第3話 とある領地にて④ ~ほおひほ、ほんはおひほ~
歩くこと小一時間、行き着いた先は大きな屋敷だったのだが。
「ここ、フォルテ領主の館ですね」
セツナが訳知り顔でそんな事を言ったが、表札読んだだけなんだよな。
「なまらでかいですけど、リーゼロッテさんのとこよりは小さいですね」
「それ本人の前で言うなよ……小さい方はきっと怒るし、大きい方は図に乗るから」
なんて物陰でやり取りをしていると、追いかけていたシーラという美人さんはそのまま屋敷の中へと入っていった。
貧乏な美少女が一人で悪評轟く貴族のお屋敷に、ね。
「中入っちゃいましたね」
「……どうする少年待つか?」
「少年じゃねぇヘルマだ……いや、中に入って確かめる。どうせここの領主様だ、シーラにひどいことさせてるに決まってる」
小さな拳を鳴らしながら、少年改めヘルマは歯ぎしりをしながらそう答えた。無謀な事だとは思うが、その気持ちは十分わかる。
「どうやって? まさか忍び込もうなんて考えてませんでしょうね。見つかれば殺されますよ?」
「それでも行く。大体あんたらには関係ないだろ」
ヘルマの言うことは尤もだ。興味本位でのこのやってきた部外者の一団が俺達だ、ああだこうだと意見する筋合いは無い。それでもセツナは無表情を貫きながら言葉を続けた。
「いえもっと安全な方法があるので提案しようと思ってたところです」
「へぇどんな」
意外な答えが帰ってきた。いや俺が身分を明かせば入れるだろうが、流石にそれじゃないよな。
「まずアイラさんがキールさんを取り押さえます。キールさんは動かないでください」
「こうだべか?」
後ろに回ってアイラが俺を羽交い締めにする。あれ、これなんかレーヴェンにもやられたな。
「次にキールさん、口開けてください」
そしてセツナは外出用の小さな鞄の中身を漁り始める。うん、これはもうあれですね。
「……嫌だ」
拒否する。これならまだやあやあ我輩がクワイエット領主だぞ茶の一つも出さないのかねと威張り散らしたほうが余程楽だ。
「というと思ったので、ヘルマ君は彼の口を無理やりでもいいので空けてください」
「これでいいのか?」
ヘルマは思い切り俺の顎を掴んで力の限り下ろす。
「ええ、大丈夫です。といわけでキールさん、うちの領の刑務所で人気者の詐欺師のパンツでございます」
「ほおひほ、ほんはおひほ?」
その人女の人? と聞きたかったがうまく口が動かない。
「何言っているかわかりませんが、当然男性でございます。女性の方もいらっしゃいましたが、結婚詐欺師で汎用性に難がありまして」
いや汎用性とか言われても、と反論しようとした口は男物のパンツに塞がれる。ここ数日思うのだが、俺は前世で悪い事でもしたのだろうかと思う。そうだ、今度はちゃんとした占い師に頼んでみよう。俺とパンツって前世で関係ありますかってさ。
『パンツイーターシステム発動、レアスキル”詐欺師”を入手しました』
まあ、そうですと答えるような占い師は詐欺師だと思うけどね。
口八丁手八丁という言葉があるが、応接間に案内されるのに必要なのは口だけだった。さすが詐欺師のスキル、口も舌も別の生き物なんじゃないかというぐらい随分華麗に動いてくれる。
やあメイド長さんここのご主人にえっただの使用人まさかそんなご謙遜をそんなに聡明そうなのにああ申し遅れました私旅の商人でございましてこちらの領主様に是非買い取っていただきたい物が物を見せてくれですかそれはちょっとでもこれね、どうですかまあチップなんですがチップを惜しまぬぐらいに良いものなんですよ本当まあでも美人に払うお金を惜しいと思ったことありませんけどねはっはっはありがとう応接間で待ってますね、なんて歯の浮くような台詞が俺の頭で思いつくわけないのだから。
「どうぞこちらでお待ち下さい。旦那様がすぐにお見えになりますから」
案内してくれたメイドがにこやかな顔を浮かべながら部屋を後にすると、俺達は皆一斉にため息をついた。
「はぁ……詐欺師ってこんな感じで信用得るんですね。なまらこわいっすね」
アイラの言うことは最もである。言葉だけで鹿撃ち帽に色眼鏡を装備した俺が領主と面会出来るのだ、俺が暗殺者だったらどうするつもりだったんだろう彼女は。いや待てよそう言えば暗殺者でもあったな俺。
「便利なのは良いけどさ……なんか俺どんどん悪者になってない?」
えーっと確か魔王にスーパー執事に暗殺者に詐欺師だっけか。うんどう考えても牢屋で大人しく過ごしてた方が良い人間だなこのままだと。
「キールさんが悪者……!? そんなあたしどうすれば」
「アイラさん、力は力です。問題はそれをどう扱うかではないでしょうか」
そうは言っても俺の能力活かせそうなのって世界征服ぐらいだろこんなの。
「なぁあんたら……何なんだ? どこぞの金持ちの召使いじゃないのか?」
「その質問の答えは俺が聞きたいぐらいだよ……って良いのかヘルマ、シーラだかを探しに行かなくて」
さて、彼にここで油を売っている暇はない。シーラという先程の美少女を探しに来たという一番の目標を些細な事で忘れられては困るからね。
「いやでも見つかったら殺されるんだろう?」
「便所の場所がどうとか言えば良いだろ、流石に迷子をすぐ殺しはしないよ。それにアイラも一緒に行ってもらうし」
「あたしですか?」
「ほっとけない性格でしょ?」
「もちろんです!」
そう尋ねればアイラは笑う。人懐っこいそれを見て、初めて彼女の表情を見たような気がした。
「で、残された私達は何をするんですか?」
応接間に残った俺とセツナはゆっくりと茶をすすっていたのだが、どうも彼女はそれに飽きてきたらしい。
「時間稼ぎ出来ればいいよ。お話みたいに悪徳貴族を成敗したい訳じゃないし」
アイラとヘルマに油を売る暇が無いというなら、俺達はこれから一生懸命油を売らなければならないのだ。さてここからどうやって時間を引き延ばそうかと少し考える。まずは相手を褒めて世間話をして天気の話をして出された茶を褒めてあとは適当にかな、うん。考えることもスキルで済ませたら楽だが、それは贅沢が過ぎるか流石に。
「待たせたな流れの商人、何やら珍しいものを持っているらしいね?」
帽子を取り頭を下げる。メガネは流石に取るわけには行かないな。
「ええそれはもう。エドガー様に相応しい数々の逸品をご用意させて頂きましたので」
「世辞は良い、物を見せろ」
いきなり本題に入られても困る。落ち着いてまずは天気の話をしないとな。
「……今日はいい天気ですねまるであなたのここ」
「物」
駄目だわ俺の作戦、口は詐欺師でも頭は役立たずだ。
「物、ですね」
一応ポケットに手を突っ込んでみるが、ゴミしか入ってなかった。売るものね、あ、待てそう言えばセツナが何か鞄持ってたよな。
「セツナ君、鞄をこちらに」
「どうぞ」
うむこれでよし。あとはこの中身を適当な理由を長々と説明してしのげばいい。というわけで鞄を開けたのだけれど。
「えーっとお……」
とりあえず馬車の手綱を握る用の手袋を嵌め、一つだけ中の物を取り出す。
「まずこちらは、パンツです」
机に置かれる一枚のパンツ。几帳面なセツナらしく、小さなタグが付けられている。チンピラって書いてあるけど、まぁいいだろう。
「そうだな」
しかしこうあれだね、領主同士がチンピラのパンツを挟んで向かい合うってひどい光景だね。
「次に……パンツですね」
よしもう一枚鞄から取り出すぞもちろんパンツだね。今度は高利貸しだ。
「その通りだ」
「そしてパンツに、パンツにパンツにパンツとパンツパンツパンツパンツでございます」
えっとね、これがチンピラでこれもチンピラで泥棒と泥棒にね、泥棒とねチンピラと、ちょっと珍しいぞ武闘家とね、最後はやっぱりチンピラなんだよね。んーセツナちょっと刑務所から集め過ぎだねかぶってるよね一枚ぐらいで良いんじゃないかな?
「君は喧嘩を売りに来たのか?」
ごもっともな意見だが、本当は油を売りに来たのだ。決してパンツではございませんが、それはそれとして。
「いえいえいえ、なんとこちら、単なるパンツではございません」
詐欺師に口を任せれば、俺も驚くような言葉が出てくる。単なるパンツだよこれ。
「ほう?」
「なんとこちらの全てのパンツ、馬鹿には見えないパンツでございます」
どんな魔法だそれ、しかもパンツって何に使うんだよ鎧とかなら役に立ちそうだけどさ。
「……何だと?」
お、ちょっと食いついたぞ。
「あ、いやっそのこちらのパンツが見えるとはさすがエドガー様ですねえっ! 私めにはおぼろげに姿を捉える事が精一杯、こちらの小間使いには見えておりませんので!」
集めた張本人だけどなこの人。
「本当か?」
「ほら、えーっと……この通り」
とりあえずパンツを一枚つまんで、セツナの視界の前でひらひらさせる。なんと彼女は表情は崩さないそこにあたかもパンツなんて無いかのように!
「耐えてくれセツナ、でも俺はこれの何倍も苦しいんだ」
「これは追加報酬が必要ですね……」
小声で彼女に告げると、恨み言と歯ぎしりが帰ってくる。
「俺は誰からも何も貰えないけどな」
せめて労いの言葉ぐらいは欲しいけどね、聞こえてくるのは無機質なゲットしましたとかいうふざけた声だけだからね。
「いかがですかこの馬鹿には見えないパンツ、いまならなんとたったの2万クレ」
「いやいらない」
いらないのかよ興味津々だっったろさっきまで。
「面白いけど使い道ないし……」
「まぁ……そうですよね」
知ってました。まぁ誰でも見れる普通のパンツだからね、いらないよねそりゃね。
「お邪魔しました、ではこれで」
席を立つ。まだあの二人は帰ってきていないがここら辺が限界だろうか。連れの方は先に帰りましたよとかいう事で見逃してくれるだろうしね、多分だけど。
「もう帰るんですか?」
「仕方ないだろパンツしか無いんだよあと売るものなんて一つもないぞ」
小声でそう答えれば、納得したような諦めたような曖昧な表情で彼女は立ち上がる。もちろん手袋なんかして、机に並べられた大量のパンツを回収しながら。
「いや待て商人……まだ一個あるぞ良いものが」
だが領主に呼び止められる。だがその言葉に耳を疑わずには要られなかった。何せ俺の持っているもので売れそうなものといえば、調達したばかりの服飾品ぐらいだったからだ。
「この帽子と色眼鏡はちょっと」
「いるかそんなもの。私が欲しいのはだね」
彼は笑う。不敵に、にこやかに、いやらしく。舌なめずりした唇が窓からの光を反射し、歪められた口元が自分は下衆ですと自己紹介する。だからそこから紡がれる言葉なんてものは。
「そこの小間使いだよ、商人くん」
人を怒らせるには、十分すぎるものだった。
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