第7話 おいでませ魔王城④ ~ゴーヤ~

 瞼を開けば白い天井。起き上がればそこはベッド、椅子に座って果物の皮を剥くセツナの姿。


「おはようございますキール様」

「ああ、おはよう」


 魔王城のはずなのに、拍子抜けするくらいのいつもの光景。


「この旅でもセツナに起こされてばっかりだな」

「ご心配なく、その分お給料は頂きますから」


 そりゃ良かった、こっちも起こされ甲斐があるってものだ。


「結構寝てた?」

「二日ほど」

「身の丈に合わない事はやるものじゃないね」


 体を伸ばせば、節々に痛みが走る。魔王様と食後の運動だなんて、一介の地方領主がするには荷が重すぎたのだ。


「そうですね、少しは自分というものを省みてはいかがですか?」


 そう言ってセツナは、果物を切り分け皿の上に置いてくれた。ただそのオレンジ色の食べ物を、俺は見たことがなかった。


「どうぞ、こちらの果物だそうです……マンゴーとかいう」


 一つつまんで口に入れる。驚くほどの甘さが口いっぱいに広がった。


「美味いな」


 おまけに柔らかいと来ている。独特の風味はあるものの、いくらでも食べてしまいそうだ。


「持って帰ったら高く売れるんじゃないか?」

「こちらにあるものは概ね、そう思える物ばかりですよ。ミキサーなんて驚きましたよ、今までの手間を返して欲しいぐらいです」


 彼女の語るミキサーがどういう物かは知らないが、少なくとも悪態をつくぐらいには便利な物らしい。


「ところで他の人達は?」

「シンシア様はペットと一緒にお酒を嗜み」


 ああ爛れてそうだなあの四人。


「レーヴェン様は……アイラ様を連れてお城の中を案内していますよ」


 得意げな顔をしてアイラを連れ回すレーヴェンの姿は簡単に想像がつく光景だった。


 窓から外の景色を眺める。気の遠くなるような青い空、脳天気に浮かぶ白い雲。


「何というか……平和だな」

「そうですね」


 自然と漏れた声に対して、セツナが相槌を打ってくれる。敵地真っ只中だと言うのに、何とも呑気な二人である。


「そうでもないぞアナザーよ」


 と、いきなり部屋に入ってくるなりこの間聞いたばかりの声が響いた。


「ハイネ先生来てたんですか」


 相変わらずカエルのスリッパに白衣という出で立ちのハイネ先生が、ため息を突きながらベッドの脇に腰を下ろした。


「お前が倒れたって聞いてな、呼び出されたんだよ」

「そりゃ悪い事を」

「全くだ。なあメイドのアナザー、こいつの仲間全員連れて来てくれないか?」

「かしこまりました」


 セツナは席を立ち、残されたハイネ先生が皿の上のマンゴーを平らげる。


「何かあったんですか?」

「あのなぁ、少しは自分が何をしに来たか考えてから喋ってくれ」

「えーっと……偽勇者探し」

「そういう事」


 うんうんと先生が頷く。


「見つけたからな。さっさと捕まえに行くぞ」


 えっと声を漏らす前に、先生が俺の手を掴む。どうやら魔王城での楽しい療養は終わりを告げてしまったらしい。




 タマの背中に乗りながら、俺達は川を上っていく。筋肉痛が残る体には少し辛いが、命令なので仕方ない。


『おい聞こえるかアナザー』


 耳栓のような物からハイネ先生の声が聞こえてくる。この小さな物で城にいるハイネ先生と会話できるのが驚きだ。


「聞こえてますけど、これってどういう原理なんですか?」

『説明してもいいがな、理解出来ないぞどうせ』

「じゃあ良いです」


 何か凄い奴って事にしておこう、うん。これだけで世界の色々な物がひっくり返るぐらい凄い奴だ。


「ちょっとレーヴェン、スピード落として貰えないかしら」

「無理。急いでる」


 青い顔のシンシアが口を押さえながらレーヴェンに頼むが、どうやら彼女の願いは聞き入れられない。


「大丈夫ですかシンシア様、迎え酒はいかがですか?」

「せ、背中を擦ってやらないこともないぞ」

「シンシア姉さま袋ですどうぞ」


 各々心配するシンシアのペット達。いやなんで付いて来てるんだろうこの子達。


「ペットいる?」

「あの男に対する足止め程度にはなるかと」


 セツナが辛辣な言葉を吐く。そう言えば一応強いんだっけか彼女達、もう見る影なんて無いけどさ。


『おい旅芸人のアナザー共、いいからデバイスを注視しろ』

「でば……」

「はいこれ」


 レーヴェンが差し出すのは例の黒い水晶玉。覗けばそこには見下ろしたような地図と共に、点や印が刻まれている。


『そこの赤い丸がお前たちで、青いのが偽勇者だ』


 川を上っていく赤い丸、並行して森の中を進んでいく青い丸。そしてその後ろを、追い込むように赤い三角形がじりじりと進んでいく。


「赤い三角形は?」

『魔王軍だ。ま、このまま追い詰めていけば川上で挟み撃ち出来るってわけだな』

「魔王軍が倒せば良いんじゃないの?」


 赤い三角形の大きさは、おおよそ俺達の赤い丸の三倍程度。単純に俺達の三倍も人数がいるなら、人間一人訳ないだろう。


『馬鹿かお前、アナザー殺したら冷凍刑なのは常識だろお前がやれ』


 知らない常識だ。


「え、じゃあ魔王に殺されるっていうのは」

『冗談だ、アーッハッハハ!』


 ハイネ先生の笑い声が聞こえてきたので、耳栓を外して握りしめる。


「なあレーヴェン、お前の姉の嫌いな食べ物とか教えてくれるか」

「ゴーヤ」

「知らない食べ物だ」


 一応付け直す。今度ゴーヤとかいうのを見かけたら、先生に送りつけてやろうと誓いながら。


「……いよいよですね」


 アイラが剣を抱きながら、そんな言葉を呟いた。少しだけ聞きたいことがあったが、これが終わってからにしようか。


「飛ばすよ皆……!」


 加速するタマ、嘔吐するシンシア。振り下ろされそうになりながら、あの下着泥棒に向かって。

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