第5話 夜の海、見つめ合う二人の美少女① ~善人はそもそもパンツなんて盗みません~
揺れる馬車の中、虚ろな目をした彼女達がようやくその口を開く。
「知らなかったんです、私達も。あの人が……ラシックが勇者じゃなかったなんて」
「一生の不覚だ……弁解のしようがない」
「でも、悪い人じゃなかったと思う」
勇者の取り巻き三人娘は、俺達と同じ馬車に乗り合わせている。ただ違いがあるとすれば、三人の両手には手錠が嵌められている事だろうか。
――勇者、いや偽勇者ラシックはあの城から逃亡した。ただゆっくりと剣を仕舞い風のように消えてしまった。
残されたのは三人娘。茫然自失でいたところを、衛兵に囲まれて逮捕。本当はそのまま牢屋にでも放り込まれるのが筋なのだろうが、すぐに偽勇者が港町ユーベイで目撃されたとの噂があり同行させる事となった。
まだ調書が終わってないという理由が半分、偽勇者をおびき寄せる餌としての理由が半分。気持ちのいいものでは無いが、仕方ないと割り切れる自分もいた。
「それが人様のパンツを盗んだ言い訳になるんですか? あなたは善人にならパンツを盗まれてもいいと……いえでもこれは矛盾してますね、善人はそもそもパンツなんて盗みませんから」
セツナはようやく怒りの矛先を見つけられたようで喜んでいた。これが喜んでいるとわかるのは、多分俺ぐらいだと思うのだが。
「まあまあ落ち着けってセツナ」
「失礼しました」
ちなみに肝心のセツナのパンツだが、まだ見つかっていない。偽勇者の泊まっていた宿に向かったものの、遅かったのか荷物は全て回収されていたのだ。
「結果的には良かっただろ? こうやって偽勇者討伐の勅命を受けて、こんな事になったけどさ」
窓を開ければ、無数の馬車に囲まれている。俺とアイラが交代で動かしていたものではなく、軍用の立派な類のもの。もはや偽勇者ラシックを捕まえるという行為はメイド個人の思惑では無くなっていた。どこぞの悪法を悪用されたのだ、国の面子にかけて制裁しなければならない。
「あとは寝てれば軍が何とかしてくれるよ」
で、俺が当事者かつ地方領主だったせいか代表者として討伐の勅命を受ける事になってしまった。ただし前線で剣を振り回せという意味ではなく、この豪華な馬車で偉そうにふんぞり返っていろという意味だ。
「ダメ、キールちっとも良くない」
と思ったらレーヴェンに頬を抓られた。
「そもそも、わたしは家族のため勇者を倒しに来た。それが何? 今日まで追いかけて来たのはただの下着泥棒だったなんて」
彼女の気持ちがわからない、というわけでもない。何せここしばらく血眼になって追いかけていた男がしょうもない偽物だったのだ、腹をたてるのも無理はない事。だとしても。
「俺に責任はないと思うけど」
そう俺は悪くない、俺だって騙されていたんだから。
「まったく」
レーヴェンは窓を開けて、冷たい風を頬に受ける。そして珍しくその本心を、心の奥底から叫んだ。
「本物の勇者、でてこーーーーーい!」
返事なんてもちろん無い。港町から吹く潮風が、全部吹き飛ばしてくれたような気がした。まぁ、俺も本物の勇者がどこにいるのか少し気になるけどさ。
「ここが港町ユーベイね」
馬車を降りるなりシンシアがわかりきった事を言う。港町ユーベイは、エルガイスト王国最南端の都市である。港の名の通り海に面しており基本産業は漁業半分観光半分だが、町の人々の顔は暗い。かといって人が少ないわけではない、むしろ街中には鎧を来た軍人で溢れていた。
理由は単純、この街には魔獣討伐隊が駐留しているからだ。貰った資料によると数ヶ月程前にユーベイ近海に角の生えたクジラのような魔獣が出現。討伐隊が攻撃するも効果がなく、時折水面から顔を出しては周囲を見回す様子はまるで誰かを待っているよう、と書かれていたのだが。
「ってシンシアまだいたのか……別に付き合わなくても良かったんだぞ?」
そんなことより気になるのは、彼女がまだ俺たちの旅に同行していた事だろうか。偽勇者の討伐を頼まれたのは俺なので律儀にそんな事をする必要なんてどこにもないのだが。
「あら随分な言い草だこと……正義感じゃなくて打算よ打算。偽勇者討伐なんてお手柄、みすみす逃す手があって?」
扇子で口を隠しながら、そんな事を言い出すシンシア。成る程確かにそういう目線はあって然るべきなのだろうけど。
「それにあの三人、もう一押で落ちそうだし」
ただ付け加えられた一言について聞き流す事にした。
「となるとアイラは本当のとばっちりだな」
「いえ、あたしは色んなとこ見れて楽しいですし。それよりレーヴェンちゃんがずっと不機嫌なのが」
街につくなり思い切り頬をふくらませるレーヴェン、もはやそういう動物のようだと思えなくもない。
「なあレーヴェン、勇者探しは別の機会って事で、このまま手伝ってもらえるか?」
「報酬は二丁目のカフェのチョコパフェを要求する」
まぁその程度でこの不機嫌なお姫様が立ち直ってくれるなら助かるが、いやまて何でこいつは店の場所知っているんだ?
「二丁目って……レーヴェンこの街来たことあるの?」
「当然。だってこの街は」
鼻を鳴らして彼女は答える。お、少しだけ機嫌戻ったかななんて束の間。
「魔界に一番近いんだから」
またとんでもない発言を俺たちに残してくれましたとさ。
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