第5話 夜の海、見つめ合う二人の美少女② ~死か、入隊だ~

 で、だ。


 街についてはい宿屋で休んでから勇者もとい偽勇者探しましょうねといつものようには行かないのが今日の所。そりゃ魔獣討伐隊のいる街に来たんだから当然だよね。


 というわけで俺達は、ここの討伐隊長のところへ挨拶に向かっていた。のだが、ここの隊長という人物だが。


「良いことキール、貴方今度こそ対応間違えないでよね」

「大丈夫緊張して来たから」

「そう良かった、あなたも人並みの感性があったみたいで」


 彼についての情報を嫌という程聞かされていた。クソ真面目クソメガネクソ陰険などなど。どうしてそんなに詳しいかと言えば、友人の兄貴だから。で、俺の友人といえばもちろんフェリックスなわけで。


「失礼します……」


 この国の第二王子、フェルバン=L=ガイストが待つ扉を汗で湿った拳で叩いた。


「誰だ?」


 帰ってきたのは、氷塊のように冷たく重い声だった。なる程あの不真面目野郎が萎縮するには、当然のように思えた。


「陛下より偽勇者討伐の勅命を賜りました、キール=B=クワイエット並びにシンシア=リーゼロッテです」

「話は聞いている、中に入れ」


 その言葉に従って、城の扉より重そうなそれを開く。そこにはソファに腰を下ろしメガネを光らせる、堅物そうな眼鏡の男が座っていた。


「お初にお目にかかります、シンシ」

「それは先程伺ったつもりだが」


 スカートの裾を摘んで挨拶しようとしたところ、それを制止するフェルバン殿下。


「まあいいかけてくれ。フェルバン=L=ガイストだ。魔獣討伐の任を受けて半年程前から駐留軍の指揮を任されているが……説明は必要か?」


 怖いなこの人、とりあえず許可も出たし座らせてもらおう。


「結構です、お気遣いに感謝します」

「道中の馬車にて、付け焼き刃ではありますが勉強させて頂きましたので」


 予習しておいて良かったと心の底から思う。


「話が早くて助かる。あの愚弟の同窓と聞いて不安だったが、成る程友人を見る目は確かだったらしい」


 メガネの位置を直しながら、そんな事を言う。


「もしかして褒められた?」

「それもかなり直接的にね」


 小声で話し合う俺達。意外な言葉に思わず驚いたせいだろう。


「では早速だが、ここにいる間二人には私の補佐役という形を取らせてもらうが依存はないな? 何、他所の領地で君達が自由に動くための飾りと思ってくれて構わない」

「身に余る光栄ですわ、フェルバン殿下」

「我々も偽勇者を発見次第すぐに君達に知らせよう。共に不届き者に然るべき報いを受けさせようではないか」


 そう言って彼は嵌めていた白い手袋を脱ぎ、右手を差し出してきた。褒め言葉よりも意外なそれに、俺達は一瞬たじろいでしまう。


「どうした?」

「あ、その……よろしくお願いします」


 俺達は順に手を握り返し、深々と頭を下げる。それから踵を返し、執務室の出口へと歩いていく。


「真面目で良い人だな」

「そうねフェリックスも見習うべきだわ」


 小声で、いや安心していたせいだろう少し大きくなった声でシンシアと言葉を交わす。


「まぁでも」


 そう、安心しすぎていたんだ。


「これで"女の子同士のイチャイチャ見守り隊"なんだよなぁ……」


 自分の口が、驚くほど軽くなる位に。


「キール=B=クワイエット」


 矢のように、真っ直ぐとフェルバン殿下の言葉が耳に届く。射抜かれたように背筋をぴんと伸ばしてしまう。


「あっはい!」

「貴様は残れ」


 はい失言確定です。シンシアは扉をくぐりながら、ひらひらと右手を振ってくれた。あわよくばその指先で、骨を拾ってくれたらと願いながら。




「えっと、俺、いや私何かやってしまったでしょうか……」

「とぼけるな」

「はいごめんなさい!」


 再び座らされる俺。だが今度は緊張でじゃない、恐怖で冷や汗が流れている。


「その名前、どこで聞いた?」

「えーっと……」


 とぼけるな、と言われてもなおとぼける俺。他に出来ることなんて無いからだ。


「わからないなら教えてやろう」


 ゆっくりと息を吸って吐く殿下。そして冷たく重い声で、その名前を口にする。


「女の子同士のイチャイチャ見守り隊だ」

「はい」


 真面目な顔でそう言われると笑いそうになる。だがこれ笑ったら死刑だな、不敬罪になるのかな。


「はい、じゃないふざけているのかキール=B=クワイエット! 女の子同士のイチャイチャ見守り隊員以外は知らない女の子同士のイチャイチャ見守り隊の名前をどこで耳にしたのかと聞いている!」


 机を叩きながら長いその名前を連呼する殿下。とりあえず心に誓ったのは、今度フェリックスに会ったら思い切りぶん殴ってやろうという事だった。


「た、たまたま街で」

「王都か?」

「はいそうです」


 都合良く勘違いしてくれた殿下の口車に俺は乗る。


「くそっ、本部の連中め私が不在だからと気を緩めて……!」

「ひっ、ごめんなさい!」


 また机を叩いたので、思わず仰け反ってしまう。真面目な話をしていたときの十倍ぐらい怖いぞこの人。


「ああ、いや君に非はない……だが選んでもらわなければならない事だけは確かだ」

「何をでしょうか」

「死か、入隊だ」


 何その二択。


 いや前者は何となく気付いていたけどさ、後者はどうしてなんだろうか。聞かなかったことにするとか忘れるとかさ、他にもっと色々あると思うんだけどね。


「ほ」


 他にもっと、こう良い案が。


「本日より不肖キール=B=クワイエット、女の子同士のイチャイチャ見守り隊に入隊させていただきまぁす!」


 俺の頭で思い付く筈もなく。


「……よしっ!」


 もう一度差し出された右手を握り返せば、さらに左手が重ねられる。今度はずっと力強く。

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