第98話 作戦会議②
「よし分かった。俺は兄貴のその話に乗った!」
「四郎っ?!」
自分の何の確証もない作戦に、迷う事なく乗ると言い切った四郎に、小次郎はただただ驚き四郎を見る。
四郎はと言えば、いつもの飄々とした態度で楽しそうに笑っている。
「兄貴、言ったよな。自分が信じるものを信じて動けば良いって。俺は兄貴を信じるぜ。太郎さんでもない。ましてやそこの盗賊のおっさんでもない。兄貴がそいつの話を信じて踊らされるってんなら、俺も兄貴に付き合う。もし本当に太郎さんが俺達を裏切って伯父貴達とここに責めて来たとしたら、兄貴と一緒に俺は戦う。さぁ、皆はどうする?」
皆を煽って、まるで挑発しているかのような口調で四郎は言う。
四郎の言葉に、それまで不安や戸惑いを口にしていたはずの者達は、何かを覚悟したかのような顔つきへと変わって行った。
「取り敢えず、この話はここまでにしよう。突然の話に皆動揺して、きっとまだ考えがまとめられないと思うし、また時間をおいて話をしようよ。それで良いよな、兄貴」
「……あぁ、そうだな」
「皆も、それまで今一度良く考えてみてよ。何を信じ、どう動くのか。――てなわけでこの場はひとまず解散! すっかり日も登った事だし、今日も張りきって仕事しようぜ」
四郎の解散の声を合図に、話合いは取り敢えずの区切りがついた。
もう戸惑いや不安を口にする者はおらず、皆黙々と己の仕事へと向かって行く。
小次郎は、自分が踏み出せなかった一歩を後押しし、味方になってくれた四郎の存在に心から感謝した。
四郎がいなかったら、きっともっと話はこじれていただろう。
「ありがとな、四郎」
「?? 何の事?」
「何でもない。お前が弟でいてくれて良かったって話だ」
「?? 急に何だよ? 変な兄貴」
散り散りに大広間を後にする皆の姿を見送りながら、二人は小声でそんな言葉を交わし、互いに小さく笑う。
すっかり人が疎らになった部屋の中、ふと視線を移した先で、小次郎は千紗と目があった。
「……千紗……」
千紗の大きな瞳が真っ直ぐにこちらを見つめている。その瞳は何か言いたげで、小次郎は耐まらず視線を反らした。
「将門、この後ちょっと時間良いか? お前だけに伝えておきたい事があるんだ」
丁度その時、小次郎の元へ玄明がやって来て、小次郎の耳元でそう小さくお願いされる。
「あ、あぁ分かった。俺の部屋へ行こう」
小次郎は助かったとばかりに玄明を連れ、足早に大広間を出て行った。
まるで、千紗から逃げるかのように――
「あ……待て……待ってくれ小次郎……」
視線を反らされ、足早に去って行こうとする小次郎の後ろ姿を、遠くから見つめていた千紗は慌てて追いかけようとする。
だがその時、着物の袖をギュッと掴まれ、震える小さな手の存在に気が付いて振り返る。
するとそこには、目にいっぱいの涙を溜めた朱雀帝が、子犬のように鼻を鳴らして泣いていて
「ど、どうした? 何故泣いているのだチビ助?」
千紗は慌てて、もう片方の着物の袖で涙を脱ぐってやった。
「貞盛りが裏切ったと言うのは、本当なのでしょうか、千紗様?」
朱雀帝の問い掛けに、彼が貞盛になついていた姿を思い出す。
「……」
「約束したのですよ。すぐに帰ってくると、約束したのに……」
――『心配なさらないで下さい。ほんの少しの間、ここを留守にするだけです。すぐに、戻って参ります。私は貴方様の臣。決して主を裏切るような真似はいたしません。どうか、信じて下さい』
――『私は、淋し気に一人何かを我慢なされている寛明様の方が気になります故。私は、こうしていつでも貴女様の側におります』
貞盛が掛けてくれた優しい言葉の数々を思い出しながら、ボロボロと泣きじゃくる朱雀帝。
「貞盛だけは、何があっても私の側にいてくれると……約束……したのに……」
そんな朱雀帝の姿を、千紗は数ヵ月前の自分自身と重ねた。
小次郎が身内同士で争っていると初めて聞かされた時、信じられないと衝撃を受けたあの時の自分と。
小次郎が、実の伯父を殺したと聞かされた、あの時の自分と。
信じていた者に裏切られたと、そう感じた時の不安や衝撃を、千紗も知っている。だから、今の朱雀帝を放ってはおけないと思った。
「秋成、チビ助を部屋まで運んでくれ」
「姫様、兄上の後を追わなくて宜しいのですか?何か話したい事があったのでは?」
「……良い。今はチビ助を」
「……仰せのままに」
小次郎の後を追う事を諦めて、千紗は朱雀帝の手をとった。
小次郎が消えて行った先を、物憂げに見つめながらも千紗は、秋成と朱雀帝の二人と供に部屋を後にした。
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