第2話 非常用生命維持装置(ELSS)
会議室の壁に設置された大きなモニターが、テレビ放送に切り替わった。
アナウンサーは、日本、いや世界を襲った大規模電波障害について、緊迫した声で伝えている。
「――繰り返します。本日9時20分ごろ、日本各地で大規模な電波障害が発生し、今も続いています。この電波障害による被害は、電力や鉄道などのライフラインをはじめ、テレビやラジオの放送など、広範囲に及んでいます。自然災害省は、今回の大規模電波障害の原因について、太陽表面で発生した超巨大フレアである可能性が高いとしています――」
この放送は正常に映っている。ケーブルテレビだからだろう。
突然、社内放送の切迫した声が、大音量で会議室に響き渡った。
「こちら、本社非常災害対策本部。現在、大規模な電波障害が発生しています。『脳戻し』をせず出社したため、電波障害発生とともに意識喪失状態に陥っている社員が、多数発生している模様です――」
総務部幹部会議の参加者の一人、法務グループマネージャーの大沢は、呆れた。
「総務部の幹部にも、脳戻しを忘れた者がこんなにいたのか。しかも、部長まで……」
大沢は、意識を失った側にいた者の中で、唯一意識喪失しなかった。ちゃんと脳戻しをしていたからだ。
社内放送は続く。
「各部は、意識喪失者のうち、BCP(事業継続化計画)に定める順位に従って、これから読み上げる各部割り当て人数を、大至急4階大会議室に搬送してください。総務部3名、営業部3名、生産管理部4名、輸送管理部4名――」
大沢は、法務を担当しているだけあって、社内規定にも精通している。
BCP―事業継続化計画―には、大規模災害による被害の極小化と、被害を被ったのちに、できるだけ早期に事業を再開するための手順が記されている。
何らかの理由で、脳戻しせず、つまり「無脳状態」で脳との通信が途絶した社員の生命を救うため、社内に「非常用生命維持装置」(ELSS)が備えられている。
しかし、その数には限りがある。昭夫のいる本社の配置数は30台だ。
役員は、ELSS使用について台数制限はない。
残りが、各部に割り振られるのだ。
だが、到底数が足りない。
このため、ELSS使用の優先順位が、あらかじめ決められている。
ちなみに総務部は、部長、総務マネージャー、労務マネージャー、経理マネージャー、法務マネージャー、システム・マネージャー――と続く。割り当て数から漏れた人は、残念ながら、落命することになる。
大沢は、他の健在なマネージャーたちに声をかけた。
「部長、総務と労務のマネージャーが対象だ。会議室のテーブルに乗せて、大会議室まで運ぼう。 手を貸せ!」
大沢らは、部長ら3人をそれぞれキャスターの付いたテーブルに乗せると、大急ぎで大会議室に向かった。
大会議室に入ると、そこはハチの巣、それもオオスズメバチの巣をつついたようなありさまだ。
運び込まれた意識喪失者に対して、産業医や看護師がELSSを取り付けている。しかし、搬送者に対して医療スタッフが絶対的に不足していて、てんてこ舞いの状態だった。
ELSSは、あくまでも、呼吸や血液循環といった、生命維持に不可欠な身体機能を、一時肩代わりする機械だ。使用可能時間は、せいぜい24時間が限度だ。
その間、「ブレイン・レスキュー」という民間会社が、対象者の自宅まで脳を取りに行って、会社に届けるはずだ。
会社はブレイン・レスキューと委託契約を結んでいて、たとえ当該社員の自宅が無人でも、入って脳育成器から脳を取りだすことが許されている。一刻を争うからだ。
総務部幹部会議で意識喪失状態に陥り、大会議室に搬送された3人は、いずれもELSSへの接続が成功し、からくも生命を維持することができた。
改めてその3人を列挙すると、次のとおりだ。
総務部長:
総務マネージャー:
労務マネージャー:
上記3人の脳が自宅から運ばれて会社に到着したのは、ほぼ同時だった。このことが、思わぬ悲喜劇を生むこととなる。
《続く》
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