第109話 下野国庁付近の戦い④
「兄上っ!危ないっ!!」
小次郎に向かって弓を構える繁盛の存在に気付いた秋成が、慌てて小次郎に向かって叫んだ。
秋成の声に振り返った小次郎も、やっと繁盛の存在に気付く。
だが、小次郎が気付いたのは繁盛が丁度矢を放った瞬間で、矢を弾き返す為の体制が調えきれない。
「兄上っっ!!」
「小次郎様っっっ!!」
誰もがもうだめだと目を閉じた、その瞬間――
突然に
風は小次郎の追い風となって矢の威力を奪う。力を失った矢は、小次郎の一歩手前でポトリと落ちた。
「小次郎様…… ご、ご無事……ですか?」
「あぁ、間一髪な」
まるで奇跡のような出来事に、その場にいた誰しもが呆気にとられた。
矢を放った張本人、繁盛はと言えば、憎々しげに将門を睨み付けながら、弦の切れた弓をその場に叩き付け、良兼達の後を追って去って行った。
「今の風は、一体?」
「まるで小次郎様を守るかのように……」
「小次郎様は……もしや神の
「そうか、小次郎様に神の御加護があるからこそ、この不利な戦況をも打ち破る事ができたのか。そうだ、きっとそうに違いない!」
まさに間一髪の瞬間、まるで小次郎を守るかのように吹いた一陣の風に、小次郎軍の兵士達が沸き上がる。
「待て待て。皆落ち着いてくれ。俺にはそのような不思議な力はない。今のは単なる偶然で、この戦況を打破出来たのはここにいる皆のお陰だ」
彼等の囃し立てる声に、小次郎は慌てて否定する。
「そうだぜ、喜ぶのはまだ早い。今ので敵さんがまだ戦意を失ってないって事はよ~く分かっただろ。この退却はきっと、一旦体制を建て直す為のものだ。もし体制を建て直されたら、今度はこっちに部が悪い」
いつの間に戻って来ていたのか、玄明も冷静に現状を見極め、浮かれている皆を諭した。
「確かにな。今なお伯父貴達に従い共に撤退して行ったやつらは、伯父貴達への忠誠心の高い奴等だろう。士気の低かった頭数だけの兵が抜けて、向こうの士気も統率力も一気に高まるはず。そうなると戦況は五分五分。向こうが体制を立て直す前にこっちが先に手を打たないと」
四郎もまた、冷静に今の状況を説明した。
「兄貴、急いで伯父貴達の後を追おう。体制を立て直される前に、とどめを刺さないとないと」
「そうだな、将門の弟の言う通りだ。ここで逃がしたら、また同じことの繰り返しになるぞ。今度は完全に息の根を止めるつもりでかからないとな」
「…………」
玄明と四郎、二人の意見に小次郎はただ静に聞いているだけ。
「兄貴」
「将門っ!」
何かに迷っている様子で、なかなか口を開こうとしない小次郎に、四郎と玄明の二人が強い口調で将の意見を急かした。
「兄貴! もう迷ってる時間なんてないんだよ。ここで伯父貴達を逃したら……」
「分かってる! 分かっているさ……」
「じゃあ」
「……あぁ。急いで、良兼の伯父上達を追いかけよう」
「了解!」
小次郎の下した決断に、四郎は満足気に微笑むと、逃げた良兼軍を追うべく皆を誘導した。
今のやり取りの全てを、じっと静かに見守っていた秋成。
やる気に満ちた四郎とは対称的に、どこか迷いの残る小次郎の様子に、それまでただ静かに傍観しているだけだった彼がついに動き出す。
隊を抜け、一人群衆を離れる秋成。
そんな彼の元に、役目を終え戻って来た清太が無邪気な声を掛ける。
「お~い、秋成の兄貴~!そっちはどうなった? こっちはみ~んな尻尾巻いて逃げて行ったよ~」
「おぉ清太、無事戻ったか。敵軍は一度体制を立て直すべく撤退していったよ。今からは逃げて行った敵軍を追いかける所だ」
「そうなの。よ〜し、じゃあおいらも次の準備をしなくっちゃ。次こそは戦場で成果を上げてみせるよ!」
「清太」
「ん? どうしたの、秋成の兄貴。な~んか怖い顔をしてない?」
「やる気の所すまないが、お前に1つ頼みたい事があるんだ」
「?? おいらに頼み? 何々? 何でも言って!」
「あぁ。では一つ重要な役目をお前に任せよう。千紗姫様をここに連れて来てくれ」
「……え? 」――
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