第23話 三頭衣莉守が病み落ちしたきっかけ2

 知火牙ちかげと年増便女がホテルから出てくるのを見かけた次の日から、ボクは知火牙のことをいつでも見守るようになった。


 藍朱あいすはなんか「ストーカーなんて辞めなよ」とか意味不明なこと言ってたけど、多分、藍朱はあの光景を見て壊れちゃったんだと思う。

 目は虚ろだし、いつも以上に口数が少ない。


 ボクのやってるコレはストーカーなんかじゃないことは誰が見ても明らかじゃん。

 正しい行動がストーカーに見えるなんて、藍朱の頭は完全にぶっ壊れちゃったわけだ。


 藍朱は頼りにならない。

 知火牙を守れるのはボクだけなんだ。


 そう思いつつも、知火牙と直接話すとあの日の光景がフラッシュバックして吐き気に襲われる。

 だから同好会には顔を出さなくなった。







 すぐに2ヶ月が経った。


 知火牙の持ち物に盗聴器を仕掛けたり、知火牙の部屋の押し入れに潜入してみたり、知火牙の噂が回ってた1学年上の卒業した先輩たちを呼び止めて脅して話を聞いたり。

 そうやってボクはいろんな情報を集めて回った。


 その間にわかったことは............ボクの知火牙ちかげはあの日見かけたアイツだけじゃなく既にたくさんの便女に汚されきってるってことだった。


 同好会への『依頼』って形なら知火牙は断らないってことと、『漢らしさ』って言葉には滅法弱いってことを上手く使って知火牙を陥れて、『練習』だとか『好きな人のため』だなんて嘯いて抱いてもらう。


 正直、なんでボクもそうしなかったんだって後悔したけど、後悔先に立たず。ボクはいますべきことをするだけ。


 意地汚い雌豚ども。何が『先輩の言うことは聞いといたほうが良いよぉ?』だよ。年増女どもが......。

 しかも何度も何度も知火牙を乱交に誘いやがって。なんだよ7Pって。1対6とか意味わかんなすぎでしょ。知火牙、出しすぎて死んじゃうよ。


 どうやら知火牙のハジメテを奪った女は頭がおかしいっぽい。『素敵な男の子はみんなで仲良くシェアして、たくさんの女の子が幸せになるべきだよっ』とか抜けたことをほざいて、知火牙の身体の良さを同級生に吹聴して回ったらしい。そのせいで知火牙をシェアする輪が広がって、こんなことになっちゃってるんだって......。


 最近、遠くから見る知火牙の表情があんまり優れないのだって、きっとあいつらが知火牙の生気を吸い尽くしてるからだ。やっぱり魔女でも便女でもなく、サキュバスだったんだね。

 待ってて知火牙。もうすぐ、もうすぐ助けてあげるからね。


 最初に見かけたあの女は散々脅したからもう手は出してこないだろうし、他の数人も冤罪をでっちあげて社会的に殺してやった。未成年だから長く勾留されたりすることはないだろうけど、不名誉な汚名を背負ってまで知火牙の傍にいようとは思わないだろう。

 知火牙のハジメテを奪ってこんな状況を作り出した元凶の女は中学卒業を機に遠くの街に引っ越したみたいだし、もう警戒する必要もない。それに他のサキュバスどもの所在もつかめてる。もう心配いらないよ、知火牙。


 あと数人......。あとほんの数人だけだよ。それで知火牙を無理矢理犯した24人全員始末できるからね。

 待っててね。もうすぐだからね。ほとんど終わってるようなもんだからね。


 だから今だけは......知火牙が珍しく1人でシてるのを、ゆっくり聞かせてね。












<......いす......衣莉守......好きだ......。うっ......いくっ........................ふぅ>



 え......?

 いま、もしかしてボクの名前呼んでた? 『好き』って言ってた!?


 知火牙は間違いなく自分で自分を慰めてた......よね?

 それでフィニッシュにボクの名前を呼んでくれたって............そういうこと、だよね?


 やっぱり知火牙にはボクが必要だったんだ!


 あは、あははは、あはははははははははははははははははは!

 ごめんね、藍朱。いろいろあったけど、どうやら知火牙はボクのもとに戻ってくるみたいだ。


 いけないいけない。興奮しすぎてる。............興奮を収めるためだもん。ちょっとくらい、いいよね?


 それから3時間、さっき録音した知火牙の声を何度も再生してボクも自分で慰め続けた。実質、ボクと知火牙が交尾してるも同然の甘い時間に、ボクは何度も気を遣った。



 3時間後。


「ふぅ。興奮したぁ。まだ足りないけど、これは明日、知火牙に沈めてもらおーっと。もうボクらは両思いなんだから、それくらいいいよね。知火牙の童貞は魔女に奪われちゃったけど、ボクはいい女だからね。最初の女になって捨てられるより、知火牙の最後の女になれればそれでいいよ。ちょっとはお仕置きするけど、それくらいは許してくれるよね?」



*****



 その翌日の放課後。


 その日1日、ボクはどうやって知火牙にボクに告白させようかってウキウキ考えて過ごしてた。

 帰りのホームルームのときに先生から言いつかったプリントを集めて職員室まで持っていく面倒な仕事も、何の苦も感じることなく遂行してやった。





 そして、同好会の教室の前まで来て、ドアに手をかけ、落ち着くために深呼吸する。

 その瞬間聞こえたのは藍朱の声。


「チカ。藍朱、今日、四罪よつみくんに告白されたんだ......。お返事は待ってもらってるんだけど、藍朱はどうしたらいいのかな......?」


「は? え......そう......なんだ......。藍朱は、なんて答えようと思ってるの?」



 どうやら藍朱が知火牙に相談を持ちかけているらしい。

 藍朱が知火牙にする相談の内容が気になったボクはドアをあけるのを一旦辞めて、部屋の外で耳を澄ますことにした。


 第一声からわかる内容は恋愛系。学年でも指折りのヤリチンだと有名な四罪くんに告白されて答えに悩んでるって話らしい。


 正直、嬉しすぎて踊りだしそうになった。


 敵をほとんど排除した今、一番の強敵になりそうな藍朱が、自分から勝負の舞台を降りようとしてくれている。

 きっとボクがサキュバスをたくさん退治したことを知らないんだろ。いいねいいね、ここでしっかり諦めておくれ。


 バイバイ、藍朱。別に好きじゃなかったよ♪







 なんて、有頂天になってたのも束の間、2人の会話は思わぬ方向に進んでいく。

 雲行きが怪しい、なんてもんじゃなかった。なぜか知火牙と藍朱が告白しあってる。


 ボクたちが同好会に来なくなってから大切さに気づいた?

 藍朱のために自分磨きした?


 あはは、知火牙、何言ってるの? 好きな人の名前、間違ってるよ?


 しかも藍朱の方から告白しだしたくせに、なんかいろいろ要求してるし。何様だよ。


 待って知火牙。騙されないで。ボクを置いてかないで。

 ......そんな告白に......答えないで......。


「............わかった。あの先輩たちとはもうシない。これまでのことも反省してる。だからどうか、俺の彼女になってくれないか?」


「わかった。藍朱、チカの彼女になるね」



 う......あ......。


 思考が停止する、とはまさにあの瞬間のことを言うんだろうね。

 教室の中から聞こえる知火牙と藍朱の声。


 ......なんで? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?


 知火牙はボクのことが好きだったんじゃないの?

 ボクの名前を呼びながら気持ちよくなってたじゃん。


 ..................そうか。藍朱もあの便女どもと同じサキュバスで、知火牙は騙されてるんだね?

 そうじゃなきゃ、今の状況を説明できないもんね?


 藍朱の魔の手に堕ちないで!

 知火牙の童貞は護ってあげられなかったけど、今は違う。ボクは知火牙を護ってあげられる状況にあるんだ!


 藍朱が自分のヴァージンを楯に知火牙との関係をゴリ押しできたなら、ボクだって切れるカードもあるんだよ!


「待って知火牙! ボクも、ボクもずっと知火牙のこと好き! 今でも大好き! 藍朱よりもボクの方が良いよ! ボクも那弥陀なみだ先輩に告白されたの! あのヤリチンで有名な先輩! 卒業する前からボクのこと好きだったんだって! このままじゃボク、那弥陀先輩にヴァージン奪われちゃう! 藍朱じゃなくてボクを彼女にしてよ!」


 大丈夫。知火牙なら藍朱の洗脳を乗り越えて、ボクを選んでくれるはず。

 信じてるよ、知火牙......。











「あぁ、衣莉守、ちょうどよかった。後で衣莉守のとこにも行こうと思ってたんだ。衣莉守も、俺の彼女になってくれるか?」


「「へ?」」



 返ってきたのはボクが期待していた言葉に近いナニカ。

 淡い淡い期待のなか、半ばヤケクソになってただけに、期待していた言葉はボクにとってあまりにも想定外で。


 知火牙はなんだかちょっとだけ助詞を間違ってた気がするけど、本題の喜びに比べたら些末なもの。


 その知火牙からのお返事に、ボクと藍朱の声は不覚にもシンクロした。

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