第7話 おいでませ魔王城⑤ ~本物の勇者に~

 川上にある開けた土地で、俺達は待ち伏せを開始した。泥まみれになりながらも進む勇者に、追いかけてくる鎧の兵団。


「あれが魔王軍か」


 ラシックが逃げながら魔王軍に攻撃を放つ。魔法剣を振りかざすが、それが全て弾かれる。


「強い」


 いやもうこれ俺達いらないだろ。殺せないって問題はあるかもしれないが、包囲して確保するぐらいは簡単なんじゃないかこれ。


『余計なこと考えてないで、さっさと捕まえに行けアナザー』


 尻を叩かれたような感覚に襲われながら、俺は広場へと身を乗り出した。しばらく腕を組んで待っていれば、ボロボロになった偽勇者がふらつきながらやって来た。


「やぁラシック……ここで会ったが何回目?」

「お前はっ……!」


 挨拶をすれば剣を構える偽勇者。だがすぐにそれを収め、糸が切れた人形のように座り込んだ。


「いや、もういい疲れた。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」


 降参。


 この長過ぎる鬼ごっこの結末は、実に平和的なものだった。疲れなくてよかったが、とりあえず手頃な縄で彼の両手を縛り付けた。


「あれもお前の差し金か?」


 ラシックが顎で差すのは、完全武装の魔王軍。


「わたしの差し金」


 胸を張ってレーヴェンが答える。初めからこいつらを動員してくれたら、こんな事にはならなかったのにと心の隅で思ってしまう。


「そうか、なら初めから……勝ち目なんて無かったんだな」


 その意見に同意する、初めから俺達は勝ち目なんて無かったのだ。いやそれどころか試合すら向こうに組まれた八百長だ。いつかどこかで間抜けがしでかした、捜し物をするだけの。


「ところで、どうしてお前は勇者の振りなんてしたんだ?」

「僕はね……強かったんだ」


 素直な口調でラシックは語る。きっと本当の彼は、そういう性格だったのだろう。


「ただ、どれだけ強くても……ただ強いだけの魔法剣士。特別になりたかったんだよ。誰だってそうだろう? 金が、名誉が、女が欲しかったんだ。勇者って肩書きがあれば、全部手に入ると思ってた」

「けれど、もう何も無くなったな……金はもうなく名誉は地に落ち、彼女達は」


 元取り巻き三人が、物陰で嘔吐しているシンシアを甲斐甲斐しく世話している。もはや過去の男に目もくれず、新しいご主人様に嬉しそうに尻尾を振る。大丈夫かなこいつの心と思ったが、諦めたように笑っていた。


「まぁ、新しい恋も見つけたようだ」


 ちょっと恋というには歪なような気もするけどな。


「いいえあなたにはまだ持っている物があります」


 毅然とした態度で、ラシックに立ちふさがるセツナ。そして胸ぐらを掴んで、怖すぎる笑顔で言葉にした。


「それは私のパンツです」


 ああうん、そう言えばそれが本来の目的だったね。


「……あそこの鞄の中」


 ラシックが顎で差した先にある、ボロボロになった鞄。セツナはそれに飛びついて、中を改め始めていく。出るわ出るわパンツの山、これ全部こいつが盗んだのかすごい執念だ。


「何で下着泥棒なんか?」

「わからなくなったんだ。皆が僕を見ているのか、勇者って肩書きに群がっているのか……ほら下着は物を言わないだろう?」

「さっぱりわからん」

「変態の奇行はそんなものさ」


 ようやく一枚のパンツを見つけたセツナが、安堵のため息を漏らした。これにて一件落着、とならないのが悲しい所。


「ちょっと、二枚目のパンツはどこですか!」

「え、お前二枚も盗んでたの?」

「いや……」


 とぼけてなどいない、心底何のことかとわからない顔でラシックが呟く。セツナに睨まれて気合が入ったのか、ようやく思い出してくれたらしい。


「ああ、あれなら鞄の横のポケットの底の方」


 急いでポケットを改め、一枚の布を即座に掴んで自分のポケットに仕舞うセツナ。


「ありました、作戦終了ですキール様」


 これにて本当に一件落着。色々有りすぎたこの旅は、どうやらセツナの完全勝利で終わったようだ。


「じゃ、帰るか」


 いやもう疲れた、家を出てから何日経ったか数えるのすら面倒だ。今はあの快適な魔王城に戻って休んで、それから一旦家に帰って今度は本物の勇者探しか。


「え? もう終わり? わたくし何のために呼ばれたのかしら……」

「結果的にそうなっただけだろ」


 何はともあれ一件落着。拍子抜けするほどの幕引きに気が緩んでいるのは確からしい。


「しかし何だ、よくここまで逃げたね君」


 しかしラシックの逃避行には思わず感服する。どうせ降伏などするなら、もっと早くしても良かったはずだ。


「王都で脅されたからね……全力で逃げて最後まで勇者の振りをしろ、じゃないと殺すって」

「誰に」


 物騒なその言葉に、思わず目を見開いてしまう。


「本物の勇者に」

「……え?」


 何だそれ。偽勇者の振りを続けたのは、本物の勇者に脅されたから? いやでも、それは。


「だから君は追いかけてきたんじゃないのか? だって」


 ――本当は、わかっていたのかも知れない。言葉の端々で気付いていたのかも知れない。


 剣を抜かない彼女を不思議に思った時から。ハイネ先生が彼女の剣を気にした時から。


 先送りにしてしまった。後でどうとでもなるだなんて、甘い考えを抱いていたんだ。


「本物はそこにいるじゃないか」


 アイラが、その剣を引き抜いた。


 青く、蒼く。眩しいぐらいに輝く刃が姿を表す。


 一瞬の事だった。斬りつけられたレーヴェンが、血を吹き出しながら倒れ込む。


「ここに来て口を割るとは……使えない偽物だ」


 冷たい言葉を言い放つ。素直な彼女が言うはずもない、そんな台詞を吐き捨てる。


「目くらましになると思って泳がせていたけれど、もう十分か……魔王の居場所も全部手に入った」


 駆けつける魔王軍だったが、そんなものはただの一薙で吹き飛んでしまう。


「アイラ、何で」

「何でって……キールさん、おかしなことを聞きますね」


 彼女は笑う。口角を上げ目を細めただけの、ひどく歪な笑顔で笑う。


「だってあたし、勇者ですよ」


 出来る事はきっとあった。機会なんて山程あった。けれども俺は何も出来ずに、優しい彼女をただ泣かせることしか出来なかった。


「魔王を殺す以外に、何をするっていうんですか?」


 それがただ、歯がゆかった。

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