第3話 猫も猫を被る

数日経ち、夫の熱が下がってきた。

寝室から「つらいよおおお」と叫ぶくらいしんどそうだったのだが、血中濃度も安定しており重症化は防げたようだ。

寝込んでいる最中も私がたびの名前を呼ぶと「にゃーん!」と代わりに返事をする程度の余裕はあったのでまあともかく良かった良かった。


しかしたびがうちに来てすぐ寝込んでしまい、ほとんど触れ合って来なかったせいか、久しぶりに寝室から出てきた夫に抱き上げられて、たびは固まってしまった。

「たびちゃあああおどうざんだよおおお」

熱量高く脂ぎったデコを押し付ける夫を、「どちらさまですか?」という顔で凝視するたび。

たまにトイレに行くためにリビングを通り過ぎることはあったので姿は認識していたはずなのだが…やはり触れ合わないとダメらしい。

一方私にはベッタリ。私の顔を見たとたんゴロゴロ言い出すし、どこへ行くにもついて回り、トイレに立つのですら寂しがって鳴きだす。

そりゃ三日三晩つきっきりでお世話したもんな。立派なマザコンに育て上げてしまった。


そういえば契約書を書いているとき、店員さんがお世話の仕方をアドバイスしてくれたのだがその中に「自動給餌器は便利ですが子猫のときは使わない方がいいです。猫ちゃんは餌をくれる相手に懐くので自動給餌器が一番好きになってしまって飼い主さんに懐かなくなります」

というのがあった。

もはや餌をくれるなら人間じゃなくてもいいらしい。

猫、なかなかシビアだ。


そして、たびは私が思い描いていた性格とは真逆だった。

お店で初めて抱かせてもらったときは、大人しく抱かれてゴロゴロと機嫌よく喉を鳴らしていた。

あまりにも人懐こくてこっちが戸惑うくらいだった。

「大人しいですね〜」と感嘆すると店員さんが「ほんとはやんちゃかもしれませんよ〜」「今だけ猫を被ってるかもしれませんよ〜」とニコニコしながら言った。

いやいやまさか。

この子はきっと物怖じせず、おっとりして優しい子なんだ。

長毛種は短毛種にくらべると穏やからしいし。

そう信じて家に迎え入れたのだが――


それは猫飼い経験に乏しいキモオタの勝手な幻想であった。

確かにたびは物怖じしない。うちの近くには線路があり、数十分おきに電車が通過するのだが、初日から全く気にしていなかった。

トイレの砂の種類を頻繁に変えてもすぐにオシッコしてくれるし、どこを撫でても怒らず常にご機嫌。難関と言われる歯磨き(子猫なので歯磨きシートで歯や歯茎を磨いてあげている)も難なくこなした。

我が家はアレクサにたびのごはんの時間をタイマーセットしているのだが、アレクサのタイマー音を覚えたらしく音が鳴ると餌場へ駆け上るようになった。か、かしこい〜!

どうやらかなり順応性が高いらしい。


しかし、物怖じしなさすぎていたずら防止対策が全く役に立たなかった。

何にでも噛みつくので、噛みつき防止スプレーを買ってきて散布しても平気で噛みつく。

噛みつくと苦い成分が含まれているはずのに嫌な顔すらしない。舌が鋼鉄で出来てるのか!?


次は大きな音をたててびっくりさせる作戦に出た。

猫は犬のように躾が出来ないので、「これをやるとイヤなことが起こる」と条件付けて覚えさせるのだ。

たびがコードに噛みつく度、手をパチン!と叩いて「ダメよ!」と叫ぶ。

初めはビクッとしてやめてくれていたが、これもすぐに慣れて効果がなくなってしまった。

順応性の高さが裏目に出た。

最後の手段で、コードをまとめるプラスチックのカバーを買ってきて保護したがやっぱり噛みつく。むしろプラスチックの触感が好きらしくもっと執着するようになった。

もう何も怖くない状態だ。仕方ないので見つける度に抱き上げて引き剥がしている。


そして朝からテンション高く、うにゃーん!と鳴きながら部屋を爆走しいろんなものに激突し、びょんびょん跳ねる。

好奇心が強く、どこにでも潜りたがる。洗濯機の下に入ったのはさすがに肝が冷えた。

じっとなんてしてくれない。


実家の猫は体が弱いこともあり大人しくておっとりしていたので、子猫ってこんなに動くんだ!?と衝撃だった。

ほとんど止まってる時間が無い。うちに来て1週間くらいはいつ寝てるんだ!?ってくらい常に走りまわっていた。


何より愕然としたのは、たびは抱っこがあまり好きではなかったことだ。

抱こうとすると身をよじり、ドゥルン!と腕からすり抜ける。

ひざに乗せてもすぐ飛び降りて爆走する。

お、お前お店では喜んで抱かれてたやろがい!!


おそらくあの時、たびは本当に猫を被っていたのだ。

私たちがお客様だと認識していたのだろう。だから大人しくしていただけだったのだ。

「猫を被る」

普段なんとなく使っている言葉の意味を真に理解した。

そう、猫は猫を被るのだ!!

進次郎構文みたいだけどそうなのだ!!


私のふざけた幻想はあっけなくぶち壊された。


ネットでよく見かけて憧れていた、寒い日に猫をパーカーに入れて一緒に暖を取ることも、膝の上に乗せて仕事することも出来ない。

飼い主のことは平均台とでも思っているたびは、なぜか私の脛の上をヨタヨタしながら上り下りを繰り返す。そして時々思い出したように噛みつく。


思ってたんと全然違う。

でも、背中に体をくっつけて甘えてきたり、指を差し出すときゅっと前足を丸めて抱きつく姿は悶えて転がりたくなるくらいに可愛い。

最近は抱っこできる時間も長くなり、寝ている私のお腹の上に乗ったり、ひざに乗せたらそのままくつろいでくれるようになってきた。


じっくり慣らせばいつか夢のパーカーイン猫も実現するかもしれない。

まだ私は諦めてないからな!!!たびのすけ!!!


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