第32話 ちょっとやりすぎる佳音唯桜

唯桜いおさん、これはどういうこと?」


「タトゥー、だね?」


「そうだね、タトゥーだね」


「うん、似合ってる」


「ありがと。でも俺がそういうこと聞いてるんじゃないってことは、わかってるよね?」


「うん」


「あ、そこは素直に答えるんだ。可愛い」


「えへへ」


「うん、可愛いのは良いんだけど、どういうことなの?」


「どうもこうもないと思うんだけど? 知火牙ちかげくんの腰にタトゥーを入れてあげただけだよ?」



 知火牙くんってば、帰ってきて早々、そんなに慌てて問い詰めてきちゃって。可愛いんだから。

 お仕事してるときにでも誰かに指摘されちゃったのかな?


「なんで勝手にこんなことしたのかを聞いてるんだけど?」


「えー、だってあたしの身体には知火牙くんの名前が彫られてるのに、知火牙くんには入ってないなんて不公平じゃん。あたしのとおそろいの柄だよ? ハートマークに名前」



 我ながら超いい感じにデザインできたと思う。

 ハートマークの左右それぞれに「I」と「O」の文字、つまりわたしいおの名前が入った10cm大のタトゥーを、知火牙くんの右腰の部分にプレゼントしたんだよね。


 知火牙くんにバレないように彫るの、大変だったんだから!


 だってバレちゃったら......。


「いや、名前を入れるのは良いんだけどさ。ハート............ハートマークって......。漢らしさからかけ離れてるじゃん......。こんなん......」



 ほらね。あたしはお揃いにしたいのに、知火牙くんはこういう柄は嫌がるだろうなって思ったんだよ。


 そんな知火牙くんでも、先に彫っちゃっておねだりすれば。


「ごめんなさい。知火牙くんは嫌がるかもって思ったんだけど、あたしはどうしても知火牙くんと一緒の柄でナカヨシの証がほしかったの。それに、イマドキのカッコいい男の子の間でハートマークはかっこよさの象徴みたいな感じになってるから平気だよ!」


「そっか......。まぁそういうことならしょうがないかぁ。まったく、唯桜さんのいたずらにも困ったもんですよ。昨日玲有れいあさんが気づいて、それから彼女めちゃくちゃ機嫌悪くなっちゃって大変だったんですから。けど、そんなに可愛く言われちゃったら、俺、何も言えなくなるんですから質悪いですよね」



 ほらね。知火牙くんってば、いっつもあまあまなんだから♡

 けどやっぱり玲有ちゃんか。そりゃそうだよね。みんないつも愛してもらってるんだから気づくよね。


 けど、腰のやつがバレちゃったってことは、2人とも脱いでたってこと?


「ってか、玲有ちゃん妊婦さんなのに裸にしてえっちしてるの? お腹冷えちゃうよ? まぁあたしにとってはさっさと流れてくれると嬉しいんだけどさ」


「ん? あんまり唯桜さんの前で他の女の子の話したくないんだけどな。唯桜さんに質問されちゃったら答えないわけにはいかないよね。玲有さんは脱がせてないよ。本番もしてないしね。ほら、先週みんなでシたときも玲有さん脱いでなかったでしょ? 最近は上の方だけで満足してもらう練習してるんだよ」



 あたしも別に知火牙くんと玲有ちゃんの情事の様子を聞きたくて聞いたわけじゃないんだけどな。


「それならなんで腰のやつ、バレちゃったの?」


「あぁ、そういうこと。お風呂は一緒に入ってるからね。そのときだよ」


「そっか。そういうことね」



 確かに知火牙くん、最近、前まで以上に玲有ちゃんの身体のことすっごく気づかってるのがわかる。

 あたしたちにもえっちで頭おかしくさせてくるの以外はいつも丁寧に扱ってくれるけど、それとは一線を画した丁寧さ。


 正直、嫉妬心が止むことはないよ。


 あたし以外はみんな年単位のお付き合いなのに、あたしだけはまだ10ヶ月くらいしかお付き合いしてない。

 なんならあたしと知火牙くんは出会ってから2年ちょっとしか経ってない。


 玲有ちゃんはともかく、幼馴染ちゃんたちは10年以上前からの知り合いで、知火牙くんについて知らないことなんてないっぽい。


 あたしだけ。あたしだけが知火牙くんのことをまだまだ知らない。


 知火牙くん。あたしは普段は強がってみせてるけど、いっつも劣等感に苛まれてるんだよ?

 わかってるのかな?


 ハーレムなんて......あたしより関係が深い女なんて、だれもいらないんだよ。


 埋めてやるんだ。今週中にはコンクリをたくさん使う工事の仕事が入ってる。


 バイトしてた便利屋に社員として入社したおかげで自由にできる部分もとっても増えた。

 準備は万端。仕掛けは上々。


 いよいよハーレムが終わって、あたしだけの知火牙くんになるんだ。


 ふふっ、知火牙くん、覚悟しなさい?

 今まで散々寂しい思いをさせられてきたんだもの。今度はあたしが知火牙くんを攻める番だよ?


 いい加減、『漢らしさ』なんて捨ててもらわないと、心配しちゃうからね?


 知火牙くんの胸にも穴開けてお揃いのピアスにしてあげる。

 一回女装させてあげるのもいいかもね。あたしのお化粧品で可愛くしてあげる。もともとキレイな顔してるからきっと素敵な男の娘になれるよ?

 もうがんばるのもやめようね? あたしが養ってあげるから。


 あたしが『漢らしくないこと』に目覚めさせてあげるよ♪


「あぁ、そういえば」



 あはっ。知火牙くん、呑気な声だしちゃって、来週には大事なハーレムがなくなって自分がカワイくなっちゃうなんてこと、微塵も思ってないんだろうなぁ。

 待っててね。あとちょっとだからね。








「唯桜さん、もしかしてみんなをコンクリに埋めようとか思ってない?」


「はへっ!?」



 なっ、なんで!?


「次の工事の仕事なんですけど、なんかコンクリの予算がおかしいなって思って調べてみたら、なんか唯桜さんが必要以上にたくさん準備してるみたいでさ? もしかしたらって思ってね。あ、もう正規の量にしておいたし、見張りの人員も唯桜さんの息がかかってない人たちに交換しておいたから心配ないよ」


「な......な......なんで......」


「唯桜さんが悪いことに手を付けるなんて看過できないからね。それにみんなを害させるわけにもいかない」



 くっそぉ。

 いくら一緒の仕事先だからって、知火牙くんはまだアルバイトの身のはずだし、あたしはもう社員だし権限が違うはずなのに......。

 便利屋マクロで働き始めてからの年数だって、あたしの方が2年も長いのに......。


「そっ......か。......相変わらず、知火牙くんってば、なんでもできちゃうんだね。まさかバレるなんて思ってなかったんだけどな」


「いや、今回は運がよかっただけ。危うく大事なものをいくつもなくすところだった」



 嫌味かな。知火牙くんのことだから嫌味だなんて言わないだろうけどさ。


「それにしても、今回のことはほんとに手が込んでて焦ったよ。それだけ唯桜さんが俺のこと愛してくれてるっていうのが伝わってきたけどね。だって、ここまで本気でみんなを消そうとした子は今までいなかったしさ」



 あっ、そうなんだ......。


「ってことはあたしが今までの誰より知火牙くんを愛してるってわかってもらえた!?」


「唯桜の本気は、伝わってきたよ。俺のために、ありがとね。でも、危ない真似とか手を汚す真似はあんまりしないで。心配しちゃうよ」



 うぅ......。こんなちょっとした一言だけで絆されるあたし......チョロすぎる......。

 けど嬉しくなっちゃうんだからしょうがないよ。






「ふふふっ。そっか、あたしも知火牙くんの一番か〜。ふふっ、ふふふふふふふふふふふ。知火牙くん、あたし、知火牙くんにあたしのぜーんぶ捧げるからね。知火牙くんもあたしにぜーんぶ、頂戴ね?」


「うん、命をかけて唯桜さんを守るからね」



 知火牙くん。大好きっ。



「でも、唯桜さん、今回はさすがにやりすぎかな。タトゥーはなかなか消せないし、それにもし俺が止められなくてほんとにみんなに何かあったら......。ね? 反省しようね?」


「ま、まさか......あたしの大事な火曜日......」



 他の3人ともやりすぎて自分の曜日をみんなで取り上げられて乱パにさせられてたし......あたしも!?




「だね」


「やだやだやだやだ! あたしが一番知火牙くんを大好きなのにー!!!!!!!」

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