どうしても勝てない中ボス令嬢に転生してしまった〜推しのためになら剣を取りましょう〜
白雲八鈴
第1話◆世界は不幸せと少しの幸せに満たされているのです
「好きです!私を貴方のお嫁さんにしてください!」
「悪いが君の想いに応えてやれない」
何度目になるでしょうか。こうしてヴァン様に告白するのは。そして、告白をするたびに同じ返事がヴァン様から返ってきます。
今日も素敵です!ヴァン様!
いつもなら『諦めませんわ』と言うところですが、次にお会いできるかどうか、わかりませんもの。私はヴァン様に微笑みを返します。その御姿を目に焼き付けるように···。
闇のような漆黒の髪に、夜に輝く月の金色の瞳。今日は急にお誘いをしましたので、いつもの騎士団の隊服をそのまま着ていらっしゃいますが、武人らしい引き締まった身体によく合っています。
「残念ですわ」
微笑みながら言葉を返します。私がいつもと違う言葉を言いましたので、ヴァン様はピクリと眉を顰めました。
これが最後かもしれませんもの。未来に託す言葉は語れませんわ。そう、私が生きているかも保証ができない。私がヴァン様に剣を向けているかもしれない。
ですが、私は剣をとりましょう。全ては貴方が生きる未来のために。
私はリラシエンシア・シュテルクス。シュテルクス侯爵家の2番目の子供として生を受けました。
私は私の名がリラシエンシア・シュテルクスであると知って絶望をしました。それは何故か。
私はこのリラシエンシア・シュテルクスが存在する物語を知っているのです。
私がリラシエンシア・シュテルクスとして生を受ける前はしがない会社員だった。朝から晩まで働いて、休みの日には漫画を読んだり、ゲームをしたり、夏と冬には大イベントの為に休みを取って行くような者だった。言わばオタクと言われる人種だった。
推しを発見し推しのためになら、課金するのも厭わない人種でもあった。そんな私がハード機器が必要な、とあるゲームソフトを手に取ってしまった。
『戦慄の慟哭』
題名の割には麗美なキャラが描かれており、パッケージの裏面のあらすじを読むと一国の王女が国のために戦うというRPGだった。
私はそのゲームソフトを持って速攻レジに向かった。ゲームの内容がどうこうというより、パッケージに描かれている人物に心を撃ち抜かれたので、そのままお持ち帰りをしたのだった。
帰ってわくわくしながらゲームを開始した。
一言で言えばクソゲーだった。誰一人として幸せになれないゲームだった。そう、登場人物が尽く死んでいき、主人公が一人だけ生き残ってしまうというゲームだった。
いや、最初はよかった。
ゲームの主人公はこの国の王女メリアングレイス。ゲームはメリアングレイス王女の16歳の誕生パーティーから始まった。華やかなパーティー。婚約者であるファエンツァ公爵令息に手を取られ、きらめく空間の中央で妖精の様に華麗に踊るメリアングレイス王女。
その後の話もどこどこの領地の視察。メリアングレイス王女が管理している孤児院への訪問。
そして、国内に起こる小さな諍いの仲裁。病が流行れば、薬を求めて国中を駆け回る。
王女としては些か首を突っ込みすぎだと思うけれど、ゲームとしてはほのぼのRPGだった。
そう、ゲームの題名とはかけ離れたほのぼのRPG。
何が『戦慄の慟哭』なんだと。内心馬鹿にしていたのだ。
始まりはほんの些細なことからだった。王都西側の中核都市の近くにあるダンジョンがスタンピードを起こしたのだ。
何も予兆もなく突然ダンジョンから湧き出るように中核都市を襲う魔物。それはその都市にいる騎士や冒険者たちの手によって抑え込まれたので、その時は何も主人公たちの身の周りに何かが起こることではなかった。
『メリアングレイス様。このような報告が上がっております』
ゲーム内では紙一枚で報告されるような話だった。それに対しメリアングレイス王女は
『怪我をされた人がたくさんいらっしゃるのね。薬を送って差し上げましょう』
という一言で終り、その中核都市に見舞いとして後日訪れるだけだった。
しかし、そこから坂を転げ落ちるかのように、魔物の被害、村の住人全ての行方がわからなくなる謎の失踪事件。隣国からの宣戦布告。その数ヶ月後には王都まで侵攻され壊滅状態になり、美しかった王都が瓦礫化している景色を唯一人メリアングレイス王女が見つめているというシーンでエンディングを迎えるのだった。
そこまでたどり着いた····たどり着いてしまった私は滂沱の涙を流しながら画面に向かって叫んだ。
「ヴァン様!何が後で追いつきますから先に行ってくださいだ!あんな化け物と戦って勝てる見込みなんてなかったよね!」
本気で嘆いた。王女に対してではなく。最後の最後まで護衛としていた第3騎士団長のヴァンフィーネル団長に対してだった。
このゲームの推しだった。ゲームのパッケージでひとめぼれをして買ったのはヴァン様のためだった。
そのヴァン様は強かった。だから、このゲームで
「はっ!もしかしたら何処かで間違えてしまったのでは?」
私はもう一度最初からやり直した。2度目は1度目で得た武器や防具が、そのまま初めから使えていたのでかなり楽勝に進んだ。楽勝だったのだ途中までは。
しかし、終盤に差し掛かり一気に逆転され再び同じエンディングにたどり着いてしまった。
「あのクソ女!ムカつく!」
そう言いながら私は3周目に突入していった。ヴァン様が生き残るエンディングがあると信じて。
しかし、結果はメリアングレイス王女が一人たたずむ風景で終わりを迎えてしまった。これはこういうゲームなのだろうか。いわゆるクソゲーというものなのだろうか。と、思ってしまったが、私は往生際が悪く諦めきれなかった。
だから4周目に突入する前に、私は考えた。何が一番問題なのだろうかと。
このゲームの中ボスに位置する人物に勝てないという時点で問題なのだ。その人物は元々はメリアングレイス王女の話し相手として選ばれた人物でもあり、英雄シュテルクスの末裔であることから、王女の護衛にも抜擢された人物だったのだ。その人物が突如として国を王女を裏切り、敵国に付いた。
その人物の名は
リラシエンシア・シュテルクス
シュテルクス侯爵家の令嬢であり、転生を果たした私の名でもあった。そう、私がクソ女になってしまったのだ。いわゆる、悪役令嬢だ。
話を戻そう。
4周目はそのクソ女を排除できないか、ゲーム内で事あるごとにリラシエンシアに接触してみたものの、所詮ゲームだ。同じ言葉が繰り返されるだけで、何も進展することはなく、後半に入り突如として裏切るのだ。そう、4周目も失敗してしまった。
5周目はメインストーリーを無視をして進んでみることにした。例えば『今日は孤児院に訪問に行きましょう』とメリアングレイス王女が発言し、普通ならば王都の中を馬車で移動し、王都の中の孤児院に向かうのだけど、そこを無視をして王都の外に出て行ける範囲をくまなく捜索した。
5周目となるとかなりの武器や防具が揃っておりレベルが低くても、序盤で行けるフィールド上の魔物などは簡単に勝つことができた。
そこでわかったことが、このゲーム開始時点で国が崩壊する予兆は始まっていた、ということだった。
誰か教えてよ!こんな情報ネットにだって一切上がっていなかった。いや、もしかしたら周回する馬鹿がいなかっただけかもしれない。王女以外全滅するゲームなんて何度もしたいとは普通は思わないだろう。
しかし、後手後手に回ってしまい、最終的に一人王女がたたずむエンディングが流れてしまった。
だが、内容は把握したので、次こそは行けるはず!6周目の開始をした。結果から言おう。ダメだった。やはり最初はいいのだ。崩壊に繋がると思われる事柄を尽く叩き潰してやった。けれど、けれど、けれど!あのクソ女の所為で全てが逆転されてしまった。
リラシエンシア・シュテルクス!絶対に許さない!まさに戦慄の慟哭。一人の強敵によって全てが覆され、真の敵にはたどり着けなかったのだ。
そんなリラシエンシア・シュテルクスに私は転生してしまったのだ。絶望でしかない。私は最推しであるヴァンフィーネル・ダヴィリーエ様を殺すクソ女になってしまったのだった。
しかし、考えようによっては幸運でもあった。私がこの国を裏切らなければいいだけの話だ。私が王女の護衛にならなければいい。そもそも剣を持たなければいいのだ。そうすれば、あの凄惨なエンディングを迎えることはないだろう。
と、思っているときもありましたわ。この世界に生まれ落ちてきた早々、やることもなくミルクを飲んで寝て排泄するだけの羞恥心が心をえぐる赤子の時は、その様に思っておりました。
しかし、シュテルクス侯爵家に生まれた者に課せられる盟約が私の覚悟を邪魔してきたのです。
盟約。かつての英雄シュテルクスがこの国の初代国王と交わした盟約。
『英雄の力は男女問わず国に捧げなければならない』
というクソったれな盟約があったのです。どういう意味か。英雄シュテルクスが持つ脅威的な力に危険性を感じた王が国という物に英雄の血族を縛り付けるためにシュテルクスに誓わせた盟約なのです。
その決定的なことは、3歳の誕生日に父から贈られた誕生日プレゼントが短剣だったのです。父親からのプレゼントが短剣とはこれは如何に?私は泣きました。本気で泣きました。
「大きなうささんのぬいぐるみがいい!」
と。3歳ながら一人部屋を与えられた私の部屋はかなりファンシーな様相になっておりました。ぬいぐるみに埋もれて寝てみたいという夢を叶えるために、少しずつぬいぐるみをおねだりしていた私に短剣!
このおっさん、私の趣味がわかっていないのか!と泣きながら父を睨みつけました。
おっさんと言っても30歳ぐらいですので、前世の私の感覚からいけば、かっこいい男性です。裏庭の訓練場で剣を振るっている姿を見て、娘ながら内心萌えておりました。
しかし!娘の誕生日プレゼントが短剣だなんて、頭の中も筋肉で埋め尽くされているのかと、憤っておりました。
「リラ。シュテルクス家の者として役目を果たさなければならないのだ。受け取ってくれ」
泣きながら睨みつけている私に、父は困り果てたような顔をして短剣の入った箱を差し出してきました。
「リラはうささんのぬいぐるみが欲しかったの!とーさまなんてだいっきらい!!」
と言って、私は父に背を向けてその場を去りました。背後からは『お嬢様お待ち下さい』という侍女の声が聞こえましたが、私が剣をとるわけにはいかないのです。
数日後、私の兄であるデュークヴァランに声をかけられ、シュテルクス家とはと切々と語られました。13歳の兄が3歳の妹に行う洗脳教育。そうやって、剣を持つことに疑問を持たないように教育されてきたのでしょう。
情報が制限された家の中で3歳の子供が剣を持つことに疑問を抱かせない押し付けがましい洗脳教育。
「だからなリラ。俺たちは国の為に剣を持たなければならないんだ」
「おにーさまは私に死ねとおっしゃるのですね」
「いや、そんな話はしていない」
ここでお気づきだろうか。兄デュークと妹であるリラの間に10歳という年齢差があることに。
実は兄デュークと私の母親は違うのです。
兄はきらめく金色の髪に新緑を思わせる鮮やかな緑の瞳を持つ美少年なのですが、その色は第一夫人であるマーガレット様がお持ちの色であり、シュテルクス家の色はなに一つ持っていないのです。
シュテルクス家の色。それは雪原のような白髪に血を思わせる赤い瞳。それがシュテルクス家の色なのです。そう、父であるシュテルクス侯爵が持つ色であり、私が持って生まれた色です。
だから、父は私に期待をしているのかもしれません。
因みに私の母親は第三夫人です。ということは、父には3人の妻がいるのです。貴族というモノはそのようなものだとは頭では理解しておりますが、些か納得できない部分でもあります。
シュテルクス家の血を絶やさない為に国から与えられた3人の妻。
兄デュークも13歳ながら婚約者がおり、そのうち婚約者以外の2人の妻を娶るように強要されることでしょう。生きていればという話になりますが。
「だからなリラ。俺たちシュテルクス家の者は幼い頃から鍛えておかないといけないんだ。有事の際はこの身を国に捧げなければならない。俺もあと2年すれば騎士団に入ることが決まっているんだ。リラもそのうち···騎士団には入れないが、違う形で国に仕えることになるだろう」
兄デュークは3歳児の私を説得しようと切々と語っています。しつこいです。そんなことは、もうとっくに理解しております。だから、リラはメリアングレイス王女の護衛という形で国に仕えることになったのでしょう。
「おにーさま」
私はつらつらと語る兄の言葉を遮ります。
「おにーさまがそうおっしゃるのであれば、私におにーさまの強さを見せてください」
「それは俺の訓練の見学をしたいという話か?」
別に兄デュークの訓練をしている姿なんて、こっそりと窓から見たことがありますが、父と比べると萌えが全く足りませんので、見る必要はありませんわ。
「いいえ、今ここで私に剣を向けてくださいな」
「は?」
「訓練も剣術もなに一つ教えられていない私自身にお兄様の力を見せつけてください」
今いる場所は庭に建てられた四阿であり、その周りは小川が流れ、手入れされた歩道と芝生が広がっている空間ですので、剣を振るうには大して問題にはなりません。
「そうすれば、剣を取るのか?」
「ええ、お兄様が強いと証明してくだされば」
そう言って、子供らしくない挑戦的な笑みを浮かべました。すると兄デュークは立ち上がり、四阿の外に出ていきました。
きっと何が何でも妹である私に剣を取らせるように父に言われたのでしょう。13歳の少年が3歳の幼女に向かって剣を抜いたのです。
「リラ。俺の強さを見せてやろう」
そして、肩で息をしながら地面に横たわり青空を見上げているのは兄デュークでした。
何をしたかですって?私は何もしていませんわ。だって私には武器は何一つ持っておりませんもの。
「意味がわからない」
兄デュークは青い空を見ながら呟いていますが、意味がわからないことはないと思いますよ?
私はただ兄デュークの剣を避け、足を引っ掛けて転がしたり、背後に回って膝カックンをしたり、懐に入ってデコピンしたり、力の差というものを見せつけてあげたのです。
そうリラは元から強かったのです。英雄シュテルクスの再来とまでゲームでは言われていました。それに拍車をかけてしまったのが、何故かゲームの主人公であるメリアングレイス王女のステータスを私が引き継いでしまったことでしょう。
Lv.99999
3歳児にしてレベルがカンストしているのです。いいえ、カンストするにしても“9”が5つとはゲームのレベル設定すら超えているのです。最強であったリラに私のゲームデータが被さり最恐になってしまっていたのでした。
「おにーさま、残念でしたね。私にはおにーさまの強さがわかりませんでした。ですので、私は剣を持ちませんわ」
これは嫌味でもあります。剣を持っていてもこの程度なのかと。嫌だという私に剣を持つように、うだうだと言ってきた兄デュークへの嫌がらせです。でも、これで心が折れてはいけませんので、あとで兄デュークの侍従にフォローしてもらいましょう。
悔しそうな顔をしている兄デュークを背にして私はその場を立ち去ります。あ、この事は父の耳に入らないように根回しをしておかないと。私が強いとわかれば、父は当然ながら剣を持つように強要してくることでしょうから。
そうして、剣を持つことをのらりくらりと避け、このまま行けば、剣を持つこと無く過ごせそうだと思っていた矢先に衝撃的な事件が起こったのです。
私が5歳になり、15歳の兄デュークが従騎士として認められたため、お祝いのパーティーを開くことになったのです。家族だけのささやかな(?)パーティーでした。主役は勿論、兄デュークです。父は第3騎士団長として忙しくしておりましたが、この日は流石に休みを取って祝の席についておりました。その父の両側には第一夫人のマーガレット様、第二夫人のカトリーヌ様、私の母である第三夫人のミランダ。皆さまそれそれがとても魅惑的な美人です。あとはカトリーヌ様の子である次男のライ。マーガレット様の二人目の子供である次女のローラ。あ、ライとローラはもう少し長い名前がありますが、私より年下の彼らはそのように呼んでおります。
そして、一番の問題が私の目の前にいらっしゃいます。この方は兄デュークが従騎士として付く騎士の方だと紹介されました。
紹介された私はその方の大きな手を取り、挨拶をします。
「リラシエンシアと申します。ダヴィリーエ様、私を貴方のお嫁さんにしてくださいな」
と、逃さないと言わんばかりに告白をしました。ヴァンフィーネル・ダヴィリーエ。後の第3騎士団長になる男であり、私の最推しであり、最後の最後まで王女メリアングレイスの為に剣を振るった人物です。
この時の私は5歳。ヴァン様20歳のときでした。
5歳の私に告白されたヴァン様は困惑の表情を浮かべて、父に視線を向けています。ヴァン様にとって父は上官であり、私は上官の娘ということになります。きっとこれは父が命じて娘に言わせているのかという確認の視線なのでしょう。しかし、そのお姿も素敵です。
「リラ、こちらに来なさい」
私にヴァン様から手を離して来るように言ったのは、第一夫人のマーガレット様でした。マーガレット様に言われてしまったのであれば、仕方がありません。渋々、ヴァン様から手を離し、マーガレット様の元に向かいます。
マーガレット様の機嫌を損ねると、母ミランダの立ち場が危うくなりますので、大人しく従います。
父の隣に座っているマーガレット様の側に立ちました。
「リラ。幼いお前だから今回のことは許してあげますが、シュテルクス家の娘は自由に婚姻はできないことを覚えておきなさい」
貴女がこのシュテルクス家に嫁いで来たようにですか?口からポロリと漏れそうになりましたが、そこはグッと我慢します。そこで青い顔をしている母のために。
「でもマーガレットさま」
私が反論しようとすると、マーガレット様はギッと睨んできました。そうやって他者を今まで押さえつけてきたのでしょう。しかし、社会の荒波に揉まれ、人間じゃない扱いされてきた私としては睨まれただけでは怯みません。
「デュークお兄さまがダヴィリーエ様に仕えるということは、お父様とデュークお兄さまの中継ぎとして、ダヴィリーエ様を置かれようと、お父さまはお考えなのではないのですか?ならば、私がダヴィリーエ様に嫁いでも何も問題ないかと」
私の言葉を聞いてマーガレット様はお父様を振り返り見ました。そして、お父様は私の言葉に驚いた表情をしています。
しかし、驚くことはありませんわ。何故なら私はこの先の未来を知って、ヴァン様が第3騎士団長に成ることを知っているのですから。しかし、ゲームには兄デュークは出て来ませんでしたね。普通なら裏切りの者の兄として出てきそうですが···。
もしかして、リラとのあまりにもの力の差を感じて挫折してしまったのでしょうか。それはありえそうですわ。
「その話は後でいいだろう。今日はデュークの祝の席だ」
あ、面倒なことから父は逃げましたわ。まぁ、いいでしょう。後で父の執務室に突撃してプレゼンをすることにしましょう。そこで睨んでいる兄デュークをこれ以上怒らすのも面倒ですからね。
その後は私の発言を無かったことにされて、和やかに時間が過ぎていきましたわ。しかし、私は諦めませんから。父が騎士団の方に戻るまでに捕まえて話をつけなければなりません。
和やかな会食も終わりに差し掛かってきたころ、私は気配を完璧に断って席を立ちます。そして、壁際に控えている父の執事の横に立ち、声をかけました。
「ねぇ、クロード。お願いがあるのだけど」
突然、声を掛けられたことでピクリと身体が動き、動揺をみせましたが、流石執事クロードです。それ以上慌てることはありませんでした。
「どうされましたか?お嬢様。お食事が御口に合いませんでしたか?」
「美味しかったわ。私がここで貴方に話しかけるのは無作法だとわかっているけど、私のお願いを聞いてくれるかしら?」
私は視線を斜め上にし、クロードを見上げます。クロードも顔は正面を向いておりますが、視線だけを私に向けてくれています。
「何でしょうか?次は熊獣の毛皮で作られたぬいぐるみでも所望ですか?」
「クスッ。それもいいのだけど、お父様が騎士団の方に戻ってしまう前に、サインが必要な書類でも山積みにして足止めをしてくれないかしら?」
クロードからすれば、私はぬいぐるみが好きな子供なのですね。間違いではないですが、次は大きなクマのぬいぐるみ欲しいなと思っておりましたので、思わず笑いが込み上げて来てしまいました。
「それはとても困難な事を言われますね。お嬢様。確かにマーガレット様ではなく旦那様のサインが必要な書類は溜まってはきておりますが、旦那様は逃げ足が早うございますから、引き止めるのも一苦労なのですよ」
まぁ、それはお父様が3日に一度の屋敷に戻って来たときに、よく見られる光景ですわ。
「では、私が騎士団に戻ろうとされるお父様に、ぬいぐるみをおねだりしに突撃してもいいかしら?」
「旦那様を止められるのであれば、構わないのではないのでしょうか」
ふふふ、クロードは私ではお父様を止められないと思っているのですね。いいでしょう。この屋敷を取り仕切る執事クロードの許可をもらったのですから、お父様に突撃して私の話を聞いてもらいましょう。
「クロードの許可がでたので、お父様におねだりしてみますわ」
「ご武運を」
あらあら、そんなに大層なことではないと思うけれど?
私は再び私がいた席に戻ります。私が席を外したことにお父様も躾に厳しいマーガレット様も機嫌が良くなった兄デュークも気がついておりません。しかし、ふと視線を感じ視線を向けますと、ヴァン様が私を見つめてくれていました。それだけで、心が踊ってしまいます。私はヴァン様に笑顔を向け、人差し指を立てて口元に持っていきます。
子供のいたずらなので黙ってくださいませ。
すると、視線を外されてしまいました。残念ですわ。
でも、私リラシエンシア・シュテルクスが存在し、推しであるヴァンフィーネル・ダヴィリーエ様がいる。ならば、私は私の覚悟というものを見せましょう。
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