車窓

橘花あざみ

車窓

 平日の朝。駅のホームは一体何人いるのだろうと思うくらい人が溢れている。いざ人数が分かったところで、眩暈を覚えるだけだが。


 何とか真ん中の車輌に乗る事が出来た私は、担いでいたリュックを背中から腹部の方へ移し、自分のスペースを確保しつつ、背後の邪魔になっていないかをチラッと確認する。

 電車が発車するのと同時に車体が揺れ、吊り革や手摺りを掴んでいても身体が持っていかれ、両隣の人に当たっては、謝罪の意を込めて軽く会釈をした。

 今朝はいつも以上に車内は混雑していて身動きが上手く取れない。いつもならスマホを取り出して、メールのチェックや日経をチェックするが、今日はそれすら難しい。

 ふと窓の外に視線が向いた。

 澄んだ青い空、太陽に照らされキラキラした川面。

 川辺にある広場では朝早くから学生の部活動らしき練習風景や散歩している人たちがいる。

 あっという間に景色は流れ、ふと遠くの景色に目を向けてみた。

 

『あ、山が見える。都内から山が見えるなんて…』


 学生時代から毎日乗っている電車なのに、こうして車窓から山を見つけたのは初めてだ。山だけではない、こうして車窓に広がる景色を見たのもかなり久しぶり、というか初めてに近い感覚だ。


『そういえば景色とか見たの、久しぶりだなぁ〜』


 今日のように満員電車に揺られ、両隣にいる人にぶつからないかを気にし、運良く席が空いていたら座り、座れたらメールと日経をチェック。それが終われば会社の最寄駅まで読みかけの本を読むか、はたまた寝る。そんなことが毎朝の電車内での最大限の動作で、視線は常にスマホの画面だったりしていた。だからこうしてゆっくり外の景色を見ることなんて無かった。


『そうか、私が通っている路線にはこんな景色があったんだ︙』


 肩の力が少しだけ抜けた気がした。すると、さっきまで窮屈に感じていた自分の周辺にいくか足の踏み場があるのに気付いた。


『あれ?いつの間にか人が減ってる? あぁ〜、乗り換えが多い〇〇駅が過ぎたからか』


 車窓からはさっきまで見えていた山は見えなくなり、いつも見慣れたビル群が目立っていた。

 

 いつもと変わらない日常。

 窮屈な日々。

 でも、ふと視線の先を変えたら、そこにはいつもあったのに気付かなかった景色があって、少しだけ当たり前の日常が楽しくなった。


【完】

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車窓 橘花あざみ @ray-777

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