第4話 友と都と勇者の行方⑤ ~お世話になってもいいですか~

 一杯ひっかけたおかげで気分良く店を出ると、そこには肩で息をするアイラがいた。額には大粒の汗が流れ、健康的という言葉がよく似合う。


「あ、キールさん……ごめんなさい取り逃がしちゃいました」

「いや大丈夫、この馬鹿げた騒動は明日解決する事になったから」

「そうなんですか?」

「そうなんです」


 きょとんとした顔でアイラが聞いてきたので、胸を張って答える。詳細については全員がいるときにでも説明すれば良いだろうから。


「良かったぁ……ところであの、非常に言いづらいんですけど、その宿屋って……どっちでしたっけ?」


 つい先程張り込みをしていた宿屋ではなく、俺達が泊まる方の宿屋。馬車やら荷物やらを預けているのだが、ここからは少し遠い。


「そりゃそこの角を右に曲がって……」


 頭の中で地図を描いてみるが、2つ目の角の百貨店を左に曲がったところで止めた。


「いやアイラ、観光客なんだから観光しないと」


 何で普通に帰らせようとしてるんだ俺は。今はシンシアの小間使いではあるが、本当は観光客なのだ彼女は。しかも年頃の女の子だ、下着泥棒を追いかけるだけなんてあまりにも悲しすぎる。


「そうしたいのは山々なんですけど、迷子になっちゃいそうで」

「それもそうだな……だったら一緒に見て回ろうか? どうせ明日までやること無いし」


 背中を伸ばし、欠伸混じりにそう答えた。彼女を心配していないわけじゃないが、久々に王都を見て回るのは案外楽しそうに思えたからでもある。


「良いんですか? あ、でも他の方に一声かけてからのほうが……」

「良いの良いの。ここ数日俺達は馬車を走らせてたけど、他の連中は何もしてなかったし」


 帰ったら多分怒られるが、それぐらい良いだろう。ここまでの旅で一番目に焼き付いているのは、実はパンツでも勇者でもなく馬の尻なのだから。


「じゃあその……あたし、行ってみたいところがあって!」


 アイラは俺の手を掴み、ゆっくりと走り始める。酒も入って気分は上々、財布の中身はそれなりに。だから今日一日ぐらいは、遊び呆けても良いような気がしていた。まあいつも似たような物ではあるけど。




 年頃の女の子の観光に付き合うという意味を、公園のベンチでうなだれて初めて理解した。


「疲れた」


 この一言に尽きる。観光名所に行けば行列に並び屋台を見つければ行列に並びうーんアクセサリーはどうしようで5軒周り途中で見つけたレストランで並んで食べて食べて次の観光名所に。もはや似たような王都の景色に嫌気さえ差してしまう。


「あたし、何だか一生分遊んだような気がします……」


 一方アイラは目を輝かせてそんな事をいう。とりあえず今日わかったのは、彼女が底なしの体力を持っていることと、その原動力は胃袋だということだろう。


「食べた、じゃなくて?」

「キールさん? 女の子にそういう事言うの嫌われると思いますよ」

「そう? あそこのアイスクリームの屋台何か、アイラ食べたそうだなって思ったけど」


 公園の噴水の近くの屋台を指させば、彼女は頬を膨らませ恨めしそうな目を俺に向けてきた。


「それはその……食べたいですけどぉ?」


 どれだけ食うんだこの子という言葉は、嫌われたら困るので言わないでおこうか。


「はいどうぞ。ついでに何か冷たい飲み物頼むわ……」


 少し多めのお金をアイラに渡して、荒くなった呼吸を整える。ぼんやりと彼女を見れば、真剣な眼差しでアイスクリームの味をどうするか悩んでいた。それから俺の分の冷たそうな炭酸水を受け取って、店員にお辞儀をしてからこっちへ小走りで戻ってくる。


「はいどうぞ」

「はいどうも」

「お釣りは……」

「いいよそれぐらい。パシリにしたからね」

「返せって言っても返しませんよ?」


 1クレ程度だというのに、悪戯っぽく彼女は笑う。こういう素朴で素直な人っていうのは、もしかしたら人生で初めて関わるかも知れない。

 


「それでは、いただきまーす」


 それから彼女は一口かじり、子供のように足をバタつかせて幸せそうに顔をしかめる。俺もつられて炭酸水を飲み込むが、こっちは身悶えするほどの味はしなかった。


「キールさん、今日はありがとうございました」


 目を離した隙に完食したアイラが、今度は俺に頭を下げる。一々礼儀正しいねこの子。


「いや、俺も楽しかったよ。王都の観光なんてちゃんとしたこと無かったから」

「そうなんですか?」

「領主とか貴族の集まりで来たときはすぐ帰るからね」


 どうせ家に戻ってもやる事は無いのだが、どうも男一人で王都を満喫ってのは中々難しいのが実情だ。男性向けの店が無いわけじゃないが、立場上行くわけにはいかない。


「その……キールさんは領主様なんですよね?」

「そうだよ。そう見られた事はあんまりないけど」

「あ、いえそういうつもりじゃなくて!」


 失礼な発言と勘違いしたのか、慌ただしく両手を振るアイラ。それからオレンジ色が混じり始めた青空を見上げて呟く。


「えっと、何かこういいなぁ……って思って。あたしの生まれたところは、全然そんな所じゃなくて。この間の人よりもっと酷い、威張ったり怒鳴ったりそういう人なんです。無茶な事をやってそのツケを領民に支払わせるようなそんな人」


 目を細めて彼女はそう言う。彼女が具体的にどこ出身だとは聞かされていないが、国の北側でそういう類の領地の候補は2,3個あった。多分そういう場所の出身なのだろう、彼女は。


「あーあ、あたし何であんなところに生まれちゃったんだろ。キールさんのところが良かったなって」


 少しだけ悲しそうに笑うアイラ。そんな笑顔に絆されて、つい口が滑ってしまう。


「だったらそうすれば良いよ。警備隊の連中が職場に花が無いって嘆いたから」

「えっ、いやその流石に申し訳ないっていうか……」

「アイラが来てくれるんだったら、連中も喜ぶさ」


 エルサットの警備隊の連中の顔を思い出す。たまに詰め所に顔を出す事があるが、遊んでるか欠伸してるか迷子の道案内か落とし物を預かっている程度の仕事ぐらいしかしていないうちの連中。無邪気な彼女がそこにいたら、男所帯の彼らも良い所を見せようと真面目になってくれるかな、なんて期待して笑ってしまう。


「それにほら、武器は持参してるみたいだし」


 ここで今日一日気になっていた事を言葉にした。彼女の腰から下げている鞘に収まった片手剣は、観光には必要ないように思えていたからだ。


「あ、これはその……半分お守りみたいなものでして」

「その割には剣抜いた所見たこと無いけど」

「そっちのほうが良いと思いません? ちょっとえいっってやる程度で」

「それもそうだなぁ」


 彼女の言い草に妙に納得してしまう。確かに抜き身の刃物を振り回すより似合っているような気がしたからだ。


「えっと、その……今のあたしはキールさんのところでまだ働けないんですけど」


 彼女はまっすぐと俺の目を見て、真面目な顔をして言葉を続ける。


「いつかその時が来たら……お世話になってもいいですか?」

「アイラならいつでも歓迎するよ」


 右手を差し出せば、彼女が両手で握り返す。安心したような笑顔で彼女は何度も上下する。たまには自分も領主らしい事もできるのだと、少しだけ自画自賛する。


 そこで夕方の鐘が公園に鳴り響く。炭酸水を一気に飲み干し近くにあったゴミ箱にうまく入れば、盛大なゲップが出る。


「そろそろ帰ろうか。流石に怒られそうだ」

「……ですね」


 ベンチから立ち上がり二人で宿へと歩いていく。沈みかけた夕焼けが照らす王都を、今日初めて綺麗だなと思えた。

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