第4話 友と都と勇者の行方③ ~その単語は非常識って意味ではなかったかと~

 なんて話をセツナにしたら、思い切りため息をつかれた。


「アホだアホだと思っていましたが、まさかキール様が王族の胸ぐらを掴むほどだとは夢にも思いませんでしたよ」

「いやまあサプライズだと思って」

「その単語は非常識って意味ではなかったかと」


 宿屋といっても5階建てでの随分豪華な宿屋のロビーの窓辺の席で、俺とセツナは雑談をしながら紅茶を飲んでいた。さてこちらがシンシアの財力で泊まる今日のお宿です、ではなく。レーヴェンのうさんくさい占いの結果出てきた本日の勇者が泊まるお宿なのである。


「ところで、シンシア様から合図があったようですが」


 外で待っているシンシアが窓ガラスをコツコツと叩く。


「じゃ、作戦開始という事で」


 作戦内容はこうだ。


 まずシンシアが宿の前で勇者一行の到着を俺達に知らせる。んでセツナが奥の階段まで歩いていき、控えているレーヴェンとアイラに知らせる。よく来たな勇者さあ死ねとレーヴェンがやろうとするので、当然勇者一行は逃げるか立ち向かおうとする。んで俺が後ろからバシーンとやるわけだ。やっぱり挟み撃ちは古今東西軍事行動の基本だよね。


「それにしても……その色眼鏡と帽子気に入ったんですか? 何だかんだでこの間バレたじゃないですか」

「大丈夫大丈夫、あいつらの目多分節穴だから」


 そしてセツナはゆっくりと席を立ち、レーヴェン達が待つ階段前へと向かった。俺も少しして席を立ち、それとなく出口方面へと向かったのだが。


「あ、この間の貴族」


 すれ違った瞬間に勇者ラシックが呟く。いや、あれおかしいな作戦とぜんぜん違うっていうかもしかして作戦俺のせいで失敗したんじゃないかこれ。


 いやでも、コイツら何か逃げ出そうとしてるからね。


「待て……勇者!」


 作戦失敗予定変更、結局ただの追いかけっこ。それでも俺は全速力で走り出す。だってこのまま取り逃がしたら、絶対に怒られるんだもん。




 人、人、人。アイラが感嘆したそれが、今は障害物でしか無い。スキルだかのおかげで身軽にはなっている俺だったが、人混みの中勇者を追いかけつつ駆け抜けるというのは相当愚かな行為だった。


「この、うちのメイドのパンツ返せっ!」

「君はしつこいって言われないか!?」

「引き際の良さに定評があったんだけどさ!」


 それでも両足の動きは止めない。そう俺にはセツナのパンツを回収するという重大な使命があるからだ。いや重大かこれ? って駄目だ考えるなとにかく急げ。


「ラシック、ここは私達に任せて!」


 途中、踵を返す三人の女。あの勇者の取り巻き共がひと目も憚らず武器を出せば、ようやく民衆が距離を取って俺達を囲んだ。


「あ、くそ逃げられた……!」


 勇者その人は人混みの中へと消えていった。本当はここで引き返したいところだが、そうさせてくれるほどこの三人官女は甘くないだろう。


「キールさん、あたし行ってきます!」

「いたのかアイラ、頼んだぞ!」


 いつの間にか追いついていたアイラが、そのまま人混みの中へと突っ込み勇者の行末を追い始める。


「ふっ、この間のようにはいかんぞ」


 剣を構える女剣士が、俺達がさも宿命のライバルみたいな関係だと言いたげな台詞を吐くが、それは俺じゃなくぜひシンシアに言って欲しい。だって俺あの時何もしてなかったし。宿屋ぶっ飛ばしただけですし。


「いや俺は悪くない、悪いのはあのシンシアだ」

「それ以上……言うなあっ!」


 顔を真赤にした三人が、各々の武器を持って襲いかかってくる。街のど真ん中で普通そんなことするかという疑問は届かないのだろう。そして自称普通の感覚の持ち主である俺としては。


「くそっ、ちょこまかと逃げて!」


 避ける逃げる躱す繰り返す。魔王の魔法でも使ってしまえば、この間の比じゃない被害が出る。俺がお話に出てくる剣の達人だとすれば、こう相手の手首をビシバシ叩いて修行が足りないなと得意げな顔を浮かべるのだろうが、残念なことにそういう剣豪みたいなおっさんのパンツは食べてないのだ。いや残念じゃないなうん。


「貴様ら、ここで何をしてる!」


 そうこうしているうちに、武装した衛兵たちがわんさかやって来た。さすが王都、治安の良さも一級品だ。


「チッ……逃げるよ、みんな!」


 武道家の子がそう言えば、それぞれバラバラに逃げ出す三人。どれを追いかければ良いんだと一瞬迷うが、それがいけなかったらしい。


「あ、おい待て!」


 突き出した右足だったが、思い切りくじいてしまう。そりゃそうだ、身の丈に合わない動きをしてたんだどうせ明日は筋肉痛。


「あーっと衛兵さん、お疲れ様です。えっと……話とか聞いてくれたりする?」


 とりあえずその場に座り込んで、衛兵に挨拶する。皆殆ど肌なんて見えない鎧を着て、槍や剣なんか俺に突き出している。だが俺は知っている、こういう場合笑顔で接すると大体悪いようにはしないという事を。


「ああ、牢屋でな」


 帰ってきたのは容赦のない言葉だった。おかしいなうちの領だったらこれだけでお茶ぐらい出ると思うんだけどな。


「いやちょっと待ってください普段はこういう事しない大人しい人なんです俺って」

「確かに、女の尻を追いかけるなんてお前らしくないじゃないか」

「自分でもそう思うけど、兵隊さんにわかってもらえるとは有り難いね」


 一人の衛兵が軽口を叩くから、思わず軽口を返してしまう。だが、何だどうしてこの男は俺の事情なんて物を知っているのか。


 と、顔に書いてあったらしい。


「バーカ、お前の事ならだいたいわかるっての」


 衛兵はフェイスガードを跳ね上げながら、笑い声混じりにそう答える。


「よう親友、元気にしてたか?」


 見飽きたはずの顔がある。その男を知っているから、俺も思わず口がほころぶ。


「ああ……久しぶりだなフェリックス」


 懐かしい名前を呼べば、心と体が軽くなる。どうやらこいつと過ごした日々は、そういう類の物だっらしい。

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