第2話 颯爽登場悪役令嬢⑤ ~ごめんあそばせ~

「ここが泥棒さんの部屋なんですか?」

「多分ね」


 アイラの部屋をあとにして、四階のとある部屋の前にいる俺達。ちなみに彼女は大事そうに鞘をかぶせたままの剣を握り締めている。鈍器なら誰も怪我しなさそうだ、冒険の知恵だろうか。


「どうしてわかったんだべか……」

「四人で旅してるけど、あの感じだと全員同じ部屋だと思うんだよね。金もない上に女の子も満更そうでもなさそうだったからね。そして四階でベッドが四つも入りそうな部屋は」


 推理とも呼べない推測を説明する。部屋の避難経路が壁にかけられていたおかげで出せた結論だ。


「はぁー……さすが探偵さん」


 で、鍵を開ける。ちなみに開け方は暗殺者の能力で何とかなった。盗賊の仕事だと思うがいまいちわからない能力である。


「お邪魔しますよっと」


 こっそりと部屋に入る。こう全体的に汚れているなというのが第一印象だ。適当に投げられている荷物にパンツに金。俺の領地じゃ大した物も無かっただろうが、ここなら中々の大金が稼げたのだろう。まぁだからといって田舎の少女から旅行資金とパンツを盗むのはどうかと思うが。


 そこでふと、目についたのは男物のパンツ。多分勇者のものだろう。


「一応……貰っておくか。アイツのパンツは役に立つだろ」


 とりあえずポケットに突っ込む。この発想が自分でも相当いかれてるような気がしたが、緊急事態だから仕方がない。


「あ、あたしの毛糸のパンツ! いやぁ見つかって良かったべ、ばっちゃが編んでくれたら……」


 アイリは暖かそうな毛糸のパンツを拾い、嬉しそうに微笑んでいる。平和な光景だなと思った、勇者の部屋じゃなかったらだが。さて、俺はセツナのパンツでも回収しとくかと思ったんだけど。


「どれだ?」


 冷静に考えて盗まれたパンツがどんなものなのか聞いてなかった。一個一個パンツを食べてメイドのスキルが出たのはそうなんだろうけど無くなるしなパンツ。どうするかなこれ。


「誰だっ!」


 と、思ったところで時間切れ。聞き覚えのある女性の声が部屋中に響いている。


「貴様は……この間の!」

「ゆるせない、ラシックの留守を狙うなんて卑怯者」

「ふん、泥棒なんていかにも貴族が考えそうな卑怯な手だわ!」


 勇者の取り巻き三人娘が、各々の武器を突きつけてそんな事を言う。俺はとりあえず両手を上げたが、正義感に燃えるアイリは武器を構えた。


「ど、泥棒はそっちだべ! あたしはパンツ返してもらいに来ただけ!」


 まったくもってその通りなのだが、ここで疑問に思うことが一つ。この部屋の状態を見るに、三人娘は勇者が下着泥棒だと知っている。それでも付き従うというのが疑問でしかなかった。


「なあ三人に聞きたいことがあるんだけど……なんで下着泥棒について行ってるんだ? 引かないか?」


 そう訪ねると、彼女達の表情が曇った。やはり思うところはあったのだろう。


「ラシック様は……ご病気なのです」

「そうだ! パンツでしか興奮しない、いやできないラシックを……いつかその、私達が」

「変態! 最後まで言わせないでよ!」


 何故か怒られる俺。悪くないよな本当ひどいよ。


「俺のせいじゃないって」

「何にしても覚悟してもらうわよ。ラシックの秘密を知ったからにはね」


 武闘家の娘が拳を突き出す。さて逃げる算段でも立てますかね。


「アイラ逃げれるか? その、ここ四階だけど」

「キールさんを置いては」

「外に仲間がいるんだ。窓さえ開けてくれたら何とかなる」


 勝算がある。絶対に勝てるという自信が俺にはあった。


「本当?」

「本当」


 目を見て答える。勇者がいない今なら、勝てる。


「……信じます!」

「覚悟!」


 アイラが窓へと逃げると同時に、武闘家の拳が飛んでくる。それをすんでのところで避ければ、風圧が頬をかすめた。


「さすが暗殺者、躱すのはお手の物!」

「何を!」


 避ける、避ける、避ける。他の二人が加勢しようにも狭すぎてどうにもならない。だから俺は武闘家の攻撃をただただ躱すだけで良かった。だけで良かったって、何とか老師どれだけ強かったんだ? まあ今は彼に感謝と出所を願おう。


「狭い室内なら俺の方が有利らしいね!」

「開けました、キールさん!」

「よしっ」


 拳を止める。そして大きく息を吸い、力の限り叫んでやった。


「シンシアーーーーーーッ! お前好みの美少女が三人もいるぞおおおおおおおっ!」


 聞こえるはずだ、わかるはずだ。彼女なら絶対にここに来てくれると。


「ふん、何を叫んで」

「よろしくってよ、キール=ボンクラ=クワイエット!」


 扇子で口を隠しもせず、よだれを垂らしたシンシアがやってきた。一体そのハイヒールでどうやって四階まで駆け上ってきたか知る由もなかったが、考えるだけ無駄だろう。


「また貴ぞ」

「ごめんあそばせ」


 剣を持った美少女の足を払い、そのまま右手でキャッチする。そのまま虫のように指先を這わせて、耳元に息を吹きかける。


「あら、あなた綺麗な顔立ちしてるわね……ふふっ、ちょっと触っただけで耳まで真っ赤」

「ひっ、ひゃぁい!」


 嬌声を上げるアサヒとかいう女剣士。さすがシンシア美少女相手じゃ最強だ。


「お前、アサヒを離せ!」

「あらアサヒちゃんって言うの、あなたの綺麗な瞳にピッタリだわ」

「くらえええ!」


 突撃する武闘家、だが無駄だった。シンシアは左手でそれをいなすと、彼女をぐっと抱き寄せた。


「あらご存知なかったかしら。わたくし手が二本ありますの」


 今度は直接的だった。下着の中に指を突っ込み、耳を甘噛みする。エロい、エロすぎる。さっきまで殺伐としていたはずの部屋は一気にピンク色に変わっている。


「んー、こっちの生意気そうなのも素敵ね……あ、あら珍しい生えてないのね。ふふっ、いいのよ個性だから恥ずかしがらなくて。お名前は?」

「リ、りぃん!?」

「アサヒちゃんにリンちゃんね。ごめんなさいね、両手がふさがってスケッチできないのよ。だから先に、味見の方をさせてもらおうかしら」


 二人の頬にキスをするシンシア。もうそれ食べてるだろって突っ込みはしないほうが良いだろう。なにせ彼女はこれから本当に突っ込む気なのだから。


「ふ、二人をはなして!」


 残っているシスターが、精一杯の力を振り絞り杖でシンシアを叩こうとする。だが無駄だ、彼女は三人同時に相手できないほどヤワじゃない。


「あらあらシスターちゃん? わたくしに足が生えてることに気付かなかったかしら? それとも両手がふさがった如きで何もできないとでも? 嫌ですわ猿じゃあるまいし」


 つま先を股間に突っ込み引き寄せると、そのまま膝小僧で股間を刺激し始める。さすが貴族のご令嬢、一瞬にして百合の花が咲き誇っている。


「レ、レモル……」

「覚えたわ、アサヒちゃんリンちゃんレモルちゃんね? 四人で仲良くお話ししません? そうすればもおっとお互いを好きになれますわ……それに気の利いたことに、ベッドも用意されてますし」

「よし、良いぞクソレズ!」

「誰がクソレズだボンクラァッ!」


 しまった言い過ぎたか。


「おほん、さぁ三人とも、私に身も心も任せて……」

「この隙に逃げよう……アイラ、アイラ!?」


 窓際にいたアイラに声をかけると、茹で上がったタコみたいに顔を真赤にしていた。どうやら刺激が強すぎたらしい。


「あっは、はいっ!? と、都会って凄いんだべ……」

「あれは都会の中でも特殊だから気にするな。とりあえず逃げて二時間後ぐらいに戻ってこよう」

「四時間よキール」


 舌なめずりして彼女が訂正する。怖いな近寄らないでおこう。


「……四時間後に」

「ただいま、なんだか騒がしいね」

「あやべ」


 出口の扉を開ければ、両手に食べ物やらを持った勇者と鉢合わせになった。どうやら四時間の予定は四秒も持たなかったという悲劇。


「間に合わなかったべ」

「貴様ら、この僕を追って」


 剣に手をかけるラシック、だめだこいつは強すぎる。


「どうするシンシア! 作戦失敗だぞ!」

「チッ、今いいとこなのに……なんとかしなさいよキール! 一度は何とかしたんでしょう!?」


 何とか。いやまぁ出来たけどさ、あれをやるにはあまりにリスクって言うのがだね。それでも、アイラは巻き込めないのは事実だ。だったら選んでいる場合じゃない。


「宿屋の人」


 手をかざす。今度は二日も寝込むなよと、自分の心に頼みながら。


「ごめんなさぁい!」


 勇者ごと宿屋を吹き飛ばす。せめてシンシアがここの修理代を、支払ってくれることを願いながら。

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