第22話 三頭衣莉守が病み落ちしたきっかけ1

 ボクが知火牙ちかげのものになった日のことは今でも忘れられない。

 あの日以上の快楽の海に沈められるって想像したら、あのときのことを思い出しちゃう。


 あの日の2ヶ月前。つまり、ボクたちが中学3年の6月。

 ボクは絶望の淵に叩き落された。



*****



「ね、ねぇ。い、衣莉守いりすちゃん。あ、あれ......って」


「う..................うそ、だ」




 同好会の帰り道。ボクと藍朱あいすは微妙な距離をあけつつ並んで歩いてた。

 ちょっと前まではボクと知火牙と藍朱の3人で、知火牙を挟んで歩いて帰ってたんだけど、最近は知火牙がいない日がときどきある。


 同好会に来てた依頼の残りを片付けたり、知火牙に来てる個人依頼を処理するから先に帰っててって言われて。

 ボクたちも残って手伝うよって言っても、クライアントから秘密にしてってお願いされてるし、暗くなったら危ないから先に帰っててほしいからって、いつもの眩しい笑顔で言われちゃったら、それ以上食い下がれない。


 だから最近は藍朱と2人でトボトボ帰ることが多くなってた。

 その日は内緒のクライアントの依頼だって言って知火牙は先に帰っちゃったから、藍朱と2人で3時間くらい同好会の教室に依頼者を待ちながらダラダラして、結局誰も来なかったから帰宅してるところだったけど。


 ボクと藍朱はあの頃から既にあんまり仲良しってわけじゃなかったし、帰り道でもそれほど会話することはなかった。


 小学校の卒業式の日。ボクと藍朱は揃って知火牙に告白した。

 まだそこまで仲が悪くなかったボクたちは、『どっちが振られても恨みっこなしだよ』って指切りして、同級生も後輩も男の子も女の子も含めてたくさんの人たちにお祝いされてた知火牙を呼び出した。


 知火牙はみんなの人気者だったけど、それでもボクと藍朱はいつも一番知火牙の近くにいたから、まさか2人とも振られるなんて想像しても見なかった。

 なんなら知火牙には根暗な藍朱じゃなくて、テンションの合うボクの方が好かれてるし、負けるわけないって思ってた。


 だけど結果は惨敗。ボクらは揃って無様に振られた。

 しかも負けた相手は『漢らしさを磨くこと』。意味分かんないでしょ。


 でも、知火牙の『漢らしさ』に関する執着心は小さい頃から知ってたし、ああなったらテコでも動かないことはわかってた。

 だからボクたちは吐き出したかった文句を口の中で噛み潰して、引き下がった。


 だけど、何年も積み重ねた想いをすぐに諦められるはずもなく、中学に入ってから知火牙に誘われた同好会に参加して、できるだけ一緒に居る時間を確保するようにした。

 もしかしたら知火牙の気が変わってボクのこと気にしてくれるかもしれないと思って。


 その日のために、できるだけ側にいてアピールを続けて、好きになってもらうチャンスを逃さないぞって。


 幸いにして、知火牙はボクだけじゃなく、女の子に特別な興味を示すことはなく、質実剛健にたくさんの人の依頼をこなしてたからすっかり安心してた。


 ときどき外部の依頼を受けるってことで何日も学校に来なくなる日があったり、ボクと藍朱の誕生日にはものすごい高価なプレゼントをくれるくらいお金を稼いでたり、目に見えない部分はあったけど、それでも女の影はなかった。..................と思ってた。




 だから目の前の光景が信じられなかった。いや、信じたくなかった。


「うふふ、ちーかげく〜ん♡」


「なんですか?」


「なんでもなーい。呼んでみただけー♪ 今日も気持ちよかったねぇ♡」


「それは良かったです。それで先輩、もうそろそろ、大丈夫そうですか?」


「んーん、まだまだダメー。もっとたくさん練習しないと自信持てなぁい♡」


「そーですか。じゃあまた今度ですね」



 電柱の影に隠れたボクと藍朱の目に飛び込んできたのは、ピンク色のお城みたいな建物......もといラブホから仲良さそうに腕を組んで出てきた知火牙。

 それなりに距離があって、知火牙はボクたちの存在には気づいてなかったけど、ボクが知火牙を見間違えるはずない。


 誰がどう見ても事後のカップルのソレにしか見えない2人。

 女の方は髪が少し湿っていて、なんだか全身から艶めかしい好き好きオーラを垂れ流してた。

 知火牙は知火牙で、いつもの柔らかくて甘い笑顔でその人を見てた。


 知火牙の隣を歩いてた女にボクは見覚えがあった。ボクたちの1学年上の卒業生だと思う。


 あまりのショックに、ボクは一言も言葉を発することができず、ただただ固まってしまった。


「い、衣莉守ちゃん............。あれって......そういうこと......なのかな?」



 ボクよりも先に言葉を発した藍朱の顔面は蒼白で、目の焦点も定まっていないように見えた。

 わかるよ。ボクも同じ気持ちだもん。


「そういうこと......だろうね」



 ボクだって混乱してなかなか声が出せなかったけど、喉の奥から絞り出してなんとか一言答えた。


「そっ......か。なんか藍朱たち、バカみたいだね......」


「........................うん......」



 仲良さそうに離れていく知火牙と便女の背中を見つめながら、ボクたちはそれだけ呟いて、あとは一言も発さず帰宅した。













「知火牙............公衆便女に騙されてるんだよね。そういうことだよね。知火牙がボクに黙って浮気するわけないもんね? 心配しないで知火牙。大丈夫......あいつの魔の手から、ボクがすぐに助け出してあげるから。......そうだ、それがボクの使命だよね。知火牙にとって唯一無二の頼りになる幼馴染のボクが、やんなくちゃ。まずは知火牙の現状を把握しないとね..................。あはははは。もうちょっと待っててね、知火牙」

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