第6話 思いがけない南の島で③ ~お前電源どこだ~
案内された先は彼女の家だった。ただそれが豪華と言っていいのか判断に困るところだ。机とか椅子とかはまぁ普通なのだが、部屋の中が何だかよくわからない物体であふれているからだ。白い箱とか黒い窓とか縦に開く光る本とか、何に使うんだろう一体。
「水飲むか?」
「頂きます!」
そういえば彼女は白い箱の扉を開けて、瓶入りの水を放り投げてきた。それをつかめば柔らかく、そして想像以上に冷たかった。
「でだ、アナザー。その首についてるのはどこで手に入れた?」
「旅の占い師に付けろって言われて」
「その占い師、わたしを縦に伸ばしたような感じか」
怪訝な顔で彼女はそんな事を聞いてくる。言われてみると確かに、雰囲気や目の色などレーヴェンに良く似ている。
「言われてみたら」
「レーヴェンのアホか……最近遊びに来ないと思ったらアナザーの国に行ってたのか。こいつらと直接的に関わらないって大原則を忘れたか」
「レーヴェンの事知ってるんですか?」
「ああ、妹だ」
なるほど、あいつの姉だったのか。体型的にはこっちが妹のように見えなくも無いが、魔族にも色々あるんだろう。
「へぇー、お姉さんだったんですね」
それにしてもこの水冷たくておいしいな、いやでもあれかレーヴェンの姉って事は親が一緒って事でそうなるとつまり目の前の子供は。
「ま、ま、ま、魔王の娘!」
「あってるけどハイネって名前があるからそっちにしてくれないかアナザーよ」
思わず取り乱してしまったが、ハイネと名乗る彼女が冷静なおかげで思いのほかすぐに落ち着くことが出来た。どうやら年の功は伊達じゃないらしいが、それよりも気になる事が一つ。
「ハイネさん、そのアナザーって?」
「そのまんま、お前らの種族の事だよ」
俺の顔を指差しながら、ハイネさんはそんな事を言う。
「人間の事?」
「わたしらもな」
「えっ、魔族じゃなくて?」
俺達は人間で、魔界に住んでるそれっぽいのが魔族。そういうものだと今日まで教わってきたのだが。
「そんなファンタジーな呼び方すんな、こっちだって人間様だよ……ただちょっと地元が違うだけのな」
どうやら魔族というのも人間らしい。ただ噂によると寿命がすごい長いとかみんな魔法を使えるとか色んな話があったはずなのだが。
「さっぱりわからないです」
というわけで、理解することをあきらめた俺。多分この人は俺なんかより余程頭が良いのだから、話が合わないんだろうなうん。
「あーいいって気にすんな、どうせアナザーは記憶消して送り返すから明日には忘れてるからな。その首のもこっちのもんだから回収させてもらうけど良いよな?」
「記憶を消して……首輪を外す?」
その言葉に思わず息を呑む。緊張で手のひらに汗が広がっているのが、感覚でわかってしまった。
「まあファンタジー魔族様にも都合って奴があるんだよ。その首輪を手に入れる前ぐらいまで記憶消すけど不都合ないな? あっても知らんが」
「こいつを手に入れる前……」
思い出すのはこの旅の日々。色々な人と出会って、色々な事が起きた。だから俺は立ち上がる。
「おっと暴れるなよ、こいつはこう見えて人一人なら簡単に消し炭にできるアホみたいな武器だ。大人しく従った方が身の為だぞ?」
彼女は俺に筒のようなものを向けてそんな事を言う。だが、それはどうでも良かった。
だって、この旅の記憶が消えるのだ。レーヴェンと出会った事も、偽勇者を追いかけた事も、あのパンツの味も、パンツの匂いも、パンツの食感も、パンツの記憶もパンツパンツパンツパンツパンツ。
――願ったり叶ったりじゃないか。
「ハイネ先生、お願いします!」
だから俺は土下座をする、ハイネさん、いやハイネ先生と呼ばせてください。どうかこの哀れな子羊を、絶望の淵から救って下さい。
案内されたベッドに、手械足枷をはめられる俺。だが何も怖くは無い、目が覚めたら俺は屋敷のベッドから起き上がって朝食を取って散歩でもするんだ。そうだそうに違いない今日までは夢だったけどその前に一つだけ。
「その、記憶を消す前にお願いしても良いですかね」
「ある程度ならな」
「他にも漂流した人がいたら助けて欲しくて……乗ってた船がサーモンが好物のツノ付きのクジラみたいな魔物に襲われちゃって」
そう答えると、ハイネ先生はため息をつく。
「なんだタマか。安心しろツノクジラはああ見えて救助用に品種改良してある。普通にしてりゃ生きてるよ」
「良かっ……いや俺は?」
他の皆が無事なのは良いが、どうして俺だけ遭難なんて目に遭ったのか。その疑問が残ってしまった。
「定員オーバーだったかもしれんが、おそらく人間だと認識されてなかったんだろ。首輪のせいでな」
「どうしてですか?」
「記憶消すし別に説明しても良いか……それな、人に付けるものじゃないんだ」
「その通りなんですハイネ先生」
さすが良くわかってらっしゃる。
「そいつは掃除機用のアタッチメントだ」
「わかる言葉でお願いします」
そんな難しい専門用語じゃなくて患者にもわかる言葉でお願いします。
「アナザーの今の文明レベルで言うと……そうだな、何でも吸い込むゴミ箱の先端につける道具だ」
「ゴミ箱」
声に出すとわかる、ひどいことをされたのだと。
「レーヴェンは知らなかっただろうけどな。ちなみにわたしらの種族が首に付けようとしてもプロテクトがかかってて無理だからな。根本的に遺伝子情報が違うアナザーだからいけたんだろ」
「へぇー」
なるほどさっぱりわからない。
「わかってないな……まあいいや外すぞ?」
「何をすれば良いですか?」
「電源入ってると外せないからな。お前電源どこだ?」
「デンゲン」
そう言ってハイネ先生は俺の体を手袋をはめた手でまさぐり始めたが。生まれてこの方でデンゲンなんて部位聞いたことが無い。
「そうだ電源」
「なんですかそれ?」
「押すと動かなくなるやつ」
なるほどなるほど、俺は体のどこかにあるというデンゲンを押して動かなくならないとこの首輪が外れないと。ってことはだね、凡人の俺の出した結論はだね。
「……死ねってことですか?」
「おいおいアナザー勝手に早合点するな。電源さえ切れてくれれば良いんだから、つまりこうなってああなってそこがどうなってそれでだな」
そんな考えを一笑してから、先生は何やら考え込む。そしてしばらく経ってから、俺の肩を叩いて言った。
「おいお前やっぱ死ね」
「無茶言わないでください」
何だ死ねって白衣着た人間の言葉かよ。
「迂闊だった、まさかアナザーには電源がないなんて……他の対策が必要だ」
「魔族にはデンゲンあるんです?」
「アホかお前、あるわけ無いだろ」
すっごい簡潔に馬鹿にされた。どうして自分には無いものが俺にはあると思ったのか不思議である。
「あ、首輪として気にならないよう可愛くデコるってのはどうだ? うん名案だなこれはちょっと待ってろ」
「デコ……」
難しい言葉を言い残して、先生は近くの棚を漁り出した。それからすぐに先生は小さなピンク色の小箱を楽しそうに持ってきた。明けられた箱の中身は、宝石っぽいものや動物の絵みたいなもので埋め尽くされていて。
「どれがいいかな、キラキラシールだろ、プチジュエルに……おっ、みろよこのカエルちゃんめちゃレアなやつだぞ!」
だいたいがピンク色の宝石っぽいやつだ。カエルちゃんも何だかかわいらしい絵柄なのだが、こう成人した男の首輪には似合わないような気がしたので。
「子供っぽいですね」
思わず口が滑ってしまう。
「今……なんて言った?」
震え始めるハイネ先生だったが、ツインテールでカエルのスリッパを履いている人をそう認識するなってのは難しいような。
「このわたしが……子供っぽいだとぉ!?」
「あ、もしかして気にしてたり……」
「まったくしてない!」
顔を背けて腕を組む先生。その態度、拗ねた子供そのものである。
「どうやらわたしがお前のようなアナザーの何億倍も頭が良いことを証明してやる必要があるらしいな……!」
「いやそれは十分伝わってます」
「その首のを!」
だが話を聞かない先生、俺の首根っこをつかんでこんな事を言い出したのだ。
「パワーアップしてやるよぉっ!」
「いやいいです」
いらないですいいから外して記憶も消してください。
「うるせーっ!」
威勢のいい掛け声とともに、先生の拳が俺の腹にめり込む。やっぱり子供の態度だけど、薄れ行く意識の中でそれを主張するのはあまりに無謀だと思えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます