第17話 土曜日のハーレム(内敵)

 知火牙ちかげがよくわからない変態ストーカーの相手をしてくれている間、彼のハーレムメンバーたちはチェーンの喫茶店に腰を落ち着けていた。


 入店してすぐに注文してから席を取るタイプの店。

 そこまで人が多くない店で、奥の静かな席が空いてたので、4人でそこに陣取っていた。


 着席して10分間流れ続けた沈黙を破ったのは、三頭衣莉守みずいりす


「で?」


「............で? って何よ」


「ボクたちの貴重なデートの時間を奪い取った藍朱あいすの言い訳と、どうやって責任とるのか聞いてあげようって話だよ」



 衣莉守の追求するような力強い語勢に、鎚玲有つちれいあ佳音唯桜かねいおもつられて模久藍朱もくあいすに視線を遣る。

 当の藍朱はテーブルに置いたカフェラテのカップを手で遊ばせて、うつむき加減のままぼそっと答える。


「......藍朱のせいじゃないもん。あいつが勝手に出てきただけじゃん」



 藍朱の他人事について語るような態度が衣莉守の神経を逆なでする。


「っ! それが藍朱のせいだって言ってるだろ!? よくわからない男に色目使ってプロポーズされた挙げ句、中途半端な断り方して、知火牙の時間を奪ってんだよ! だいたい、『もんっ』じゃないよ、今は知火牙はいないんだから、そうやってカワイコぶるのはやめろよ!」


「はぁ!? 藍朱が色目使ったって、そんなわけないでしょ!? ビッチさんじゃないんだからそんなことしない! あいつだってこっぴどく振ったもん! それに藍朱は別にかわいこぶってない!」



 衣莉守と藍朱の言い合いの中で突然出てきた『ビッチさん』という話題。

 名前を指定されたわけではなくとも、普段からそう呼んでくる彼女たちのこと、唯桜にとっては自分のことを指してると受け取って反論するのが自然だった。


「あ゛? 誰がビッチだって? 知火牙くんの幼馴染だから優しくしてあげてるけど、あんまり調子に乗ってるようなら埋めるよ」


「ちょっと佳音さん、騒がないで。それに藍朱ちゃんは別に佳音さんのことだなんて言ってなかったよ。佳音さんにビッチの自覚があるから反応しちゃうんだよ。そんな人ちーくんに相応しくないからもう帰ったら?」



 唯桜の脅しに被せるように涼しい顔で挑発を返す玲有。

 見下すような玲有の視線に、唯桜の頭は逆に冷えて冷静になる。


 もちろん、冷静になったからと言って口撃を止めるわけではない。


「ふーん、玲有ちゃん言うじゃん。逆レイプ魔の犯罪者の分際で。明日の朝起きてもお腹の赤ちゃん生きてるといいね? 水子供養のお金くらいはカンパしてあげるよ?」


「あはっ。前から思ってたんだけど、佳音さん、最近ちょっとイキり過ぎじゃない? 最年長だからってあんまりイキり散らかしてると痛い目見るよ? もしかして、年増だから更年期障害きちゃった? それとも逆に、頭が子どもすぎるのかな? 小学生以下なのはおっぱいだけかと思ってたら、おつむも年不相応な感じなのかな? かーわいそぉ」


「ぶちころすよ?」


「やってみれば?」



 剣呑なやりとりに席を離れる周囲の客たちは、バチバチと火花が飛ぶ様子を幻視したという。

 そんな年上2人の様子を冷めた目で見ていた衣莉守が呆れて声を上げる。


「2人ともうるさいよ」


「「は? <三頭さん/衣莉守ちゃん>には言われたくないんだけど」」



 自分が詰められるかと思ってたら関係ないことで喧嘩しだしたのでめんどくさくなる藍朱。


「ねぇ。藍朱、もう帰っていいかな?」


「「「だめに決まってるでしょ」」」



 知火牙がいるときには決して見せない剣呑でギスギスとした空気感。他の女がスキを見せたら即地獄に叩き落としてやる、という強い念を込めた瞳で睨み合う4人の美女。

 お互いの呼び方もさることながら、知火牙の前ではできるだけ使わないように心がけている汚い言葉遣いも、彼女たちだけになると全開になる。


 当然といえば当然だろう。

 4人が4人全員、知火牙にただ自分だけを愛してもらうため、特別扱いしてもらうために、薄く猫を被り、内心で互いに蹴落とそうと画策しているのだから。

 ストッパーである知火牙がいない今、彼女たちが仲良くおしゃべりできる道理はない。


 それから30分ほど似たような不毛なイヤミを投げつけ合ったころ、店員に2回目の注意をされて一旦落ち着く。






 一息ついてから話を元に戻して再開させたのは、やはり三頭衣莉守。


「はぁ。それで、結局あいつは藍朱のなんだったの? さすがにボクだって藍朱が知火牙以外の男に靡いて浮気したり色目使ったりするなんて思ってるわけじゃないからね。伊達に小1から幼馴染してるわけじゃないよ。けど、なんでプロポーズとかされたのかは気になる」


「............なんでだろ......」


「模久さん!? あなたまだ......『待って!』......三頭さん?」


玲有れいあさん。たぶん藍朱は適当なこと言ってるわけじゃないっぽいです。本気でわからない......んだと思う」


「そうだよ。ほんとにわかんないの。あの人、なんでいきなりプロポーズとかしてきたんだろ......」


「あはははははははっ、そんなのもわかんないなんて、藍朱ちゃんはほんとおこちゃまだね?」


「......どういう意味ですか、ビッチさん?」


「............まぁいいか。なんでいきなりプロポーズしてきたか? そんなの決まってるじゃない。藍朱ちゃんが誰にでも愛想振りまいてるからだよ。知火牙以外の男にも媚びを売ってるからこういうことになるんだよ」


「......................................................そんなことしてないもん」


「その沈黙が答えでしょ。それに知火牙くんはたぶん、気づいてるよ。あーあ、悲しんでるだろうなぁ。大事な幼馴染が自分以外にも愛想振りまいて尻尾振ってるなんて。それになに、さっきの最後の。『チカ......ごめんね......』って? やっぱり知火牙くんを裏切ってたの?」



 先程の知火牙とのわかれの際に言った一言を指摘されて、誤解を生みかねない言葉を発してしまったと気づいて慌てる藍朱。


「ち、ちがっ。あれは単に面倒かけてごめんねって意味で! チカを裏切ったりするわけない! 他の人にも愛想よくしてたのは......チカに嫉妬してほしいだけだもん......」


「はいはい、でもあれ、知火牙くんにはどう聞こえたかな? 『(別の人に色目使って)ごめんね』って意味に、聞こえなかったかな? 自分のことを試すような幼馴染、必要だと思うかな?」


「っ!?」



 当然、知火牙が藍朱の言葉を曲解しているなんて事実はないが、藍朱が見せたスキ。この機につけこんでハーレムメンバーから蹴落とせる可能性もなくはない。

 藍朱にかける情なんてない唯桜にとって、逃がすべくもない好機。追撃は忘れない。


「いい加減やめようよ、知火牙くんを苦しめるの。なんなら藍朱ちゃんがあの男とラブホにでも入っていく写真でも合成して知火牙くんに見せてあげよっか。そしたらさすがの知火牙くんだって諦めるでしょ」


「唯桜さん! そういうのはダメだよ! 知火牙が傷ついちゃうでしょ! もし唯桜さんがそうやって知火牙になにか見せようとするなら、ボクは力ずくでも止めるよ。それに藍朱もわかってるでしょ、知火牙がそんな勘違いしないことくらい」


「うっ......そうだよね。チカは藍朱のこと、信じてくれるよね......」


「あーはいはい、やりませんよー。やっぱいっつも物陰からストーカーしてきた女の言うことは違うね。知火牙くんに直接何かする勇気もないんだから。あたしからしたら、一時的に傷ついたとしても、早めに諦めさせてあげるのが優しさだと思うんだけどねぇ。ほら、知火牙くんの嫉妬と不安を煽ろうとするような女も、知火牙くんのいないところでは豹変するような彼には相応しくない女も、そばにいるだけで害悪だしね?」


「........................ビッチはこれだから。自己紹介どうもありがと。............まぁいいや。また話が脱線するとこだったよ。それで藍朱はあの男に愛想振りまいてたの?」


「そこまで愛想なんて振りまいてない! 普通にお仕事するのに最低限の会話して、あとは......たまに目が合うからニッコリしてあげてただけだよ!」


「あー、そういう勘違いくんか。けど確かに藍朱は普通に話してても媚び売ってるように聞こえるとこあるもんね。自業自得かもね」


「確かにね」


「ちょっと!」



 話に1区切りがついたからか、お互いのにらみ合いが佳境に入ったから、4人がけのテーブルには数瞬の沈黙が訪れる。

 もちろん空気中には相も変わらず、プラズマよろしくバチバチとした火花が飛んでいたが。


 そんな空気に飽きたのか、唯桜がため息とともに言葉を溢す。


「どうでもいいんだけど、知火牙くんを悲しませることだけはしないでよね。ちょっとでも知火牙くんが嫌な気持ちになるようなことがあれば......本気でコンクリで固めて海に沈めるからね......」


「............佳音さんこそ、チカに余計なことしないでよ。こっちだって、ビッチな先輩を沈めるお風呂の検討くらい、付いてるんだから。他のみんなもだよ」


「はぁ......。胎教に悪いからくだらない牽制しあうの辞めてくれる? この子があなたたちみたいな残念な子に育ったらどうするの?」


「何言ってるの、泥棒猫先輩。その子は知火牙の子なのかもしれないけど、玲有さんの子なんだから残念な子になるに決まってるじゃん。ボクと知火牙の子どもなら、きっと賢い子に育つけどね!」


「きっと立派なストーカーに育つんだろうね」


「は?」


「あ゛?」




「「「「..............................」」」」



 このとき、普段は水と油のように反発し合うばかりな彼女たち4人全員の心は奇しくも一致していた。


 やはりこの女たちは全員敵。

 知火牙に相応しくないこの女どもは絶対に蹴落として、知火牙の愛を自分だけに注がせる、と。

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