第5話 夜の海、見つめ合う二人の美少女③ ~サーモンは胸に秘めた熱い想いはその中でも特別になりたいという少しだけピンク色の感情の……隠喩だ!~

 気が緩みきった俺は、口を半開きにして殿下が斡旋してくれた宿屋へと戻った。


「ただいまーっと」


 部屋の扉を開ければ、セツナとアイラがこうオシャレな軽食なんか食べながらカードで遊んでた。まぁいいや、怒る気力すらない。


「……生きてますね。シンシア様から一人だけ居残りを命じられたと伺いましたが」

「めっちゃ本渡された」


 紙袋四つに詰められた参考書籍。もちろん今回の魔獣とも偽勇者とも関係ない女の子同士のイチャイチャの本だ。感想文の宿題もあるぞ。


「読んでも良いですか?」

「駄目絶対」


 アイラが気楽な声でそう言うが、読んだらそれ死刑だからね。


「アイラ様、男性同士で貸し借りする本は卑猥な物と相場が決まっていますので触らないのが得策かと」

「え、え、えろ本!」

「それ殿下の前で言うなよ……」


 まぁでも、エロ本だと思って遠ざけてくれた方が良いか。アイラ顔真っ赤だけど。


「ところでシンシアとレーヴェンは?」

「シンシア様は何かやることがあると……レーヴェン様はペットに餌をやるとかなんとか」

「猫ですかね」

「それはわかりませんが……魚屋に寄ると言ってましたね」

「猫!」


 セツナの言葉に乗せられ、アイラが目を輝かせる。好きなのは十分伝わったぞ。


「レーヴェン様に何か用事でも?」

「いや、良いんだ。明日から偽勇者探しよろしくってだけだったから」

「でもちょっと心配ですよね、ずーっと暗い顔してましたもん」

「だったら」


 様子見に行こうかな。そう言いかけた瞬間口が動かなくなってしまった。何故だろう、なんて疑問が浮かぶよりも早く窓から視線を感じてしまう。


「どうしました、キール様」

「いや、ちょっと外の風浴びたくて」

「帰ってきたばっかりなのにですか?」

「はは……何でだろうね」


 窓を開ける。殿下がいた。ロープでぶら下がってるね。んで窓を閉めて、開けるね。いるね殿下。ロープでぶら下がってる。


「何でいるんですか殿下」


 小声でそう尋ねれば、メガネの位置を直して答える。


「百合の波動を感じた」


 この人やばいわ。


「キール様、どうなされました?」

「いや、あーカーテンだけは閉めないとなー!」


 とりあえずカーテンを全力で閉めて、他の人から殿下が見えないようにしないと。窓の外からについては自己責任でいいよね。


「百合の波動を感じたぞキール隊員。今すぐそこの元気っ子にマイペース娘を励ましに行かせるんだ」

「別にアイラじゃなくても」

「百合の波動を」

「わかりました、今頼んでみます」


 何だよ百合の波動ってとか言ってはいけない。今は人の宿の窓にロープでぶら下がって意味不明な言葉を発しているけどこの国の王族である。無下にすると死ぬ。もはや拷問である。


「えっとアイラ……悪いけどレーヴェン探しに行ってくれないかな」

「はい、行きます!」

「落ち込んでるから何か差し入れしろと言え」

「アイツ……やっぱり落ち込んでるみたいだからさ、暖かいものでも買ってやってくれないかな」

「珍しいですねキール様、そんな気の利いた台詞を言えるだなんて」


 セツナの指摘で思わず冷や汗をかく。妙なところで勘が良くて困る。


「……そうかな」

「まぁ良いですけど」

「したっけ、あたし行ってきますねー」

「はーいいってらっしゃーい」


 俺は手を降って、部屋を後にするアイラを見送る。さあてこれで窓にいるやばい人もね、いなくなってると思うんですけどね。


「何をしているキール隊員。出動だぞ」

「……サーイエッサー」

「あれ、キール様?」


 耳に残るセツナの声だが返事なんて出来やしない。俺は窓から伸びた手に胸ぐらを捕まれ、夜の街へと放り出されていたのだから。




「あ、レーヴェンちゃん! こんなとこにいたんですか!」

「アイラ……どうしたのこんな時間に」

「それはこっちの台詞です、はいどうぞ」


 星空が映る海を前にし、少女二人は石造りの岸壁に腰をかける。湯気が立ち込める紅茶を手渡し、二人は無言でそれを啜る。今は言葉は、発するだけ余計な物に思えたからだ。


「これより女の子同士のイチャイチャ見守り隊の活動である女の子同士のイチャイチャの見守りを開始する」

「サーイエッサー」

「オペラグラスだ、受け取れ」


 適当な木箱を前にし、男二人は冷たい地面に腰を下ろす。オペラグラスを手渡し、二人は無言でそれを覗く。今は言葉は、発せれば殺されそうだと思えたからだ。


「元気出ました?」

「少し……うん少し」

「良かった、みんな心配してたんですよ」


 見つめ合う二人と狭まる距離。そこにある空間に男子の入り込む余地はない。なお心配したのはみんなではない、彼女だけだ。ただそう言うのは恥ずかしいから、あくまでみんなと言ったのだ。


 って横の人がブツブツつぶやいてる。怖い。


「……レーヴェンちゃんはやっぱり、勇者を倒したいんですか?」

「当然。そっちの都合で家族が狙われるなんて、黙っていられない」

「当然、ですよね」

「あ、それより猫! 野良ちゃんですか?」

「なるほど元気っ子はネコが好き、と」


 唐突に紙を取り出しメモを取る殿下。もちろんオペラグラスから手を離さず、だ。膝と左手を駆使しちゃって無駄に器用ですね。


「猫……? 何の話?」

「えっと、セツナさんが魚屋さんでペットの餌を買ってるみたいな事を言ってて」

「タマなら飼ってる」

「タマちゃんって言うんですか! どんな子ですか?」

「こうしてれば多分来る」


 そしてレーヴェンは脇においてあった木箱からサーモンを取り出し海へと放り投げ始めた。いやなんでサーモン海に返してるのせめて川に投げてあげてよ。


「鮭……サーモン……何かの隠喩か?」

「例えてないです殿下、サーモンはサーモンです」


 俺の言葉は届かず、二人から視線を離さずに考え込む殿下。この人には何が見えているんだろう。


「ウミネコ! なんて落ちじゃないですよね」

「大丈夫、そろそろ来る」


 そして、それは来た。飛び上がったそれは海水を押し上げ浮上する。思わずオペラグラスから手を離せば、そこにいたのはクジラだった。


「美しい水しぶきだ……世界が彼女達を祝福している」

「いやあれ」


 殿下はオペラグラスから目を離さない。彼女達の表情をオペラグラスから見てればわからないかもしれないというか背景にしか見えないかもしれないけどさ。


「えーっと……この子がタマちゃん?」


 クジラの巨体を擦るアイラに、得意げな顔をするレーヴェン。


「そう。わたしをここまで運んでくれた大事な子」

「じゃあこの子も家族なんだね」

「もちろん」


 でもねこのクジラね、角が生えてるんですよね。討伐対象の魔物と瓜二つ何だよなぁ、っていうかレーヴェンが魔王の娘だから本物だよなぁ。


「殿下、あれって」

「わかるか隊員! あれはペットを通して私達って家族的な絆だよねという隠喩だ! そしてサーモンは胸に秘めた熱い想いはその中でも特別になりたいという少しだけピンク色の感情の……隠喩だ!」


 隠喩じゃないです直視してください現実を。


「きゃっ!」


 歓迎の証なのか、潮を吹く討伐対象のタマちゃん。小雨のようにふったそれは、二人の間に虹を作る。


「ふふっ、この子も嬉しいみたい」

「でも濡れちゃったね」


 二人は笑う。俺は笑えない。何で討伐対象が身内のペットなんですかね王族が出張るぐらいの大事だからねいよいよ自分が嫌になる。


「濡れちゃった……だと……!」

「殿下!」


 そして倒れるフェルバン殿下。その表情は幸せそのもの、余計なものなんて見てないぞと書いてある。


「殉職しちゃったよ」


 明日の朝刊の見出しが決まったところで、俺は立ち上がる。出歯亀していた事については言わなくていいか。


「おーい女性陣、そろそろ帰るぞ」

「あ、キールさん」

「いたの?」

「いたんです……でこれ、どうする?」


 これ、とは殿下の事ではなく角つきクジラの事である。幸い目撃者はいなさそうだが、いつまでもここに鎮座される訳にはいかない。


「どういう意味?」

「いや討伐対象の魔物ってこれのことだったから」

「これじゃないですタマちゃんですぅー」


 アイラが口を尖らせて訂正する。はいはいタマちゃんタマちゃん可愛いですね。


「まぁそのタマちゃんね、少し隠してて貰えるかな……今は偽勇者に集中したいし」

「わかったけど、条件がある」

「サーモン?」


 ため息をつくレーヴェン。現実のサーモンは不要なようだ。隠喩の方は明日の朝刊に書いてあるかな。


「二丁目のカフェのチョコパフェもう一つ」


 そういえば言ってましたねそんな事を。


「その店って……まだやってる?」

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