大樹家に帰る!

「藤井先輩おはようございます、早いですね。」

「おはよう、山田君。」

 大樹はパソコンの前で書類を作りながら挨拶を返す。


「・・・朝から何されてるんですか?」

「・・・引継ぎ書とこの先の計画書だよ。」

「え?引継ぎ?」

「うん、日本に帰る事にしたから。」

「はぁ!?どうしてですか!?」

 驚く山田、大樹は笑みを浮かべながら答える。


「今、大事な物があっちに有るからだよ、いつの間にか目的と手段を間違えていた事に気付いてね。」

「・・・娘さんですか?」

「・・・うん。」

 大樹は言葉に詰まるが返事を返した。


「それでいつ帰るんですか?」

「今日の昼の便が取れたんだ、急げば間に合う。」

「昼!?空港まで2時間は掛かりますよ!?」

「だから急いで作ったんだよ。」

「急いでって・・・何時から出社してたんですか?!」

「昨日の夜11時かな?」

「マジですか!?本社には・・・言う暇有りませんでしたよね。」

「最悪クビ覚悟だからねぇ、日本に戻ったら本社に直行して話をしてくる、世話になったね山田君。」

 大樹はそう言うとパソコンのボタンをポチっと押す。


「作ったデータファイルは山田君に送っておいたから、後で見ておいて、分からない事が有ればLIMEでも電話でもしてくれればわかる範囲でフォローするから。」

 大樹は立ち上がると荷物を持つ。


「それじゃ、元気でね。」

 ニッコリ微笑む大樹は山田の肩をポンと叩くとオフィスから出て行った。



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「・・・マジか、藤井先輩これ一晩で作ったのか!?」

 山田はデータを開き読み続ける、今やっている研究から今後の研究目標と今までの経緯までが分かりやすく纏めてあった。


「本社、本社だと・・・誰だ、安村課長、いや部長の方が良いか。」

 山田はブツブツと呟きながらメールを開き部長にデータを送った。



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「・・・先に家に帰りたいけど、会社が先だよなぁ、めぐに怒られちゃうからなぁ。」

 日本に到着した大樹は荷物を郵送で送る手配をし、最小限の手荷物を持ってタクシーを拾うと本社に向かう、大樹は話す内容を考えるが、家族の為以外の理由が思い浮かばず苦笑いする。


「それ以外に言いようがないんだよなぁ。」

 タクシーの窓から外を見る、久しぶりに見る通りをぼんやり見ながら千春と春恵を思い浮かべ笑みを零す。


「もう少しで会えるよ、めぐ。」

 呟きながらも焦りがあるのか、カタカタと足を揺らす、暫くタクシーに揺られ大樹は本社に到着した。


「よし。」

 気合を入れ大樹はビルに入る、受付を素通りすると大きな扉の前で社員証を照らす、扉が開き奥のエレベーターに乗り込む。


「11階、部長居るかな。」

 ブツブツと呟く大樹、途中でひとが乗り込み、他の階で降りる、大樹はぼんやり表示を見ながら話す内容を考える、しかしやはり言い訳も出てくることはない。


チーン


11階に到着すると長い廊下が有る、大樹は躊躇いもなく歩く、すれ違う女性は何故ここに藤井大樹が居るのかと驚くが、声を掛ける勇気はなかった、大樹は真っすぐ前を見つめスタスタと歩いて行く。


コンコン


「どうぞ。」

「失礼します。」

 大樹は声を掛け扉を開ける。


「藤井・・・家族に何かあったのか?」

「有ると言えば・・・そうですね。」

「仕事を辞める理由になる程の事か。」

「はい、何よりも大事な者ですから。」

「・・・山田からメールが届いた、この先1年分の計画書まで作ってるじゃないか、1年我慢出来ないか?」

「無理ですね。」

「・・・そうか、山田から貰ったメールの企画書とこれまでの開発結果、そして今後の開発に関する計画を社長に見せて来た。」

「早いですね。」

「お前が向こうを出て何時間経ってると思ってるんだ。」

「18時間程ですか。」

「それだけあれば数回会議が出来る。」

 部長はそう言うと書類を見せる。


「もう一度話をして引き止めろとの指示だ・・・が、無理そうだな。」

 部長は溜息を吐くと手を出す、大樹は手に持った辞表を渡す。


「いつでも戻ってこい、今より良い条件で受け入れるぞ。」

「光栄ですが、それは無いですね。」

 ハハハと笑いながら大樹は答える。


「羨ましいなぁ。」

「何がですか?」

「自分の人生をかけてまで家族を守るお前がだよ。」

「部長も凄いと思いますよ?」

「バカ言え、俺は家族を犠牲にしてココまで来たんだ、家族から恨まれてもしょうがないくらいだ。」

「そんな事は有りませんよ、それでは部長、有難うございました。」

 頭を下げる大樹、部長はニヤっと笑う。


「藤井、お疲れ様、会社都合での退職にしておくから退職金その他もろもろ全額振り込んでおく、確認しておいてくれ。」

 大樹は驚いた顔をする、そしてもう一度頭を下げ部屋を出て行った。



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「お父さんもう家に着くって~。」

 ソファーで寛ぎお茶を飲みながらスマホを見る千春は春恵に言う。


「迎えに行こっか。」

「ん~おかぁさん1人で行ってきてぇ~。」

「何で?千春も行こうよ。」

「ヤダ、お父さんのマジ泣き見たくないし、私居たらお父さん我慢しちゃうでしょ。」

「・・・フフッ、優しいのね。」

「この2日おかぁさん独り占めしてたからね~♪今日はお父さんに譲るよ。」

 ニパッと笑う千春、春恵はもう一度フフッと笑うと門の部屋に移動する、そして日本に戻ると玄関前に立つ。


「この体ほんと凄いわね、扉の向こうまで見えるわ。」

 春恵は扉の向こうを見ているとタクシーが到着する、直ぐに飛び出す大樹を見てクスクス笑う、大樹は門扉を急いで開けると、玄関の鍵をカバンから取り出そうとするが、焦って出て来ない。


「もう、焦りすぎでしょ。」

 春恵は玄関の鍵を開けると大樹に声を掛ける。


「タイちゃんお帰り。」

 今までの事が無かったように、普段の旦那様を迎える様に、普通に声を掛ける春恵。


「・・・ただいま・・・めぐ。」

「仕事は?」

「・・・辞めて来た。」

「もう、辞めなくても良かったのに、ほら、突っ立ってないで入りなさいよ。」

「・・・あぁ・・・。」

 大樹は玄関に入ると靴を脱ぐ、春恵はテーブルの椅子を引き大樹を座らせる。


「お茶飲む?」

「・・・あ、うん。」

「麦茶でいい?」

「うん。」

 十数年前、当たり前の様にあった日常を思い出す春恵はクスッと笑う、大樹はずっと春恵を見つめる。


「はいお茶。」

「ありがとう。」

 春恵は大樹の対面に座ってニコッと笑う、そして大樹の手を取る。


「今まで頑張ってくれてたんだね、ありがとうタイちゃん。」

「うん・・・がんばった・・・ちはるもがんばっでぐれだがら・・・。」

「うん、ありがとう。」

「おがえり・・・お母ざん。」

「ただいま、お父さん。」

 大樹はボロボロと涙を流す、声が嗚咽に変わる、そして大樹の手を握ったまま微笑む春恵の頬にも涙が流れた。





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