第106話 下野国府庁付近の戦い②
良兼軍の進軍を見守り続けて、どれ程の時間が流れただろか。長い長い行列は、未だ中腹には辿り着かない。
だが、軽装備の足軽兵から、段々と鎧を身にまとい、弓や刀を手にした兵達の姿が混じり始める。その中には、馬を操る者の姿もちらほら見られるようになっていた。
先頭に比べて明かに装備が重くなって来ている兵士達の身なりの変化に、心臓部が近付いて来ている事を悟る。
「そろそろか?」
小さな呟きと共に弓を構え始める小次郎。そんな大将の姿に、秋成をはじめ小次郎軍の多くの兵が息をのんだ。
小次郎の予想通り、それからさほど時間を空かずして、立派な鎧兜で完全に身を固め、馬に跨がる勇ましい兵士達が次々と姿を表し始めた。
明かに今まで見てきた兵士達との明らかな装備の違いに小次郎は確信する。
きっとあれが、敵の心臓部なのだと。
「兄上、あそこ。あそこにいる武者は貞盛殿では?」
不意に隣にいた秋成が、隊列の後方を指さした。
秋成の指し示した先を小次郎が目を凝らし見つめると、その中に一人、ピンと背筋を伸ばし、勇ましさよりもどこか気品に溢れる兵士の姿があって――
まだ距離が遠く、顔まではっきりとは見えなかったが、確かにあの気品漂う出で立ちは、貞盛のそれと似ている。
「確かに似ているな」
貞盛がいると言う事は、きっとその近くに伯父達もいるはずだ。小次郎は更に目を凝らし見る。
すると貞盛の少し後ろに、ぽっちゃりと肉付きが良く、小柄な体格の良兼らしき人物の存在があった。そしてその隣には大柄な男、良正らしき姿もあった。
「いた! 良兼、良正伯父上だ!」
小次郎の声に、その場にいた者達の緊張が一気に高まる。
「つ、ついにですか。小次郎様」
「あぁ、ついにだ。ついにその時が来た。良いか、今一度確認しておくが、まず俺が一本矢を射る。それが、攻撃開始の合図だ。合図したら、皆一斉に空に向かって矢を射ってくれ」
小次郎の指示に、頷きで示しながら、皆が次々と弓を構え始める。
小次郎もまた、手にしていた弓を力一杯引いた。
準備は万全。あとはただ、その瞬間が来るのを待つだけ。良兼や良正、そして貞盛達が、小次郎の目の前を通る、その瞬間を――息を殺し、ただじっと待ち続けた。
小次郎の弓を構えるその姿はとても堂々としていてる。その瞳に迷いは見えない。
秋成はそんな小次郎の姿を、すぐ隣で見守っている。
「よし、今だっ!」
そして、ついにその
良兼達が、今まさに小次郎の目の前を通り過ぎて行こうとする、その瞬間――
小次郎はついに良兼目掛けて矢を放った。
小次郎の手によって放たれた矢は良兼と、そしてその隣にいた良正二人の目の前、ほんの数寸先を勢い良く飛んで行く。
突然の出来事に良兼、良正の二人は「うわぁぁぁ!!」とみっともない程大きな叫び声を上げた。
そんな二人の声に驚いて、良兼軍の馬達が暴れだす。
坂東馬は気性が荒く、一度暴れるとなかなか手がつけられない。飼い主と言えど襲われる事などざらにあった。
その馬達が一斉に暴れ出したものだから、馬から振り落とされる者、馬に襲われる者が相次いで、隊列の中では様々な混乱が巻き起こった。
だがこの程度の混乱は、まだほんの序章に過ぎない。間髪いれず、良兼軍を更なる窮地が襲い掛かる。
「うわ、何だあれは?!」
「逃げろ、逃げろ~~!」
小次郎が放った一本の矢を合図にして、小次郎軍の兵士達が次々と大量の矢を周囲の茂みから空へ向かって放ったのだ。
それら大量の矢は、一度空に大きな弧を描いた後、重力に従って地上へと降り注ぐ。それはまるで矢の雨の如く。
「よっしゃ! 思ってた以上に兄貴の隊と息ぴったりだな。こんな大量の矢を、左右から同時に浴びせられたら、防ぎようがないだろ。逃げようにも前後は味方の兵で互いに道を塞ぎあって逃げられない。長い時間我慢して、待ち伏せたかいがあったってもんだぜ!」
小次郎達が潜む茂みの、向かい側に潜んでいた四郎が、敵の混乱を隠れ見ながら楽しそうに言った。
四郎の言った通り、良兼軍の兵士達は降り注ぐ矢の雨に対して逃げようがない様子で、ただただ狼狽えているばかり。
中には勇ましく刀を手にして矢をはねのける者もいたが、多くの者は成すすべなく矢の雨に射たれ倒れて行った。
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