第71話 御田植祭
清太へと使いを頼んだ四郎、彼はその足で祭りの準備で賑わう屋敷の外へとやって来た。
門を出た所で、早乙女衣装に着替え、桔梗の元へ戻ろうとしていた千紗とヒナ、そして秋成の三人と出会った。
「おぉ四郎、お主もやっと来たか。……ん?清太とは一緒ではなかったか? 桔梗が清太にお主を呼びに行くよう頼んでおったはずじゃが」
「あぁ姫さん。清太には会ったよ。けどその後、もう一つあいつにはお使いを頼んだんだ」
「……お使い?」
使いを頼んだと口にする四郎の表情が、どこか寂しげに映った気がして、千紗はキョトンと首をかしげる。
「さ~て姫さん、祭りが始まる。一年の豊作を願う大事な祭だ。姫さんに俺達の一年がかかってる。今日は早乙女としてしっかり頼んだぜ」
だが、次の瞬間にはいつものヒョウヒョウとした四郎に戻っていて、気のせいだったかと、千紗は一人納得した。
そして四郎の期待に元気な声で応えた。「おう、任せておけ!」と。
千紗からの頼もしい返答に、満足気に微笑む四郎。
「良い返事だ。それに衣装も良く似合ってるぜ。可愛い可愛い」
そう言って千紗の頭をポンポンと叩いた。
と、その時、千紗の頭に乗せられていた四郎の手が、横から伸びてきた手によって力強く払いのけられる。
“バシン”
「痛っ。何すんだよお前」
「汚い手で姫様に触るな」
秋成だ。
秋成は、千紗を庇うように千紗と四郎の間に立つと、冷ややかな瞳で四郎を睨み付けた。
そんな秋成の様子に四郎は小さな溜め息を漏らすと、秋成の耳元へと自身の顔を寄せ、彼にしか聞こえない小さな声でこんな言葉を呟いた。
「嫉妬はみっともないぜ、あっきー」
「………………はぁ~?」
四郎から贈られた言葉に、一瞬思考を停止させた後、秋成は顔を真っ赤に染めながら、大きな声を上げる。
何ともからかいがいのある反応に、四郎はいつにも増してニヤニヤと嫌みな笑顔を浮かべながら、馴れ馴れしく秋成の肩に腕を回し、更に彼をからかってみることに。
「妬くくらいなら、お前も姫さんに対してもっと素直になればいいじゃん。姫さんに早乙女の衣装、似合ってるくらいの事言ってやったか?」
「なっ、お前……さっきから何わけの分からない事を言って……」
四郎のからかいに、秋成は更に顔を赤く染めながら、必死に四郎の腕を振りほどこうと、藻掻いた。
だが、彼から逃げる事は叶わない。
「だからさ、姫さんを俺に触れさせるのが嫌だったんだろ?」
「そうだ。お前みたいな奴が姫様になれなれしく触るな」
「だからさ~、その触れて欲しくないって感情が嫉妬なんだよ、あっきー。あんたも鈍いなぁ」
「な? ば、馬鹿な事を言うな! 俺は護衛として言っているわけであって……」
「そうやって、必死になる所が怪しいぞ、あっきー」
「な……何なんだお前は! さっきからわけのわからない事を。それにあっきーって言う、その変な呼び方もやめろ! 鳥肌が立つ!」
「おい、お主等、さっきから二人して何をコソコソ話しておるのだ」
いつの間に仲良くなったのか、急にイチャイチャとじゃれ合い始めた四郎と秋成に、退屈を感じた千紗が堪らず二人の会話に割って入る。
「いやいや、何でもないよ。ちょっとこっちの話」
だが、意味深な笑みを浮かべながら、四郎によってはぐらかされてしまった。
余計気になる返答にムッとした千紗は、四郎にしつこく食い下がる事に。
「だからこっちの話って言うの何じゃ? 何故そのようにニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべておる? 余計気になるじゃないか! 良いから千紗も混ぜろ」
「いやいや、本当に何でもないから、気にすんなって。なぁ、あっきー」
四郎から同意を求められた秋成。
彼は四郎とは対照的にとてもふて腐れた様子で「俺に振るな」と短く吐き捨てると、そのままぷいと背を向けてしまった。
そんな秋成を横目に、四郎はクックと堪えきれない笑いを漏らしはじめて……ついには秋成は、悔しそうに四郎を睨み付けていた。
そんな二人の遣り取りに、今度はヒナが割って入った。
先程、千紗を庇った秋成のように、今度はヒナが二人の間に立ちはだかったのだ。まるで、秋成を庇うように。
「――え?」
突然のヒナの乱入に、秋成は驚きを隠せない様子で彼女を見た。
「??? どうしたのじゃ、ヒナ?」
千紗もまた、少し驚いた様子で首を傾げている。
驚きに固まる二人を余所にヒナはと言えば、小動物のような震える瞳で四郎を威嚇しながら、これ以上秋成をいじめるなと、必死に訴えていた。
「…………あ~……悪かった、悪かったよヒナ。ちょっといじめが過ぎたな。もうしない」
普段は温厚なはずのヒナの睨みに、四郎はいたたまれない気持ちになって、ヒナに謝罪の言葉を述べながら肩をすくめて見せる。
「……ヒナはずいぶんと、あっきーに懐いたんだな」
かつての仲間をすっかり取られた気分の四郎は、そんな事をぼやきながらポリポリと頭をかいた。
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