第3話 とある領地にて② ~食えばわかる~

 フォルテ領スクランデルの街を歩く。エルサットと比較すると活気があるとは言い難いが、夜の街は屋台の明かりで賑やかだ。


「しかしこうやってセツナと知らない街を歩くのも不思議な感じだな」

「そうですか?」

「まぁ俺が領地から出ないってのもあるけどさ」


 異国情緒と言えるほどでもない。街は基本石造りで、ここエルガイスト王国の中じゃ特段珍しいものでもない。それでも彼女と歩く知らない街は、どこか遠い国にいるような感覚に襲われる。


「良い機会だと思いますよ、私は。見聞を広めるのも、領主として大事な仕事ですから」

「そうかな」

「そうです」


 もっとも俺は、感受性の豊かな方じゃない。ここを参考にしようとか、ここが改善点だとかそういうものを思いつけるほどの頭が無いのだ。多分領主に向いてないんだろう。


「セツナは……行ってみたい所はある? やっぱり里帰り?」


 自然とそんな言葉が口に出ていた。セツナはその名前の通りこの国の出身じゃないから。


「あまり……思い出らしいものもありませんので」

「そっか、なんかごめん」


 どこかその口調は、良い思い出がないように聞こえてしまった。


「簡単に使用人に頭を下げないで下さい。シンシア様ではありませんが、安く見られてしまいますから」

「なら……南の島とかどう?」

「良いですね、たまにはそういうの」


 思いつきの発言だったが、それは名案のように思えた。たまには全部を忘れて、波の音を聞いて太陽を眺めて冷たいビールでも飲んで。パンツのことも忘れられたら最高だろう。


「ならいつか、屋敷のみんなで行こうか」

「その時までには奥方を見つけていただきたいですけどね」


 言葉が詰まる。最近はそういう話もなかったが、領主として妻も子供もいないのは正直言って批判の的だ。というわけで何も喋らないでいたのだけれど。


「う、動くな!」


 闖入者が沈黙を破った。子供の震える声とナイフ。


「か、金を出せ! 有り金全部置いていけ!」


 怖くはなかった。突き出されたそれが命を失うリスクがある事を理解しているが、刺されるという恐怖はない。汚れた服を着た少年は、否応もなく貧困の二文字を想起させる。


「迂闊でした、路地に入ってしまったようです」

「ほ、本気だぞ!?」

「まあ冗談でナイフは出さないよね」


 本気だけど本気じゃない、金は欲しいが刺したくない。だから一番の解決方法は大人しく小遣いを渡して見逃してもらう事なんだろうけど。


 彼の腹の虫が鳴った。光り物よりも食べ物の方が似合いそうだ。


「腹減ってるのか?」

「うるさい!」


 次に俺の腹が鳴る。宿の晩飯はシンシアの趣味で豪勢なコースだったが、一日中馬車を走らせていた俺には足りなくて。


「……俺もだよ」




「いやあ、こういうのってなかなか食べる機会なくてね……美味いの?」


 ホットドッグという食べ物らしい。まぁソーセージと野菜をパンで挟んで調味料を上からぶっかけた食べ物なのだが、こうやって食べるのは初めてだった。


「食えばわかる」


 丸椅子と丸机に三人で腰を掛け、二人してかぶりつく。ちなみに特段夜食の必要のないセツナは、オレンジジュースを飲んでいた。


「それもそうだね」


 うん、味は悪くない。ソーセージと野菜とパンの調味料の味がするな、こう夜中に喰うと二倍ぐらいうまいな本当。


「キールさん、晩御飯足りなかったんですか?」


 キールさん。様じゃないのは、今俺達が置かれてる状況に配慮してくれたのだろう。何せ俺が貴族だと知れたら、子供の気が変わるかも知れないしね。


「ああ、そんな所」

「メイド連れてるくせにか」

「何を勘違いしているかわかりませんが、私達はさる良家のご息女の旅行に同行しているメイドと馬車の御者ですよ。明日の食料の買い出しに行こうとした所、女一人ではとついてきてもらったのです」


 いい返しだと素直に思う、何せ嘘が殆ど無い。こういう時本当のことを混ぜて喋るのは賢いやり方だ。


「こんな時間にか」

「お嬢様はワガママでね」


 これも本当。


「ふーん、金持ちの家来にも色々あるんだな」

「そういうあなたは強盗ですか? 色々あるのは察しますが、慣れていないならやめた方が良いですよ」

「うるさい!」


 ソーセージの食べかすが飛ぶ。少年はそれをつまんで口に入れると、ゆっくりと口を開く。


「金がいるんだよ」

「それはまあみんなそうだ」


 いらないって奴もいるが、そいつらは預金が腐るほどあるだけの話。つまり誰にでも金は必要。


「なら真っ当に稼ぐ事ですね。対価もなしに金銭を得ようなど」

「でも貴族はそうだろう!」

「まあ……フォルテ領主は評判良くないよな」


 少年の言う貴族は領主の事で良いだろう。領主以外にも貴族という身分はあるが、実質他の商売にかかりっきりなのが現状だ。


「お前の方は見所あるな」

「久々にそう言われたよ」


 頭の良さを褒められたのは読み書きを覚えた頃まで遡らなければならない、と自分史を紐解いてる内に完食する。ただ子供は半分ほど食べたところで、その手を止めてしまっていた。


「もう食べないんですか?」

「おれだけ食うわけにはいかないからな」

「全く……何人ですか?」

「どういう事?」

「大方子供だけで集まって暮らしているんでしょう。それで盗んだり強盗したり」


 ため息混じりにセツナが答える。今日の彼女はいつも以上に聡明なような気がした。


「……5人」


 まあそれぐらいなら足りるか。


「すいません店主さん、これと同じ物5つ包んで貰えますか?」

「キールさん甘やかすのは」

「いいよどうせシンシアの金だし」


 小声でそう答えると、セツナは微妙そうな顔をした。一応冗談のつもりだったが、ホットドッグ五人前の駄賃はもらっても良いような気がした。


「代わりに、もうするなよあんな事」


 一言だけ添えて差し出す。少年は一気に残りの食べ物を口に詰め込んで飲み込むと、睨みながら奪い取り。


「……バーカ! バカバーカ!」


 子供らしい逃げ台詞を口にして、そのまま路地へと消えていった。その後姿を二人でセツナと見送ってから、思い出したように俺は呟く。


「酒買って帰ろうか、セツナ」


 というか本当に思い出した。俺はあのワガママ貴族令嬢の使い走りという名目でここに立っているのだという事を。


「そうしましょうか、キール様」


 彼女はほんの少しだけ口元を緩めて答えてくれる。その理由はわからないが、ほんの少しだけ誇らしかったような気がした。

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