格も変えた目的は、この人に出会うまで貞操を守るためだったんだって。


 そう思ったらもう止まるなんてできない。

 すぐにでもこの想いを打ち明けて1つになりたい。

 いままで積み重ねてきたたくさんの我慢を解き放ちたい。


 これまで恋なんてしたこともなかった自分だけど、女としての魅力は、胸以外には自信がある。

 たくさんの人に声かけられたり、モデルのスカウトを受けるくらいには、自分の容姿が整ってる自負がある。


 知火牙くんはどう考えたってモテるだろうけど、頑張ればあたしを選んで貰えるはずっ!


 だから気持ちに気づいてすぐに告白した。


 でも結果は..................。






「え? ごめんなさい、俺、彼女います」


「え、あ............。そっ......か」



 やっぱり彼女がいた。断られた。


 今まで告白を断ったことは何度もあったけど、あたしが絶対OKしないことくらいはわかってただろうに、どうしてみんな勝ち目のない告白をするんだろうって不思議だった。

 でも、みんなこういう気持ちだったんだね。こんなに痛いんだね。ごめんね。知ってても付き合うことはなかったけどね。


 けどさぁ......。それにしてもさぁ......。


「じゃあなんでこれまであんなに懐っこく来てくれてたの? ただの思わせぶり? あんなに好き好きオーラ出してくれてたのに!」


「えぇ!? いや、俺、そんなつもりはなかったんですけど......」


「そんなことない! あれは好き好きオーラだった!」


「えっと、もしかしたら、俺、昔から漢として女性にはできる限り紳士として振る舞うようにしてまして。もともとマクロには女性は少ないですし、唯桜いおさんはなんだか人間関係作るのとか不器用そうで、ちょくちょく危なっかしいところがあったので......。それで、できるだけフォローしようと思ってたところはあります。だから、それで勘違いとか、させちゃいましたかね......? すみません」



 ......そっか、あたしがドジでのろまだから優しくしてくれてたんだ? それだけなんだ?


「いやまぁ、そりゃあ唯桜さんがキレイな方だから、気合いが入ったってところはありますけどねぇ。誰だって、美人の先輩とは仲良くしたいでしょ?」


「......へー。ふーん。あたしのこと、美人の先輩だとは思ってるんだ。そっかそっかぁ」


「え? そりゃそうですよ。唯桜さんものすごい美人ですし。自覚あるでしょ?」


「........................ちょっとは......」



 そりゃダメな見た目とは思ってないけどさぁ。


 それにしたって、今しがた振った女にそんな口説くような言葉吐きかけるかな普通。

 ......いや、知火牙くんは普通じゃないんだもんね。あたしの運命の人なんだからそれくらい当たり前か。


 あ、それとももしかして知火牙くんも満更でもない?

 彼女にはもう飽き飽きしてきた頃みたいな!?


 チャンス!? これが運命の力!?


「じゃああたしとお付き合いしようよ。今の彼女さんがどんな人かは知らないけど、あたし、結構一途に尽くすと思うよ? それこそ、もし別れることがあったら相手と心中する覚悟があるくらいには。他の女に取られそうになったら消してあげるくらいはね?」



 そうだそうだ。今の相手なんて消しちゃえば、知火牙くんの隣はすぐに空くじゃん!

 最悪、消さなくったって、こうやって脅してあげたらあたしのものになってくれるかも!


 知火牙くん、女の子は大事に大事にするし、彼女の命がかかってるとなれば、あたしをお嫁さんにしてもらえるかもだしっ。

 あたし以外の女のために知火牙くんが意見を変えるってのもムカつくけど、あたしの幸せのためだし、仕方ないでしょ。


 愛はお付き合いした後に育くめば問題ないよね。運命は自分の力で引き寄せるものっていうし、これがディスティニーなんだ!


「えー、そう言われましても......。俺の彼女も相当俺のこと愛してくれてますし、俺も彼女のこと愛してるんで......。それに、俺の大事な彼女たちに怪我でもさせたら......いくら唯桜さんでも許しませんよ?」



 うっ......そんなキツい目をしなくってもいいじゃん......。

 ..................って、ちょっと待って?


「今、彼女たち・・って言った?」


「あ、はい。そうですね」


「それって、彼女が何人もいるってこと?」



 まさか......。そんなわけないよね。

 そんな女の子の気持ちを無下にするような最低なこと、知火牙くんがするわけないよね?


「そうですね。俺は彼女が3人います。ただ、誤解しないでくださいね。俺は全員を本気で心の底から愛してます。優劣をつけるなんてせず、俺の命に替えても幸せにすると決めてるんです。彼女たちのことを蔑ろにした選択ってわけじゃありませんから」


「そ、そんなの!」


「えぇ、彼女たちには我慢を強いてしまっている部分があるのはわかっています。ですけど、俺は『漢として』どうしてもみんなを幸せにしないといけないんです。俺は愛する女の子をたくさん幸せにして、真の漢として身を立てないといけないんです!」


「あ............えっと......そう......なんだ?」



 ぜ、全然意味わからないんだけど......。

 あ、あれ? あたし、知火牙くんの言ってること間違って理解してる? そんなに熱く輝いた瞳で語れるような立派な目標じゃないよね? 拳を握って宣言できる夢じゃないよね!?


 最低のクズ男の発言にしか聞こえないのは、あたしが何かのメッセージを読み間違えてる!?


「だから俺は絶対に3人ともに、心の底から幸せだって思ってもらえるように尽くさなきゃいけないんです! ですから、すみません......唯桜さんの告白は受けられません」



 へぇ。そっか。


「なるほどね..............................ってなるとでも思ったの!? そんな説得であたしが納得するとでも!? それってつまり、あたしも知火牙くんのお眼鏡に叶えば、あたしも彼女にしてもらえるかもしれないってことなんじゃないの!?」



 なら知火牙くんに、あたしがどれだけ知火牙くんを好きか示せば、彼女にしてもらえるってことだよね!?

 彼女になったあとに他の子たちを始末しちゃえばあたしだけが愛されちゃえるじゃん!

 なら今は早く既成事実作って愛されなきゃ!


「あ〜............まぁ、その可能性はたしかにありますけど......。俺、そんなに安くないですよ?」



 どの口で言ってんのよ!

 女の子3人も侍らしといて、安くないですって!?


「ホントですよ? みんなとはいろんな苦楽をともにして絆を育んだからこそ、命を賭けてでも守りたいって思うようになったわけですし」


「あたしとも、命懸けの現場は何個もあったじゃん? むしろ、あたしより命懸けの体験を一緒にしてる子なんて、いるの?」


「それは......いませんけど......」



 あは。なんだ、その程度か。なら簡単簡単♪

 あたしの愛を成就させるためなら、それくらいわけないもんね!


 最悪、知火牙くんに認めてもらえなくっても、お部屋に閉じ込めて可愛がってあげればいいだけ。他の子たちも埋めるも沈めるもなんとでもできる。ぶっころしさせすればあたしだけの知火牙くんになる。

 むしろ、他の大事なものを失った知火牙くんに寄り添えるのはあたしだけになる。そうなったらもう知火牙くんはあたしから逃げられない。逃げたいとも思わなくなるはず。


 誰がどう考えたってこれは運命。生まれたときから決まってた2人の結末!

 知火牙くんがちょっと寄り道しちゃったのは、後々後悔してもらうとして......。


 まずは2人の運命を結実させないとね!


 もちろん、知火牙くんに認めてもらって彼女になれたとしたら、他の子たちを始末するのは変わらないよ。

 最初からそうしないのはあたしの優しさなんだよ? 慈悲だよ慈悲。ちゃあんと、受け取ってよね?


「知火牙くんのことなんて、すぐに落としちゃうんだから。あたしたちは運命で結ばれてるの。絶対あたしのものにしてみせる。あたしを、知火牙くんのものにさせてみせる。覚悟しててよねっ♡」

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