第4話 友と都と勇者の行方④ ~王家御用達のサボり場所~
取り調べは牢屋で、とならなかったのは偏にフェリックスの計らいだろう。結局旧友に連れて行かれたのは、街角のとある酒場だった。最もこの元不良は、勤務中に酒を煽るほど落ちぶれちゃいなかったが。
「ここ良いとこだろ? 先輩の知り合いの店でさ、個室だし道路からも人目につかないし……エルガイスト王家御用達のサボり場所って訳だな」
適当なサンドイッチを食べながら、フェリックスが説明してくれる。かくいう俺は仕事もないので、とりあえずビールを飲んでいる。走ったせいで水分を失った体には、心地よく染み渡ってくれた。眼の前の男が何酒飲んでんだお前って顔で睨んでくる以外は本当に良いところだと思う。
「でなんだ、お前はついに家を追い出されたか」
「バーカ逆だよ、王族としての威厳を示すため軍隊に入れられてんだよ。二番目の兄貴なんて魔獣の討伐で遠征だぞやってられるかっての」
軍隊。正式名称エルガイスト王国軍で、こいつの所属は王都衛兵隊といったところか。ちなみに俺の領にも似たような仕事をしている衛兵はいるが、そいつらはクワイエット衛兵隊と格も装備も給料も一段下がる。戦争などの非常時になると一時的に王国軍に編入されるといった仕組みになっているが、幸いなことに
クワイエット衛兵隊がそうなったことはない。
「同情するから諦めろよ」
「あーあ、お前はいいよな女の尻追いかけるぐらい暇でよ。あ、そうだお前んとこで雇ってくれないか? 文官とかでいいから」
天井を仰ぎながらフェリックスがそう言う。こいつの学生時代の素行を見れば、鎧を着て歩いているよりそっちのほうが性に合ってる事は言うまでもないのだが。
「お前の家庭環境的に問題ないならな」
「ありまくりに決まってんだろ冗談だよ」
軍人になって箔をつけたいというのに、クワイエット領なんて何もないとこで昼寝なんてサボりぐせと悪評以外につくものはないのだ。万が一家族が許したとしても、周りがそれを許さない。残念なことにこの男の人生はそういう物でしかなかった。
「で? なんで人の家の前で女の尻なんか追いかけてたんだよ」
「それには深い訳があってな」
そこで俺はビールをもう一杯頼んで、ここ数日の出来事を懇切丁寧に説明することにした。そりゃこんな話なんて、素面で出来るものじゃないからね。
「うわお前それマジか! やっべ腹いてぇ何してんだよお前本当バカ丸出しだな!」
滅茶苦茶笑われた。笑わせた、ならいいのだがもう迷うことなきぐらい笑われた。そりゃそうだ、メイドのパンツが盗まれたから勇者追いかけてたらパンツ食べれるようになってシンシアも合流して寄り道して変態領主を成敗して王都まで来ましたと説明すれば誰だってこうなるだろう。バカ丸出しという単語に全てが集約されたような気がしないでもないのだが。
「うるさいな……自分でもそう思うけどさ」
自分でもそう思えるからタチが悪い。果たしてこの数日間、俺の頭が良かった事など一秒でもあっただろうか。
「いや、すまんな笑ってよ……で話を聞いて疑問に思うんだが一つ確認してもいいか?」
突然フェリックスが神妙な面持ちで俺の顔をじっと睨む。少し頭を冷やして考えれば、勇者を追いかけているのは聞き捨てならない事ぐらいわかる。
「なんだよ」
気を緩めすぎたかと反省し、表情を取り繕う。だがもう遅い、いつかシンシアも言ったが勇者を殺そうとするだなんて死罪になっても不思議ではない。
生唾を飲み込む。
これなら知らない衛兵に連れて行かれたほうがマシだったかと後悔しそうになる。
「……パンツくったことあるか?」
が、こいつはやっぱりフェリックスだった。そう言い終えた瞬間に吹き出す、馬鹿で阿呆な俺の友人のままだった。
「聞いてりゃわかるだらそれぐらい」
「いやー笑った笑った、こんなに笑ったのら久しぶりだな」
人が死ぬほど焦ったというのに、この男はヘラヘラ笑う。そう言えば俺が失敗したときはいつだって、一番近くで腹立つぐらいに笑ってたっけか。
「ま、そういう事なら協力してやらんでもないぞ。支援法だって下着泥棒のために作られた訳じゃないからな」
「本当か?」
随分と簡単に色良い返事が帰ってきて拍子抜けしてしまう。仮にも国を上げて支援している人間に対して、あまりにも適当すぎやしないかと。
「親父に言っておくよ、アンタのお気に入りの勇者さんが町に来てるから顔出せってな。すぐに御触れでも出すだろうさ……その帰りに呼び止めてパンツ返してもらえばいいだろ、流石に城の中で暴れる輩じゃないだろうしな。殺す殺さないに関してはまぁ……出来れば事故とかに見せて国外でうまくやってくれ」
フェリックスの案について少し考えると、なるほど理にかなっているように感じた。国王からこれからも頑張れよと激励された後に、地方領主の俺が笑顔でやってきて適当に寄付金でも渡してパンツと交換してもらう。ついでに口止めの念書でもつければ、とりあえずクワイエット領みたいな事は無いだろう。殺す殺さないに関しては、レーヴェン一人で頑張ってもらおう。
「そうしてくれると本当に助かるんだが……お前随分あっさりしてるな」
「正直勇者ってのは胡散臭くてな。身内が遠征に出たり、真面目に街を守ってる身からするとな」
現場からの声としては、成る程言われてみれば納得できるものであった。
「真面目に、ね」
もっとも発言する人間は、ついさっきまで仕事を辞めたいとぼやいていた男だったが。
「そうそう、真面目な衛兵のフェリックスくんは旧友にここの支払いを押し付けて見回りに戻るのでしたっと」
伝票を俺の前に差し出してから、フェリックスが席を立つ。それから兜を被り直し、重そうな槍を掴む。
「いや、これぐらいは全然。それより助かるよフェリックス」
「いいさ別に、親友だろ?」
そして彼は酒場を後にして街の雑踏に消えていく。残った酒を飲み干すが、随分と味気ない物に変わっていた。気が抜けたせいだなと思いながらも、本当の理由はわかっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます