第3話 とある領地にて③ ~暇つぶし~
翌朝馬に餌をやって動きやすい服を着てさあ行くぞ勇者を追う旅へ気合い入れて頑張るぞ、などと考えながら女性陣の部屋の扉を開けた自分が愚かしい。
「飲みすぎたわ……ねぇキール、全額払うからもう一泊するわいいわよねはいこれお金」
「戦略的休憩がひつよう。あと迎え酒」
二日酔いが二人である。どうやら俺たちの冒険は今日もお休みで良いらしい。どうせなら帰りたいが、それは贅沢すぎるのだろう。
「怠惰ここに極まれりだな」
「あなたの買ってきた酒が強すぎたのよ、何よ度数60って!」
「それしかなかったんだよ……って誰もそのまま全部飲めなんて言ってないだろ」
実を言えば嘘である。本当は10度程度の酒はいくつか酒場にあったのだが、その量を二人で運ぶのは文字通り骨が折れる作業だった。というわけで数本程度、割って飲んでもらえればと思い度数の一番高い酒を買って来たのだ。ちなみにその酒の瓶は空になって床に転がっている。
「あー大声出したら頭痛くなってきたわ……無理、寝る、おやすみなさい」
「飯でも食ってくるかな……セツナとアイラも行く?」
布団に潜り込んでいる二人を尻目に、残りの二人に声をかける。一人だけ勝手に食事を済ませるってのはどうもね。
「ええ、行きましょうか馬車の御者のキールさん」
「わかった今日一日それな」
無用なトラブルを防ぐため昨日の設定を引き継ぐのね了解しました。
「なんですかそれ?」
「今日の俺は庶民ってことで」
襟をつまんでアイラに答えるが、彼女はいまいち納得しないような表情を浮かべていた。
「そういうのもあるんですね」
「いつも似たようなものでしょあなたは」
布団の中から辛辣な言葉が聞こえてきたが、聞き流す事にした。俺はあんまり貴族らしくないですよ、どうせ。
「……あんまり朝って感じはしないな」
街に出るが、第一印象はそんな感覚だった。朝ってのはもっと店の準備や職場へ急ぐ人々などで賑やかなものだと思っていたが、ここは少し違うらしい。
「フォルテ領主ってどのようなお方なんですか?」
「シンシアの所とは別の意味で、絵に描いたような貴族かな」
セツナの質問に、思い出しながら答える。顔見知り程度の人物だが、その悪評が轟くには十分すぎる相手だった。
「つまり悪い人なんですね!」
「まぁ一般的にはそうだろうね。会合とかで会ったことはあるけど、ああいうのがいると思うと気が滅入るよ」
金と女と権力。人間の欲求に忠実な支配者というのが、ここフォルテ領主のエドガー=L=フォルテに対する印象だった。
「どうにか……ならないんでしょうかね」
大方ここの税金は、彼の私服を肥やすために重いのだろう。重税でも還元されているなら擁護の余地はあるが、ここはあまりなさそうだ。その証拠に人々の表情は暗く、足取りはひどく重い。大方昨日の屋台は観光客相手か脱税まがいの商売なのだろう。
「それは領民が決めること。自治権もあるし口を出すのは越権行為さ」
どこかの折に嫌味を言う程度ならできる。が、ここの領地はこうこうこうでこうだからああしろと他の領主が言うのは政治的に問題がある。それはこのエルガイスト王国の成り立ちに関係がある。
もともとこの王国は、小さな国の集合体だった。それぞれの領地にはそれぞれの特色があり、文化や風俗どころか、政治の形態ですら別物だった。例えば俺の領地であるクワイエット領は村社会の合議制から発達した直接民主主義だったが、ここフォルテ領やシンシアのとこのリーゼロッテ領は王政だった。建国王エルガイストに歯向かい直属の領主が配置されたような所もあるが、基本的には当時の代表の家系がそのまま領主として据えられたのだ。
つまりまぁ長々と考え込んでしまったのだが、要するに色々面倒くさいのだ。
「すみません差し出がましい事を」
「いいさ、同僚だろ?」
「でしたね」
「ところで、朝ごはん何にしましょう?」
アイラがここで本題に入ってくれた。まぁ今日は一日暇なので、ゆっくり決めても良いだろう。
「昨日のホットドッグだかは美味かったな」
「どんな食べ物ですか?」
「こうソーセージって豚肉の腸詰めと野菜を細長いパンに挟んで調味料をぶっかけた食べ物」
「なんか想像付きませんね……」
「キールさんの説明が悪いのかと。実物を見てもらった方が良いんでしょうけど」
呆れた顔でセツナが答える。そう言われても食べ物を言葉だけで説明しろってのも無理があるよな。
「確かにね。昨日の屋台は……やってなさそうだね。似たような店があれば良いんだけど」
周囲を見回してみるが、流石に昨夜のように屋台が並んでいるという都合のいい事はない。どこか食堂でもあれば良いのだが、朝一番に開いているような店は中々見つからない。
「ですが昨日の袋を持っている人ならいますね、ほらあそこ」
セツナが指さした先には、昨日の店の紙袋を持った子供がいた。
「いや昨日の子供だろアレ」
というか昨日ホットドッグをご相伴した本人そのものだった。
「ですね」
「お知り合いですか?」
「少しね。あの子供に聞いたらホットドッグ売ってる店教えてもらえるかな」
アイラの質問に答えていると同時に思いつく。というわけで物陰に隠れている少年にこっそりと近づき、その肩を軽く叩いた。
「なあ少年、ちょっといいか?」
「うわ昨日の!」
振り返るなり大声を上げる少年。と思ったら今度は自分の口を急いで手を塞いでから、また物陰に隠れて通りを歩く一人の女性に視線を送ってつぶやいた。
「……気付いてないよな」
「ストーカーですか悪い人ですか成敗しますか!」
いきなり鞘ごと剣を構えながら物騒な事を言うアイラ。というか食事しに行くぞって言ってるのにどうして武器なんか持ってきてるんだろうか。
「違う! 昨日渡せなかったから、シーラにこれを届けようと……」
手にあるのは昨日の袋。いや昨日のだよなそれ届けて喜ぶのかそれ以前に傷んでたりしないのか?
「へぇ、なかなか綺麗な方ですね」
「はぁ、確かに綺麗な人だべ」
「おぅ、本当に美人だな」
俺たちも少年の真似をして、壁から顔だけだして女の子を見てみる。確かに生活からくる服装のみすぼらしさはあるものの、顔立ちは整っていると言っても良い。整えるものを整えれば、良家の子女にも負けないだろう。
「ちょ、寄るなよ暑苦しい!」
彼女はたまに振り返ったり周囲を見回したりと、散歩にしては随分と物々しい。
「どこかに向かってるのかな……知ってる?」
「わからないからこうやって後を付けてんだろ馬鹿かあんた」
「よくご存知ですね」
行き先を尋ねただけでひどい言われようだ。
「行きましょう! あの様子、何だか悪い事の匂いがします!」
「何だその理論……まぁでも」
鼻息を荒くするアイラをなだめてから、少しだけ考える。それは今日やるべき事であり、食事と睡眠ぐらいしか無い訳で。
「確かに良い暇つぶしか」
興味本位で申し訳ないが、首を突っ込ませて貰うことにした。まあ女の子一人の尾行程度で、パンツを食わされるような事は無いだろうし。
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