第5話 巨漢・雷太

 大迫[細田]*が社有車を下りると、そこは細田宅があるタワーマンションのエントランスだった。どこかの著名なホテルのように立派だ。


*たとえば「大迫[細田]」の表記は、脳は大迫で、頭部を含む体は細田のものであることを示す。


<細田め、ずいぶん豪華なマンションに住んでいるな>

 自分が住んでいるマンションと比較して、大迫[細田]は多少の悔しさを感じた。

 

 ハンドバックからカードキーを取り出し、入り口のセンサーにかざすと、マンションのドアが開いた。

 エレベーターで、細田宅がある105階まで上がる。1分もかからず到着した。


 エレベーターホールのフロア案内図を頼りに、細田宅に向かう。もすぐ細田雪子の全貌ぜんぼうをこの目で見ることができると思うと、大迫[細田]の鼻の下は、胸に着くくらいビローンと伸びていった。


 細田宅はすぐに見つかった。

 ドア横のセンサーにカードキーをかざすと、ドアが開錠するカチャッという音が聞こえた。

 大迫[細田]は、空き巣に入るかのように、そっとドアを開け、忍び足で中に入った。


「ウォ!」

 大迫[細田]の心臓は、一瞬その動きを止めた。

 目に前に、身長が2mは優に超えていそいうな巨漢が立っていた。頭は角刈りで、プロレスラーのように筋骨隆々だ。

「すいません! 間違えました」

 閉めかけたドアを慌てて開けて、外に出ようとした。しかし、骨太ほねぶとの大きな手で、二の腕を掴まれた。

「どこへいくんだよ」

「だから、部屋を間違えたんです」

「お前、雪子だろ?」

「いえ、……雨子あめこです」

「なに、馬鹿なこと言ってるんだよ。まだ、頭が混乱しているな」

 巨漢は、有無を言わさず大迫[細田]を内側に引っ張り込んだ。


「雪子! 無事でよかった!」

 巨漢は棍棒のように太い腕でガッシリとハグし、万力まんりきのように締め付けてきた。

「一時はダメかと思ったぜ。本当に無事でよかった!」

 雷のような大声が響いたと思うと、特級・明太子めんたいこを思わせる巨漢の分厚い唇が、大迫[細田]の口を覆った。

<何するんだ。勘弁してくれ!>

 しかし、大迫はただモゴモゴ言いながら、藻掻もがくくばかりだった。


「さ、リビングに行こうぜ」

 大迫[細田]は、巨漢に手を引っ張られながら思った。

<おいおい、話が違うじゃないか。この大男は細田の夫に違いない。しかし、札幌にいるはずなのに、なぜ家にいるんだ?>

 廊下を通って入った部屋は、広々としたリビングルームだった。ドアの向かいは一面のガラス張りで、そこから東京湾が一望できた。


「まあ座れや」

 夫はL字型のソファにドッカと腰かけた。引っ張られるように、大迫[細田]も腰かけた。

<確か、夫は『雷太らいた』という名だったな>

 さっき会社で、細田(に成りすました昭夫)[大迫]から、家族の名前は聞いてあった。

「今日は大変だったな。腹も減ったろう。昼飯ひるめし、食っていないんだろ? 晩飯ばんめしの準備は俺がやるよ」

「はあ……。あの、あなたは札幌から戻れなかったのではないですか?」

「ん? 現に、こうして戻っているだろ。電波障害が収まったあと最初に飛んだ飛行機に乗ったんだよ」

「え? そうなんですか」

<ちくしょう! 話が違うじゃないか>

「どうした? お前、俺が帰ってきてガッカリしているのか? それに、今日は話しぶりが、やけに仰々しいじゃないか。『あなた』なんて呼んだことなかったよな」

「ほほほほ。一時ELSS(非常用生命維持装置)に繋がれたから、ちょっと頭が混乱しているのよ。いつもは何て呼んでたんだっけ?」

「『らいちゃん』だろ」

「そうだったわね。思い出したわ、雷ちゃん。あれ? 風太ふうた陽太ようたは?」

 風太と陽太は、細田夫妻の長男と次男である。

「これもELSSの後遺症か? 二人とも全寮制の高校だから、家にはいないよ。今しがた、特に被害は受けていないと、風太から連絡があった」

<またぞろ、話が違う! すると、この家には、俺とこの巨漢の二人だけなのか。なんてこった>

 雷太が、手首のスマートウォッチに向かって声で指示すると、間もなく家事ロボットが、二人にホットコーヒーを運んできた。


 大迫[細田]がコーヒーを飲みながらボンヤリ外の風景を眺めていると、耳元でがねのような声が響いた。

「さあ、一緒に風呂に入ろうや。血行が良くなって、ELSSの悪影響も軽くなるぞ。今日は特別に、俺がお前の背中を流してやるよ」

 雷太は、スマートウォッチに湯張りの指示を出した。

「一緒に? それは、ちょっと……」

<入浴は望むところだが、こんな巨漢と一緒に入りたくねえよ>

「おいおい、何いってるんだよ。俺が家にいる時は、いつも一緒に入ってるだろ。今日に限って、どうしたんだよ?」

「今日は色々あったんで、疲れてしまって」

「だから、俺がいやしてやろうっていうんだ。いつもはお前に色々やってもらってるから、たまにはサービスしなきゃばちが当たるってもんだ。体を揉みほぐして、気持ちよくしてやるよ」

「え、ええ……」

 雷太のスマートウォッチが振動した。

「お、湯が入ったぞ。行こう」


 二人は脱衣所で裸になると、バスルームに入った。

 広々としたバスルームは、二面がガラス張りで、眼下に東京湾が広がっている。まさに天空の風呂といった感じだ。

「ほれ、俺がシャワーで流してやるよ」

 大迫[細田]は、さっきから自分の体を詳細に観察しようと努力しているのだが、常に雷太がくっついているので、ままならない。


「さ、いつものように、こうして――」

 雷太は大迫[細田]を軽々と「お姫様抱っこ」して、浴槽に入っていった。細田は女性としては長身な方だが、それでも背丈せたけは雷太の首くらいまでしかない。

<クソ! 俺がお姫様抱っこされるとは>


 浴槽は、ちょっとした温泉宿の浴槽くらい広い。

 雷太は浴槽の中を窓際まで進むと、しゃがんで湯に浸かった。大迫[細田]は、雷太の膝の上に乗っかるような体勢だ。

「こうやって一緒に風呂に入るのも、半年ぶりだなぁ」

「え? ええ」

「札幌じゃ、いろいろ誘惑も多いが、俺はお前一筋だ。不倫はしねえし、風俗にもいかねえ。えれえもんだろ?」

「そうね、偉いわ。さぞかし、溜まってるんだろうね?」

<しまった! 変なことをしゃべっちまった!>

「そうだよー。毎晩、これを思い浮かべながら……」

 雷太は、膝に抱えた大迫[細田]の乳房を大きな掌で包むと、ゆっくりと揉み始めた」

「だめだよ、こんなところで」

「何だよ。俺とお前の二人だけだし、いつもやってるだろ。それにしても、この大きさ、この弾力、この形……そうざらにあるもんじゃねぇな」

「え? なんだって?」

「誤解するなよ。昔のことだ。俺も大勢おおぜいの女と付き合ったが、お前ほどの女には、ついぞ出会ったことがないってことよ」

 と言いながら、雷太は両腕で大迫[細田]を少し持ち上げると、首を曲げて大迫の乳首を口に含んだ。

「キャッ!」

 大迫は思わず声をあげた。

 すると、何やら下の方から大迫[細田]の腰を突き上げてくるものがある。

<おいおい、勘弁してくれよ>


 しばらく浴槽でイチャイチャしたのち――。

「さ、俺がマッサージしてやろう。そこにうつ伏せになりな」

 雷太があごで示す方には、洗い場より高くなった畳一畳分くらいのスペースがあり、マットが敷かれている。

「雷ちゃん、ありがたいけど、今日はいいよ。もう出よう」

「なに遠慮してるんだよ。お前、俺のマッサージが好きだろ?」

 大迫[細田]は渋々、マットの上にうつ伏せになった。

「さ、オイルを振りかけるぞ」

 大迫[細田]は、背中に暖かい液体が注がれるのを感じた。雷太は、それを大迫の背中や尻に延ばしていった。

「じゃあ、始めるぞ」


 風呂から出た大迫[細田]は、バスローブ姿だった。体のあちこちがきしむように痛い。

 雷太の太い指やデカいてのひらから繰り出されるマッサージは、物凄く強くて痛かった。

 いくら痛いと訴えても、「いつものとおりだ」と言って取り合ってくれなかったのだ。


<もう我慢ならん! こんなタコ部屋みたいな場所からは、早く逃げなければ。雷公らいこうめ、山犬みたいに飢えているようだから、このままでは何をされるか分からんぞ>

 とはいっても、どうやって逃げ出せばよいか、かいもく見当がつかなかった。

 人の気配を感じて振り返ると、いつトイレから出てきたのか、雷太が後ろに佇立ちょりつしていた。その目は異様な光を放っていた。

「雪子。俺、もう我慢できないよ……」

《続く》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る