第5話 距離感バグッてる子猫がグイグイ来る


たびをお迎えするにあたり、ブリーダーさんや獣医さんの動画をYouTubeで観まくったことは前述したのだが、その中に【これだけはやっちゃダメ!猫に嫌われる仕草5選】なるものがあった。


要約すると慣れていない子猫にベタベタ触ろうとしたり、やたら大きく動いたり、目を見つめたりしてはいけない、ということだった。


目を見てはいけないのは理由があり、猫は野生の本能で相手と目を合わせないのだそうだ。猫界では目を合わせる=敵意がある。つまり目が合った瞬間ガチンコバトルが勃発してしまうリスクを背負っているのだ!

なので無理やり目を見たら嫌がられるらしい。


「あなただっていきなり得体が知れない大きな生き物に、体を撫で回されるのはイヤでしょう?猫ちゃんだって同じです!」


YouTuberブリーダーさんはそう仰られた。

その通りだ。

いたいけな子猫、つまりちいかわなたびにとってニンゲンの我々はなんかでかくて気持ち悪いやつ、略してデカキモなのだ!

デカキモとして分をわきまえて接しなければ。


思えばこれまで、私は猫が可愛い! という気持ちが先走りすぎて、追いかけ回して無理やり撫でようとしたり目をじっと見つめたりしてきた。

加えて落ち着きがなく常に挙動不審だ。

【猫に嫌われる仕草5選】の3つくらいは余裕で満たせる。アウトじゃん!!!!


イヤだ……たびに嫌われるなんて考えたくもない。

デカキモであることを改めて自覚し、はじめは距離を置いて接しようと誓った。


しかしたびは、常に目線を合わせてくる猫だった。

こぼれそうな大きな瞳で何かを訴えかけるように見つめてくる。かわいい。

写真を撮ろうとスマホを向ければ常にカメラ目線。きゅるんとした顔で撮られる。

一枚くらい変顔があってもいいようなものだが、たびは全方位どこから撮っても愛らしかった。前世はアイドルかモデルだったのかな????

そういえば出会ったときから私をじっと見つめてきた。

目を見るなと言われてもたびが見つめてくるのだから仕方が無い。っかー参ったな〜!


夫曰く「産まれたときから人間に育てられてるから警戒する必要がないんじゃない?」

そうかもしれない。たびがいたお店のネコチャンたちは皆きゅるんとした顔でこちらを見つめてくる。たびも愛情たっぷりに育てられたのだろう。


そして、無理に抱き上げたり撫でくりまわしたりしないぞ!と誓ったのだが、たびの方からグイグイ距離を詰めてきた。

初日こそケージの中で不安そうに鳴くばかりであったが、二日目にはもうケージ越しのなでなでの許可を頂いた。

部屋に慣らすために少しずつリビングを探検させるようになると、私の背中に自分の身体をくっつけてちょこんと座る。

お迎えして三日目くらいには、リビングに敷いていた私の布団に寝るようになっていた。

えっ……そんな大胆な。まだ私達お互いの事もよく知らないのに……

戸惑う私をよそに、たびはどんどん距離を詰めてくる。

飼い主を信頼していないと見せてくれないと言われるヘソ天も即披露。私の顔を見た途端ゴロゴロ言い出し、嬉しそうに私の周辺をグルグル回る。

つい先日出会ったばかりの転校生にグイグイ迫られるラノベの主人公はこういう気持ちなんだろうか。いやどうかな。


人生でこんなに猫にモテたことがあったろうか? いやない。

良いのか? 俺は猫に嫌われるために産まれてきたような女やぞ???

と心の中で毒づくが、たびは私の手をペロペロしてくる。

猫に嫌われる仕草五選は、たびには無意味だったらしい。

猫界の常識をブチ壊す益荒男……!

そういうわけで、たびに迫られるままにめちゃくちゃイチャイチャしまくった。


が、これが良くなかった。

ものすごいマザコンになり、常に私のあとをついてくるようになってしまった。

トイレにもおちおち籠もれない。すぐにこの世の終わりみたいに私を呼ぶ声がドア越しに聞こえてくる。

この時期夫はコロナ療養明けで在宅勤務だったはずだが、ほとんど自室に籠もっていてたまに出て来る程度だったので、

たびにとっては相変わらず新種のレアポケ○ンみたいな存在だったようだ。

「たびぢゃああああおとうざんだよおおお」と顔を押しつけられても困惑した顔で受け入れていた。

お風呂に入れば、出て来るまで外でじっと待っている。

キッチンで調理をしようとすれば、侵入防止柵越しににゃーにゃー鳴く。

相変わらず抱っこやお膝に乗るのは好きではないようだが、私の手に顎をくっつけたり、前足で指を抱えるようにしてゴロゴロと喉を鳴らす。たまらなく愛しくてオキシトキンドバドバ出まくりだ。

こんなに求められるなんて飼い主冥利につきるのだが、あまりの束縛ぶりに嬉しい気持ちがありつつもやや困惑していた。


そして、たびはケージで寝てくれなくなった。

寝室はリビングと引き戸で仕切られていて、寝る時は引き戸を閉めて我々は寝る。

するとリビングに取り残されたたびが「にゃー! にゃあー!」と寂しそうに鳴き続けるのだ。

だが、一緒に寝るには小さすぎる。不慮の事故で怪我させるのも怖い。

甘やかしてはいけない。ここで鋼の意志を貫かなければ。

「にゃー! にゃー!」

耐えろ、耐えるんだ!時には我慢も必要……っ

「にゃー! にゃー!」

我慢も……

「にゃー! にゃー!」

がま……

いや、やっぱ無理!


結局、たびをケージから出して1〜2時間ほど私の布団で寝かしつけ、ウトウトしはじめた頃にそっとケージに戻す日々が続いた。

しかし、その分私が寝るのは遅くなる。この頃は深夜2〜3時くらいまで寝かしつけを行っていた記憶がある。

たびは朝6〜7時には起きるので、運が悪いと4時間くらいしか寝られない。

私はロングスリーパーで、7〜8時間は寝ないと頭がぼんやりして使い物にならないのに……


結局、夫の「もう一緒に寝ればいいじゃん」の一言で、一週間目くらいにはなし崩し的に一緒に寝るようになった。

デカキモ(私)の巨体で潰さないか心配だったが、たびが絶妙な位置で寝てくれるので意外と大丈夫だった。さすがですたび様。

猫は信頼度が上がるほど人間の顔に近付いてくるというが、たびは一緒に寝始めてから数日で私の枕元で寝るようになった。

まるで産まれた時からこの家の子ですが? という顔で。

すっかりたびに洗脳された私達も、この家に越した時からたびを飼っていたような気分になっている。


たびはひとりぼっちが大嫌いなので、私たちが寝室に引っ込むと即ゴロゴロ言いながら枕元へやってくる。

たびのゴロゴロASMRを聞きながら、私は今日も眠りに就く。




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