第4話 友と都と勇者の行方⑥ ~これが親父のパンツだろ、これが上司の兵士長のパンツでだな、これが行きつけの酒場のマスターのパンツで……あ、これ二番目の兄貴のパンツな~

 翌朝俺達はフェリックスに会いに行った、というか城門の前に出向いていた。雁首揃えて行くような場所じゃ無いとは思うが、それぞれ事情があるのだから許してもらおう。


「流石に緊張するわね……エルガイスト城なんて、お兄様でも入った事があるかどうか」


 事の重大さを理解しているシンシアが、珍しく額に汗を書きながらそんな事を言う。


「まあでも、あの顔を見れば落ち着くだろ?」

「王子様の顔を見て落ち着くのは、貴族じゃあんたぐらいよ」


 ため息をつくシンシアだったが、城門前で欠伸をする顔を拝めばそんな事は無いような気がしてしまうのは何故だろうか。


「よぉ親友、予定より早かったじゃないか」

「おはようフェリックス……衛兵の仕事は?」

「休みもらったよ、実家にいる方が仕事っぽいけどな」


 王族らしい高そうな服を着たフェリックスが、窮屈そうな襟元を摘みながらそんな事を言い出す。もっともその気持はわからなくもないのだが。


「お久しぶりでございます、エルガイスト王国第三王子、フェリックス=L=ガイスト様」


 シンシアは貴族の令嬢らしく、スカートの裾を摘んで恭しい挨拶をする。なるほどこれがコイツに対する一般的な対応なのか。


「あのなぁシンシア、オレそういうの苦手だって知ってるだろ? キールみたいにしてくれないか」

「それでは……まぁ言わせてもらうけど、あなたはこういうのに慣れなきゃいけない立場なのよ? 自覚あるのかしら?」


 咳払いを交えてから、数年前に戻ったような態度でシンシアが説教する。対する王子様と言えば、記憶にある通りヘラヘラと笑っていた。


「いいのいいの、どうせ王位は一番上の兄貴が継ぐからな……ところでこちらの美人さん三人は?」


 珍しく気の利いた台詞を吐くフェリックスに応じて、それぞれが簡単な自己紹介を行った。ちなみに美人と言われての反応だが。


「クワイエット家メイドのセツナでございます」


 セツナは表情を崩さない。さすが筋金入りのメイド、ポーカーフェイスはお手の物だ。


「まお……占い師のレーヴェン」


 当然ですと言わんばかりの態度のレーヴェン。そうだね君この国の人じゃなかったね。


「えっと観光客で今はシンシアさんのお手伝いのアイラです」


 以外にもしっかりとした受け答えをしたアイラ。まぁ偉そうな具合で言えばシンシアの方が数段上だからな。


「オレはフェリックス……ってシンシアが言っちまってたな。まあ変に気を使わないでくれ」

「それでは失礼ながら、キール様のご学友として接しさせて頂きます」

「それが嬉しいかな」

「あ、えっと田舎者だから失礼とかあるかもしれませんが……」

「都会ではこういうフランクなのが流行ってるんだ」

「わかった」

「君理解早いな」


 三者三様の答えをしてから、フェリックスは城門前の兵士に合図を送った。鉄の門が開けば、これまた豪華な城の一端が目に入る。


「勇者が来るのは昼ぐらいって聞いたな、それまで時間があるな……応接間は使えないしオレの部屋でいいか?」

「お茶が出るならやぶさかじゃない」


 都会で流行中の態度で接するレーヴェンの頭にシンシアの拳骨が降りかかる。けれどさすが都会人、フェリックスはヘラヘラと笑って受け流す。


「それは怪しいな、ほら今のオレって」


 申し訳程度に腰からぶら下げた剣を指先で叩いて、フェリックスが口元を緩める。


「ただのお巡りさんだから」


 出てきた言葉はその服装に似つかわしくないものの、この男の口から出るには十分すぎる言葉だった。






 案内されたフェリックスの私室だったが、当然のようにお茶と茶菓子が用意されていた。さすが王族なんて思ったのはつかの間、机の上に置かれる別のもの。


「これが親父のパンツだろ、これが上司の兵士長のパンツでだな、これが行きつけの酒場のマスターのパンツで……あ、これ二番目の兄貴のパンツな」

「いらないから」


 ニヤニヤしながら机の上にパンツを並べる親友の姿なんて見たくなかった。


「キールよく見て全部有用」

「よく見たくねぇよ」


 というかそういう問題じゃないからねレーヴェン。


「王様のパンツなんて滅多にお目にかかれるものではないですよ」

「お目にかかりたい人はいないって」


 何セツナちょっとだけえっこれが王様のみたいな表情作ってるんじゃないよバレバレだよ。


「酒場のマスターは便利そうね」

「そりゃお前の飲みっぷりだとな」


 買いに行かせるのでは飽き足らず酒を作らせる気だなシンシア。


「えっと……兵士長とか強そうですよ!」

「強そうだけどさあ」


 あのねアイラ、こういう時は無理して喋らなくていいからね。


「いやフェリックス、それよりなんで全部男物のパンツなの? もっとこう……ないか?」


 男だしわかるだろ? って顔をするがフェリックスは眉一つ動かそうとしない。


「ないかって言われてもな、俺が女のパンツ握りしめて城の中ウロウロするわけにいかないだろ……ていうかこんな美人連れて旅してるんだから一枚づつぐらい食ってんだろ?」


 うんフェリックスの言葉はどっちも正しいけど周りの女性陣全員目を逸したぞ散々人にパンツ食え食えうるさい連中がだぞ。


「見てくれフェリックスこれが現実だ……俺は今まで女のパンツは一枚も食べてないと神に誓っていい」

「誓うなよ神様だって困るだろ」


 いきなりそんな正論言われても困る。


「というか……何でパンツ用意してんだよお前は」

「いや……見たいじゃん。お前がパンツ食うとこ」

「何でだよ」

「言わせんなよ恥ずかしい」

「何でだよ!」

「だって……面白そうだったから……」


 笑いをこらえてフェリックスが白状する。何が恥ずかしいだこの野郎どう考えても俺のほうが恥ずかしいわ。


「折角再会した親友の頼みも聞けないなんて、友情の意味について再確認したほうが良い」

「それにフェリックス様は王族ですからね、これはもう命を賭けてでも食べるべきでしょう」


 レーヴェンとセツナがとんでもない理由で俺を非難する。面白がってるだけだろこの二人もさ。


「はい親友の! ちょっといいとこ見てみたい!」


 突然フェリックスは手を景気よく叩き始める。何がいいとこだ何一つ良くないよこっちはしかも仲間だと思ってた女四人も一緒に手を叩いてるんじゃないよ頭叩いてやろうかこっちは。


「はいイッキ、イッキ、イッキ、イッキ」

「いや何だよ一気って食べる必要ないだろこれ」

「ノリ悪っ、親父に言ってお前んとこだけ税金増やすわ」

「やめろぉ!」


 都合のいいときだけ王族特権を持ち出そうとするフェリックスに思わず声を荒げてしまう。そんな事はしないやつだと言うことはもちろんわかった上だが、ここで俺がパンツ食べないと何か納得しない性格なのもわかってしまう。


 なので、妥協する。


「じゃあ……その、一枚だけな」

「どれにしますか?」

「いやもう全部嫌だから目瞑って選ぶわ」

「一応目隠ししますか?」

「……お願いします」


 そう答えるとセツナは適当なタオルを取り出し俺の両目を覆ってくれた。真っ黒になった視界のまま机の上に手を伸ばせば、右も左も布の感触。というかパンツ。


「絵面最悪だなこれ」


 呟くようにフェリックスが零す。自分でやらせているという事だけは一生忘れないで欲しい。何故なら俺はもう一生恨むことを決めているから。


「じゃ……これで」


 もう何でも良い、とりあえず真ん中らへんにあったパンツをつまむ。うーんこの肌触りはとかそういうのはない。もう早く終わらせたいどうせ全部外れみたいなものなのだから。


「なぁ親友……本当にそれで良いのか?」

「無駄に煽って楽しいかフェリックス」


 フェリックスの口から小さな笑い声が漏れる。はいはい楽しい楽しいですよね見てる方は。


「不本意ながら……いただきます」


 もう十分笑いものにされただろう、右手で掴んだそれを口に突っ込む。味はしないが、むしろしないほうが余計な事を考えなくて良いんじゃないかと思い始める自分がいた。頭もやられてきているようだ。


『パンツイーターシステム発動。レアスキル”女の子同士のイチャイチャ見守り隊”を獲得しました』


 なんだこのスキル、パンツの持ち主の方がやられてるとか想定外なんですけど。


「すげぇな……本当に食いやがった」

「いやそれよりもフェリックス……お前の身内、何かこじらせた奴がいるぞ」

「消去法で誰かわかるんだよな」


 その続きは聞かないでおいた。とりあえず目隠しを外して口直しの紅茶に手を伸ばせば、城の使用人が扉を叩いてきた。合図だったのか、フェリックスはよっこらせなんて年寄り臭い掛け声とともに立ち上がる。


「そろそろ謁見終わったみたいだな」

「じゃあパンツ返して貰いますか」


 紅茶を一口含んでから、俺も遅れて立ち上がる。


「わたくしも行ったほうが良いかしら?」

「いや俺だけでいいよ。小切手渡してパンツ貰って来るだけだから」


 シンシアが頼もしい事を言ってくれるが、雁首揃えて頼み込むような事じゃないからね。


「でしたら私も同行します。法外な額を記入されては困りますから」


 事情を察したセツナが立ち上がってくれる。アイラは少しだけオロオロしてたが、笑いかければ安心したように茶菓子に手を伸ばしてくれた。


「え、殺さないの……?」


 茶菓子を頬張りながらレーヴェンが物騒な事を言い出す。そりゃ君はそういう目的だけどさ。


「いやそれは別に今やらなくても……」

「わたしも行く。後ろから殴るぐらいなら出来る」

「って言ってますけど王子様」


 そう聞けば、欠伸を返すフェリックス。相変わらず気の抜けた顔をしていて、こっちの皮肉は意に介さない。


「まぁ、見学ぐらいは良いんじゃないか?」


 どうせ殺しはしないだろう、なんて高を括ったような事を言い出す。そうならないのがもちろん良いが、少しはこの男痛い目を見ればと思ってしまうのであった。

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