第20話 模久藍朱が病み落ちしたきっかけ1
あれは中学3年生の夏休み前。
期末テストが終わって帰った後、相談があるって連絡して、久々に同好会の教室に顔を出したんだよね。
その相談事っていうのが......。
「チカ。藍朱、今日、
「は? え......そう......なんだ......。藍朱は、なんて答えようと思ってるの?」
今思えば迷う余地もない愚問なんだけど、当時の藍朱は本気で悩んでた。
小学校の卒業式に思い切って
それからも諦められなくって、チカが作った同好会に参加してまで一緒にいたけど、いい加減諦めた方がいいのかもしれない。
当時のバカな藍朱はそんな信じられない弱気思考に陥ってた。
けど、それもちょっとは仕方ないことだと思う。
だって、藍朱は2ヶ月前に知っちゃってたから。
チカの童貞が、とっくによくわからない先輩に奪われてて、何人もの先輩たちと代わる代わる交尾しまくってたってこと。
しかもその名目が、藍朱たちがやってるよろず同好会への依頼って形でチカの元にいってたってこと。
確かに生徒からの相談やら依頼ならなんでも引き受ける便利屋みたいなことをする同好会だった。チカの『漢らしさ』の基準に沿わない下衆なこと以外、チカは依頼を断ったことはなかった。
チカが『漢らしさを極めるためには、あらゆる人の願いを叶えられる度量があることを証明するのが大切だから』って言って始めた部活。
チカと藍朱と衣莉守ちゃんの3人だけの同好会。
だけど、藍朱たちはそんな馬鹿げた依頼まで受けてるなんて全然知らなかった。
依頼者の女の子たちはみんな『好きな人が「処女なんてめんどくさい」っていうから手っ取り早く捨てたい』だとか『好きな人とのハジメテのときに失敗しないように練習させてほしい』とか、『男の子なら女の子のこういうお願いは聞くものだよ?』とか巫山戯た適当な嘘をチカに吹き込んでたっていうんだから始末に負えないよね。
依頼者の女の子全員、チカとえっちすること自体が目的だったのは明白だし。
藍朱たちはついこの間までそんなことになってるなんて全然知らなかった。気づいてなかった。
チカが高校生っぽい女の人と腕を組んでホテルから出てきたのを目撃してしまってからの2ヶ月、地獄のような苦しみを味わった。何日も枕を涙で濡らした。
衣莉守ちゃんに至っては完全にヤバいストーカーと化してた。焦点の合わない目は真っ黒で、小さな声で何かをブツブツと呟いて、チカに盗聴器とか仕掛けたりしてて、完全に壊れてたな。
ただ、そのおかげでいろんな情報が得られたりもした。
衣莉守ちゃんから聞いた情報だと、藍朱たちが中学2年の夏にはもうチカは初体験を終えてて、1年間も藍朱と衣莉守ちゃんの目を掻い潜って、既に20人以上の先輩女子の初モノを食い散らかしてたって。
なんなら卒業して高校生になった先輩もリピーターとして固定客みたいになってて、ものすごい勢いでテクを磨いてて超スゴいって先輩たちの中で話題になるくらいになってるって。
先輩たちが、いつもチカの周りにいる藍朱と衣莉守にバレないように根回ししてたみたい。チカにも、「こういう相談はデリケートな問題だから、他の女の子に言っちゃダメだよ?」とか言ってたんだって。
あんなことになるなら、いくらチカにお願いされたからってあんな同好会立ち上げなかったらよかった。
藍朱と衣莉守ちゃんが参加さえしなかったら、同好会として成立なんてしなかったんだから。
ショックな事実を知ってから、何度も何度もそうやって後悔を繰り返した。
それだけじゃない。藍朱たちは告白してからもずっとチカの傍にいて、中学の3年間苦楽をともにしてきたと思う。藍朱も衣莉守ちゃんも、折に触れてチカにアピールしてきた。
なのに......同好会で毎日一緒にいたのにチカの様子は変わらない。先輩たちとはたくさんシてたくらい性欲に満ち溢れてるのに藍朱とはシてくれなかった。
これはつまり、藍朱はチカに全く意識されていないってことなんじゃないか。
なら、もう藍朱にチャンスはやってこないんじゃないか。諦めたほうが良いんじゃないか。ってね。
思春期の女の子だったんだから、しょうがないよね?
だから藍朱はこの日、これまで何度も告白してきてた同級生の
四罪くんのことは一切全くこれっぽっちも好きじゃなかったし、なんなら嫌いな気持ちまであったけど、チカに捨てられた自分なんて生きてる意味もないし、自分を傷つけるのに丁度いいと思った。
四罪くんは付き合った女の子もそうじゃない女の子も、すぐに食べて捨てる人だって噂が流れてたし。
もうこの2ヶ月、藍朱も衣莉守ちゃんも同好会に参加せずに、チカとも一緒にいない。
久しぶりに向かった同好会の教室でチカと2人。
最後にする覚悟で質問してみた。心の底からの「どうしたらいいかな?」っていう質問を。
もしチカが藍朱のこと気にかけてくれてるなら、止めてくれるかなって期待して。
そしたらまさかの「藍朱はどう答えるつもりか?」なんて質問返しで戸惑っちゃった。
「う、うん......。OK......しようかなって......思ってて」
「ふ、ふーん、そう、なんだ」
チカ、珍しく端切れ悪いな。
......もしかして、ちょっとはチャンス、あるかな?
「あのね。藍朱、別に四罪くんのことは全然好きなわけじゃないんだ。それを伝えてもどうしてもっていうから、お試し......って感じでなのかな」
「ふーーーーん。そっか」
チカの表情がどんどん暗くなってる......。これ、思ったより効いてる?
「でもね、あのね..................。藍朱、まだチカのこと..............................好きなんだ。だから今日、チカにもう一回告白して、それで最後にしようって思ってるんだ。もしもダメだめだったら、四罪くんとお付き合いしようって。価値のない藍朱のヴァージンなんて、適当に捨てさせてもらおうかなって。すっごい手が早いって有名だから。お付き合いしたら藍朱、すぐに食べられちゃうと思うんだよね」
藍朱が話しきって数秒間。同好会の教室には耳が痛くなるくらいうるさい沈黙が流れてた。
体感時間は何十分、何時間って長く感じた。
そうしてチカが口にしたのは、それまで絶望してた藍朱をすくい上げる蜘蛛の糸みたいなものだったな。
「藍朱が四罪のこと好きなら、漢らしく身を引こうと思ったけど、そういうことなら話は別だね。俺、今更だけど、最近気づいたんだ。藍朱が......幼馴染が俺にとってどれだけ大切な存在だったかって。藍朱と衣莉守が部室に来なくなって、2ヶ月も顔を合わせないなんて初めてで......。心の中にぽっかり穴が空いたみたいでさ......」
「..................チカ......」
「俺、藍朱のこと、ものすごく好きみたいなんだ。他の男に渡したくない。漢として、必ず幸せにするって誓うよ。だから、もしまだ間に合うなら、藍朱。俺の彼女になってくれないか?」
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