第97話 作戦会議

 おさが下した決断に、それ以上逆らえる筈はなく、屋敷の者達は途方にくれた。

 これから農作業が繁忙期を迎えるこの時期に戦をするなど、正気の沙汰ではない。

戦をして農作業を疎かにしては、食料の蓄えがなくなる。蓄えがない状況で、この坂東の厳しい冬を乗り切る事など果たしてできるのだろうか?

 ましてや盗賊として一度は捉えられた男の言う事を信じて戦にかり出されるなど、到底受け入れられる筈もなく、小次郎の決意に周りはただただ戸惑うばかりだった。

 そんな周囲の戸惑いを、小次郎も理解しているのだろう。小次郎は誰もが予想もしていなかったある決断を口にした。


「皆心配するな。農民である者達に戦を無理強いするつもりはない。普段から馬術や武具の訓練を受けている我等武士もののふのみで迎え撃つ。少し騒がしくはなるが、他の者達は気にせず普段の仕事に精を出してくれ」

「「「………え?」」」

「おい、将門! お前は何を言ってるんだ? 言っただろう。相手は二千人近い数の兵を集めていると。その数を民人の協力も無しにどうやって打ち破るって言うんだよ?!」


 小次郎からなされた提案に真っ先に口を出したのは玄明だった。現状を一番把握しているからこそ、将門の甘い考えに意見せずにはいられなかった。


「農繁期だろうが、農民だろうが関係ない。ここはとにかく、何がなんでも人員をかき集めにゃならんだろ!!」

「いいや、全ての者に戦を無理強いをするつもりはない。言っただろ。皆、自分が信じるように動けと」

「そんな甘ったれたこと言ってたらお前、大事な土地を奪われちまうぞ。それでも良いのか?」

「小次郎様、その男の言う通りです。いくら小次郎様でも、二千もの大軍に武士団の方々だけで勝てるとは到底思えません」

「戦で田畑を荒らされるのも嫌だが……奪われるのはもっと嫌だ。おいら達は小次郎様の元で働きてぇんです。国香や源護に奪われた土地の奴らはみんな嘆いてましたよ。税の徴収が厳しすぎて暮らして行けないと。育った土地を捨て、小次郎様の元へ逃げて来た者達だって大勢いたでしょう? 小次郎様は、俺達の事をお見捨てになるのですか?」



 玄明の猛反発に、先程まで盗賊だと目の敵にしていた者達が肩入れする。


「安心しろ。今度こそ土地を奪われることには絶対にさせない。お前達の事は絶対に俺が守る!」


 だが皆の不安を押し切って、力強い物言いで小次郎はそう言い切った。


「ならなおさら、ここにいる全員に協力させるんだ。こいつらだけじゃない。お前の治める土地に住まう全ての民人達が、鍬を刀に持ち替えて戦うんだよ」

「その必要はない」

「将門っ!」


 頑なに民人を戦場へ連れ出す事に首を振り続ける小次郎に、玄明は苛立った様子で髪をかき乱す。

 すると、そんな小次郎と玄明の平行線な言い争いに、それまで静かに聞いていた四郎が初めて口を開いた。


「なぁ、兄貴。兄貴にはさ、既に何か考えがあるんじゃない?」


 兄が頑なになる時には、それなりの理由がある事を彼は知っていたから。

 四郎からの問い掛けに、小次郎はコクンと頷き肯定を示した。


「あぁ、あるさ」

「じゃあさ、兄貴のその考えを聞かせてよ。賛成するも、反対するも、話しはそれからだ」

「分かった。だがその前に、今一度状況の整理をさせてくれ玄明」

「あぁ?」

「お前先程、敵の兵は二千近いと言ったな。それだけの兵を伯父達はどうやって集めた? 全て自国の兵か?」

「いや。甲冑の色や形が皆バラバラだった。ありゃ半分以上が他国の兵だな。きっと脅しに近い遣り方で無理矢理味方につけたんだろう。あんたの従兄弟の太郎貞盛が寝返ったのも、半分は脅されたようなもんだったしな」

「そこだ!」

「は? どこだよ?」

の士気が高いと思うか?」

「……いや、決して高くはないだろうな」

「だろう? 数が多くなればなる程、組織と言うのは動きが鈍くなる。やる気のない兵は逆に足手まといになる事もある。つまり二千の兵は弱点にもなり得ると言う事だ」

「あぁ……確かに。そう言われれば、そうかもしれないな」


 小次郎の考えに初めて納得を示した玄明。四郎や屋敷の者達も確かにと頷きあっている。


「それからもう一つ」

「まだあるのか?」

「あぁ。他国の兵が短い期間で集められ、まともな統制が図れると思うか? 不意をついて奴等の足下を掬う事が出来れば、混乱を誘い、あっさりと大軍を崩すことができるかもしれない」


 小次郎の語る作戦に、皆が息を飲んで聞き入った。


「ここで重要になってくるのは、何処を狙えば一番効果的に軍を崩せるかということ。さて、何処だと思う四郎?」


 突然の謎かけに、四郎は少し考える。

 考えた後で、どこか自信なさげゆっくりと自分なりの答えを口にする。


「どこって……多分、司令塔じゃないのかな?」

「ご名答」

「……そうか……そう言う事か。俺、分かったかも。兄貴の考えてる事が、何となく」

「何だ? どう言う事だ? 俺様にも分かるように説明しろ!」


 小次郎の謎かけによって、何かを掴んだ四郎は一人納得した様子。だが、未だ先の見えない会話に玄明は割り込み更なる説明を求めた。


「兄貴は大軍全体を打ち負かす気なんて端からないんだよ。大軍を率いる伯父貴達さえ潰せれば、軍は乱れ混乱する」

「そうか!やっと俺様にも分かってきたぞ。つまりは混乱を誘って敵の自滅を狙うって事だな。それなら確かに数で圧倒的不利でも、何とかできるかもしれないな」

「いや、寧ろ少数だからこそ勝てる可能性がある。この作戦は、いかに相手の意表を突けるか。敵に襲撃を悟られない為には小回りの利く少数部隊の方が断然有利だ」

「確かにな。将門の言いたい事は分かった。だが……それはあくまで可能性の話だ。果たしてそう上手く行くのか? 絶対に成功すると言い切れるのか?」


 玄明からの念押し。小次郎は言葉に詰まる。

 確かに玄明の言う通り、あくまでも可能姓の話であり、絶対勝てる確証はない。こればかりは実際に戦ってみなければ分からない。

 確証もないのに、本当に戦う事が正解なのか、小次郎は急に不安になった。

 自分の決断が、ここにいる全員の――いや、ここにいる者だけではない。小次郎が治める土地に住まう全ての人間の生活に関わってくるのだと思うと、自分を信じきる事がどうしても小次郎には出来なかったから。

 けれど、小次郎が恐れて超えられない壁を、四郎はあっさりと越えてみせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る