第8話 鎚玲有の思い出と画策

「うぅ............こんなの、絶対終わらないよぉ......。みんな仕事してくれないし、先生たちも適当だし。でもこの書類なかったら今年の生徒会運営できないし......」



 あれは私が高校2年のとき。

 1年生のときから継続で生徒会長をやってた私だったけど、ちーくんの指摘の通り、いろんなものを背負い込む質だった私は、生徒会の仕事の大部分を一人で熟してた。


 いや、熟してたってのは正確じゃないな......。


「シクシク......。もうムリだよ。誰も助けてくれないし、褒めてもくれない......。できて当たり前、できなかったら私が失望される......。なんで私こんな事やってんだろ......。でも、自分で引き受けたんだし、私の役目を放棄するなんてできないし......。ぐすんっ......誰か......助けて」



 完全なオーバーワーク。

 自分の処理できる仕事の要領をゆうに超える仕事量。


 たかが高校の生徒会にどれほどの仕事があるのかって思われそうなところだけど、私とちーくんの出身校は生徒の発言力が比較的強くて、その分生徒会で取りまとめないといけないこととか、作らなきゃいけない書類とかが凄く多かった。

 そんな仕事を捌き切るために、生徒会のメンバーは生徒会長を含めて6人が選出されるようになってた。


 あの頃も、本当はちゃんと6人が選出されてメンバー入りしてた。


 問題は、選出された子たちがみんな他薦からの不本意な当選で、やる気がなかったこと。

 しかも、責任感とかもなくて、一切仕事をしてくれなかったことだ。


 なら私も仕事を放り出せばいいじゃないか、なんて悪魔の囁きが、あの頃は毎日のように聞こえてきた。

 それでも自分が受けた仕事を途中で投げ出すなんてできない。


 それに、学校のみんなは裏で私のこと『一匹狼でクールな万能生徒会長』だなんて呼んでることも、期待されてることもわかってる。


 自分の仕事は投げ出せない。みんなの期待は裏切れない。

 そんな信念だけが私を動かしてたと思う。


 でも、いよいよダメだってときに。

 ちーくんは現れてくれた。


つち先輩。ハンカチとティッシュです。俺は何も見てないので。適当に落ち着いたら、俺に手伝えることがあれば教えてください」



 あまりにも爽やかすぎて逆に怪しく思えるほどのスマイルををぶちかましてきたかと思えば、紳士に水で濡らしたハンカチとティッシュをくれた彼。


 もらったティッシュで、するずるの鼻水をかんで、濡れたハンカチで、涙で少し晴れていた目頭を押さえる。



「あ、ありがとうございます。もう落ち着きました」


「そのようですね。とりあえずよかったです」


「お恥ずかしところを見せてしまいましたね。このハンカチは、洗って返します。それと、なにかお礼をしたほうが良い......でしょうか?」


「あはは、鎚先輩は聞いてた通り、真面目な方ですね。いえ、それは返していただかなくて結構ですよ。差し上げます。お礼とかも、不要です。お気遣いなく」


「え......でも......」


「渡しておいて恐縮なんですが安物のハンカチですし、俺は漢として、1人で涙を流してる女性を放っておけなかっただけですから。もし、どうしてもっていうなら、鎚先輩の仕事を手伝う権利とかがほしいですかね?」


「えっ......と? どういうことかしら?」


「あはは、なんか混乱させちゃいましたかね。すみません。じゃあ、一人で戦ってる美人な先輩とお近づきになる口実を求めてる哀れな後輩だと思っててくれたらいいですよ」



 正直、第一印象は『変わった人』だったなぁ。


 振る舞いもなんか芝居がかってる感じだったし。私は彼の名前を知らなかったのに、彼は私の名前を知っていたし。

 まぁ、生徒会長として壇上に立つことも少なくなかったから、名前についてはそこまで不思議には思わなかったけど。


「あなたは............ごめんなさい、どなただったかしら?」


「おっと、これは名乗るのが遅れて失礼しました」



 これまた芝居がかったお辞儀をする彼。


 もしかして、あのあからさまな振る舞いは、悲しんでた私の気を逸らすためためにわざとしてくれてたのかな?


「俺は1年の御霊知火牙みたまちかげです。今はまだ非公式ですけど、なんでも屋みたいなことをやってます」


「あ......そうなの。それで? そのなんでも屋さんは、どうして私に声をかけたのかしら? 入学したばかりの1年生に任せられる仕事なんて、ほとんどないのだけど?」



 あぁ......思い出したら恥ずかしい。

 あの頃の私は結構尖ってた、と思う。


 クールで完璧な生徒会長とかって呼ばれて調子に乗ってたところもある。

 何でも涼しい顔でこなす会長っていう人間像にキャラを合わせにいってた部分はある。


 けどさ、後輩の男の子の前で泣き顔を晒してるのに、何カッコつけようとしてるのよ......。


 なのに、そんなひねくれた私にちーくんはさらに救いをくれた。


「そうですか。それは残念です。実は俺、中学時代からなんでも屋みたいなことをやってまして、高校でも知名度上げていこうって始めたのはいいんですけど、学内ではなかなか仕事が見つからなくてですね。なんでも屋として新しい部活を設立したいと思ってるんですけど、いかんせん、変わった部活なんで、実績がないとそういうの難しいっぽくて。それで実績作りに何かやらせてもらえたらなぁ、なんて思ったんですよね」



 チラッチラッっと私の方を盗み見ながら、言い訳じみたことを述べる彼がなんだか面白くって。


「くすっ。なによそれ。なんでも屋の部活動って、ほんと変な部活ね。けどまぁ、あなたがそこまで望むなら、ちょっとくらい仕事を分けてあげてもいいわよ?」


「おぉ! 本当ですか! それは凄く助かります! 鎚先輩は聞きしに勝る聖人であらせられますね!」



 バカ。私のバカ。マジでバカ。

 ちーくんに全力で感謝して全身舐め回すべきところでしょ。この期に及んでカッコつけるとか、めっちゃダサいからね。





 それからちーくんはものすごい勢いで書類の山を片付けたり、後で私が見つけやすいようにまとめ直してくれたり、まだ教えてない将来の業務も予測して準備してくれたりと、文字通り一騎当千の働きを見せてくれた。

 おかげで私は無事、業務を完遂できたわけだ。


 その期間、およそ1年間。

 ちーくんは生徒会役員でもないのに、1年間も私のお仕事を手伝ってくれたわけだ。


 そのあと一緒に部活動を立ち上げたりとかもあったけど、毎日毎日助けてもらって、少しずつ少しずつ好きになっていったんだよね。



*****



「ってな感じで、いっぱいいっぱいだった私を助けてくれただけじゃなく、その後もサポートしてくれたよね。私、態度も悪かったし、もととも目つきが悪いからみんなに怖がられてたのに......」


「いえいえ、あんなのはアタリマエのことです。今思えば、本当の漢なら、あの倍くらいは玲有れいあさんの仕事を奪うべきだったのに」



 あれ以上働かれちゃったら、今度は私の立つ瀬がなくなっちゃってたところだけどね?


「それにその鋭い目つきも玲有さんの魅力の1つじゃないですか。涼し気な目元、素敵だよ?」


「も、もうっ! 調子いいことばっかり言って!」


「本心ですよ。俺たちの子どもも、玲有さんに似てるかな?」


「..................ちーくんに似てたらいいなぁ......なんて」



 うー、ちーくんにはヤラれっぱなしだよ。私の方がお姉さんなのにリードされっぱなし......。


 しかもちーくんとの出会いを思い出したら黒歴史がたくさん出てきちゃうなぁ。そもそも私の大切な思い出だから、絶対に忘れたりできないんだけど。


「それに、一緒に部活動も立ち上げたよね」


「でしたね。部活の助っ人から潜入捜査の協力まで、文字通りなんでもやるなんでも屋の『総務部』。大変でしたけど、楽しかったですねぇ。俺と玲有さんだけの部活でしたし、俺が卒業すると同時に消えちゃったわけですけど」



 ちーくんには一生内緒のつもりだけど、実は部員希望者はめちゃくちゃたくさんいたのよね。


 自分たちで言うのもなんだけど、学校で人気者の私とちーくんが所属してるんだもの。

 総務部は創設からすぐにいろんな生徒を助けたりしてた実績もある。


 ときには不登校の生徒に優しく寄り添ったり、環境を整えて登校できるようにしたり。

 ときには見るに堪えないいじめ問題を解決したり。

 部活の助っ人もしたし、なんかよくわからない学校外の組織の潜入捜査の手伝いとか危ないこともたくさんしたな。


 実際は、私は事務的なことをしてたくらいで、業績のほとんどはちーくんのそれだったし、ちーくんは私に内緒で外部でもっといろんなお仕事してたみたいだけど。


 そんな大活躍の部活に希望者が来ないわけもなく。


 でもそれを、私がちーくんと2人っきりの場所を守るために、審査するって名目で全員無条件に落としてたのは、内緒。卒業してからもチャチャ入れてたし。


 あれは私が人生でやっちゃった2番目にズルいこと、だと思う。反省はしてるけど後悔はしてない!

 もちろん一番のズルは、妊娠するように内緒でいろいろしたこと。こっちだってもちろん後悔なんてしてない。


「部活が消えちゃったのは確かに寂しさもあったけど、私は、私とちーくんだけの思い出が永遠になったみたいで、それはそれで嬉しかったけどなぁ〜」


「あはは、確かに。俺と玲有さんだけの、思い出ですね」



 その笑顔、あの頃と全然変わらない。

 いえ、むしろさらに輝いてるよ。


「......素敵な思い出を思い出したところで恐縮なんですけど、玲有さんのニヤケ顔みてたら、可愛すぎて流石にそろそろ限界がきちゃいました......。やっぱり手で、してもらえますか?」



 あはっ。

 さっきからなんかハァハァしてるなぁ〜と思ったら、そういうこと♪


「もちろんだよっ! ほら、もっとこっち寄ってきて? じゃあ、いくね?」





 私の手で気持ちよさそうにするちーくんを見て改めて思った。


 月曜日だけなんてイヤ。もっと毎日こうしてたい。


 あの負け犬幼馴染ちゃんたちは、ちーくんがギリギリまで進学先を秘密にしてたらしくて違う高校だった。だから、私は、ホテルから出た瞬間の私たちに彼女たちが接触してくるまで、彼女たちの存在すらも知らなかった。


 本当に目障りな子たちだなぁ。付き合いが長いってだけでイキってるなんて、ほんと勘弁してほしい。


 佳音かねさんもだよ。年増女の分際で、バイト先でたくさんちーくんのお世話したからって良い気になって。青春時代に苦楽をともにした私とは比べ物にならないんだぞ。


 あと私、もうちーくんの赤ちゃん孕んだし。あなた達とはもう次元が違うんだよ。


 そのはずなのに、ちーくんは私を他の子達と同列に扱うし......。











 この幸せな時間を独り占めするんだ。......いや私たちの子どもと、2人占め、かな? 私たちの幸せのために、あの子達は絶対に潰してやる。

 ハーレムを維持しようだなんてダメなことしてるちーくんのことも、抵抗できないようにしてあげないと............ね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る