第2話 颯爽登場悪役令嬢④ ~またパンツだべ~

 勇者の行き先を探るのに、街中をうろつくような労力を割く必要は無かった。


「ここが連中の泊まっている宿屋ですか……よくこんな短時間で見つけられたな」


 見上げるのは高級そうな宿屋。入り口には親衛隊みたいな格好をしたボーイが何人もいて、宿泊客が荷物を持つ前にわらわらと群がってくる。しかし本当に恐ろしいのは、こんな宿屋でもこの街じゃ安い部類だという事だろうか。


「何言ってんのよこの程度その辺のおばさま方の噂話聞けば一発じゃないの」

「おばさんこわっ」


 珍しくレーヴェンの意見に賛同する。俺もそうすればこんな偽占い師に関わらずに済んだのかと考えながらではあったが。


「で、忍び込んで倒すと」

「そうね四階らしいけど」


 俺の言葉にシンシアが補足してくれる。地面から数えて一、二、三、四、落ちたら死ぬような高さだなうん。


「……誰が?」

「そこの魔ぞ……占い師じゃないの?」

「わたし頭脳派。とても四階までは」


 頭脳派という言葉に引っかかる。レーヴェンの頭には今のところフードを乗せる台としての機能があると認識していたが、それ以外の使い道があったとは思わなかった。


「いえ、問題ありません。こんな事もあろうかと」

「まさか」


 この流れは覚えてるぞ。


「キール様が寝ていた二日間、私がなにもしてないとお思いですか? 話はレーヴェン様から伺っていたんですよ?」

「せめて美少女のパンツせめて美少女のパンツせめて美少女のパンツ」


 神様というのがいるならどうかせめて俺の口に入るのはまだ食べても良いなと思えるようなものでありますようにと願わずにはいられない。


「クワイエット領の刑務所で模範囚として過ごしている元伝説の殺し屋ホイコー老師のふんどしです」

「パンツですらない!」


 レーヴェンはやっぱり俺を羽交い締めにして、セツナはトングでフンドシを俺の口に突っ込んでくる。もう嫌だ涙が出てきた何が伝説だやってられない。


「良いから食えわがまま貴族。それに美少女なんてろくな能力ないからパンツ食べても無意味」


 いやそりゃそうかも知れないけどさ。


『パンツイーターシステム発動。レアスキル、"暗殺者"を入手しました』


 とりあえず白目になりながら飲み込んだら、頭の中に声が響いた。ああはいこれで終わりね良かった良かったまた涙の塩味だったよ。


「あなた方が滅茶苦茶過ぎて今後の付き合いに響きそうですわね」

「やりたくてやってる訳じゃない事だけは理解してくれ」

「そうね美少女のパンツは被りたいものね。食べたら無くなるし」


 シンシアの言葉は聞き流そう。他の二人もそうしてるしな。


「じゃ、行って殺ってきて」


 レーヴェンが顎で支持してくる。もちろん四階だ、これよじ登るのと暗殺者の能力って関係ないじゃないかという疑問を挟む間もなく。


「これ捕まったら庇ってくれるんだよね?」

「わがまま」

「相変わらず意気地なしですね」

「付き合うのは今日一日だけって約束だから」


 三者三様の答えが帰ってくる。全員俺の味方にはなってくれないという事実だけが突きつけられて、やっぱり涙が流れてしまう。今日は泣いてばっかりだな俺。


「この能力、使われても文句言うなよ」


 吐き捨てるように俺は言う。万が一この三人の枕元に立つ時に暗殺者の能力はきっと有用だろうから。




 四階までよじ登って気付いたことがある。何号室か聞いてなかったというどうしようもない事実にだ。とりあえず降りて相談でもしようかと思ったが、いきなり誰かが窓を開けたからさあ大変。


「あ、どうも」


 とりあえず頭を下げる。少女と呼ぶにふさわしい女の子が出てきた。純朴そうな、小動物のような表情で人懐っこい笑顔を浮かべてくれた。亜麻色の髪を後ろで縛り、衣服もこざっぱりとした印象だ。


「あ、ハイるーむさーびす……? の人ですか!?」

「えっ、あうんそうそれ」


 勝手に勘違いしてくれたので思わず頷く。良かった都合のいい勘違いをしてくれたらしい。


「はーっ、都会は窓から来るんですね」


 田舎の子なのだろう、四階から侵入しようとしてきた男に安堵のため息を漏らすのだから成人男性として少し不安になってしまう。


「あーっと、部屋間違えたようで」

「そ、そんなこと言わないでください! 実はなまら困ってるんです!」

「なまら、ね……入っていい?」

「あ、どうぞ」


 とりあえず四階に侵入成功。あれでももしかして四階に入るだけだったら普通に入り口から行けばよかったんじゃないかなこれ。


「実はその、ちょっと観光に来たんですけど荷物とお金が盗まれてて……」

「物騒なんだよねこの辺。ちゃんと戸締りはした?」


 彼女の部屋をぐるっと見回す。リュックサック一つに自衛用の剣らしきもの、それから水筒ぐらいだろうか。女の子の観光にしては荷物が少ないような気がしないでもないが、田舎から出るにはこれぐらいが丁度いいのだろう。


「じょっぴんかる癖がなくて」

「ん? まあうん駐在に連絡した方が良いかな……ちなみになに盗まれたの?」

「お金とパンツだべ」

「またパンツだべ……」


 頭を抱える、犯人が一瞬にして判明してしまった。どんだけパンツ好きなんだあの男その辺で売ってるじゃないか買ってくれよ。


「る、ルームサービスの人は犯人知ってるんですか!? 教えてくれたら取り返しに」

「まあ待ってくれ、実は俺はルームサービスの人じゃない。連続下着泥棒を捕まえに来た私立探偵なんだ」


 よくもまぁこんなデタラメを口にできるなと自分で関心してしまう。日頃ゴロゴロしながら小説を読んでいて幸いだった。


「な、な、生の探偵! 本で読んだことあったけど実在したとは!」


 ちょっと興奮気味になる田舎少女。探偵が空想の存在だと思える程度の田舎ってどの辺だろうかと不安になる。何で旅してるんだろうねこの子、観光にしては少し無茶な気もするけど。


「ああ、でも奴は武装してるし女三人も侍らせて旅してるスケベ野郎でもあるんだ。危ないから俺に任せて」

「そんなの探偵さんが危険だべ! 大丈夫、困ってる人の助けになりなさいってばっちゃが言ってた!」


 少し考える。巻き込んでしまって良いのかという人並みの良心があったからだ。ただ同時に、下でヘラヘラしてるであろう女三人と比較して、こんな子が手伝ってくれたらという人並みの欲望もある。


「なら手伝ってもらおうかな……でも危なくなったらすぐに逃げること」


 結果負けた。自分の欲望に負けてしまった。でも本当、危険な目には合わせられないな。


「了解!」

「ならよろしく、俺は……キールでいいよ」

「あ、あたしアイラです!」


 差し出された手を握り返す。何だろう久しぶりに素直な人間を見た気がする。


「じゃあよろしくアイラ。ただその前に一つお願いが」


 彼女は笑う。俺は人差し指を口に当てて、にっこり笑顔を作ってみせる。


「窓から入って来た事は、誰にも言わないでくれないかな」

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