第2話 颯爽登場悪役令嬢③ ~ただ美少女図鑑を完成させたいだけ~
「いやーここの風呂でかくて気持ちいいな」
いや本当に豪華だったわ。なんか獅子の像からお湯は出てくるし花びらとか浮いてるし石鹸のたぐいも良い匂いがした。いわゆる女の子の匂いだなうんこれが貴族の金の使い道って奴だろうな。
で、だ。俺はシンシアの部屋へと向かっている。他の使用人に止められるかと思ったが、学生時代の友人のキール=B=クワイエットだと言えば簡単に一歩引いてくれた。ドアノブに手をかけ深呼吸。女の子の部屋に入るのは緊張する、って理由じゃない。シンシアの部屋に入るのが怖いのだ。
ただ俺がそう仕向けたのだから責任ぐらいは取らないとな。
「キール様、この人!」
「ちょ、キール……こんな人だって聞いてない」
俺が入ってくるなり、恨みのこもった視線を二人が向けてくる。そりゃそうだろう、彼女のベットに両手両足縛られて衣服もはだけているのだから。
「おーやってるやってる」
ま、予想通りである。シンシアの部屋に美少女二人を打ち込んだらこうなるのは当然だ。
「んもー良いわ良いわ最高よその表情! 親切だと思った人に薬を盛られて縛られて恥ずかしいスケッチを描かれるメイドと占い師の表情! これはそそる! キール、あんたもたまには良いことするじゃない!」
「だろ」
彼女は口以上に手を動かし、スケッチブックに鉛筆を走らせている。その目は充血し鼻息は荒い。どうやら卒業してもその厄介な趣味と性格は変わらなかったらしい。
「どういう、事ですか……!」
「こいつのあだ名、悪役令嬢って言うんだ」
「どういう意味ですか!」
セツナが声を荒げるが、俺は適当な椅子に座り一息ついた。
「男子はそう言ってたわね。失礼な話よね、わたくしはただ美少女図鑑を完成させたいだけですのに」
「まあ説明するとだな」
思い出すのは有りし日々の青春、なんて生易しいものじゃない。
「学園に入ってくる男子はみんな思春期だから、恋人できたらなーって思うんだけど」
貴族の結婚は全てが自由恋愛と言えるほど簡単なものじゃない。ただそういう場所で甘酸っぱい日々を過ごした経験は、誰にだって憧れるものなのだ。
「学園内の可愛い子ってだいたいこいつの餌食になっててさ、ごめんなさい私身も心もシンシア様に捧げたのって具合に。まあ……俺の連れだからこれぐらいで済んでるけど、もっと直接的な被害というか」
ただしそんな青春の日々に立ちはだかる、大きな壁が男子にはあった。それがシンシア=リーゼロッテ。大の美少女好きで趣味は美少女図鑑の作成。好きなだけならまだしも実力の方も備わっていたのが俺達男子の運の尽き、可愛い子に片っ端から声をかけては手篭めにしてを繰り返し、気づけば男子に靡くような可愛い女の子は一人も残っていなかった。
「ふふっ、筆の扱いには自信があってよ?」
ウィンクしながら鉛筆を揺らすシンシア。こわい。
「とまあそんなこんなで、女のくせにとんでもない美少女ハーレムを作ってそれを卒業まで維持したから」
卒業式なんかすごかった。もはや彼女のための式だったと言っても過言ではないほど豪勢だったのを今でもよく覚えている。上は先輩下は後輩はては街のパン屋さんまでハンカチを濡らしては絞り濡らしては絞りの地獄絵図。もはや校長の挨拶はすすり泣きの波にかき消され気絶者すら出る始末。
とまぁそんな伝説を打ち立てた彼女を、俺達はやっぱりこう呼んだのだ。
「"悪役"だろ? 男からしたらさ」
「その発想はなかった」
レーヴェンとセツナが頷く。どうやら納得してくれたようで。
「とりあえず少し寝るから、終わったら起こしてくれ」
「それは……明日の朝まで好きにして良いということかしら?」
豪華なソファーに横になり、ゆっくりと目を閉じる。
「スケッチまでだよ」
まぁパンツを食わされた礼はそれぐらいで十分だろう。馬車の操縦で疲れていたおかげで、俺はすんなりと眠りに落ちることが出来た。
「ほら、終わったわよキール」
頬を叩く感触で目が覚める。目を開ければ満足そうな笑顔を浮かべたシンシアがいた。
「人間こわい……特に目が」
「全く、意匠返しにしては底意地の悪いものでしたね」
あと横目で見れば目を真っ赤にした二人がいた。一応衣服は整っているから、そんなにひどいことはされていないだろう。そう信じたい。
いやそれより気になるのは美少女図鑑だ。実は学生の時から何度か見せてもらっていたんだ、絵は本当にうまいんだよなシンシア。
「おっ出来たの見せて見せて」
「ダメっ!」
飛んできた枕。駄目だそうで。
「で? わたくしにどんな用があるわけ? まさか美少女図鑑の協力だけって事はないでしょう」
「まあね」
ソファーから起き上がり背筋を伸ばす。一応二人に対する仕返しという俺個人の望みは叶ったのだが、じゃあそれで帰りますとはいかないのが現実だ。
「それとも、そこの魔族の子が何か関係あるわけ?」
「やっぱりバレたか」
「白々しいわね……全く、これでわたくしも共犯者になったじゃない」
魔族だからといって角が生えていたり耳が尖っていたりといった本のような特徴はない。それでもシンシアの美少女審美眼にかかれば、レーヴェンをそう判断できたのだろう。怖いな美少女図鑑。
「まあ、シンシアなら美少女には勝てないってわかってたから」
「いいわ、できる範囲でなら協力してあげるわ」
彼女は椅子に腰を掛け、紅茶を音もなくすすりながらそう言ってくれた。さすが話のわかる女だ。
「勇者倒すの手伝って欲しい」
ので答えたら、めちゃくちゃ紅茶吹いた。
「おいいきなり吹くな」
「あんた達、国家転覆でもしたいのかしら?」
まぁ世間的な認識はそうだよねやっぱり。
「いや、俺としてはセツナのパンツ返って来ればいいんだけど。ほら、支援法あるだろ。それで盗まれて」
「つまりえーっと、パンツ盗まれたから勇者倒したいと」
「そういう事。かしこい」
レーヴェンがそう言うと、シンシアは盛大なため息をついた。それから今度こそ吹かずに紅茶を啜る。
「……相手はあの勇者よ勇者。倒す倒さないの問題じゃないわよ」
「大丈夫、一回引き分けてる」
「あなたが戦って?」
「いやキールが。魔王の力を手に入れたから」
もはや紅茶に手を付けなくなったシンシア。カップを持っていたその手は目頭を強く押さえている。
「あなたね、地方領主ですらギリギリのギリの器の男に魔王だなんて……皮肉にしてはなかなかセンスがよろしくてよ」
「いや本当なんだ。なんか汚くて美味しくないパンツ食べたら」
「わかったわかったわかったわよ……目の前にいるのが頭お花畑のイカした御一行だということは十二分に伝わったわ」
「かしこい。かなりイカしてる」
「今馬鹿にされてるからな俺達」
得意げな顔のレーヴェンに一応解説をしてあげる。やっぱり独特な感性してるよなこの子魔族って皆そうなのだろうか。
「で、具体的にわたくしに何をさせたいのよ」
「勇者を……倒す!」
拳を握り天高く掲げるレーヴェン。そうだね今朝もそう言ってたね。
「だからその作戦よ。まさか正面から突撃とか言わないでしょうね」
「あー……」
「そうですね……」
言葉を詰まらせるレーヴェンとセツナ。沈黙が部屋を包んだから、近くにあった本棚に手を伸ばす。解決策が出たら呼んでもらおう。
「あ、この小説続き出てたんだ」
「こぅらこのキール=バカタレ=クワイエット!」
「あ痛い!」
飛んできたのはシンシアの扇子。さすが金細工が施されているだけあって痛い。
「あんた曲がりなりにもわたくしと同じ学歴でありながらどれだけ無能なのかしら!? 強い敵と戦う時は戦略作戦戦術支援! 授業で習ったことは全部学園に忘れてきたようね! 無駄にこの世界から二人の美少女を消し去る気!?」
「忘れていけるほどの成績じゃなかったのは知ってるだろ!」
「それもそうね」
納得してくれたシンシアが声の調子を戻す。
「仕方ないわね、今日一日だけ付き合ってあげるわ」
諦めたように彼女は言う。もう今日の残りも少ないが、それにしても彼女の頭脳が味方になってくれるのはありがたい。
「何か良い案があるんでしょうか?」
「相手は少人数こちらも少人数、ただし相手は非常に強い。となると取れる手段は一つね」
セツナの質問に、彼女は人差し指を一本立ててニヤリと笑う。さすが悪役、人のことを国家転覆とか言っておいてノリノリである。
「暗殺よ」
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