第6話 思いがけない南の島で⑤ ~この宇宙にいることを~

 レーヴェンが語った旅の顛末は、誇張と主観が入り混じったものだったが、おおむねはいそうですといえる程度のものだった。ちなみに手械と足枷は外してもらえた。


「という感じ」

「それはその、何というか」


 話を聞き終えたハイネ先生は、セツナが用意してくれた紅茶を飲み干し机に置いた。きっと呆れて物も言えないのだろう、何せ天才だからなこの人。


「頑張ったなぁ、レーヴェン!」


 あれぇ、思ってたのと違う。


「おねえちゃん!」


 抱き合う二人、むせび泣くレーヴェン。何とか手を伸ばしその頭をなでる先生。


「わたしは誇りに思う……お前みたいに健気で可愛くてアホな妹がこの宇宙にいることを!」

「頭も褒めてやれよ」

「良かったですね、レーヴェンちゃん……」

「泣く要素ある?」


 ハンカチで目頭を押さえるアイラ。何がどう良かったのか解説してほしい。


「で、とりあえず偽勇者もどこかに流れ着いただろうから捕まえてまた本物の勇者倒しに行きたい」


 レーヴェンが脇に置いていた水晶玉をハイネ先生に見せれば、彼女はうんうんと嬉しそうに頷いた。


「そうかそうか、おにぎり作るか?」

「ツナマヨを人数分作って」


 そこで、一瞬先生の手が止まる。だめだったのかツナマヨ。


「人数分って……このアナザーどものか?」

「もちろん」


 どうやらおにぎりの具の話ではなく、気にしているのは俺たちの処遇についてだったようだ。


「それは駄目だ。こいつらは記憶を消して送り返す」


 毅然とした声で答えるハイネ先生。その表情からはもう優しいお姉ちゃんの面影が消えていた。


「なんで」

「お前がこっそりやる分には何も言わんがな、わたしの目に止まったんだそういう訳にはいかないだろ……それにそこのアナザーは知り過ぎたからな」

「記憶消して良いんですよ先生」


 俺はそれで良いんだよレーヴェン。


「一応キールに雇われてるからそれは困る。本人は居なくても良いけど」

「セツナにこれからの事を頼んでも良いんだよレーヴェン」


 色々方法あるんだよレーヴェン。


「全く、お前は頑固だな」

「おねえちゃんには負ける」


 だが二人は笑い合う。鼻をすすり始めるアイラだったが待って何話し終わらせようとしてるの俺の記憶は消すんだよねそれって決定事項ですよね。


「ちょっと待ってろ」


 先生はその場から離れ、壁際に置いてあった黒い機械に手を伸ばした。何やら数字が刻まれており、上のバナナみたいな形のものを耳に当てる。


「ああ親父? ああうん、元気元気……それよりだな、レーヴェンが今から帰るからよろしく頼むぞ。ちょっとアナザーどもも一緒に行くから、処遇は話し合って決めてくれ」


 ああうん、ハイネ先生のお父上に連絡してるみたいですね方法はわからないけど。っていやそれ魔王だよね処遇って何死ぬ以外あるの。


「親父に頼んでみろ。まあレーヴェンには甘いからなんとかなるだろ」

「おねえちゃん大好き!」

「ああ、わたしもだよ」


 また抱き合う二人。やっぱり泣くアイラ、特に表情を変えないセツナ、若干ムラっとしてますみたいな顔してるシンシア。頼むからステイしとけ。


「あの、ハイネ先生!」

「どうしたアナザー」

「俺の記憶消すのは……」


 挙手して質問を投げかける。が、先生は両手を広げて首を捻るだけだった。


「親父の気分次第だな。ちなみにレーヴェンが男と旅してたとか知ったら、記憶じゃなくて存在ごと消されるかも……そうなったらウケるな」


 何も面白くないんですけど。


「レーヴェン、タマに俺を安全なとこまで運んでもらうようお願いできないか」

「実家タマで帰るから無理」

「そっか」


 さらば希望よ。


「さ、そうと決まれば行った行った可愛い妹とその他大勢。今のうちから媚でも売って命だけは助かるよう努力するんだな」

「権力って場所によって変わるんですね」


 アイラが席を立ちながらそんな言葉を漏らす。ここにきて大して何もしていなかったレーヴェンは、魔界のプリンセスという立場を存分に発揮し始めたのだ。


「じゃ、また遊びに来いよレーヴェ」


 女性陣が家を後にするが、一瞬先生の言葉が詰まった。その視線の先にあったのは、アイラが腰から下げたあの鞘から抜かれない剣だった。


「なあ、そこのアナザー……その剣」

「呼び止めますか?」


 先生の横に立って見送っていた俺は、そんな事を聞いてみる。


「いやいい、それよりお前うちに残っても記憶消してやらねーからな」

「最後の頼みの綱が」


 自然と居座って記憶を消してもらおう大作戦が失敗した俺の尻に、ハイネ先生の緩やかなローキックがお見舞いされる。仕方なしに歩き始めれば、先生の声が聞こえてきた。


「またなアナザー、生きてたら遊びに来て良いぞ。そっちの国の話も少しは興味があるからな」

「ええ、ハイネ先生もお元気で」


 そのまま家のドアを開ければ、南の島の景色が広がっている。青い空白い雲、青い海に白い砂浜。こんなバカンスみたいな場所で、次に俺たちが向かう先は。


「じゃあみんな……魔王城にレッツゴー」

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