第10話 佳音唯桜の思い出(前)

「あんたが新しいバイトくん?」


「はいっ、今日からこの便利屋マクロで働かせてもらうことになりました、御霊知火牙みたまちかげです! できることなら何でもしますので、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくおねがいします!」



 あたしがまだ大学3年、知火牙くんが大学に入学したばっかのときだ。


 知火牙くんがあたしがバイトしてた便利屋マクロに新人バイトとして入ってきて最初の挨拶。

 彼の第一印象は、とにかくものすごい爽やかで、胡散臭いやつだなって感じ。


 甘いマスクで女を釣って、使い潰したらポイするタイプだろうなー、これまで何人も女の人生狂わせてるカスだろうな〜、とかって思った記憶がある。

 こういうやつに限って、バイトの同僚の女をすぐに口説いてくるんだよなぁ、なんて。

 男なんて、どうせヤりたいだけで、女の子のことなんて性処理の道具くらいにしか思ってないんでしょ、って。


 ............いやまぁ、知火牙くんが女の子を何人も泣かせるゴミクズ男だってのは実際間違ってないし、今でも思ってるけど......。


 仕事内容的にウチの会社にはあんまり女の子は多くなかったけど、それでもいた数人の女の子たちの目は輝いてたのを覚えてる。

 けど、男って生き物にまったく期待を抱いてなかったあの頃のあたしには、知火牙くんの良さがまったく心に響かなかった。


 あたしと知火牙くんとハジメテの共同作業......初めて一緒の現場で仕事したのは、老人が孤独死した事故物件の特殊清掃の現場だった。

 ゴミだらけでものすごい腐臭が漂ってる上に、布団には人が腐ってたんだろう跡が残ってたりしてる。


 特殊清掃の現場にはあたしは当時すでに何度も入ったこともあったし及び腰になるってほどではなかったけど、誰にとっても気分の良いものじゃない。

 ベテランの作業員さんなら単なる作業として難なく淡々と進めるものだけど、新人の子は大体吐いたりしてしまうもんだ。だけど......。

 知火牙くんにとっても初の特殊清掃。そんな現場でも彼は嫌な顔ひとつ見せずにテキパキ動いてた。


佳音かねさん。これどうしたらいいですかね? 貴重品っぽくも見えるんですけど、自分には判断できなくて」


「あぁ、それは貴重品だね。あっちの袋に入れておいて」


「了解です! ありがとうございます!」



 なんて、ただの業務に関する相談なのに、屈託のない笑顔を向けてくれちゃって......。

 でもあの頃のあたしには、そんななんでもない振る舞いさえも、チャラく見えちゃってた。


 だから仕事が終わったあと無邪気に声をかけてきた知火牙くんにも冷たい態度をとっちゃって。


「佳音さん佳音さん!」


「ん? お疲れ様。なに御霊くん?」



 なんなら嫌悪感丸出しの顔してただろうし、声も冷たかったと思う。

 もうプライベートの時間になったんだから、あたしに話しかけないでよって雰囲気を醸し出してた。

 実際、他の男性社員もあたしのこの態度を知ってるから、仕事以外では滅多に絡んでこないし。


 ..................なのに。


「今日はたくさん助けていただいてありがとうございました! いろいろと足を引っ張っちゃってすみませんでした。次回からはもう少し勉強して臨みますね!」


「え、あ、あぁ......そう。いや全然足引っ張ってないよ。むしろ初めてだとか信じられないくらいよくできてたと思うよ」



 あたしの態度なんて知りませんってくらいに笑顔を輝かせて感謝を伝えてくるじゃないか。

 その勢いにあたしも気圧されて、普段言わないような褒め言葉を発してしまったくらい。


 あまつさえ......。


「いえ、今日の俺は全然ダメでした。佳音さんの作業効率を凄く落としてました。精進します。それにしても佳音さん、俺のことめっちゃ嫌そうにしてたのに褒めてくださるなんて、優しい人ですね!」



 だなんて。

 あたしの嫌悪感にはちゃんと気づいてて、その上であの明るさで絡んできてたって。


 それを聞いてあたしは........................むしろムカついた。


「気づいてたならあんま気安くしないでくれるかな? っていうか何、ナンパ? あたし、軽そうに見えるかもしんないけど、そういうのほんといらないから」



 幸いにして、なのか、不幸にも、なのか、自分で言うのも何だけど見た目だけは良かったあたしは、昔から男たちにきっしょい言い寄られ方をしてきた。

 高校卒業までは黒髪でスカートも長くしててモサいメガネかけたりして地味だったはずのあたしだけど、それでも絡まれることは結構あったんだよね。

 昔から背が高かったから、子供の頃は男の子たちに『デカ女』とかいじられてたし、モデル事務所のスカウトとかほざくやつらに声かけられたことも何度かあったりしたり。


 そんな中で、高校卒業を間近のころに女友達と話してたら、大学に入ったら気弱な女はチャラい男に即喰われるって話を聞いた。

 喰われる典型的な女子のタイプに、当時のあたしはガッツリ当てはまってたんだよね。


 だから地味で気弱だと思われてしょうもない男に無理矢理迫られるとかってことを避けるために、あたしは大学デビューした。

 髪を金に染めて、喋り方とかも語気を強くして、男どもをビビらせる。食い物にされないために。


 実際、その作戦はそれなりに効果をみせてた。

 まぁ、その見た目とかのせいで、逆に軽い女と思われてナンパしてくる輩もいたわけだけど、そっちを撃退するのはそんなに難しくなかったからプラマイでプラスになったと思ってる。


 あたしはあのときの知火牙くんの言葉も、あたしを軽そうと見てのナンパの類いだと思った。

 違ってたとしても関係ない。いつも通り、キツい言葉で追い払えばいいだけ。これからできるだけ絡んでこないでもらえばOKだったし。


「笑顔振りまいて優しく積極的に声かけてれば女が誰でも靡いてくれると思ったら大間違いだからね」



 これで彼は関わってこなくなるだろう。そう思って、思いっきりキツく言ってやった。

 そしたらどうだ。知火牙くんはヘラヘラした表情を真面目に引き締めてこちらを見つめながら言うではないか。


「お気を悪くさせたならすみません。ですけど、ナンパとかではないので。確かに佳音さんはとても美しいかただとは思いますが、俺はそういうのは絶対しないって誓います。だからすみませんが、これからも話しかけさせてもらいますね!」


「あっそ。ま、知らないけどあんまり面倒なことに巻き込まないでね」



 真面目に返答してきたのがさらにあたしをムカつかせる。適当に放置してその場を去った。



*****



唯桜いおさん? 急に黙ってどうしたんですか?」


「ん? あぁ。いやね、知火牙くんと出会ったころのこと思い出してただけ」



 ソファに座らされて、水浸しの股をティッシュで拭かれてる間、一瞬ぼーっとしてたのを指摘される。

 知火牙くんを嫌いだった頃のことを思い出して、今の感情とのギャップでつい戸惑ってしまった。


「あは。俺が昔の話振ったから懐かしくなっちゃったんですか?」


「まぁ......そうだね。あたし、めっちゃ態度悪かったよね。実際あのころ知火牙くんのこと......っていうか男なんて大嫌いだったし」


「確かに、態度悪かったですよねぇ。でもあれも今思えば可愛いものです。それに、俺以外の男には靡かないでくれるって信じられるし、むしろ良い思い出です」


「............この女たらしのクズ......。あたしが他の男も女もぶっ転がして、知火牙くんを独占しようとしても、同じこと言える?」



 こんなの言ってもなんの意味もないことはもうイヤってほどわかってるけど、知火牙くんがあんまりにも調子に乗ってるし、釘くらいさしておかないと。


「あはははは。言えますけど、させませんよ。唯桜さんも他のみんなも、俺の大事なパートナーですからね。でも俺のこと、そんなに好きでいてくれるなんて、やっぱ嬉しいですね。可愛いですよ♪」


「もう、バカッ! 最低! 知火牙くん、いつか刺されるよ! ってかあたしが刺しちゃうかも。あたし以外の女と一緒にさせるくらいなら..................2人で別の世界でやり直そうよ」





「それはそれで魅力的ですけど、俺は今世でみんなを、唯桜さんを幸せにしたいんですよね。可愛くて愛しい唯桜さんを。だから、やらせません♪」



 ほらね、暖簾に腕押し、糠に釘。

 あたしの未来のダンナ様はこうやってのらりくらりと躱すんだ。ほんと最低。


 ..................でも、大好き。恋はするものじゃなくて落ちるもの、とはよく言ったもんだよ。

 にしても、普通ならイヤになるところでしょ、あたし......。こんな事故物件はさっさと捨てるのが吉のはずなのにね。


 もう心も体も知火牙くんに堕とされきってていうこと聞かない。


「それはそうと、唯桜さんのココ、いくら拭いても止まらないんですけど。っていうか、さっきからちょっと噴いてません?」


「しょうがないでしょ! 大好きな人に焦らされていじられて撫でられてってしてるんだから! それに知火牙くんの拭き方もわざとでしょ!?」






「あ、バレました?」



 チロっと舌を出して誤魔化して......。

 ほんと。なんであたし、こんな最低の人を大好きなんだろ......。

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