第4話 友と都と勇者の行方① ~アホよ~
「われわれはかなり危機的状況にある」
フォルテ領を後にして早二日。とある宿屋での夕食の席で、レーヴェンがそんな事を言いだした。食卓の中心にあるのは地図。矢印で勇者一行と俺たちの動向が示してあった。
「このままだと……勇者に追いつかない!」
地図を見る。俺達はエルガイスト王国の南側を西から東に移動しているが、勇者一行は西から東に移動したかと思いきや一気に北上、そのまま南下している。
「そりゃ酒の飲み過ぎで一日無駄にしたからな」
「それは関係ない。祠とか便利なものを使う勇者一行がわるい」
いや酒飲んで一日無駄にしたのは悪くないとでも言うのかこいつは。
「と言うわけで作戦変更よ、待ち伏せしてそこを叩く」
意外なことに、次に口を開いたのはシンシアだった。いやでもそうか、こいつも飲みすぎたんだから当然だよな。
「待ち伏せと言っても、勇者が次にどこに行くかなんてわからないだろ」
「本当にあなたはお馬鹿さんねキール=ブザマ=クワイエット。あるじゃない、誰もが憧れる花の都が」
シンシアはごく自然に人の頭の悪さに文句を言ってから、いつもの扇子で地図の一点を指した。なるほど確かにその場所は、この国で生きている以上寄らずにはいられない。武器も防具も娯楽も食事も、そこに勝る場所はなく。
「王都エルガイストよ」
王都エルガイストはその名の通り、建国王エルガイストの名を冠するこのエルガイスト王国の首都である。はい何回エルガイストと言ったでしょう、と冗談になる程度にはここの国民にとって知らぬ者のいない街である。
この国で手に入る全てのものは、王都に行けば手に入るという言葉すらある。ありとあらゆる食材をはじめ、冒険者向けの武器に防具に鍛冶屋といった物騒な店から、果ては子供が喜ぶ玩具にオシャレな洋服まで何でも揃うそれが王都。
「な、な、な、なまらでかいし人も馬車も多い……」
大通りを歩きながらアイラが漏らした感想は、この街の印象を集約したものと言って過言ではない。どこを見ても人人人馬車人人馬車。そしてここに住む人のために建てられた住居は最低でも五階建てと、お上りさんが見上げずにはいられない建物が所狭しと並んでいる。
「久しぶりだな王都……セツナは来たことあったっけ?」
「長期休暇の際に友人と。一応土産は渡したと思っていたのですが」
「ああ、そう言えばあったね去年ぐらいに」
何かお菓子のような物を茶菓子として出されたなというおぼろげな記憶が蘇る。ちなみにどうしても領主同士の集まりやらは王都で開催される事が多く、俺としてはそこまで物珍しいものでは無かったりする。
「友達と旅行かぁ……あたしもそういうのやってみたいなぁ」
「何を言うアイラ、わたしたちはもう友人。同じ瓶の酒を飲んだ仲」
アイラがそんな言葉を漏らせば、レーヴェンがその肩に手を置いていた。
「レ、レーヴェンちゃん!」
抱き合う二人、美しきかな女の友情。ちょっと嘘くさいような気がするのはレーヴェンの台詞のせいだろうが、そこを言及してはいけないのだろう。
「そういえばキール様はあまり友人との交流はなさそうですよね」
「今さらっと酷いこと言ったよねセツナ……まあ学生の時にはいたよ。こう見えて互いの胸ぐら掴んだりとかあったんだよ?」
セツナの指摘どおり交友関係が広い方では無い俺だが、それでも友人と言われれば、思い出すのはあいつの顔だ。
「ああ彼のこと……四六時中一緒にいたわよね」
「寮で隣の部屋だったからね。今は王都にいるんじゃないかな」
シンシアの言葉に補足を加える。寮でたまたま隣だった俺達だが、不思議と気が合い結局卒業まで一緒にいる事がほとんどだった。
「そこまで親しいご友人がいらっしゃるのであれば、勇者一行が来るまで時間もあるようですしご挨拶に伺ってはどうですか?」
「いやいいよ、向こうは忙しいだろうし」
「でもキールさん、友達は大事にしないと!」
「と言ってもなぁ、いきなり行ったら迷惑だろ」
アイラが少し鼻息を荒くして言ってくれたが、やあ元気か遊びに来たよと言えるような相手ではない。
「いきなり来て嫌な顔する奴を友人とみなすかは考えた方がいい」
「はいはいそこまで、あんまりキールをいじめないこと。こればっかりは仕方ないのよ、彼の場合はね」
両手を叩いてシンシアがこの話を切り上げようとする。が、無駄だ。猪突猛進観光客のアイラの鼻息が穏やかになるような事はなかった。
「いいえシンシアさん、ここはあたしが文句言いに行きます! どこにいるんですかその人!」
「……あそこよ」
ため息混じりで彼女が指さしたその建物。この高い建物だらけの王都でどんな建造物よりも高くそびえ立つそれがある。
「お城ですね。お勤めなんですか?」
「住んでるのよ」
「あそこは王族の方以外は住めない場所では」
「セツナ、あなたの疑問はもっともだけど心して聞いてくれるかしら」
セツナの当然の疑問に対して、とうとうシンシアはしびれを切らして彼女の両手を強く掴んだ。きっと彼女の人生において、性的ではない意味でそうするのは初めてなんじゃないだろうか。
「そこのアホ面ぶら下げてる男の親友はこの国の第三王子なの」
その言葉は間違いじゃない。学生時代四六時中俺の横にいたのは、エルガイスト王国第三王子のフェリックス=L=ガイストその人なのである。
「キール様のご学友ということはやっぱり」
セツナの問にシンシアが一瞬口ごもる。それでもきっとシンシアは、正確な情報を伝える事を決めたのだろう。
「ええ……アホよ!」
このクソレズ、国家反逆罪とかで捕まらないのだろうか。
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