第2話 まさかの看病とワンオペ猫育児のダブルパンチ




そういえば名前を決めなくては、という事になり協議の結果「たびのすけ」に決定した。

理由は単純で「シルバータビー」という柄の子だったからだ。

呼びやすいので気に入っている。


子猫の体調など共有するために、夫が使っていないiPhoneを初期化し、たびのすけ専用にした。

更に、iCloudファミリーとしてたびが「息子」として設定される。

iPhoneに「べにはら たびのすけ」と表示された瞬間、胸に愛おしさがこみ上げた。

たびは私達の家族になったのだと。

たびがこの先、ずっとずっと穏やかに暮らせるように。

最後の、息を引き取る瞬間まで幸せであるように。

全力でお世話しよう。そう誓った。


たびを迎えるにあたって、YouTubeの獣医さんやブリーダーさんの動画を視聴し、あれこれ不安な事を検索しては勉強する日々が続いた。

実家は家の前に大きな空き地があり、猫はそこを駆け回りトイレを済ませていた。

ちなみに東京なら10軒くらい建売住宅が出来そうなクソデカ空き地である。そんな土地がほったらかされているなんてさすが田舎。

餌こそキャットフードを与えていたが、おやつは出汁を取った後のにぼし。

嫌がる猫を子供達で追いかけ回し撫でくりまわす。

今なら完全にアウトだ。しっかりと令和の猫事情を勉強しなくては。

しかし心配性が過ぎてどうでもいいことまで気になってしまい、夫に「大丈夫だから!」と怒られる事もしばしばであった。


「早く会いたいな……」と契約時に撮らせてもらった数枚の写真を数分おきに見つめ、YouTubeのミヌエットの子猫お迎え動画を観てはイメトレをする日々。

一週間がとても長く感じられた。


そしてとうとう、お迎えの日がやってきた。

早起きして予め購入して置いたリュック型のキャリーを背負い、いそいそとお店へ向かった。

感動の再会——のはずなのだが、たびは落ち着かない様子できょときょとし、抱っこも心なしか嫌がっている。

……あれ?

この間はあんなに熱っぽく見つめてくれたのに……たびにも、お店を出る事が伝わっているのだろうか?


お店から家までは徒歩圏内なので、キャリーを背負って歩こうと思っていたのだが、不安がってたびが鳴くのでタクシーを呼び帰宅した。

ケージに入れると初めは戸惑っていたが、すぐにトイレも覚え、与えた餌を平らげ爪とぎをしてくれた。私たちにもちょっとずつ慣れてくれている。

掴みはバッチリだ。

お迎え動画をめちゃくちゃ撮った。

これから夫と二人でゆっくり育てていこう。

そんなほんわか気分はすぐに打ち砕かれた。


なんと、ほどなくして夫のコロナ陽性が発覚したのだ。


高熱で苦しむ夫の代わりにあれこれと準備し、手続きについて調べる。

夫は思っていたよりも軽症のようだったが、喫煙者である事、お太り気味である事から重症リスクを抱えている。いつ病状が悪化するか分からない。そして自分も感染しているかもという不安でいっぱいになった。

隔離のために夫は寝室へ寝てもらい、私はリビングのたびのケージ前に布団を敷き眠る事となった。


たびは思いのほか馴染むのは早かったものの、やっぱり不安なのかちょっとでも私の姿が見えなくなるとこの世の終わりみたいに鳴き続ける。

おかげでケージの前を離れられない。

そして、夜になってもたびは全く寝てくれなかった。

私が寝ようとすると「にゃー!にゃー!」と全力で鳴き続ける。ケージ越しに撫でてあげると両手でしがみついてゴロゴロ喉を鳴らす。

昇天するほど可愛いのだが、ずっとそうしているわけにもいかない。


こんなのYouTubeの人教えてくれなかったよぉ!!

現実、厳しい!


少しでも触れていたら安心するだろうかと思い、ケージに指を差し入れて行き倒れの人みたいな格好で寝てみたがあんまり意味をなさなかった。そりゃそうか。

添い寝すればたぶん解決するのだが、一般的には一緒に寝るのは生後四ヶ月くらいから。

しかもお迎え直後はケージから出すのはよろしくないとされている。

それに、こんな小さな子と一緒に寝て潰したらどうしよう……とまた病的な心配性が顔を出す。そして鳴き続けるたび。地獄の様相を呈してきた。


たまりかねた私は、「子猫 寝ない」でネットを検索した。

するとよくある悩みらしく「ケージを布で覆い隠すと静かになる」という情報を得られた。

すぐに余っていたカーテンを引っ張り出して、ケージの上半分を覆う。

これでヨシ! と毛布をかぶって寝ようとすると、たびは寝床から降りて来て「にゃー!」と叫ぶ。

クソッ、知恵が回るヤツだ!

私は更にカーテンを追加し、下半分を洗濯ピンチで止めて完全に視界を塞ぐ。

ようやく落ち着いたのか、鳴き声は止んだ。

長い戦いが終わった……

明け方近くになり私はようやく眠りにつけた。


しかし、猫の朝は早い。

早朝には「にゃー!」と再び起こされるハメになったのである。


そんな日々が数日続き、さすがにフラフラになり体調がおかしくなってしまった。

抗体検査は陰性なのだが、咳が止まらず微熱(37度から上がらない)が続く。

極めつけは、喉がヒュッと詰まって呼吸困難になりかけた。

まさか本当はコロナ……? いや、これやっぱりコロナじゃないだろ!!!!!

おそらくヒステリー球というやつだ。私は20代の頃からストレスがたまると自律神経がおかしくなって原因不明の微熱が二週間くらい続いたり、喉が詰まって苦しくなる事がちょくちょくあった。

最近は症状が出なかったから油断していた。相変わらずストレスに弱いらしい。

しかし子猫は待ってくれない。

フラフラしつつ、夫が回復するまでワンオペ猫育児に追われたのだった。











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