第11話◆希望の光は思わぬところに、それは言葉である それは青き輝きである それは人である
王城の中は薄っすらと嗅いだことがある匂いで満たされていました。私は国王陛下に謁見を求めるべく王城の中を歩いています。しかし、どうすれば国王陛下に会えるのでしょうか?
迷っていると、茶髪の少年の姿を私の視界が捉えます。私は斜め後ろから私に付き従ってきているアリアに視線を向け、アリアは了承したという感じに頷き返してくれましたので、前方を横切ろうとしている少年の目の前に出るべく、磨き上げられた床を蹴り、まるで瞬間移動したように、少年の進行方向を遮りました。
「先程ぶりですね。泣き虫少年」
「ななななな」
私が突然目の前に現れたことで、目を白黒させている第二王子のフェルグラント殿下。慌てて、護衛に偽装した近衛騎士が第二王子と私の前に出ようとしましたが、彼の前にはアリアが立っており、『お嬢様に剣を向けた罪は重いですよ。今なら往復ビンタで許して差し上げます』と言っていますが、その方は職務に忠実であっただけですので、私はアリアに足止めだけしてほしかっただけなのです。
「泣き虫ではない!」
「丁度良いところに会いました。国王陛下にシュテルクスとして報告することがあるのですが、国王陛下と謁見は可能ですか?」
「ち···イッてぇー!」
国王陛下の事を父上と言いそうになった第二王子に、でこピンをして言葉を止めます。
「因みに泣き虫少年は可能という返答以外の選択肢はありません」
「この怪力女が!」
「え?首をもがれたいのですか?誰のお陰でその生命が繋がっていると思っていらっしゃいます?」
私は首を傾げてニコリと微笑みます。
「うっ····わかった。案内してやるから、俺を殺そうする目で見るな」
失敬ですわ。別にそんな目で見ておりません。
フェルグラント殿下は私に背を向けてついてくるように言い、歩き始めました。そして、護衛に扮した近衛騎士の方は左頬を押さえていましたが、アリア!本当に殴ったのですか!
「リラシエンシア嬢、あの方は第に···」
ヴァン様が茶髪の少年の正体に気がついてしまったようで、言いかけた言葉を遮るように、ヴァン様の手を引っ張って歩くように促します。
そして、私は私の口元に人差し指を立てて言わないように、行動で示します。
しかし、髪の色を変えただけではやっぱりバレてしまいますわね。もう少し考えた方が良いのではないのでしょうか?
フェルグラント殿下は一つの扉の前で立ち止まります。そして、扉をノックをし入室の許可を求めました。
「執事見習いのグランディールであります」
どうやら偽名を使い執事見習いとして、王城にいるようです。
「怪り····シュテルクスの者が陛下に謁見を求めております」
また、怪力女と言おうとしましたわね。フェルグラント殿下の言葉から暫し待つと、中から扉が開かれました。
「シュテルクスのみ入ってよい」
メガネを掛けた疲れた感じの男性が、私に入って来ていいと言ってきました。その言葉でアリアが今まで持っていた小箱を私に渡してきます。丁度、書類が入るような四角い箱です。
「少し待っていてくださいませ」
ヴァン様とアリアにそう言って、私は室内に入って行きます。広い室内の奥には数ヶ月前にお会いした国王陛下が積まれた書類に目を通しています。しかし、少し国王陛下は痩せられたようですね。現状は思っていたより厳しいということでしょうか。
「ご機嫌うるわしゅうございます。国王陛下」
「全く麗しくはない」
不機嫌そうに言葉を返されてしまいました。
「何の用だ。これ以上ややこしい物をもってこないでくれないか」
確かに現状は最悪でしょうね。『魔女の誘惑』の匂いが、いたるところに充満しているのですから。
「本日は父からの伝言と私から今後に関するご報告を持ってまいりました」
「さっさと話せ、私も暇ではない」
イライラ感が私にブスブス刺さってきます。少し休憩でもされた方がいいのではないのでしょうか?
「まぁまぁまぁ、国王陛下。少し私とお茶をしながら聞いてくださいませ。ときには休憩も必要ですわ。ですから、私の侍女にお茶を淹れさせるために入室許可をください」
「陛下。私も食事休憩に行ってきてもよろしいでしょうか?」
先程私を招き入れてくださった方が休憩を希望されました。もしかして、陛下が休まれないから、この方も休まれなかったのでは?
「国王陛下。上司が休まないと部下の方も休めないですわ」
国王陛下はため息を吐きながら、手を振りました。行って来いということでしょう。私は廊下で立っているアリアにお茶を淹れて欲しいとお願いしました。
お茶を入れたアリアは何がご要望があれば直ぐに呼んでくださいと言い残して、再び廊下に戻って行きます。
私は沈み込むようなソファに座り、アリアが淹れてくれたお茶を一口飲み、ローテーブルに置いた小箱の箱を開けます。
「まずは父からの伝言ですが、王妃様のお話にあったとおりマーガレット様は天使の絵から知識を得ていたそうです。そして、父はマーガレット様の命を絶つことを決めました」
「そうか」
国王陛下は妹であるマーガレット様の死を一言で受け止めました。兄妹と言っても異母兄妹だと伺っていますので、どちらかと言えば『やはりな』という納得する感情の方が大きいのかもしれません。
「ああ、その天使が描かれた中央教会の絵のことだが、調べさせたが何も無かった。今は取り外し、教会の奥底に封印している。ふん、この現状を考えれば、意味の無い行為だろうが」
意味がないですか。その絵の中には何者かが存在する痕跡が無かったということでしょう。そして、この城の現状。
「魔女はもう外に出てしまったと考えて良いでしょう。恐らく精神体だと予想されますが、それを念頭に置いても今は仕方がありませんので、まずは私が考えた計画書を提出させていただきます」
私は小箱の中身を国王陛下に差し出しました。受け取った国王陛下は私の計画書をペラペラめくりながら読み進めていきますが、段々と表情が険しくなってきています。
そして、ローテーブルに叩きつけるように計画書を置きました。
「話にならん!」
まぁ、そう言われると思いました。
「これは私が出来ることの計画書です。私個人の手はこの両手しかありません。この両手で掴み取れるものなど、たかがしれているのです」
私は10歳の子供の手を国王陛下に突きつけます。剣はあの時のお茶会で握っただけで、父やヴァン様のように剣を振るう手ではない、柔らかい手を見せつけます。
「国の各地にある『魔女の誘惑』の精製所は破壊しましょう。作り出される魔物は駆逐しましょう。ですが、魔女信仰をしている村人の集団自殺を止めることは難しいと考えます。隣国との開戦の回避も私個人では無理です。恐らくアンファング辺境伯爵家の者が関わっているだろうとは考えますが、今のこの時点でアンファング辺境伯と事を構えれば、隣国との国境を封鎖される可能性が出てきます」
今現在。王妃様と王太子と第三王子が隣国で静養中です。そして、隣国レイシス王国からは武器の生産に必要な質の良い鉄や鉱石が取れるため、そう簡単には国境を封鎖されるわけにはいかないのです。
「そして一番肝心なことが、魔女自身が行う精神操作にアイテム如きでは役に立たないということです」
国王陛下は飲んでいたティーカップを私に向けて投げつけてきました。それは出入り口がある壁に当たって砕け散ります。
「この国に滅びろとお前は言っているのか?」
低く唸るように国王陛下が国の滅びを口にされます。私はため息を吐き、窓の外を見ます。ここからは王都の街並みがよく見渡せます。そして、ゲームの最後に流れた瓦礫になった王都の姿も脳裏に映し出されます。
「私は被害を最小限に抑えましょう。そのことはシュテルクスの名に誓います。その誓いの中には王都が瓦礫の山にならないことも含まれます」
恐らくそれは可能です。魔物の進行を止めればいいですから。
「ただ、先程も言いましたが、隣国との開戦がなぜ起こるのかわからないため、回避の方法がわかりません。魔女信仰をしている村の位置はわかりますが、村人は崇めている神が魔女だと知らないことが懸念されます。そして、国王陛下がおっしゃった魔女を封じ込める魔道具が本当に存在するかの問題です。これがあるかないかでも状況が変わってきます」
私が言葉を紡ぐたびに段々と目に見えて機嫌が悪くなっていっています。もう、今は目まで据わってきました。
「それはこの忙しい私に動けと言っているのか?」
「そうですね。もう少し城内の風通しを良くしてもよろしいのでは?空気が淀んでいますよ?例えばこのように」
私は魔術で空気の循環を行い、甘ったるい匂いを外に追い出します。
すると国王陛下は大きくため息を吐き出しました。そして、金色の髪を横に振ります。
「やっぱり、この匂いが駄目なのか」
少しスッキリした感じの顔になった国王陛下が目の前にいらっしゃいました。精神汚染の防御をされていても、常にこの匂いを嗅がれていたら、頭もおかしくなってしまうのでしょう。
「はぁ、取り敢えず現状はこのままで進めて行けばいい。王子が回復しだい、こちらに呼び戻そうかと考えていたが、この状態では流石に許容できん。あいつは隣国に戻す。その代わりお前が動け、王城の禁書がある書庫に入る許可を与える。王家の証も与えるから地下から行けばすぐだ。あと、第一王女を見張れ。以上だ」
ん?色々私がやることが増えてないですか?これだとヴァン様と過ごす時間が減りそうです。
「ずっと王女様を見張るのは無理です」
これは絶対に断っておかないといけません。これでは護衛になったときと変わらないぐらいに時間に拘束されそうです。
「ずっとではなくていい。それは別の者に任せている。友人としてだ」
「無理です」
私は即答した。友人ってなんですか?
「お前の好きなように扱っていい」
「·····」
扱っていい?意味がわかりません。私が困惑している顔をしていると、国王陛下は人が悪そうな顔でニヤリと笑いました。
「お前のことを調べさせたが、その扉の向こうにいる者が気に入っているのだろう?これを受け入れたらフェルグラントとの婚約を解消してやってもいい。どうだ?」
「お受けいたします」
即答です。もうそれ以外の選択肢はありません。婚約解消。喉から手が出るほど欲しかった言葉です。
「ククククッ。ランドルフのときもそうだが、お前たちは変わっているな。扱い難いが、そういうとことは、実に都合がいい」
流石、王家と長年の付き合いがあるシュテルクスです。習性が把握されていました。
「有意義な話し合い、ありがとうございました」
私はにこやかに、王の執務室を出ていきます。すると、ふわりと身体が浮き上がりました。目の前にはヴァン様のご尊顔が!
「何かされたのか?」
「お嬢様。お怪我はありませんか?」
ヴァン様もアリアも心配そうに私を見てきました。はて?·····ああ、ティーカップが横を掠めていったことでしょうか。
「ティーカップが飛んできましたが、壁に当たって砕け散っただけなので、怪我はありません」
私の言葉に二人はホッとした表情になります。そして、足早にこの場を去ろうと来た道を戻っていっています。私、抱えられたままなのですが?
「あの?こんなに急いでどうされたのですか?」
そう、とても急いでいるように思えます。失礼に当たらないギリギリの速度です。
「なんだか。嫌な感じがしましてね」
「お嬢様。以前も感じましたが、早く立ち去った方がよろしいかと存じます」
ヴァン様もアリアも何かを感じ取っているようです。私にはさっぱりわかりません。しかし、今はまだゲーム開始の6年前です。ですが、王城がこのような状態だったとは、予想外も予想外です。この淀んだ空気。まばらに人とすれ違いますが、虚ろな目をしております。
流石にシュテルクス邸内でこのような状態であれば、父も私もおかしいと気がついたでしょう。
あと6年。私はこの戦いを勝ち抜くことができるでしょうか。いいえ。勝たねばなりません。
「リラシエンシア嬢。やはり、何か国王陛下から言われたのですか?」
ヴァン様が私の顔を覗き込んできました。ふぁ!顔が近いです!!
って、考えことをしていたら、いつの間にか馬車の中に戻っていました。
「国王陛下を締め上げればよろしいでしょうか?お嬢様」
アリア、国王陛下は締め上げてはなりません。
「本当に大したことは言われませんでしたよ?」
「しかし、ティーカップを投げつけられたと」
ヴァン様が私のことを本気で心配してくださるなんて!今日は嫌なこともありましたが、ヴァン様が側にいてくださるだけで、全部帳消しです。
「まぁ、色々言われはしましたわ。国王陛下もお疲れだったのでしょう」
私はヴァン様に微笑みます。
「ですが、ヴァン様が側にいてくださるだけで、リラは元気になれるのです。昼からお休みだということは、今日はまだお時間があるということですわね。ヴァン様、リラとデートしてくださいませ。お昼前からお父様と喧嘩して、国王陛下と交渉しましたので、リラはお腹が空きましたわ。まずは何か食べに行きましょう」
そう言って、私は強引にヴァン様をデートに誘います。婚約解消の確約がされたのですもの、ヴァン様とお出かけしても誰も文句は言わせませんわ。
そして、私の強引なデートの最後に私をお嫁さんにもらって欲しいとお願いをするのですが、振られてしまうのもいつも同じです。
ですが、それでいいのです。私は所詮父と同じ
『お前たちは変わっている。扱い難いが、都合がいい』と。
国王陛下は、この時渡した計画書が破綻したとおっしゃっているのでしょう。強いて言うのであれば、あの計画書は完璧でした。
当たり前です。何度も周回したゲームの記録を書いたもののような計画書なのですから、ここまでは完璧だったのです。
父を
ヴァン様を誘っている回数が多すぎないかですって?それは、私が生きる糧なので仕方がありませんわ。
王女メリアングレイスの誕生祭の後も、王都に商人に偽装して入り込もうとしているアンファング辺境伯爵領の者たちを捕縛したり、ぬいぐるみに埋もれていたり、武器をかき集めている組織を壊滅させたり、ぬいぐるみをもふもふしたり、ファエンツァ公爵領の地下施設で栽培されていた魔草を駆逐したり、ぬいぐるみを抱き潰したり、各地に現れた魔物を消滅させたり、ヴァン様に会えない苦しみを呪いのぬいぐるみもどきに八つ当たりすれば噛みつかれたり····あれは正に呪いのぬいぐるみでした。まさか私の大切なぬいぐるみたちに襲いかかるなんて。まぁ、それは大変なことでしたが、ここでは語ることではないですね。
私の計画としては王都壊滅をまぬがれたことで達成されています。ただ、それ以外が一筋縄ではいかなかったのです。
ゲームで原因が示されていなかった、隣国との戦争の回避。これは騎士団本部の上層部が4家の公爵家と4家の辺境伯爵家で占められており、介入が不可能な状態でした。どう不可能なのか。今まで関係がないと思っていたファエンツァ公爵がこの件に絡んでいたのです。そう王女メリアングレイスの婚約者であるファエンツァ公爵令息の父親です。
恐らくこれは王女メリアングレイスを女王に立てれば、息子は王配となり、ファエンツァ公爵がかなりの範囲での影響力が強まるという思惑があってのことでしょう。
ファエンツァ公爵家の者とアンファング辺境伯家の者が実質騎士団を牛耳っており、手が出せない状態だったのです。
そして、突然の隣国から宣戦布告があったという報告。その時隣国とアンファング辺境領との国境にいましたが、そこで諍いがあったわけではなく。ただただ、隣国レイシス王国の鎧をまとって武装した者たちが現れたのです。
そこで、隣国に滞在していた王太子エルヴァルト殿下と第二王子のフェルグラント殿下に隣国で何が起こったのか調べるようにお願いすれば、なんとこの国が蛮族に襲われているので助けを求められたというではないですか。
これはもう一個人でどうにかできるレベルではないと、国王陛下に連絡を取ろうとすれば、その横には常に第四側妃がおり、遠目で見ても正常な判断が出来る状態ではないことがひと目でわかりました。
詰んでました。完璧にこの国は詰んでました。
そうしている内に、戦は血で血を洗う戦いとなり、王太子エルヴァルト殿下に隣国側が引いてくれないだろうかと相談してみれば、レイシス王国の国王陛下が王命を下したことを何もない状態で騎士たちを引き上げることは難しいだろうという手紙を受け取りました。ええ、そのとおりです。殿下の言葉は正しいです。
私が予想していたとおり、隣国との戦いは私の手には余るものでした。ですから、私が出来る最善の
まさかあのヒュドラの討伐をするときにヴァン様に会えるとは思っていませんでした。あのような事態になっても私に『貴女が剣を持つのは騎士たちが役立たずになってからでも良いのではないのか』と言ってくださったのです。もう、その言葉だけで私は戦う意志が保てるというものです。
父と喧嘩しながらも、故意に作られ、召喚された魔物を消滅させ、後は王都にいる魔女と王都を死の街に変えるエルダーリッチのみとなった状態で、王太子エルヴァルト殿下と第二王子のフェルグラント殿下が戻って来られたのです。それも王都では無く北の辺境領であるジジッロ辺境領に来いと呼び立てられたのです。
「遅かったな」
第二王子のフェルグラント殿下のお言葉です。あれから6年が経ち21歳となられたフェルグラント殿下は金髪キラキラの美青年となられておりました。しかし、私にとって残念なほどに萌え要素が全くありません。
「フェル。シュテルクス侯爵とシュテルクス侯爵令嬢はこの国の為に働いてもらっているのだから、そのような言い方は駄目だよ」
ニコニコと人が良さそうな笑顔を浮かべながら、第二王子とは違った感じの穏やかな麗人という言葉が似合いそうな金髪の青年が第二王子を諌めます。一度しかお会いしてはいないですが、この方が王太子エルヴァルト殿下でしょう。
「それで、亡霊の殿下方がこちらにどのようなご用件で来られたのでしょうか?」
「ぼ···亡霊だと!」
「父上の状態を聞いて母上が心配されているので、我々で出来ることがあるのであれば、手を貸したいと思ったのですよ」
相変わらず第二王子は気が短いようです。しかし、この感じだと第二王子は王太子殿下に付いてきただけなのでしょう。
王太子殿下には他に目的もあるようですね。まぁ、私には関係がないことなので、これ以上聞かないでおきます。
そして、私はわざとらしく口角を上げ、両手を打ち付けます。
「まぁ、殿下方が手を貸してくださるのですか?嬉しいです!」
わざわざ安全な隣国を離れ、ここまで出向いて来てくださったのです。使えるモノは使って差し上げますわ。隣の父からビシビシと痛い視線が飛んで来ますが、無視です。
「実はその昔、魔女を封印したという魔道具がありそうなところがわかったのです。しかし、私では行くことができないところなのです」
いざとなれば、建物ごと破壊してもいいのですが、その場合は私が周りから色々言われることになりますので、これは最後の手段にしたかったのです。
「何処なのかな?」
王太子殿下はニコニコと笑いながら問いかけてきました。
「王家の古文書に『黄金に囲まれた地の一番頂きに水晶の封印を隠した』と記されたのです」
「それで王城の宝物庫だと?」
流石に王太子殿下です話が早いです。ただ、あの文章を普通に読めば王城の人の出入りが制限された宝物庫だと読めるのですが、気になる言葉が“地”という言葉が持つ意味です。そして、“頂き”という言葉です。ただ、今現在考える場所は王城の中にある宝物庫と考えるのが無難です。
「あるかも?です。ただ、宝は宝物庫にあるだろうという認識です」
「それは私も思うことだね」
古文書の言葉から導き出された答えが、私と王太子殿下の間で一致したようです。そして、それ以外の利害も一致したようです。
私と王太子殿下はニヤリと人が悪そうな笑みを浮かべました。どちらが促したわけでもなく、右手を差し出し固く握手をします。ええ、私はこの先の未来であるヴァン様と過ごす平和の国の為に、王太子殿下はこの国を救った英雄王の名を戴く為に。
きっと後の世では、エルヴァルト王は魔女に支配された国を守るために何年もかけて魔女を追い詰める戦いをシュテルクスと共に戦い抜いたという美談が語り継がれることでしょう。その過程がどのようなものでも、彼が最後の場に立っていればよいのですから。
そして、王都北側の地下道を使って王城に侵入し、私が第四側妃の意識を私に向けさす為に、まずは裏切り者であるファエンツァ公爵家の者とアンファング辺境伯家の者の屋敷に次々と火柱を打ち込み、第四側妃を怒らせ、私に魔術で攻撃をさせるように挑発し、魔力を消費させていったのです。因みに貴族街の火の手は私の所為ですが、王城の火の手は全て第四側妃の攻撃を私が弾いたことで起こった爆発なので、私の所為ではないですよ。····私は挑発しただけですからね。
ただ、ここで私の懸念が当たってしまったのです。水晶の封印は宝物庫には無かったという問題点にぶち当たってしまったのです。
そして、魔女という歴史の中で埋もれていた存在が実際に、現世に現れたという事実を確認し、第四側妃の中にいたと思われましたが、今は王女メリアングレイスの中に移動してしまいました。
今までの大体の私の行動をこの場にいる皆様に説明します。父にとっては、わかりきった話ですので、腕を組んだまま微動だしておりません。目を閉じて寝ているのでしょうか?
国王陛下は苦虫でも噛んだような、しかめた表情をしております。私が肘鉄を食らわした傷が痛むのでしょうか。
兄デュークは何故か遠い目をしております。どの辺りが兄に受け入れられなかったのでしょう。やはり魔女云々はおとぎ話の話ですよね。
殿下のお二人は何度か連絡を取り合っていたので、大体はご存知の話です。
ヴァン様は···何故か怒っていらっしゃるようです。ヴァン様からいただいた、うささんのぬいぐるみは私の部屋のソファに鎮座しておりますよ?
以上の話から問題点は2つ····いいえ、3つでしょうか。1つ目は勿論水晶の封印の在り処です。2つ目魔女と言う存在です。近づけば操られることも懸念されるのですが、相手は精神体であるため、人の身体を乗っ取ることができるという事実が発覚しました。だから、初代シュテルクスは身体を器にして魂の封印をしたのでしょう。ということは、この場合王女メリアングレイスの身体ごと封印をしなければならないのです。そして、3つ目です。
「国王陛下。一つお伺いしたいのですが、王女メリアングレイス様は何方なのでしょうか?」
質問がおかしいことは重々承知していおります。
そもそも王女メリアングレイスは王族の色を持っていないのです。そう王女メリアングレイスはピンクゴールドの髪に薄紅梅色の瞳なのです。王族の色と言うべき金髪碧眼ではないのです。
何と言うべきかわかりませんが、総合して見てみますと直系から一代から二代辺りまでは王族としての金髪碧眼を持って生まれてきているようなのです。ですから、王妃様が天色の髪であっても3人の王子は誰一人天色の髪を持つことはなく、金髪なのです。まるで血に呪われているかのようです。
あっ!これは口に出すことではありませんので、私の心の内に留めておくことです。
私の言葉に国王陛下はクスリと笑い、答えてくださいました。
「なんだ。そのことは貴族の者たちの中で周知の事実だと思ったが?」
ん?それは私が知らないだけだった?え?ちょっと待って!ゲームでは王族として扱われていたけれど?いや、そもそも上層部が魔女の支配下にあったとすれば、王族として変わりないのかもしれません。
「メリアングレイスは第四側妃と先代ファエンツァ公爵との子だ」
「は?」
斜め上の答えが返ってきました!ちょっと待ってください。先代ファエンツァ公爵といえば、先代国王陛下の王弟。
この事実は私にとってとても衝撃的です。これは予想外も予想外です。頭の中で現状と今までの情報を組み合わせていきます。
「これは先代王弟の謀反ということですか?」
「いいや。マーガレットとカルロディアンの策略にファエンツァ公爵が乗っただけだ。私も君に言われて色々調べさせてわかったこと。と言ってもマーガレットもカルロディアンも既にこの世にはいないがな」
·····ここでなぜ叔父の名が出てくるのでしょうか?兄デュークがものすごく驚いているではないですか。
「元々はこの者を王位に立てようとしていたらしい」
そう言って国王陛下は側に控えていた兄の腕をポンッと叩きます。兄がブリキのおもちゃになってしまったかのように、ギギギギと歪な動きをしながら、国王陛下に視線を向けています。
「あの者たちの計画は君が言ったとおり、レイシス王国の騎士たちと我が国の騎士たちを戦わせ、その生命を代償に強力な魔物を召喚する。各地に点在する古の大国であったリアスヴァイシャス神教国の神を崇める民を集団自殺させ、その生命を対価にして各地に魔物の集団を生み出す。ククククッ、そして私は自我を保てない状態となり、王としてまともに判断ができないときた」
王としてまともにあることができなければ、その座から引きずり降ろされるのは必然的。
「だが、君の助言があり、精神汚染に対する防御をいくつか仕込んでいたおかげで、あの女が居ない場所であれば、正気でいられることができた。その事には感謝する」
「勿体ないお言葉です。国王陛下」
やはり、第四側妃が側にいたのは、国王陛下を正常な状態でないようにするためだったのですね。しかし、それ以外では王としてその力を発揮して、なんとか国という状態を保っていたのでしょう。
「そこまで国内が混乱に陥れば、西のアンファングは隣国との戦で壊滅状態になる。南のヴュルデと東のシンヴレスに北のジジッロは強力な魔物の手によって蹂躙されただろう。出現した魔物は王家の血の流れを持つ貴族の領地ばかりだ。これで、王家の直系もおらず、王家の血族は魔物が始末してくれる。残るはファエンツァ公爵家とシュテルクス侯爵となるが、ファエンツァ公爵子息はメリアングレイスと共に西の戦場で戦死させればいい。という計画だったが、ファエンツァ公爵はその最後の部分を、メリアングレイスの功績としようとしたことが仇になったようだな」
そうです。王女メリアングレイスの婚約者であるファエンツァ公爵令息は西の戦場で戦死されたのです。それはファエンツァ公爵にとっては予想外だったのでしょう。いいえ、私としては予想されたことでした。彼はゲームでも戦場で王女メリアングレイスを守って、その生命を絶ってしまうのです。
「あ、あの·····」
兄デュークが国王陛下の足元に跪いてフルフルと震えています。
「わ···私は王位など望んではおりません。私にその器がないことは自分自身が一番わかっております。しかし、母がしでかした「良い良い」」
国王陛下が兄の言葉を遮りました。
「デュークヴァラン。別に君を責めているわけではない。この話はもっと根が深いのだ。魔女はマーガレットに手を貸さなかったということは、君は魔女のお眼鏡に叶わなかったということ。君が謝ることはない」
確かに王妃様の話ではマーガレット様の願いは叶わなかったと言っておりました。
「彼らの計画は完璧だった。正確には魔女イーラの計画がだ。しかし、その殆どを君が踏み潰して台無にしたのだ」
陛下が残念そうな顔をされて私を見てきます。
え?何故か私が悪いように言われておりませんか?
「しかし、肝心の魔女を封じる物が見つからないとは。君に王家の証まで渡して、調べるように命じたのに····はぁ」
なんですか!そのこいつ使えないみたいなため息は!私は頑張りましたよ!ここまでの功績を認めて欲しいですわ。先程の『その事に
私の方がため息を吐きたいですわ。
黄金を示す場所がわからないのですもの。こんな聖堂のようにドーム状の金色の天井のようなば···しょ?
私はお手上げと言わんばかりに見上げた天井の中央にきらめく何かがあるのを見つけます。
『黄金に囲まれた地の一番頂きに水晶の封印を隠した』
黄金の天井がある聖堂の一番中央に水晶の封印を隠したという意味でしょうか?確かにあんな場所に手が届くことはありません。
「お父様。私を天井の中央まで投げてくれません?アレが水晶か見てきたいのです」
私は天井を指しながら、先程から腕を組んだまま微動だにしていない父に頼みます。すると、片目を開けて赤い目で私を見てきました。どうやら起きてはいたようです。そして、私の左腕を掴んできて、両目で目的の物を確認したと思えば、私を天井にぶつける勢いで投げてきました。いつも思うのですが、父は私に対して容赦というものを持っていないのでしょうか?
私は空中で体勢を整えて、天井に張り付きます。天井に突き刺さるようにあるのは六角柱の形の青みを帯びた透明な水晶のようです。
大きさとしてはうささんのぬいぐるみほどでしょうか。え?わかりにくいですって?抱えるほどの大きさです。
それが恐らく天井に半分ほど埋まっています。これは下からぶん投げたのでしょうか?初代様。
私は右手の指先を揃え、天井に手を差し込みます。バキッという音と共に天井の金色の塗装がパラパラと落ちていきます。肘まで入れてやっと水晶の端に届きました。端を掴んで思いっきり引き抜き、水晶を抱え込み、天井の飾りの突起で体を支えていた左手を離します。
重さはかなりあるようですね。自由落下して床に降り立ちますが、私の体重と水晶の重さが合わさって、床に敷き詰められている石畳が同心円状にヒビが入りました。これは私が重いわけではなく、水晶が重いのですからね。
「これではないのでしょうか?」
私は国王陛下に聞いてみますが、国王陛下は水晶よりも、ヒビ割れた石の床に目がいっています。ですから、これは私が重いわけではないです!
「こっちに持ってきてくれ」
「恐らく陛下では持てませんよ?大人3人分ぐらいありますよ?」
私は片手で抱えていますが、レベルがカンストした私が重いということは相当重いと思います。それに椅子に座った状態だと立ち上がれないと思います。
「怪力女。お前こっちに来るんじゃない!」
第二王子は相変わらず失礼ですわ。その横にいた王太子殿下が椅子から立ち上がって私に近づいて、水晶を多方向から観察してきました。
「これで間違いないと思いますよ。オストゥーニ家の青ですね。見る方向によって色が違って見えますから」
王家の目の色の事を指しているのですね。目の前の王太子の目の色も私の前を移動しているのを目で追っていると青から緑そして紫と変化しているのが伺えます。兄デュークと同じですね。
そんな事を考えていますと、後ろに引っ張られてしまいました。何かと思えば、いつの間にか背後にいたヴァン様が私の左腕を引っ張ったようです。どうかしましたか?ヴァン様も水晶を確認したいのですか?
「クスクス。それで、どのように魔女を封印するつもりですか?」
王太子は真面目な話をしているのにも関わらず、面白いものを見てしまったという感じで笑っています。何か面白いものでもあったのでしょうか?
「あ、それで話が戻るのですが、王女メリアングレイス様のことですわ。国王陛下。このままだと王女メリアングレイス様の肉体を魂の牢獄にしないといけないのですが、よろしいのでしょうかと確認を取りたかったのです」
「丁度いいではないか。魔女イーラはリアスヴァイシャスの血を持つ者を選んだということだ」
ん?先程から聞き慣れない名前が出てきております。リアスヴァイシャス神教国それは500年前に亡んだ国の名前です。それが王女メリアングレイスと関係がある意味がわかりません。
私が口を開こうとすれば、父の言葉がこの聖堂内に響き渡りました。
「リラ。来るぞ」
王城の方を向いて、魔剣を鞘から抜いた父の重々しい低い声が私を戦いう者として意識させました。
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