第7話 おいでませ魔王城② ~4182番、早く牢に入れ~

 連れて行かれた先が豪華スイートルームだった。ただちょっと扉が鉄格子でトイレ付きのワンルームでボロボロの毛布が床に敷いてあるだけのスイートルーム。うん、ここ牢屋だったわ。


「4182番、早く牢に入れ!」


 もはや名前も呼ばれなくなった俺は、その中に放り込まれる。


「ちがっ、俺は無じ」

「黙れえっ!」


 振り返って弁明をしようにも、重たい鉄の錠前の落ちる音が響いてしまった。その場に倒れこんで天井を見上げれば、蠅が明かりに群がっている。豪華な城にもこんな場所はあるんだなと思っていれば、物音が耳に入る。


「よう新入り……こんなとこに打ち込まれるなんて余程悪さをしたらしいな。強盗か、いや身なりが良いから詐欺師か? どっちにしろ運がなかったな」


 先客がいたらしい、楽しそうな声が部屋の隅から聞こえてきた。


「何もしてない……」

「ハッハッハこいつはいい度胸だ! そんな台詞を吐く甘ちゃんが、こんなとこに来るかよ!」


 起き上がり、その先客の顔を見る。燃えるような赤い長髪を搔き上げながら、楽しそうに笑っていた。


「いい事を教えてやる新入り……ここは冷凍刑が確定した凶悪犯しか来れる場所じゃねーんだよ」

「レイトウ刑?」


 意外と親切なのか、彼はこの牢屋について教えてくれた。


「まさかそれも知らないって言うんじゃないだろうな」

「はい」


 が、何を言っているか理解できない。凍らせるのは何となく伝わるが、それと刑罰が結び付かない。


「何者だお前」


 流石に怪訝に思ったのか、彼は目を細めてそんな事を尋ねて来た。隠す必要などない俺は、正々堂々答える事に。


「キール=B=クワイエット、怠け者の地方領主です」

「クワイエットって……アナザーかお前」

「らしいです」


 男は笑う。楽しそうに何度も膝を叩きながら。


「おいおいおいおい魔王城に来た初めてのアナザーが牢屋行きとは笑わせてくれるじゃねぇか!」

「しかもあのクワイエット領か……」


 そこで彼の言葉が途切れる。それから少しの間考え込んでから出て来た言葉は。


「何もないよなあそこ」


 あの場所を良く知っているからこそ言い切れるものだった。


「何もないです、よくご存知ですね」

「仕事で行った事あるからな」

「え?」


 この人は魔族で、それの仕事でクワイエット領に。だめだ理解が追い付きそうもない。


「まぁこう見えて俺は公僕でな。今は訳あってこんな場所にいるが……まぁ俺の事はいいか。アナザーの文明の発達を調整する仕事してたんだよ」

「と言いますと」

「例えばそうだな……お前パンツ履いてるか?」

「当然ですよ何言ってるんですか」


 むしろ食べてすらいますよ、とは当然言わない。


「だがな、そいつは俺達魔族がお前らにくれてやったプレゼントの一つだ。そうだな、お前らが普通に進歩してその布切れに辿り着くには300年ぐらいかかるだろうな」

「えーっと、つまり」

「お前らの言葉で言う魔族ってのはな、陰ながらお前らを進歩させてんのさ。まあ外来種の俺達が迷惑料支払ってるとでも思ってくれ」


 頭を掻く。もっと頭の良い人なら彼の言葉を理解できるかもしれないが、少なくとも俺には無理だ。


「さっぱりわからないですけど、魔族が凄いってのはこの間思い知りました」


 ただ、凄いのは理解できた。例えばこの城の明るさ、ハイネ先生の持つ技術。どれも持ち帰れば一山当てられる程度の代物だ。


「素直だな、アナザー共は魔族憎しじゃなかったのか?」

「教えられたものと自分の目で見たものは違うなって」


 魔王を倒すという人類の命題は、子供ですら知っている。だがそれでも、魔王に関係があるレーヴェンやハイネ先生、それからこの城で見てきた人達を諸悪の根源とは思えない自分がいた。


「勇者の伝説ぐらい知ってるだろ? 応援しないのか?」

「青い刃を携えて勇者が魔王を討つって奴ですか?」

「それだな」


 彼が頷く。勇者特別支援法なんて無茶な法律が出来たのは、勇者の伝説を誰もが知っていたからだ。だからこそラシックは、魔法剣で剣を青くするだけで勇者の偽物になりきれた。今思えば杜撰だが、他に確かめようもないのが事実。


 だが、ここで考えが少しまとまる。仮に魔族が俺達の文明の発展を助ける手助けをしているとしよう。ならばなぜ、勇者の伝説等存在するのか。むしろ神に似た彼らを崇拝する伝説があって然るべきではないかと。


「もしかして、この伝説は魔族が作った……?」


 結論が口に出る、そうだこれなら筋が通る。初めから勇者の伝説は、魔族側の持つ何らかの事情を反映させた後付けの方便なのだ。


「正解だアナザー、いやキール=B=クワイエット」


 満足そうに男は笑うと、俺の名前を静かに呼んだ。


「順を追って話そうか。まず俺達は遠い昔、お前らの棲家に魔獣を放っちまったのさ。当時のアナザーには対抗する力なんか無くてな、このままじゃお前らは滅んじまう。つーわけで対抗出来る武器の精製法やら魔法やらその他諸々を教えて、間接的に助けたわけだな」

「迷惑料ってそういう事なんですね……直接助けなかった理由はあるんですか?」

「こっち側の事情だな。誰だってやらかしちまったらこっそり何とかしたいだろ?」


 その気持ちがわかるから、目の前にいるのが根本的に同じ生き物だと実感してしまう自分がいた。


「なら……どうして勇者って必要なんですか? 話聞く限り魔王討伐って無意味だと思うんですけど」

「身内の恥はまだあるんだよな」


 少しだけ舌を出し、男はまた髪を搔き上げる。


「青い刃ってのはな、俺達が遠い昔に作った最強の剣……いや兵器と言った方が良いな。万が一俺達がどうしようもなくなった時、全員まとめて自害するための殺戮兵器だ。そしてそれを使えるのは、伝説の戦士とその末裔のみ」


 まとめて自害するという言葉が引っかかるが、それでも俺は黙って男の話に耳を傾けていた。


「何だがまぁ、その伝説の戦士が持ち逃げした上にアナザーと駆け落ちしちまってな。色恋沙汰に首を突っ込むほど野暮じゃねぇが危ねぇモンはさっさと回収しちまいたいんだよ」

「じゃあ勇者は武器の運び屋って事ですか?」

「だな。ノコノコこの城に来てくれれば美味い飯と事情を話して返してもらいたいんだが……どうよお前なら信じると思うか?」

「多分信じませんね」


 フハハよく来たな勇者よその武器は危ないからこっちによこして美味しいご飯を食べて帰れ! うん十中八九罠だと思われる。


「だよなぁ、けど代案に困っててな。藁を掴む気持ちでサプライズだか試してみたが成る程悪くないな……アナザーを説得できるのはアナザーだけか」

「何の話ですか?」

「こっちの話だ気にすんな。そうそう、今の勇者の話は俺達の中でも秘密でな……知ってるのはせいぜい2、3人だから誰にも言うなよ?」

「具体的には?」

「お前さんと学者のハイネと」


 知ってる名前が出てきて安心した矢先、先程俺を牢屋に入れた男がやって来た。今度は銀のトレーにパンとスープ皿を乗せて。


「オラっ、4182番食事だ受け取れ!」


 地面に乱暴に置かれるそれはパンと具のないスープと、とてもじゃないけど美味そうには見えなかった。それでも胃に入れておこうかと手を伸ばした瞬間、同室の男が鉄格子に顔を近づけた。


「おいおい俺の飯も出してくれよ」


 なんて不躾なお願いだと思ったが、看守にはそう見えなかったらしい。青ざめた顔で腰から鍵を取り出し、急いでその扉を開けた。


「あっ、いえその申し訳ございません!」


 男は背筋を伸ばして、俺に顔を向ける。無邪気さと冷静さが同居する笑顔を浮かべて、ようやく自己紹介を始める。


「魔王の俺ぐらいだよ」


 さて、どんな事情かは知らないが。


 少なくとも今の俺は、殺されずに済んだようだ。

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