第二部

〈安住〉

全ての音を吸収してしまいそうな白い世界。耳を澄ますと雪の降り積もる音だけが聞こえる。

アリートに冬が訪れた。

そんな銀世界の中、森の中を、雪をかき進む人影があった。


カイは今、フォーラの北北西の集落に住んでいた。アイシャーが初めて果物を口にしたあの集落だ。

あの旅の後、王に呼ばれ、褒美として「心が休まる場所」を求めた答えがここであった。一番の希望は、カイが元々住んでいた白い塔の村で過ごしたいという希望だったのだが、ナダの占領下にある為、その願いはかなわなかったのだ。

しかし、この望みにも悩みがあった。それはアイシャーの事であった。

あの旅の後、アイシャーは契約の事を一度も口にしていなかった。カイが定住すれば、アイシャーも契約の拘束力の為、カイの周囲で暮らさなければならない。『俺だけがゆっくり暮らしても、アイシャーは・・・・。やはり、旅を続けようか・・・』カイの心の中にはそれがあったのだ。

しかし、この悩みを打ち消したのはアイシャー自身であった。

「白い塔の村は、今は無理だ。」と言われたときにアイシャーがこの集落選んだのだ。


「ふぅ~・・・大変だわ・・・。何もこんな時期に使わせなくても・・・」

必死に雪をかき分け進む影。その声は女性だった。

そして、カイの住む家の扉を叩いた。

家の中でうとうとしていたカイ。扉を叩く音で目が覚めた。

カイ「こんな雪の中、誰だぁ。」

扉を開けると、防寒服に身を包んだ人影があった。顔の一部しか見えていないのだがカイにはすぐ誰か分かった。

カイ「お!よく来たな、シーラ。こんな雪の時期に何の用だ。こんな雪の中、わざわざ来なくても。」

シーラを中に通すと、暖炉に薪を投げ入れた。

シーラ「う~・・・さむぅ~・・・」

シーラは暖炉のそばへ駆け寄った。

シーラ「軍からの伝令よ。ん~・・・正確に言えば王からのお願いかしら。」

カイ「それだけの為に、この雪の中来たのか。俺は、フォーラの軍や王とは関わりないぞ。軍に関してのお誘いは何度も断ってるだろ。」

シーラ「今回は、いい話よ!だからわざわざ私が来たのよ。」

シーラは可愛く笑った。


〈デブ鳥〉

アイシャーが今ハマっている事は、鳥を育てることであった。

この鳥は、褒美として国から頂いたものだった。

王に「何か欲しい物はないか?何でも言ってみよ。」と言われ、アイシャーが思いついたものは・・・・。


それは、シーラと行動を共にするようになってすぐ、食糧が不足気味になったとき、シーラの弓で捕らえた太った鳥だった。きまった名前はなく、太った鳥で、かなり美味。多くの人が「デブ鳥」と呼んでいた。


王の問いかけに対しアイシャーは「あ!デブ鳥!」と答えた。

実は、この答、正確には「デブ鳥が食べたい!」だったのだが、王は、鳥が欲しいと思い。「解った後ほど届けよう」と答えた。

そして、しばらくして、アイシャーの元へデブ鳥が20羽届いた。

そんなわけで、アイシャーは今、このデブ鳥を育てることに夢中だった。

アイシャー「ヒヒヒヒヒ・・・。早く大きくなぁ~れ。おいしくなれぇ~・・・。」

デブ鳥を見ながらニタニタしている日々が続いていた。もちろん、育て方は色々な人に聞きかなり熱心であった。

ちなみに、初めてつぶす(殺す)時は、カイに泣きついてきた。

アイシャー「カァイ~・・・たべれなぁ~~~~~い(殺せない)。」

愛情を注ぎ名前まで付けていたようだ。しかし、最終的には食い気が勝り、今では自分でつぶしている。


シーラは、カイとアイシャーがここに住むようになってから数回足を運んでいた。そして、何度かこのデブ鳥を食べていた。料理はアイシャーではなくカイが行う。もちろんカイも料理は得意ではないが、旅をしているときは自分で行う訳なので、漁師飯的な簡単で美味しく食える料理は作ることができる。


シーラの話の前に食事となった。アイシャーも鳥の世話を終え戻って来た。

単純に焼いて塩を掛けただけのデブ鳥が机に並ぶ。

もう、アイシャーは我慢できない。相変わらず品のない食べ方で一番にかぶりついた。

シーラ「うっ・・・」

アイシャー「どうしたのシーラ?」

シーラ「手が痛くてフォークが持てなぁ~い。」

わざと右手をプルプル震わせてアピールする。アイシャーのソードブレイクで痛めた右手首。完治はしていないものの、痛みはもうない。アイシャーをからかっているのだ。

シーラ「アイシャーにやられた手が・・・・。カイさ~ん、お願い、食べさせてぇ。」

すこし色っぽくカイに迫るのだった。

アイシャー『ムキィ~!』「私が食べさせてあげるわ!」

シーラ「え~。アイシャーに食べさしてもらうと、前歯がなくなっちゃうわぁ。」

アイシャー「どぉ~いう意味よぉ!」

シーラ「貴方のせいで、手首が折れちゃったのよ。」

アイシャー「シーラが襲ってきたから仕方がないじゃない。加減しない方がよかったかしら?」

シーラ「私、覚えてないから・・・。」

アイシャー「あんなおっさんの術に掛かるなんて、情けないわねぇ~。」

シーラ「カイさぁ~~~~ん。アイシャーが意地悪するぅ~。」

カイ『俺にふるんじゃねぇよ。』


〈思わぬ依頼〉

食事も終わり、本題へ入る。

シーラの話は思わぬものであった。それは、王からの直接の依頼であった。その内容とは、特殊部隊の部隊長就任の依頼であった。

実は、ボルツとシーラが古城の任務を受けたとき、すでにこの部隊は造り始められていた。もちろんボルツとシーラはこの部隊の一員であった。

当然の事ではあるが、死神、連敗王とまで言われるカイが、この話を受けるわけがない。

カイ「分かっていると思うが、俺が長(おさ)じゃ勝てねぇ~ぞ。シーラ。俺は連敗王とまで言われてんだぜ。もう軍はお断りだ。それに、俺は城には住みたくねえ。ここが気に入ってんだ。」

シーラ「お城や城下に住まなくていいのよ。城に常駐する必要はないの。」

カイ「どういう事だ。」

シーラ「特殊部隊というだけあって、必要な時だけ招集があるの。軍の一部だけど特別なの。普段は自由よ。」

カイ「だが、ちょくちょく城へ行ったり、特別な任務があるんだろ。」

シーラ「そ~ね・・・・。私の初めての任務は、古城のヴァンパイア討伐だったの。ボルツさんと一緒にね。それ以外は、自由だったわよ。」

アイシャー「あの時が、その特殊部隊の初任務だったの!?」

カイ「いらねぇ~な。」

シーラ「軍の部隊と言っても、カイさんが気にしている勝つとか負けるとこは気にする必要はないわ。個人の能力を最大限に生かす部隊。集団戦法では生かせない能力を生かせる場よ。カイさんそれに選ばれたのよ。能力があるって認められたのよ。」

カイ「なるほどね。俺一人で動けば他に迷惑かかんねぇ~からな。死人も出ないな。」

シーラ「カイさぁ~~~~ん・・・。ねえ、真面目に考えて。」

カイ「アイシャーに聞けば分かると思うが、俺は一度剣を捨てようとした男だ。また軍に入るなんてありえねぇぜ。」

アイシャー「でも・・・悪い話じゃないわね。」

カイ「アイシャー。これを受けたら、お前も一緒に行動しないといけないんだぜ。契約の事忘れてないか。鳥の世話はどうすんだよ。」

アイシャー「鳥は、隣のヒゲ親父とリリーちゃんに任すわよ。」

カイ「駄目だ駄目だ。死神だぜ俺。」

シーラ「でも、次の事を聞いても、断るかしら。」

カイ「ん?」

カイの願いをかなえることができなかった王の気遣いだったのだろうか。いや、それを利用したエサだったのかもしれない。カイは次の言葉に驚いた。

シーラ「白い塔の村、つまりカイの村の奪還が決まったの。もちろん特殊部隊あっての奪還作戦なの。」

その言葉を聞いたカイの心は決まっていた。


シーラを見送り終え、アイシャーは暖炉の近くの丸椅子に腰を下ろした。しばらくすると、朝早くからのデブ鳥の世話と暖炉の暖かさでうとうとし始めた。

カイは後ろから毛布を掛けギュッと抱きしめた。

抱きしめられたことでアイシャーは目を覚ました。カイは動くことなく、アイシャーの耳元で小声で聞いた。

カイ「なあアイシャー・・・・お前は・・・これでよかったのか・・・」

アイシャー「え?どういうこと。」

少し間をおいて、

カイ「いや・・・何でもない。」


時間が止まったかのようにお互い見つめあっていた。


そして、互いの唇が重なり合った。

アイシャー246歳。初めてのキスであった。


〈特殊部隊〉

降り積もった雪がまだ残る中、カイは雪をかき分け城へ向かっていた。

城へ到着するとシーラが出迎えてくれた。

城でのシーラの服装は、外に出るときと大違い。胸元が大きく開いたシーラの体系を生かした服装をしている。シーラは分かってそういった服を選んでいるのであろうか、それとも、まったく気にせず、好きなデザインを選んでいるのであろうか。男たちの目線は当然胸元へ集中する。

シーラの案内で、軍総括のダンに挨拶。もちろん、カイとは以前から面識はある。簡単に挨拶を済ませ特殊部隊待機所へ案内された。

少数の部隊と聞いていたので、館の小ささは予測していたのだが、意外に大きな建物であった。部屋の扉の前に立つ。

『この扉の向こうに、どんな奴が居るんだ?』

期待と緊張があった。

『さぁ~て。扉を開けて一声目は、どうしようか。』

そして扉を開いた。

しかし、そこにいたのは、二人だけであった。

カイ「おい!シーラ!少数にもほどがねぇか。お前以外に二人かよ。」

シーラは少し苦笑いしていた。

シーラ「一応、今日、部隊長が来るって全員に連絡したんだけどね・・・。」

カイ「ま、お前の説明通り、自由ってことだな。」

シーラ「はっ・・・あははははは・・・」

部屋の左には、剣と思われるものを地面に突き立てたまま、目を閉じて椅子に腰かけている男が一人。そして、反対側のソファーには、少し小柄なショートカットの黒髪で目つきの鋭い女が座っていた。

まず、カイが感じたことは、『ここには規律ってもんがねぇな。』であった。

女は、戦うには相応(ふさわ)しくない短いスカート。魔法を使うにしても相応しくない格好だ。

『この女、絶対アイシャーと合わないタイプだな。とりあえず、(アイシャーを)留守番させて正解だったな。』

カイの直感であった。

男の方は、おそらく大剣と思われる剣を常に戦えるように持っているようだ。常に持っていないと不安になるのだろうか。剣と思われるものは、動物の革を鞘(さや)代わりに巻いていて、どのような剣か分からない。

このまま、盛り上がらない話や挨拶もくだらない、かといって、家に戻るのもただの時間の浪費になる。ここでメンバーが集まるのを待つのも間が持たない気がする。いや、これ以上集まらない可能性もある。色々と考えていると一ついい考えが浮かんだ。

カイ「シーラ。少しここで待っていてくれ。」

そう言うと、カイは、再びダンに会いに行った。

しばらくすると、カイは、戻ってきて、シーラにこう言った。

カイ「この特殊部隊、特殊とは言っても、隠密部隊ではないようだが、間違ってないよな。」

シーラ「ええ・・・。まあ・・・そうね。」

カイ「確認の為、ダン爺に話してきたんだが、俺は、頭が悪い。少し理解が足りないんで・・・。シーラが、そう言うなら、間違いなさそうだな。・・・・んじゃ、皆にやる気出してもらうか!」

そう言うと、大剣を持ち、目をつぶって座っている男に声を掛けた。

カイ「なぁお前。俺と勝負しねぇか。明日の朝、第二訓練場で。」

シーラ「ちょ~っと、カイさん。何言ってんのよ。」

カイ「メンバーが揃ってないんだろ。じゃ、明日、こいつの技量を計ってから挨拶でもいいだろ。」

シーラ「えぇ~・・・。本気で言ってんの!彼、手加減とか出来るタイプじゃ・・・」

カイはシーラの口の前に手を出し、話を止めた。

カイ「そんなこたぁ予測できるぜ。この部隊って、団体行動に向いていない俺みたいなヤツが集められてんだろ。すごい能力を持つが軍じゃ使いこなせない問題児だろ。」

シーラは少し答えに困ったが、その苦笑いがカイの考えが正解と教えていた。

カイ「とりあえず、今日は終わりだ。一度宿へ戻るぜ。奴も手合わせOKしてくれたし。」

シーラ「え!OK?」

シーラは気が付いていなかったが、カイに向けられた奴の見開いた目はそう答えていたのだ。


〈注目〉

カイには少し狙いがあった。

このまま、特殊部隊の長となっても、認めてもらわなければまとめることはできない。それともう一つ、この部隊、今のままでは使えない曲者(くせもの)の集まりとしか見られていないという事だった。そんな部隊に配属されて喜ぶ奴は誰もいない。まともな人間なら、ふてくされてしまう。そう、不良のたまり場なのだ。カイの考えは、少し注目を浴びて存在感を示す必要があると思ったのだ。

カイの思惑(おもわく)通り、町や城の中ではこの手合わせが噂になっていた。わざと手合わせを今日ではなく次の日にしたのも噂が広がる時間稼ぎだった。

元軍所属の死神カイと、無敵の鬼神バルトスが剣を交えると。


第二訓練所は城から少し離れた町に最も近い訓練所。その為、城の横を通過すると訓練をしている兵士がよく見える。つまり、ここで手合わせを行えば、城や軍の人間だけでなく、町の人々も見ることができるのだ。


次の日の朝。カイが訓練所に入るころには、訓練所の周りには人だかりができていた。この時点でカイの狙いは半分成し遂げられたといってもいい。後は、カイとバルトスの凄さをみんなが感じ取ってくれればいい。

バルトスはすでに訓練所の真ん中に立っていた。肩に大きな剣を乗せて待っていた。

カイ「待たせたようだな。ポーカーフェイス。」

そしてバルトスはその大きく長い剣に巻き付けている革の鞘を外し投げ捨てた。

カイは驚いた。その剣はまさしくボルツが死ぬ間際に持っていた大剣。剣を合わす前から一撃食らった感じであった。

『なぜボルツと同じ剣を!』

戦う前から心を乱してしまった。

『お・・・落ち着け・・落ち着け・・・。きっとこいつもボルと同じ・・・え~・・・なんとかハートって種族なんだ。』

そう思うことで、戦うことへ集中していった。


カイは普段通り二刀流で構えた。

バルトスは左手で剣の柄を握り、右手は剣の刃の反対側の持ち手を握っていた。そして特に構える感じもなく、剣先を右足の前、地面すれすれに剣先をだらりと下げていた。

『これがこいつの構えか・・・・厄介だな。』

以前、古城で戦ったヴァンパイアのマルクスと同様、構えが構えらしくない奴ほど手練れなのだ。

『こいつは強い!』

少し見せ物的なところも考えていたカイであったが、これはカイの予測できる範囲を超えていた。どう見ても冗談が通じそうにない相手。おそらく手加減などないクレージーな相手。カイはこの時初めて『しまった』と思った。

カイ「行くぜ。ポーカーフェイス!」

バルトスは答えなかった。しかし、その目が『いつでも来い!』と言っていた。


『こいつの技量を計ってやるぜ。』カイは間合いを計り踏み込んだ。

カイの間合いの詰め方、踏み込みの速さは神業。対戦した相手は皆驚く。しかし、バルトスはその踏み込みの速さに合わせて剣を動かした。

カイは、その剣の軌道を予測できたのだが、すでに勢いよく踏み込んでいた。

『やばい。下から来る。踏みとどまってもまともに食らう。』

カイは、バルトスには届かない所で左手の剣を力いっぱい振った。その左手の剣は、カイの読み通り、バルトスの下から振り上げた剣の側面に直撃した。剣と剣がぶつかり鈍い金属音が響いた。直撃したことによりカイは踏み込みの勢いを弱め、体の軸を少し動かした。そして、バルトスの剣の軌道を少しずらし一撃を躱した。

この一瞬の駆け引きが町の見物人に解ったであろうか。

バルトスは、この一撃が躱されたことに内心驚いていた。カイも、まさか自分の踏み込みに合わせて攻撃されるとは思いもよらなかった。

その衝撃はお互い剣を持っている手がしびれて剣を落としそうになるほどであった。

少しの沈黙があった。

この一撃でお互い認め合っていたのだ。

『あの大剣を上から振り下ろして合わせるんじゃなく。下から俺の踏み込みに合わせてきやがった。なんて力だ・・・・。危うく下から真っ二つだったぜ。』

この命懸けの手合わせを多くの人に見てもらい、この部隊の凄さを宣伝できると思っていたカイであったが、ここに誤算が生じた。

兵士達はこの手合わせに感動をおぼえた者も少なくはなかったが、町の人達にはあまり伝わることはなかった。この一瞬の駆け引きが理解できる町の人は殆どいなかったのである。


バルトスが地面に剣を突き立てた。

バルトス「俺はバルトスだ。」

小さな声でそう言うと、左手で剣を支えながら右手を出してきた。カイも剣を収め固く握手した。

沈黙から一転。周囲から大きな歓声が上がった。

カイは、少し目立つように訓練所の町側の壁に上った。少し静まるのを待ちこう言った。

カイ「このフォーラに新たな部隊が出来た。俺たち風の兵団だ。そして俺が団長のカイだ!よろしくな!」

カイは特殊部隊という響きにやや抵抗感があったのだ。

こうしてカイの一芝居は終わった。


少し落ち着きを取り戻した訓練所。周りの人々も帰り始めたとき、二人に向かって手を叩きながら向かってくる黒い革鎧を着た背の高い細身の男が居た。

背の高い細身の男「いやぁ~、お見事お見事。いいもん見せてもらったぜ。風の兵団団長さんよぉ。」


〈胡散臭い奴〉

カイにはその近づいてくる男が胡散臭(うさんくさ)く見えた。

胡散臭い男「あんた、死神のカイだろ。」

カイ「なんだお前は。その呼び方はやめてくれ。」

胡散臭い男「いや。俺は敬意を込めてそう呼ばしてもらってんだ。俺はあんたが昔、軍に居たときから憧れてんだ。俺は嬉しいんだ。」

カイにはこの男の心が読めなかった。

『本気で言っているのか?』

胡散臭い男「そんな目で見るなよ。マジなんだぜ。俺の名は闇の目。俺も特殊部隊の一員だ。よろしくな。」

カイ「なに!お前もメンバーだと。信用できないぁ~・・・。とりあえず、その隠しているもん出せよ。」

闇の目「おっと。流石だな。全部は面倒だから少しだけな。」

そう言うと、体のあちらこちらから様々な物が出てきた。隠しナイフ、針、鉄菱(てつびし)、謎の液体が入った小瓶・・・。

カイ「お・・・お前・・・すごいな。」

闇の目「へっへっへ。後は秘密だ。なぁ、カイさんよぉ。あんたの事、兄貴って呼ばせてもらうぜ。いいだろ。」

気になる物が次々と出てきたが、特に気になったのはスローイングダガーだった。

そのスローイングダガーはカイと同じような加工がしてあった。刃先の先端から数センチほどの所を加工しバランス調整されていた。投げれば確実に先端がターゲットに刺さるように加工してあったのだ。殺傷能力は低くなるのだが確実に刃先が刺さるのだ。それを見たカイはこの闇の目という男が本物であることが解った。

カイ「ま、いいだろ。好きに呼べ。」


待機所へ、カイ、バルトス、闇の目の三人が戻ってきた。シーラは軍総括のダンを呼びに向かった。

扉を開けると、前と変わらぬ位置につまらなそうにショートカットの女が座っていた。相変わらず男が触りたくなるような格好をしている。

大体座る所が決まっているようで、バルトスもカイが前に見た所と同じ左の椅子に腰掛けた。剣を地面に突き立て同じポーズだった。

闇の目は窓を開け、そこへ上手く腰掛けていた。


カイはチラリと女の方を見た。

それに気付いた闇の目が口を割った。

闇の目「その女には気を付けな。ま、ここに座っているってことは、ただ者でないことは解っているとは思うが、そいつのケツを触ろうとして腕を折られた奴が大勢いるぜ。」

闇の目は下品に笑っている。

偶然女とカイは目が合った。女は目をそらすことなくカイに話し始めた。

女「あなた、死神と呼ばれた、あのカイね。」

『また死神かよ・・・この呼び方本当に広まってるな・・・。』

カイ「ああ、そうだ。」

女「私は、ディノの娘のアカリよ。」

カイ「おう、アカリか。変わった名前だな。よろ・・・・」

「よろしく」と言おうとしたところでカイは気が付いた。

カイ「なにぃ~!お前今なんて言った!?」


〈ヒヨコ〉

闇の目「兄貴。いきなり大声出してどうしたんだ。そいつの下着でも見えたかぁ~。何色だ。」

闇の目の冗談はカイの耳に入らなかった。

カイ「お前、ディノの娘だと!?」

アカリ「何度も言わせないで。そうよ。」

カイ「ディノって・・・・。」

アカリ「間違いないわよ。あなたのお父さんよ。」

カイ「マジか!おれ妹がいるなんて初めて知ったぞ!」

闇の目「ほぉ~。なかなか美人の妹でよかったじゃないですかぁ~、兄貴。もうケツは触れないな。クックック。」

カイ「前に親父が死んだときに色々と聞いたが、そんな話は出なかったぞ。」

闇の目「その女、なかなかつえぇぜ。さっきケツを触ろうとして腕を・・って話しただろ。不思議な拳法を使うんだ。」

カイ「おい。ボサボサ。」

闇の目「あ、俺の方見てボサボサって言ったけど、俺の事か?」

カイ「お前以外に、ボサボサな奴が他にいるか。」

闇の目「ボサボサかよ・・・・。」

カイ「おい、ボサボサ。ちょっと、ケツ触ってみてくれよ。」

闇の目「あぁ!何言ってんだよ兄貴。自分で触れよ。ケツがイヤなら胸でもいいぜ。ちょっと小さいけどな。」

アカリ「おい、モジャモジャ!勝手に触っていいようなこと言うな!」

闇の目「おぉ~い。今度はモジャモジャかよ。」

アカリ「後で、お父さんから学んだ技を見せてやるよ。」

闇の目「おぉ~。また第二訓練所だな。兄貴ぃ、やられるなよ。」

アカリ「ちげぇ~よ。相手はおめぇだ。モジャモジャ!」

大騒ぎしていると、扉が開きシーラとダンが入ってきた。

ダン「えらく大騒ぎだな。皆、和んでいるようだな。カイ、一芝居(ひとしばい)打った甲斐があったようだな。」

カイ「おっ。ダン爺。」

ダンとシーラが席に着いた。

ダン「カイ。百歩譲ってここでダン爺はいいとしよう。だが他の場所ではいかんぞ。軍の規律が乱れる。解ったかな。」

カイ「解ってるぜ、ダン総長!」

ダン「では、今から今回の任務について説明するぞ。」

カイ「おっ。これで全員揃ってんのか?」

シーラ「あと、魔術師学校から情報伝達係として一人。今日は学校で来れないの。今は、この人数。以前はボルツさんが居たんだけど・・・。」

ダン「ボルツが仕切る前はもっと大勢いたんだがな。気が付けば不良のたまり場と化してしまってな。ボルツがふるいにかけたんだ。剣のできるやつが多かったんだが、ボルツが手合わせして力量を計ってほとんど不合格にした。」

カイ「なんだ。ボルがそこまでやっていたのか。」

シーラ「それと、特殊部隊って言うぐらいだから魔法が使える奴も必要だろってことで、私が選ばれたの。回復系、つまり癒しの力の魔法を使える人は残念ながら入らなかったわ。」

ダン「カイ。いいかな?本題に入るぞ。」

カイ「いいぜ。じぃ。」

ダンは少し深いため息をついた。


ダン「白い塔の村まで、フォーラ領を押し戻す。村を取り戻すことになるな。だが、問題があってな。単純に村からナダの兵を追い出す戦いではない。村から西へ10キロほど行った所に砦が出来ている。この砦、砦という規模を超えてしまっておってな。ここから村を支配しているといってもいい。不思議なことは、奴ら、このフォーラに何故か攻めてこない。白い塔の村が重要なのか、戦力が整うまで待機しとるのか。なんにせよ、砦を落とすのが今回の任務だ。砦を落とせば、村は解放されるだろう。」

カイ「砦があるのか・・・俺たちがナダと戦った時には、そんなもの無かったよな。」

ダン「ああ、前はなかった。しかし今は、3~4千の兵が居る砦がある。」

カイ「前の戦は・・・。半年経ってないだろ。」

ダン「そうだな。この短期間でどうやって造ったかは謎だ。もう出来てしまっとるものはどうしようもない。少し気が付くのが遅かった。我々が後手をとったわけだ。我々も砦を落とすときは同じぐらいの兵力を考えている。だが、まずは、特殊部隊で偵察だ。」

カイ「特殊部隊じゃねぇ。風の兵団だ。なぁダン爺。砦を落とすなら三倍ほどの兵力は最低必要じゃねぇか?」

闇の目「だな。最低それぐらいの兵力はいるな。つまり・・・」

カイ「つまり・・・なんだ?」

闇の目「兄貴。解んねぇのか。風の兵団の活躍次第ってことだ。」

ダン「そういう事だ。探りの方法や人選はお前に任す。団長。」

カイ「ダン爺。探るのは任せろ。もちろん俺たちも色々と工作するが、戦の方も上手くやってくれよ。解っているとは思うが、俺、連敗王だからな。もう、負けたくねぇし。仲間の死は見たくねぇ。」

ダン「解っとるよ、死神。お前達が持ち帰った情報と工作を最大限に生かして軍を動かす。西方面への軍の配備の加減もあるが、できるだけこの戦に出すつもりだ。だが、兵力に余裕がないことも分かってくれ。」

カイ「頼むぜ爺。」

闇の目「兄貴。俺達もいるんだ。例え皆バラバラに動いても、最終的な目的は一つだ。皆が力を合わせれば、風の兵団だけでもかなり打撃は与えられるはずだ。」

カイ「お前、態度もでかいが、言う事もでかいな。」

闇の目「おぅよ。それだけじゃねぇぜ。今度見てみるかぁ?」

そう言い、自分の股間をちらりと見て下品に笑っていた。

アカリは明らかに軽蔑(けいべつ)の目で闇の目を見ていた。

ダン「あと、必要な物や話があれば、私かシーラに連絡を。」

ダンはそう言うとダンは部屋を出て行った。


ダンが出て行ったあと、すぐにカイが口を開いた。

カイ「なあ、話は変わるが、お前、呼び方、ボサボサでいいか?」

闇の目「あ~にきぃ~・・・。それはちょっと・・・。」

カイ「こいつはポーカーフェイスで、こいつはヒヨコちゃん。」

アカリ「ヒヨコですって!私は大人よ!却下!」

カイ「んで、シーラは・・・・」

闇の目「ボインちゃんでいいんじゃねぇ。」

カイと闇の目は、シーラの胸に目線をやっていた。

シーラ「イヤよ!絶対イヤ。・・・どこ見てんのよぉ!」

シーラは胸を隠し顔を真っ赤にしていた。

カイは、『アイシャーもこれぐらい可愛い所があればなぁ~・・・』と思っていた。


闇の目「兄貴。砦の偵察は俺を連れて行け。あ、俺一人でもいいけどな。」

カイ「お前、やる気満々だな。もちろん、俺も行く。人選は・・・・。とりあえず、お前だな。後は・・・。」

闇の目「俺は、とりあえず道具を揃えたい。出発まで3~4日待ってくれ。」

カイ「いいぜ。俺も少し考えたい。人選も決まれば、すぐに連絡する。以上だ。」

特に返事はなかったが、皆、解ってくれているようだ。


闇の目が部屋を出ようとしたとき、

闇の目「兄貴。頑張ってヒヨコちゃんのおっぱい触れよ!」

下品に笑っていた。

そのにやけた顔をめがけ花瓶が飛んでいたが、闇の目は扉を閉めて簡単に躱した。

アカリ「あのヤロ~。」

カイ「そうだなぁ~・・・、お手並み拝見とするか。」

カイは、この小さな女が、どんな能力でこの特殊部隊に選ばれたかが気になっていた。

少し気分を落ち着かせるかのようにカイは声を掛けた。

カイ「アカリ。見せてもらうぜ。」

アカリ「手は抜かないわよ。」


〈ディノの娘〉

二人は第二訓練所にやってきた。すでに、兵士たちは訓練が終わっているのかほとんど人は居なかった。

今回は、見てもらう必要もなく、女性相手なので人が居ない方が都合がいい。

バルトスの時とは違い、今回カイは武器を持っていなかった。アカリも同じく武器を持たないからだ。

アカリ「いつでもいいわよ。」

かなり自信ありげだ。アカリは少し腰の位置を下げた。構えとしては、あまり構えっぽくない。

カイは前のバルトスの事もあったので、本気で胸を触るつもりでいた。

アカリの服装は、露出度の高い上着。下着が見えそうなスリットが入った短いスカート。確かに、スカートが短いのは動きやすそうではあるが・・・。

『しっかし、あの格好で寒くないのか?ま、あの服装、嫌いじゃないけどな。』

カイ「行くぜ。ヒヨコちゃん。手加減なしだ。」

アカリ「当然よ!」

アカリは、ヒヨコちゃんという言葉に少しムッとしていた。


カイは軽量級のボクサーのように、ステップを踏みながらアカリの周りを、間合いを取りながら回り始めた。

『さぁ~て・・・どう行くか・・・。あいつから動いてくれた方が楽なんだが・・・そういったタイプの拳法じゃなさそうだな。』

カイはアカリの真後ろに回ってきた。

『俺が真後ろに居ても構えは変えないのか。んじゃ試してみっか!』

カイは、素早くアカリの真後ろから抱き着くように襲い掛かった。

『ん?』

簡単に抱きつき、その手は胸を触っていた。

アカリは、カイのあまりの素早さに驚き、気が動転していた。

少し時間が経ち、ようやく状況が読み込め「いやっ!」と小さな可愛い悲鳴が上がった。

『何だか、まずいことになってねぇか?』とカイが思った時、ズシっと腹に痛みが走った。

アカリ「いつまで触ってんのよぉ!」

アカリの肘鉄がカイの腹に突き刺さっていた。

カイは、どう声を掛けていいかわからなく戸惑っていると、アカリが顔を真っ赤にしたまま、少し慌て口調で言った。

アカリ「まだ調子が上がらないの!少しウオーミングアップが必要!」

よほど自信があったのだろう。この現状を認めることができなかったようだ。

アカリ「少し待って!他に相手を見つけてくるわ。」

『おいおい・・・マジか・・・。どんな拳法か気にはなるが・・・・。はぁ・・・負けず嫌いな奴だな・・・・。』

近くの兵士を無理やり引っ張ってきて、

アカリ「私を触ってみなさい!」

自分がどれだけ大胆なことを言っているか今のアカリには解っていなかった。

言われた兵士も驚いていたが、アカリの服装を見てにやりと笑い構えた。兵士は少しフェイントを入れて横から跳びかかった。

アカリに触れると思った瞬間、兵士の体は宙に舞い、一回転して地面に叩きつけられた。そして、とどめとばかに、倒れている兵士の股間を狙い肘鉄を落とした。

カイ「おい!やりすぎだ!それは!」

その声で、アカリは我に返った。カイに抱き着かれてから、我を忘れていたのである。

カイ「おい、そこはなでなでしてやる所だぞ。」

アカリ「・・・何言ってんだ。」

冷静で冷めた感じの返答だった。

カイ「あ?間違ってっか?」

少し変な間ができてしまった。

カイ「とりあえず、こいつを医務室へ運ぶぞ。」

兵士は、気は失っていなかったが動けない状態だった。カイとアカリの肩を借りて医務室へと運ばれた。


医務室でカイは思い返していた。

『あの投げ技・・・親父の技だ。昔、見たことがある。』

カイ「お前、親父からあの投げ技教えてもらったんだな。俺には教えてくれなかったぞ。」

アカリ「え!?私、お父さんからは『そんな地味な技いらない』て、息子に言われて。それから誰にも教えていない、俺のオリジナル護身術だ!なんて言ってたわよ。」

カイ「え!?・・・・そんな事言ったんだ俺・・・。俺、親父の剣にあこがれていたからな・・・。剣以外は興味なかったのかもな。」

アカリ「確かに、この技、受け身だし地味だしね。」

カイ「お前、他には何を教えてもらったんだ。」

アカリ「基本的には、『女に剣は似合わない』て言われて剣は教えてくれなかった。でも、身を守る為に体術、棒術、後はナイフやダガーの扱いは教わった。」

カイ「戦(いくさ)向きではないな。しかし、一騎打ちなら大丈夫そうだな。後は誰かと組むのがいいかもな。」

カイ「さて、お前の技量も大体わかったし、俺も砦の偵察の準備するわ。」

カイが部屋を出ようとしたとき。

アカリ「うそ・・・」

カイ「ん?」

アカリ「嘘なの。」

カイ「何がだ。」

アカリ「私、本当はディノの娘じゃないの。あなたの妹じゃないの。」

カイ「そ・・・そっか。あまり焦らすなよな。」

アカリ「私、あなたのお父さんに助けられたの。私、離れなかったの。名前も付けてもらった、それが『アカリ』。娘のように可愛がってくれたわ。そのうちに、ディノの娘なんて言われるようになったの。それが嬉しかったのよ。」

カイ「お前、俺の親父が誰にやられたか知らねえか?」

アカリ「私は、お父さん・・・いえ、ディノと戦場に出ることは殆どなかったから分からないの。でも・・・たぶん、戦での戦死じゃない。」

カイ「やっぱり誰も知らないか。」

アカリ「本当に死んだのかしら・・・・。女が遺品を持ってきたのは間違いないけど、軍の人間は誰も死を確認していない。」

カイ「まさか・・・・親父が生きている!?」

アカリ「・・・・でも、それから全く情報もないし、剣が折られているし。誰かと戦ったのは間違いないと思う。」

カイ「・・・・・やはり、死んだとみるのが正しいのか・・・。」

アカリ「・・・。」

カイ「お前、今度の偵察一緒に行くか?」

実はカイの中では、偵察メンバーはすでに決まっていた。闇の目、シーラ、そして、アイシャーに少し手伝ってもらおうと思っていた。つまり、アカリは偵察メンバーに入っていなかったのだ。しかし、彼女のディノの為に力になりたい、戦場までも一緒に居たいという気持ちがカイには痛く理解できたのだ。

『俺は、親父とは違うが、俺でよければ・・・・戦場を共にしてやるか・・・。』

アカリ「行きます!私も力になれる!」

今まで見たことのない笑顔だった。

カイ「その代わり、その服はダメだ。あまりにも目立ちすぎる。シーラに聞いて、普通の町の人のような服装にするんだ。分かったな。」

アカリは笑顔で大きくうなずいた。

カイ「俺も一度家に戻り準備をする。4日ほどは城を離れることになると思う。適当に準備して待機しておけ。」

アカリ「分かったわ、団長!」

笑顔のまま去っていった。


しばらくしてからカイは気付いた。

『し・・・しまった・・・アイシャーと馬が合いそうになかった・・・まずったな・・・。』

カイは、馬を借り家へ戻ろうとしたのだが、一つ思いついた。それを試せば、馬で家に戻る必要がない。往復の時間が短縮できるのだ。


慌てる必要もなくなり、この日は軍で用意された宿で体を休めることにした。


〈準備〉

カイは朝目覚めると、まずはシーラを訪ねることにした。

城へ行く前に、魔術師学校の前を通るので、学校でシーラを訪ねてみると、シーラが学校に居た。シーラの横には、少女の姿がありシーラが紹介してくれた。

シーラ「おはようカイさん。ちょうどよかったわ。私の横に居るのが、魔術師見習のニース。彼女が特殊部隊・・・あ、風の兵団だったわね。そのメンバーの一人よ。」

カイ「こんな少女がメンバーか!?しかも、見習?」

シーラ「そうよ!見習だけど素質があるのよ。人間だけどすでに、シルフと契約しているし、ソーサラー魔術も使えるのよ。とは言っても、私のように戦いには参加は出来ないわね。後方支援や情報伝達がメインね。」

ニース「ニ・・ニースです。よ・・・よろしくです・・・あ・・・あなたがカイさんですか。」

カイ「俺がカイだ。よろしくな。」

『少し頼りなさそうだなぁ~・・・・。大丈夫かぁ~・・・。』

カイ「そうだシーラ。頼みがあって来たんだ。」

シーラ「いったい何かしら。私に・・・告白・・かしら・・・」

少し顔を赤らめていた。

カイ「そうそう。今日はいい天気だし、ちょっと出かけて告白・・・んなぁ訳ねぇだろ。」

シーラ「そ・・そうよねぇ~。」

カイ「アイシャーに連絡を取りたいんだ。そして準備が出来たらアイシャーからの連絡が欲しいんだ。」

シーラ「アイシャーは、あの集落に居るのよね?」

カイ「そうだ。出来るだろ。」

シーラ「そうね。シルフを飛ばして数時間ってとこかしら。アイシャーならシフルの言葉も聞き取れるはず。大丈夫よ。早速ニースにやってもらいましょう。」

カイ「お!そうか。じゃ早速頼むぜ。」

シーラが立会いの下、ニースに伝言を伝えた。その内容にシーラは少し驚いた。

シーラ「そんな距離で可能なの?」

カイ「おそらく可能だ。かなり強い強制力が働いているはずだから出来るはずだ。」

シーラ「でもぉ~・・・それだけの力が働いていて可能だとしても、その力の代償となる魔力はどこから・・・・。」

カイ「ん~・・・それは・・・。ま、それも含めて、出来るか出来ないか、結果どうなるかを確かめたいんだ。それに、馬を借りて、家まであの雪道を進むのは大変だしな。」

シーラ「そうねぇ~・・・分かったわ。私も興味があるから、その時は立ち会わせてね。」

カイ「あ、それから、偵察で必要な物だが、お前でもよかったんだったな。」

シーラ「ええ。私かダン総長よ。」

カイ「シーラに頼んでもよかったこと忘れてたぜ。じゃ、ここに来たついでだ。少しだけ頼むわ。え~・・・その前に、俺以外から何か頼まれているか?」

シーラ「誰もまだ言ってきてないわよ。」

カイ「そうか。なら、馬車を頼む。」

シーラ「大きさは?」

カイ「そうだなぁ~・・・ホロ付きで・・・8人乗れるぐらいあれば十分だな。一応、二頭引きで頼むわ。あ・・馬は普通の馬でいいぜ。いい馬はいらないぜ。」

シーラ「りょ~かぁ~い。」

ニース「カ・・カイさん。えぇ~・・・シルフは昼までにはアイシャーさんの下へ着くと思う。あ、思います。ア・・アイシャーさんの準備がどれほどかかるか分かりませんが、早ければ夕方ぐらいにはシルフは戻ると思います。」

シーラ「そうね。それぐらいで思っていて。シルフが戻ったら、すぐに連絡するわ。」

カイ「そうか。分かったぜ。後は頼んだ。じゃあな。あっそうそう。今回の偵察メンバーだが、俺、闇の目、アカリ、そして、アイシャーを加えて行くことにした。シーラ達はゆっくりしていてくれ。もし連絡が取れれば、ポーカーフェイスにも、ゆっくりしていろって連絡しておいてくれ。」

シーラ「分かったわ。」

ニース「ポーカーフェイス?」


カイは、シーラやニースの力を借りることにより、集落への往復の手間が省けた。それにより、3、4日かかる所が、アイシャーの都合次第ではあるが今日の夕方には片付きそうだった。

カイは町の中をふらふらと歩き、便利そうな物を物色するのであった。


〈召喚〉

カイは風の兵団の待機所に居た。闇の目も準備が整えばここへ戻るだろうし、バルトスにも連絡を取りたかった。しかし、誰もいなかった。

しばらくソファーに腰を掛けゆっくりしていると、扉を叩く音がした。カイはシーラが来たと直感した。理由は簡単だった。扉をノックして入ってくるメンバーといえばシーラ以外に思い当たらなかったからだ。

カイの勘は当たっていた。

シーラ「カイさん、居るかしら?」

カイ「待っていたぜ。」

シーラ「意外と早くシルフは戻ったわ。ニースは少し疲れたようだったので休ませているわ。」

カイ「そうか。後で礼を言うぜ。」

しばらくの沈黙の後。

シーラ「カイ・・さん・・やるのね。」

カイ「ああ・・・。アイシャーも解っていて返事をしたはずだ。」

少しシーラは考えた・・・。

『ん~・・・・どうだろう。解っているかなぁ~・・・。』

カイ「んじゃ、始めっとすっか。」


カイは少し精神を集中し、心の中で『来い!お前の力が必要だ!』と念じた。

そしてさらに、

カイ「我が盟約に応え、ここにその力を示せ!」

そう大声で唱えた。

唱え方などどうでもいいのだ、要は気合なのだ。大きな声を出す方が、心で念じるよりも気が入るのだ。

そのカイの声に応えるように部屋の中に強い力場が生じた。カイもシーラも、その力を感じていた。

そして、それは、カイの頭上にその姿を現した。

美しく長い黒髪に、ウエストをリボンで絞ったピンクのワンピースを着た女性が空中から現れたのだ。

それは、あの集落に居たはずのアイシャーの姿であった。

アイシャー「かぁい。」

アイシャーは現れた所からカイに抱き着いた。アイシャーに抱き着かれたカイは、アイシャーを呼び出した影響か、力が入らなかった。そして、アイシャーに抱き着かれたまま、その場に倒れ込んでしまった。

カイ『あぁ~・・・。いいにおいが・・・』

カイは、アイシャーを抱きしめ返したかったのだが、その力はなかった。

カイ「う・・・動けねぇ・・・」

アイシャーは、倒れているカイを抱き起しギュッと抱きしめた。そして、シーラの視線に気が付き、顔を赤らめた。

アイシャー「あ・・・・シーラ居たのね。」

シーラ「ア・・アイシャーは大丈夫そうね。カイさんは?」

カイ「ああ・・・大丈夫だ・・・だが・・・少し休憩が必要なようだ。動けねえ・・・。」

シーラ「あの集落からフォーラの城までの距離でも呼び出せるのね。」

シーラとアイシャーはカイを抱え上げた。

シーラ「アイシャーは大丈夫そうだけど・・・・。」

アイシャー「そうね。少し疲れは感じるけど。特に変わりないわよ。」

シーラ「呼び出したカイさんの方が負担が大きいようね。距離が遠いから多くの力が必要だったみたいね。」

カイは二人の女性に抱えられていた。

シーラ「そういえば・・・・前にも、こんな風にカイさんを抱えたことがあったわね。」

アイシャー「そうそう。懐かしいわね。」

そして、疲れきったカイをソファーに寝かせた。

カイは、そのあとの事は覚えていない。精神的に疲れきり寝てしまったようだ。


シーラ「アイシャー。鳥は大丈夫なの?」

アイシャー「隣のヒゲ親父と娘のリリーに頼んできたの。最近じゃ、デブ鳥はあの集落の名物だから喜んで引き受けてくれたわ。」

アイシャー「ねぇねぇシーラ、そんなことよりも見て見て。この服どう!?」

シーラ「気に入っているようね。よく似合っていると思うわ。」

アイシャーは満面の笑みだった。

この艶やかなピンクのワンピースは、シーラからのプレゼントだった。今までおしゃれというものから縁遠かったアイシャー。このシーラからのプレゼントはとても嬉しかったのだ。シルクのように艶のあるピンクの服。ひらひらと風になびくスカート。なんだか、今まで自分になかった女らしさが一気に上がったようで嬉しかったのだ。そして、女性的な魅力もシーラに近づいたかなと思い、にやけてしまうアイシャーであった。

シーラ「ねぇ。その服でカイさんと偵察に出るの?着替えは?」

アイシャー「偵察?私、城で呼び出すから準備が出来たらシルフを戻すように聞いただけよ。遠距離で召喚のテストって聞いたわ。で、私、この服カイに見てもらいたくて着て待ってたのよ。」

シーラ「そういえば・・・・・シルフに伝えたことは、それだけだったような気がするわね。他に前もってカイさんから話はなかったの?」

アイシャー「なかったわよ。この服装じゃ具合悪そうね。」

シーラ「また剣を振るうかも知れないわよ。それに、今の季節じゃ、その服じゃ寒いでしょ。」

アイシャーは、少し右手を前に出し指を鳴らした。すると、ヴァルキリーらしい軽装姿に変わった。そして剣を抜き、

アイシャー「これでどう!?いつでも戦えるわよ。」

シーラは驚き目を丸くした。

ヴァルキリーは神に造られた存在。子供として誕生するのではなく、生まれた時からこの容姿なのだ。この体型や装備品など、神からあたえられた物は、自然界に見えない形で存在する。分解されて存在すると言った方がいいかもしれない。しかし、本人が必要としたときは、大気中から物質化され姿が現れるのだ。もちろん、自分の物としての保管が必要になる。

アイシャー「でも~・・・ひらひらツヤツヤのピンクの方が・・・・。」

シーラ「そ・・・それは、また家に戻って、カイさんと二人っきりのときにね。」

アイシャーは、明らかにテンションが下がっていた。それに気が付いたシーラは、

シーラ「明日、動きやすくて素敵な服を一緒に見に行きましょ。」

アイシャー「え!ほんとに。」

『シーラに見てもらえば間違いなさそうだわ。』

アイシャーは、知らない間にシーラに女性的な魅力、女性らしさを感じ、憧れていた。


〈服〉

次の日、シーラとアイシャーは、早速服を買いに行くこととなった。

その店は、城から近い所にあった。城の人や、城に出入りする人が利用する為、城の近くにあるようだ。

店に入ると、アイシャーはシーラそっちのけで、目に付いたヒラヒラドレスに突っ走っていた。

アイシャー「シーラ!見て見て!」

アイシャーの目は輝いていた。

シーラ「アイシャー・・・・。今日見に来たのは・・・・」

アイシャー「ねぇ。これも買っておいて。」

シーラ「これ、オーダーメイドで高いし・・・戦いで使えないものは、買えないわよ。」

アイシャー「いいわよ。私、金持ちだし、自分で買うわよ。」

そう、アイシャーは金持ちであった。王からの恩賞や、デブ鳥で少しづつではあるが儲けていたのだ。

シーラ「アイシャー、とりあえずそれは後回しにしてこっちよ。たしか、こっち。」

と奥へ入っていった。

シーラ「この辺りにあるものなら、必要経費ってやつで買ってあげるわよ。一枚だけよ

一枚ね。」

アイシャーの目には、シーラの後ろにあった一着の日本の着物に似たデザインのモノにくぎ付けだった。シーラの話は耳に入っていなかった。

つやのある白い生地で、袖、襟がピンク。そしてピンクの帯が付いていた。スカート部分は膝丈の巻きスカートのようになっていた。着ると、くノ一のように見えるだろう。

アイシャー「これ着てみたい!」

と手に取り、試着室へ走って行くのだったが、シーラの言葉はアイシャーに届いていなかった。

シーラ「アイシャー。アイシャー。それ小さすぎるわよ・・・・。あ。聞いてないわね、行っちゃったし・・・。」

アイシャーのショックは大きかったようで、それは一目瞭然であった。

アイシャー「胸が・・・胸が・・・大きすぎてあわなぁ~~~い。」

『違うでしょ・・・・サイズが小さいのよ・・・。』

そう思いながら、少し後ろにあった、同じデザインの黒い生地に赤紫の襟のモノを手渡した。

アイシャーは少し色に不満そうであった。

シーラ「黒い方が大人っぽいでしょ!色も外の活動に合ってるし。」

その言葉にアイシャーは少し『いいかも!』と思った。それほどシーラのセンスを信じているのだ。

早速、その服に着替えて店を後にするのであった。

『ちょっと目立ちすぎるかな・・・』

シーラは服選びを少し後悔したのだが、服というよりもアイシャーが目立つのだ。


この後シーラはアカリの付き添いで、この店にもう一度来るのであったが・・・。

シーラが非常に疲れたのは言うまでもない。


〈偵察〉

二頭引きのホロ付き馬車が城の前に着けられていた。

アカリはすでに馬車へ乗り込んでいた。きっと昨晩は寝れなかったのであろう。カイよりも早く来ていたようだ。そして、闇の目が頭をかきながら、ふらふらとやって来た。

闇の目「初任務だな。」

ニタニタ笑いながらカイに声をかけた。

カイ「後はアイシャーが乗れば出発だ。」

闇の目が馬車に乗り込むと、中から何か声が聞こえてきた。

闇の目「どうしたんだヒヨコぉ・・・。いつもとかなり感じの違う服装だな。」

アカリ「うっせーなモジャモジャ。」

そして、アイシャーが馬車に乗り込むと、悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきた。

アイシャー「あぎゃーーーーーぁ!」

アカリ「あーーーーーーー!」

お互い指差し合い、大声をあげていた。なんと、服が白と黒の色違いで同じデザインだった。アイシャーが欲しくて、無理やり試着した白とピンクの服をアカリが着ていたのだ。これはシーラの罠なのか?それとも、シーラは服選びで、アカリの付き添いで根負けしたのか。非常に気まずい中、馬車はカイの運転で出発して行く。


シーラとニースが小走りに城から出てきた。バルトスの姿はなかった。シーラが手を振ると、闇の目が馬車の後ろから手を振り返した。

闇の目「行って来るぜ、ボインちゃん。」

シーラ「もう!いつもああなんだから。」


闇の目が荷台に居るのが気まずいのか、カイの横へやって来た。

闇の目「女ってのは、難しい生物だな。」

カイ「ああ・・・難しいな。今回、勢いでアカリを偵察メンバーに入れたが、失敗だったなぁ・・・。何となく予感はあったんだが・・・。」

闇の目「あの髪の長い黒髪のお嬢さん(アイシャー)、かなりの手練れなのか?いい女だな。どこで見つけた。」

カイ「俺の旅のパートナーだ。頼れる戦士だぜ。お前、真っ二つに、いや、下手するとみじん切りだな。」

闇の目「ほぉ~。真っ二つとかみじん切りは御免だね。しかし、兄貴にそこまで言わせる女とはな。こら期待できそうだな。心強いぜ。しかし・・・・あの二人・・・・」

カイ「失敗したとは言ったが、遅かれ早かれ顔は合わすな。しゃーないか。」

闇の目「こらぁ面白い事になりそうだ。」

カイ「お前、この状況楽しんでるだろ。後ろ(荷台)に戻るか。」

闇の目「おらぁ~(俺は)女は好きだが、あの空気は吸えねぇな。」

荷台の中では、どす黒い空気がよどんでいるようだった。外の早春の空気とはかなり違っていた。

馬車は南へ、白い塔の村の方へ向かって行く。

カイ「馬車は楽だなぁ。あっという間に俺の村まで行けるぜ。」

歩けば十日ほどかかるのだが、馬を使えば三、四日あれば村まで行ける。

闇の目「兄貴の故郷はあそこの村か。」

カイ「そうだ。いい村だぞ。安定して食い物が取れるから、食べる事には苦労しないぞ。それと酒もな。今は・・・ナダの占領下だけどな。お前はどこ出身だ。」

闇の目「俺は、このさらに南。あの悪魔の裂け目の向うだ。」

カイ「お前の所では、あの地割れ、悪魔の裂け目って呼ぶのか。俺は小さい時から橋落としの谷って呼んでるぜ。・・・・南か・・・お前ナダ出身か?」

闇の目「そうなるな。ま、厳密にはナダの城の近くの村出身だ。」


白い塔の村から西へ進むと、このアリート大陸を分断するように大きな地割れがある。この地割れは、フォーラの町からナダの町付近まで、南北に長く走っている。ナダでは、東側、白い塔の村がある方を東ナダ、反対の山側を西ナダと呼んでいる。

この大きな地割れは東西への移動の障害となっている。白い塔の村でも何度も橋を架けたのだが数年持たない。風が強く吹くのもあるのだが、地割れの幅が年々広がっているかららしい。


アイシャーはこの三日不機嫌だった。この狭い馬車の荷台にアカリと一緒にいるからだった。もちろんアカリも不機嫌だった。時々前に来て、闇の目を押しのけて話に首を突っ込んできていた。

アイシャー「カイ。懐かしいわね。もう白い塔の村のそばよね。」

カイ「そうだな。そろそろ俺の村だな。しっかし・・・・改めて来ると・・・解ってたんだけどなぁ~・・・。」

闇の目「ん。なんだ。解ってたんだけど・・・。」

闇の目が後ろから声を発した。

カイ「おい、モジャモジャ。アイシャーに触るなよ。」

闇の目「触ってませんぜ兄貴。おらぁ~(俺は)兄貴の女に手出すほど馬鹿じゃねえぜ。」

一呼吸おいて、

闇の目「で、いったい何を悩んでるんだ。」

カイ「ああ・・・」

カイが次の言葉を発しようとしたとき。

闇の目「身を隠す所がないってことだな。違うか?」

カイ「正解だ!この先もう一日も経たない所に例の砦があるんだろ。俺の記憶が間違っていなかったら、このまま平原が続くはずだ。奇襲なんて無理だぞ。こらぁ。」

闇の目「そうだな。何もない平原だな。敵ながらいい所に砦を築きやがったよな。」

カイ「しっかしフォーラ軍もとろいよな。こんな平原で砦築いていたら丸わかりじゃね?なんで発見に遅れたんだ。」

そういいながら、約半年前の戦を思い出していた。

『あん時は、この地割れの反対側が戦場だった。あの時そんな砦の話はなかったはずだが・・・。』

カイ「魔法使でもいるんじゃないかぁ。」

カイはつぶやくように言った。

闇の目「可能性は否定できないな。」

カイ「おいおい。まじか。そうなったら。アイシャーに頑張ってもらうか。」

闇の目「ほぉう。あのお嬢さんにそんな力が。」

カイ「あるぜ。お前なんかみじん切りだからな。」

闇の目は下品に笑っていた。


カイとアイシャーは村へ寄りたいと思ったが、馬車を隠しにくい為あきらめた。そのまま砦へと向かうこととなった。


〈砦〉

日も高くなってきたころ、うっすらと砦が見えてきた。

カイ「おい、あれが砦か?誰だ嘘ついたのは。」

闇の目「いや・・・爺は『砦を超えとる』って言ってたよな。城とまで言わないが、要塞だな。」

カイたちの前に、巨大な砦が姿を現した。白いレンガ状の石を積み上げた、白い石の砦。悪魔の裂け目と呼ばれた深い谷に背を任せ、向かって右側がLの字のように突き出ていた。正面は三階建て、突き出た右側は二階建てでまだ建設中のようだった。


平原が続く為、かなり離れた所で馬車を止め、姿勢を低くして砦へ近づいて行く。

カイ「おいおい、俺の初仕事いきなり失敗のにおいプンプンだぜ。」

闇の目「お!さすが連敗王。」

アイシャー「連敗王だしね。」

アイシャーと闇の目の声と意見が被った。アイシャーは、こんな下品な奴と同じことを考えていたと、少しショックだった。


少し小高い丘の後ろに四人は身を隠した。

闇の目「こんな小さなコブ(丘)ぐらいしか身を隠す所がねぇぜ。四人並ぶと狭いな。」

アカリ「モジャ。臭いぞ!」

闇の目「うっせぇなぁ。お前も大人になったら、この男の匂いが解るようになるんだぜ。まだまだヒヨコだな。」

アカリ「子供扱いするな。ディノやカイはお前みたいに臭くないぞ。」

そう言うと、闇の目は笑いながら服をパタパタさせて、アカリの方へ風を送っていた。

カイ「しっかし、でかいぞ・・・こらぁ。正面からの突破はきついな。おそらくあの形、正面から攻めれば、正面、そして横から矢の嵐だぜ。」

闇の目「そして後ろは断崖絶壁の悪魔の裂け目だ。」

カイ「くっそ~。これ以上近づけねぇのか。」

砦までまだ200メートル以上はある。

カイ「上手くいけば、身を隠しながら砦内へ入れると思ったんだがなぁ~・・・。」

闇の目「ヒヨコちゃんにエッチな服着せて、潜入させればいいんじゃねかぁ~。」

アカリは殴ってやろうと思い闇の目の方を見た。

アカリ「おい、お前、なにやってんだ?」

皆が闇の目に注目した。闇の目は、筒状の物を目に当て何かをしていた。

闇の目「兄貴。謎が解けましたぜ。」

闇の目が腰袋から四角い丈夫そうな箱に入った物を取り出した。そして箱を開け、中から同じような筒状の物を取り出し、カイに渡した。

カイ「なんだこれは?」

闇の目「そっちの小さい穴の方から覗いてみな。よく見えるぜ。」

カイは理解できないまま、その筒を覗き込んだ。

そして思わず大声を出してしまった。

カイ「おい!どうなってんだこらぁ。」

闇の目「兄貴。声がでかいぜ。こらぁ遠見の筒っていってな。魔法じゃないんだ。どこぞの錬金術師が作ったらしくてな。この大陸の西の方では航海の必需品らしいぜ。」

そう、それは望遠鏡だった。

アイシャー「カイカイ。何なの、見せて見せて。」

カイはその声を無視するように、じっくりと覗き込んでいた。

カイ「なあ闇の目。これどうやって手に入れたんだ。フォーラの西へ行ったことあるってことか?」

闇の目「西へは二度ほど行ったことあるぜ。エルフの森と北の森の間は通りにくいが、俺は余裕だぜ。いや、余裕だったぜ。が正しいかぁ。今はそれほど苦労せずに通れるからな。だが・・これは、西で買ったんじゃねえ。一つは偶然、難破船の中で見つけた。もう一つは、キャラバンから買った。」

カイ「いくらだったんだ?」

闇の目「確か・・・金貨五枚。」

カイ「お、お前金持ちだな。フォーラじゃ半年ぐらい軍に居てももらえない金額だ。こらぁ経費でないぞ。」

カイの声は驚きで少し裏返っていた。

闇の目「ま、自腹でいいが、出ればラッキーだな。」

カイ「ダン爺に覗きでもさせて説得すっか。美女の着替えでも見えたら、経費でおちるだろ。」

闇の目「なかなかいい考えだが、もう色事は卒業じゃないか?」

カイ「いや、昔からあっちの方もバリバリだったらしいが、今でも夜の街に消えていくそうだぜ。現役だぜ。」

男同士の話に、アカリは二人を不潔な目で見ていた。


〈砦の秘密〉

カイ「なぁ~るふぉどぉ~・・・。大体解ったぜ。単純な作業はあいつらにさせているわけか。」

闇の目「そういうこったぁ。あいつらなら疲れないし眠らないからな。そら半年もあればこれぐらい造れるわな。」

カイはアイシャーに遠見の筒を渡した。

カイ「なあ。殴り込んだら、あいつらとも戦わないといけないよな。」

カイは仰向けに寝転び、腕を枕にしていた。

闇の目「そうだな。間違いないだろう。」

カイ「みんな躊躇なく戦えるか?」

闇の目「ま、大丈夫だろ。戦は乱戦。鎧を着ていれば骸骨(スケルトン)だろうが人であろうが見分けは付きにくいだろう。」

そう、砦を造る為に働かされていたのは、人間ではなく骸骨だった。

また、よく見ると、壁の上には敵襲に備えて弓矢を持った骸骨も確認できた。

カイ「あいつらの動きは単純だが、恐怖を感じねえからな、命令通り突っ込んで来るのが厄介だな。」

闇の目「そうだな。屍人(しびと)が相手ってのも嫌だが、恐怖を感じない相手ほど怖いもんはねぇな。」

カイ「なあ。あの正面に居るでかいのなんだと思う。置物じゃないよな。」

闇の目「あらぁ絶対動き出しますぜ兄貴。それから・・・あのハゲ二匹は・・・オーガかトロールだな。」

カイ「あのハゲには仮がる。あのハンマー痛かったぜ。」

アイシャーは口が空いたまま遠見の筒を覗き込んでいた。

アイシャー「カイ。今の話だけど。あの入り口に居る大きな鎧は多分・・・・ゴーレム。アイアンゴーレム・・・・じゃないみたいね。中身、肉体が少し見えるわ・・・。てことは・・・・フレッシュ・・・かしら。あんなアンバランスな体型をした人間いないから・・・。」

巨人が鎧を着ているとも考えられるが、確かにアイシャーの言う通り体型がアンバランスだ。やけに上半身がでかく、下半身、特に足が短く見える。それに人間や巨人なら疲れればある程度体は動くはずなのだが、この鎧は、直立不動で置物のようにまったく動きがない。

カイ「フレッシュ?」

アイシャー「死体を集めて作られた人形。フレッシュゴーレムよ。それに砦を守れ!て命令しているのよ。」

闇の目「じょーちゃん(お嬢ちゃん)スゲーな。確かに置物のようだしな。」

カイ「死体・・・。フレッシュじゃねぇじゃねぇーか・・・・。なんだか嫌な予感がしてきたぞ。これって動かしている魔法使いとかいるんじゃ・・・・。」

カイは寝転びながら続けた。

カイ「あのでかい鎧が四体とハゲ二匹。これを真正面から相手すると・・・・厳しいな。最前線が苦戦すると、少し後ろの部隊は足止め食らうから・・・矢の嵐でやばいな。」

アイシャー「あの鎧やトロールは何とかおびき出して、私たちが相手できないかしら。」

闇の目「ん~・・・。それが正解だな。例え騎馬で突撃するにしても、あれを普通の兵士が見たらビビっちまうな。それだけで、こっちは不利だ。」

カイ「しっかしこの地形・・・。騎馬隊をここまで気付かれずに進軍出来るか?問題山積みだぜ。」

闇の目「ん~・・・。今考えても解決出来ないこともある。中に入れば何か見つけられるかもな。」

カイ「お前、いいこと言うが、やる気なのか?」

皆が闇の目の方を向いていた。

闇の目「お!あまり見つめないでくれよ。ようやく俺の魅力に気が付いたかぁ~。」

アカリ「少しいいこと言ったと思ったのに、やっぱりモジャモジャね!」

闇の目「おい。モジャモジャは関係ねぇ~~~だろ!」

アイシャーは熱心に遠見の筒を覗き込んでいた。そして、あることに気づいた。

アイシャー「あっ・・・ああ・・・・。うそ!」


〈陰の呪術師〉

アイシャーの目には一つの影が映っていた。それは見間違うことのない、アイシャーを串刺しにしようとした、あの、黒装束の男。仮面の男であった。アイシャーは恐怖のあまり、声を出し立ち上がってしまった。

闇の目「じょーちゃんどうした!」

カイ「どうしたんだ。アイシャー。」

そして、手に持っていた遠見の筒を落としてしまった。

闇の目は慌てて遠見の筒をキャッチした。

闇の目「ふぅ~やばかった。これ高いんだぜ。」

カイ「アイシャー。アイシャー。座れ。」

アイシャーはカイの声を聞きかがみこんだが、震えていた。

アカリは声を出さなかったが、このアイシャーの状況を見て、何か恐ろしいものを見たのだと察した。

カイ「どうした!何が見えた!?」

アイシャーは震えながら答えた。

アイシャー「カイ・・・・。あいつよ・・・・。あいつが居たの。間違いないわ。黒い男。あのネクロマンサー(屍人使い)よ!」

カイは慌てて遠見の筒を覗き込んだ。

カイ「どこだ~っ!」

アイシャー「正面・・・。入り口付近よ。」

カイ「嫌な予感はしたが・・・・。よりにもよって、あいつとは・・・。ただの魔法使いじゃねぇ・・・・。」

アカリは、闇の目から奪い取った遠見の筒を除いていた。

アカリ「あいつが、この砦の長(おさ)か!?」

闇の目「お~い。ヒヨコ・・・。返せよぉ。」

カイ「長かどうかは微妙だな。だが、屍人は全部あいつが操っていると考えて正解のはずだ。」

闇の目「なら、入り口のでかい鎧も無視して、あいつを殺ればいいって訳だ。」

アイシャー「上手く・・・いくかしら。あいつ卑怯者だから、簡単には・・・」

アイシャーは暑くもないのに、汗がにじみ出ていた。

闇の目「任せろ!俺は卑怯さなら負けねぇぜ!」

闇の目のその顔は真面目だった。笑っていなかった。

カイ「しかし・・・・あいつは俺がぶち殺したはず・・・・。どうなってんだ!」

カイの言葉は荒々しかった。

闇の目「どうしたんだ。お嬢ちゃんもあんなだし、兄貴まで。」

カイは拳を強く握っていた。

カイ「あいつは、アイシャーを殺そうとした。それだけじゃない。卑怯な方法でボルツを殺った奴だ。セルジオまで。」

闇の目「なに!ボルの旦那を殺った奴なのか!」

アカリ「ボルツ団長を・・・殺った・・・」

アカリはカイの方を向いていた。カイはアカリが何を言いたいかすぐに察した。

カイ「かまわないぜ。多分、俺たちの誰かが相手することになると思うぜ。だが、突っ込むのはダメだ。無理せず行けるときだ。」

アカリは何も言わずうなずいた。

カイ「アカリ。お前をこの戦場へ連れてくるつもりだが・・・。一つ忠告しておく。これは一対一の戦いじゃない。だから、関節技や自分が倒れる技はダメだ。それから、相手は屍人、スケルトンが多い。半分ぐらいは人間だと思うが、切る武器はダメだ。スケルトンには効果が薄い。打撃武器がいい。棍(こん:こん棒)お前使えるだろ?」

アカリ「ええ。棍は得意よ。」

カイ「お前の身軽さと棍なら、問題ないと思うぜ。」

カイはアイシャーの方を見て「俺達は強敵に当たる。」と声を掛けようと思ったのだが、何か様子がおかしかった。

カイ「どうしたんだ・・・アイシャー・・・・大丈夫・・・か?」

アイシャー「カイ・・・・なんだか手が震えてるの。胸がぐーっとして、息が・・・・。体もスッと動かない・・・」

顔色が悪かった。どうやら、黒装束の男を見て、気分が悪くなったようだ。

アイシャーは、今までこのような体調変化は感じたことがなかった。その為、上手く口に出して伝えることが出来なかったのだ。

カイはアイシャーを馬車まで送り、少し横になるように声を掛けた。

カイ「アイシャー。少し横になっていろ。体が楽になるはずだ。もう少しすれば飯の時間だ。飯を食えば震えも止まるはずだ。」

アイシャーは少し笑顔になった。

カイ「俺はまだやることがあるから、すまないな。待っていてくれ。」

馬車から離れ、砦の様子を見に戻った。


カイ達はしばらく様子をうかがっていた。そして、日が傾きだした。

カイ「同じ骸骨か分からねぇが、やっぱりあいつら休みなしだな。」

闇の目「だな。」

カイ「人間はどれぐらいいるんだ・・・・。」

闇の目「表で動いている奴は骸骨ばかりだな。だが、入り口付近で出入りしている人間はいるな。」

しばらく入り口付近を注視していると、アカリが声を上げた。

アカリ「馬車が来た。」

カイは遠見の筒から目を放して砦を見た。東の方から馬車が砦にやって来たのだ。荷台には六本ほど樽が乗っていた。

カイ「あ!あの服装と樽は・・・・酒だ。村から酒を運んで来たんだ。」

カイは、その黒服に白エプロンのメイド服のような服装に見覚えがあった。

闇の目「兄貴、間違いなければこらぁ使えますぜ。」

カイ「突破口になるかは微妙だが、とりあえず潜入は出来そうだな。」

カイは馬車へ戻り、馬車馬の一頭に馬装(ばそう)を始めた。

そして、アイシャーの様子を伺った。

カイ「眠っているようだな。少し行ってくるわ。」

薄暗くなるころ、村の入り口付近へ先回りし、樽を積んだ馬車の帰りを待つことにした。馬車が砦に入ってかなりの時間が経過した。馬車が再び動き出すころには、暗くなっていた。


残された闇の目とアカリは・・・・。

アカリ「最悪・・・。なんでモジャモジャと二人だけなの。最悪。ホント最悪!」

闇の目「俺も、お前みたいな『おこちゃま』相手なんて嫌だぜ!やっぱり女は大人の女だぜ。」

アカリ「また子ども扱いかよ。」

闇の目「その喋り方も色気がねぇえんだよ。服装だけじゃ大人になれねぇぜ。オッパイもシーラぐらいないとな!」

アカリ「うっせぇーな。エロモジャ!くせぇんだよお前!体も口も。」

闇の目「なぁ~~~~に話をすり替えてんだよ。オッパイだよ。お・つ・ぱ・い!」

闇の目は、自分の胸の前に、手で大きな胸を表現していたが、それは暗くてアカリには見えていなかった。

アカリ「ふっ。やっぱりそんな程度の低い事しか言えないのかよ。どこが大人だモジャモジャ!お前の方が子供だろ。」

闇の目「よぉ~~~~し。んじゃ見せてやるぜ。俺が大人だって証拠を。見て驚くなよ。俺のはでかいぜ!」

アカリ「ぶぁかぁ(ばか)。何ズボン下げてんだよ。寄って来るなぁ~・・・」

アカリの悲鳴が暗闇の中に響いた。

今日のところは闇の目の勝ちだろうか?


カイは村の入り口付近で樽を積んだ馬車が帰って来るのを待っていた。

馬車が帰って来たのを確認すると、すぐに砦へと戻った。

『やっぱり、村から酒を運んでいたな。こらぁ潜入は上手く出来そうだ。』

馬車へ戻り、皆で食事をとることにした。

アイシャーはまだ本調子ではなかった。大好きな食事もあまり進んでいなかった。

カイ「アイシャー・・・・。どうだ?」

アイシャー「嫌な・・・夢ってやつを見たわ・・・・。アイツの・・・アイツの・・・。杖が刺してくるの・・・。そして目が覚めたわ。」

カイ「そ・・・そうか・・・。」

カイは、アイシャーになんと声を掛ければいいか分からなかった。

闇の目「お嬢ちゃんよぉ。よっぽど怖い目に合ったんだな。だが・・・・きっと乗り越えられるはずだ。気を落ち着けろ。大丈夫。大丈夫だ。自分に言い聞かせろ。」

それは、アイシャーに言うだけでなく、自分にも言い聞かせていたように見えた。

アカリ「なに偉そうに言ってんだよ。カッコつけてんじゃねぇーよ。」

と、アカリは突っ込んだのだが、なにか普段と違う闇の目に気が付いていた。

『このモジャモジャにも、過去に何かあったのか?』

だが、すぐに普段の闇の目に戻り。

闇の目「あぁ~~~~ん。お前、解ってないなぁ~。これがカッコつけてるように見えるかぁ~。」

アカリ「あ~~~~。飯が不味くなる。掛ける言葉もくせぇし、頭も体も臭せぇ。」

少しの間、二人の罵(ののし)り合いは続いた。


食後、闇の目は寝ずの番を買って出た。


〈協力者〉

心地よい朝を迎えた。

闇の目「暗くてよく分からないところもあったが、特に変わったこともなく、相変わらず、骸骨たちは休みなしに砦を造っていたぜ。」

大きなあくびをしながらそう言った。

カイ「そうか。ご苦労だった。寝るか?」

闇の目は、あくびをこらえるような顔をしながら。

闇の目「そうだな、馬車の中で寝させてもらうわ。何かあったら・・・・起こしてくれ。」


時間は流れ、日が真上に登った。

アイシャー「かぁ~ぃ~。暇ねぇ~・・・何にも変わらないわよ。」

かなり調子は戻っているようだった。

特に砦に変化はない。相変わらず、骸骨達は単純作業を続けている。

そして、闇の目が起きてきた。

闇の目「結構寝れたぜ。どうだ。何かあったか?」

カイ「いや・・・何も・・・。」

立ち上がり馬車の方へ歩き出した。

カイ「アカリ。ちょっと来てくれ。今、お前にしか出来ないことがある。」

馬車の中に入り、カイはペンを取り出し、何かを書き始めた。

アカリ「すごい。カイ団長。字が書けるんだ!」

カイは、幼馴染のレミと共に教会で文字を学んだ。教えてくれたのはレミの婆さんのライラ。神事をレミに託す為に、文字の読み書きは必要だったのだ。いつも横で、一緒に勉強させられて怒られていたカイだったが、今、それが役立っていた。

書き終えると、それをアカリに渡しこう言った。

カイ「これを村の中心にある教会へ持って行くんだ。教会にはレミっていう女性がいるはずだ。その女にこの手紙を渡してくれ。」

アカリ「分かった。」

カイ「すまないな。俺は、ナダの兵の多くに、顔を知られているんでな。手紙の内容は、簡単に言うと、酒を届ける人を代わってほしい。そして、砦へ潜入し情報を得たい。という内容だ。」

アカリは喜んでいた。

『私も力になれる。』


カイは、馬車から一頭馬を放し、馬装し飛び乗った。

そして、手を差し出し、「後ろに乗れ。」と、引っ張り上げた。

もちろん鞍は一人乗り。かなり無理やりの二人乗りだ。

アカリはカイに後ろから抱き着いた。なんだか懐かしい匂いがした。それはきっとカイの父、ディノの匂いを思い出したのであろう。アカリは幸せな気分だった。そして、暖かかった。


村の近くでカイは馬を止めた。

カイ「悪いが、送るのはここまでだ。これ以上近づくと面倒だ。アカリ、村の人はナダをよく思ってねぇはずだ。だから協力してくれるはずだ。間違ってナダの女兵士とかに、俺の名前を出したり、その手紙を渡すなよ。レミには『ばばあの名前は、ライラ』と言えば・・・いや『湖、真っ二つ』にしよう。それで分かると思う。それで分かんなければレミじゃねぇ。」

アカリ「分かった。『ミズウミマップタツ』ね。」

カイ「村ん中は敵兵が多い。危険を感じたら無理せず逃げるんだぞ。」

アカリは強くうなずいた。

カイ「俺は、村外れの神木付近で待っている。村の東に湖があって、その南に大木がある。それが神木だ。アカリ頼んだぜ。」

カイは、神木のトレントが居た場所へ向かった。


アカリは、村の様子を見ながら、中心へ向かった。教会は一目でわかった。

扉を叩き、中へ入った。

アカリ「今晩は。失礼します。」

すぐに奥から声が帰って来た。

女の声「はぁ~い。どういった御用でしょうか。」

スレンダーな綺麗な女性が姿を現した。

『この人がレミさんかしら。』

アカリ「すみません。あなたがレミさん?」

スレンダーな女性「私がレミです。あなたは?」

『見たことのない女性(ひと)ね。どこから来たのかしら?』

アカリ「少し聞きたいことがあります。『ミズウミマップタツ』解るかしら?」

レミ「まっぷたつ?・・・・あぁ!湖が二つに割れたのね!」

レミはアカリの両手を掴み嬉しそうに笑った。

レミ「カイね!カイは生きているのね。」

レミは、湖から山を越えたカイ達のその後を知らない。無事を願いどれほど祈ったことか。

気が付くとレミの頬を流れる一筋の涙があった。

アカリ「レミ・・・さん。なぜ泣いているんですか。」

レミ「あなた・・・カイを知っているのね。」

アカリは、この人がカイの言っていたレミであることを確信した。

アカリ「私は、カイに頼まれて手紙を持ってきたの。」

アカリは懐からその手紙を、レミに手渡した。

レミ「私・・・私、なんで涙なんか・・・・。手紙がよく見えないわ。」

その顔はとても嬉しそうだった。

レミはアカリに少し待つように言い、奥へ入って行った。

そしてお茶を用意し、テーブルに並べた。

レミ「ごめんなさい。こちらへどうぞ。」

アカリとレミはお茶を飲んだ。レミも少し落ち着いたようだ。

レミ「相変わらず、汚い字ね。・・・内容は解ったわ。」

そう言うと、その手紙をロウソクの火に近づけ燃やしてしまった。

アカリ「あ!」

レミ「いいのよ。これ落として見られたらまずいでしょ。」

アカリはうなずいた。

レミ「あの配達、結構うるさいのよ。必ず女一人で来いって。つまり、男を入れないように用心してるって訳よ。樽は入り口で全部検査があるわ。一応、樽を下ろすときは、下心丸出しの男たちが手伝ってくれるらしいわ。ちなみに、若い子じゃないと苦情が来て金を払わないなんて言い出すのよ。はぁ・・・・。」

アカリ「男どもに人気のある女性かぁ~・・・。」

アカリはすぐに思いつく女性がいた。

『シーラが適任かなぁ~・・・。私は・・・どうかなぁ・・・』

アカリ「急に配達の女性を変更出来るの?」

レミ「ん~・・・。私はそのあたりは詳しく分からないわ。聴きに行ってみましょうか。」

アカリ「あ・・ありがとう。お願いします。」

レミは早速教会の外へ出て、酒の配送所へアカリを案内した。


レミは、配送係のサーシャを紹介してくれた。

サーシャ「今、レミから大体のことは聞いたわ。あなたが行くの?」

アカリ「私じゃ無理ですか?」

サーシャ「ごめんなさい。気を悪くしないでね。すごく微妙だと思う。」

アカリは非常にショックだった。何と答えていいか分からなかった。

サーシャ「以前は、配達員もっと居たのよ。でも、あの兵士たち凄くうるさくて・・・結局私だけが残ったの。時々触られたりするけど我慢できる。」

アカリ「・・・むりぃ・・・・。腕を折る。」

サーシャは笑っていた。

サーシャ「アカリさんには無理そうね。とりあえず、明日も行くから、話はしてみるわ。新人が来るから、慣れるまで二人で来させてって。だから、適任な人探しといてね。ホントのこと言うと、やめたいわ。ずっと代わってほしいけどね。」

アカリ「上手くいけば、もうそんな配達もなくなるわ。」

サーシャ「そ・・・そうね!上手くやりましょ!」

サーシャは満面の笑みだった。


アカリはカイに言われた通り湖の南を目指した。大きな神木がうっすらと見えてくると、ランタンの明かりを消した。月明かりに湖と神木が照らされ、その横に人影があった。

アカリの後ろから、その人影に駆け寄る人影があった。

レミ「カイ・・・。無事だったのね。」

カイ「おぅ。顔を見せるのが遅くなっちまったなぁ。生きて帰って来たぜ。昔のような、のんびりした村に戻してやるぜ。待ってろ、少しの辛抱だ。レミ!」

レミは、そんな真剣な雰囲気のカイを見たことがなかった。『きっとやってくれる』そう強く思った。

レミ「ナダの兵士達に知られるといけないから、私と、お酒の配達のサーシャ以外は、今日のことは内緒にしておくわ。でも、みんな、待っているわ。」

カイ「長くは待たせないぜ。」

カイは、アカリを馬に乗せ去って行った。


カイ達は次の朝、フォーラ城へ戻るのであった。


〈報告〉

城に戻ると何やら大きな部品が並べられていた。その横で、大きな胸をさらに張り出し、腰に手を当てて、少し怒り気味なシーラが立っていた。

シーラ「だぁ~れ!?こんな物を頼んだのは!」

どうやら、並べられている物は、風の兵団の誰かが頼んだ物のようだ。

闇の目がにやりと笑った。

闇の目「俺だよ。ボインちゃん。」

シーラ「何となくそうだと思ったわ。カイさんなら、必ず購入する前に声を掛けると思ったし、他にこんな物頼みそうな人いないし。」

闇の目「こいつは絶対必要なんだよ。」

それは、攻城戦用の大型の弓、バリスタであった。

今、怒られた闇の目であったが、シーラに何かを頼んでいた。

シーラ「もう。今、怒られたところでしょ。解ってるの!」

闇の目「怒った顔もかわいいねぇ~。誰かと違って。」

アカリはその声にムッとした。

アイシャー「ねぇカイ。あいつやっぱりおかしいわよ。」

カイ「もっと早く気づけよ。」


そして、待機所に全員集まった。


カイは見て来たことを皆に伝えた。

砦が要塞の規模であること。平原が続き、隠れるところがない事。スケルトンが多く居る事。正面入り口の大きな鎧兵、そして、頭のハゲた巨人が居る事。黒装束のネクロマンサーらしき呪術師が居る事。

それを聞いていたダン総長は、少し広くなった額に手を当て下を向いていた。

ダン「こりゃ・・・・シワが増えるわ。」

闇の目「毛も抜けるだろ。」

ダンは、額から髪の生え際へと手をやり、なでるように触り、闇の目をちらりと見た。

カイ「このままだと、正直、戦いにならない。最低、兵6千ぐらいは必要になる。」

ダン「そんなに出せないな。西側の兵力が薄くなってしまう。」

カイ「でだ。砦内部に誰か潜入させて、内部の構造や情報を得ようと思う。それを基に工作や戦術を練りたい。」

ダン「で、誰をどうやって忍び込ます。」

バルトスはいつもの場所で目をつぶって座っている。聴いているのかいないのか。それとも寝ているのか。

カイ「俺とアカリの意見は一致したんだ。シーラが適任だと思う。」

アカリ「私もそう思ったの・・・。」

シーラ「えぇ~・・・。私!私一人!?」

シーラはその丸く大きな目を、さらに大きく見開いて驚いた。

カイ「シーラなら、何かあってもそれなりに戦えるし、シルフで連絡が取れる。頭もいい。それから、男が気を許す。」

闇の目はニヤッと笑った。アカリは闇の目を睨んだ。

シーラ「・・・・潜入・・・」

カイ「村から酒を配達している。その配達をシーラにやってもらいたい。おそらくそれで砦に入れる。それだけのことだ。」

シーラは少しほっとした。砦の中で色々とする必要があるのか?っと難しく考えていたのだ。

闇の目「俺も、違う方法で入るぜ。ボインちゃん。安心しな。」

カイ「お前、やるのか?」

闇の目「ああ。この後、砦の裏から偵察して決めるぜ。」

カイ「そうか、砦の裏まで付き合うぜ。シーラ、上手く入ったら、兵の動きや内部の部屋、階段、通路そういった所をしっかり見ておいてくれ。」

シーラ「はぁ・・・。やってみるわ。」

カイ「そんなに心配するな。基本的には、酒を運んでもらうだけだ。ただ・・・・。」

シーラ「ただ・・・・何?何なの・・・。あまり脅かさないで・・・。」

カイ「二、三週間は配達の必要があると思う。」

シーラ「そ・・・そんなに・・・」

カイ「それぐらいの期間行かないと、内部は見えてこない。兵たちも気を許さない。」

シーラ「そ・・・・そうね。それは確かね。何日か行かないと、分からないわね。」

カイ「兵が気を許せば、中で動きやすくなる。ちょっとした工作もできるだろ。早速で悪いが、シーラ。準備ができ次第、俺の村のサーシャって名前の酒を配達している女に合って、一緒に砦に酒を運んでもらいたい。」

シーラ「やっぱり、仕掛けは設置するのね・・・。はぁ・・・分かったわ・・・・」

シーラは、砦から村に戻ると毎日シルフを飛ばし、ニースがその連絡を受ける。そして、ニースがダンやカイに報告することになった。


それから二日後にシーラは白い塔の村へ向かった。そして、カイと闇の目、アイシャーとアカリの四人は砦の裏へ馬車で向かうことになった。


〈作戦〉

ホロ付き馬車に、まだ組み立てていないバリスタ(攻城戦用大弓)をバラバラに積み、上からワラで隠した。

カイはアイシャーに馬車を運転するように頼んだ。カイと闇の目が荷台に乗るとアカリはアイシャーの横へ座った。カイは『性格が合わないと思ったんだが・・・』と驚いた。

カイ「アイシャー。地割れがあっただろ。前の偵察の反対側、え~・・・地割の西側を地割れに沿って南下してくれ。」

アイシャー「はっ!了解です!」

そう言い、敬礼して見せた。

カイ「なんだ、その返事は。」

アイシャー「兵達はみんなこうやってたわよ。」

闇の目「そうだな。やっぱり俺たちゃはみだしもんだ。なんせ、あの総長ですら、ダン総長なんて呼ばねぇからな。」

カイ「爺だ・・・ダメなメンバーだな。」

闇の目「でも、爺は解っていてこの部隊を作ったんだろ。俺達を活かすために。」

カイ「ああ。なかなかいい男だぜ。多くの兵から愛されてる。だから今、総長なんだ。」

闇の目「そうだな。少し違う所で生まれていたら、王になってたんじゃねぇ。」

カイ「そうだなぁ・・・・。総長どころじゃなかったかもな。」

アイシャーは後ろの二人の話を聞きながら、人というものを、もう少し深く理解できた気がした。

人は弱い生き物。だが暖かく助け合うことで強くなれる。くだらない下等な生物「人間」。そう思っていた生物は、アイシャーが思っていた生物とは違っていた。

カイと契約し、人のように生活する今、その今がとても好きで楽しく、尊(とうと)いものだと感じ始めていた。この「一瞬」が「生きる」と言う事だと。


アイシャーに馬車を運転させたのには訳があった。それは、闇の目の考えていることを、カイは教えてもらおうと思ったからだ。

カイ「あなぁ、闇の目、お前、すでに何か考えてる・・・いや、いい方法思いついてるだろ。」

闇の目「そうだなぁ~・・・。こういった事は、俺、慣れてるからな。ただ、戦(いくさ)ってのは専門外だ。だが、かなり効果はあるはずだ。」

カイ「で、どうするんだ。」

闇の目「偵察から城に戻ったとき、シーラとちょっといちゃついてたろ。怒ってたけど。」

カイ「何か必要な物、頼んだんだろ?」

闇の目「ああ・・・。ちょっと手に入りにくい物でな。手に入りにくいから高い。」

カイ「それで、さらに怒られたんだな。で、物はなんだ。」

闇の目「火薬だ。黒色火薬っていうやつで、爆発力がすごい。」

カイ「爆発・・・ドッカァーーーーンってやつか!で、どう使う。」

闇の目「この火薬がたっぷり入った樽を、酒樽と一緒に上手く砦にセットできればどうだ。」

カイ「と言う事は・・・シーラが爆発樽を持ち込んで。そして、お前が爆発させるのか?」

闇の目「そうだな。それが無難だな。俺は一度潜入したら、一か月ぐらい見つからずに隠れて過ごせる自信はある。そして、その爆発のタイミングで進軍させればいい。おそらく砦内はパニックだ。ただし・・・。」

カイ「ただし。骸骨や入り口の鎧はパニックにならない!」

闇の目「そうだ。それが厄介なところだ。だが、効果はかなりあるはずだ。」

カイ「樽は上手く持ち込めるか?」

闇の目「検査されるようだが、樽の口付近だけ酒が入っている樽を作ってもらう。少しの酒以外はたっぷり火薬だ。もちろん樽の重さは上手く調整する。」

カイ「完成したら、真夜中、村に持ち込むかぁ~・・・。」

闇の目「後はタイミングを計り、シーラがその樽を搬入設置だな。」

カイ「上手くいくかな・・・。」

闇の目「さぁ~~~~てね。こればかりはやってみないと。」

カイ「ちょっとシーラには荷が重かったかな・・・・。」

闇の目「大丈夫だ、最悪、俺がカバーする。」

カイ「お前、その為に入るのか?」

闇の目「いや、シーラを助けるのも少しあるが、俺は俺で内部を探るのがメインだ。」

カイ「お前・・・・シーラのこと・・・好きなのか?」

闇の目「あぁ。嫌いじゃないぜ。ボインだし。」

カイ「お前、シーラじゃなくて、ボインなら誰でもいいのか。」

闇の目「いや、ボインだけじゃだめだぜ。」

カイ「そうか。・・・ま、やり方は任せるぜ。今のところお前の案はいいと思う。俺たちは風の兵団、それぞれの風を吹かせて、周りを動かし、目的を果たそう。」

闇の目「ああ。黒い風を吹かせてやるよ。」

カイ「帰ったら、じぃ・・・いや、ダン総長にこの作戦を報告しておくぜ。」

アカリはこの話を聞きながら、闇の目を少し見直していた。

『ただの変態じゃなかったんだ・・・。』


〈砦の裏〉

三日目。

カイ「俺、実をいうと、こっちには来たくなかったんだ。」

闇の目「なぜだ。兄貴。」

カイ「見ろよ・・・・。まだ死体が残ってる。」

それを聞いていたアカリも周りをキョロキョロと見まわしていた。

『私、生き残れるかしら・・・・。あんな姿に・・・なりたくない。』

アイシャーにしてみれば、戦場や死体は見慣れたものであった。

闇の目「そ・・・そうか。半年前の戦は、ここだったな。」

アイシャー「そうね。カイが死にかけた所ね。」

カイ「おっ。アイシャー聞こえていたか。・・・そうだ、死にかけた所だ。久々に雇われだが戦に出て、やっぱり負けた嫌な場所だ。」

闇の目「死神・・・ですかぁ兄貴。取り付かれているんですかね。だったら、俺もやばいかもな。」

闇の目は冗談っぽく笑っていた。

アイシャー「なに言ってるの闇の目・・さん。」

少し「さん」付けで呼ぶのに抵抗を感じたアイシャーだった。

アイシャー「今は、私が取り付いているのよ。勝利の女神よ。」

カイ「そうだな、ここでアイシャーと出会ったんだったな。お前の可愛いお尻が俺を助けたんだ。」

闇の目「兄貴、何なんですそれ。エロい話ですか。」

アイシャー「闇の目・さんって・・・。」

カイ「アイシャー。それ以上言わなくていいぜ。闇の目!女性がいるときは少しは気を遣え。」

アカリも後ろを振り返り、軽蔑の眼差しで見ていた。

闇の目「お嬢ちゃん。すまないな。俺、そういった気遣いが出来ない男なんだ。」

アイシャー「解ってるわよ。」

カイ「自分でさらっと言うなよ。」

闇の目「ここでってことは、お嬢ちゃん。半年前の戦に参戦してたのか?そういう事だろ。スゲーな。戦で女はなかなか見ねぇし、生き残ったってことだ。」

アイシャー「・・・・」

『ん~・・・どうしよう・・・無言でスルー・・・かしら。』

カイ「ま、そういうことだ。彼女のすごさが分かっただろ。つえ~ぜ(強いぜ)。」

闇の目「なるほど。で、戦場でその強いお嬢ちゃんのお尻を見てたら、ハゲに殴られたわけだ。」

カイ「そんなところだ。」

闇の目「兄貴も、女のお尻には弱いってわけだな。」

『下品なヤツめ。さっきから聞いてりゃ、私は「ヒヨコ」なのに、アイシャーは「お嬢ちゃん」。何が違うってんだ。』


出発して四日、地割れの西側、砦の真裏に到着した。

カイ「アイシャー。馬車を森に隠すぞ。あまり森の奥には入るな。やばい奴らが居るからな。」

アイシャー「りょ~かぁ~い。ところで、やばい奴って?」

闇の目「エルフの事だろ。」

カイ「ああ・・・」

アカリ「え!エルフがやばいの!?」

闇の目「人のことをよく思ってない奴も多いからな。だから、皆この森を避けて通るんだ。」

カイ「だから、前の戦の時も、こっち側からナダが攻めてくると思ってなかったんだ。」

アイシャー「この辺で止めるわよ。」

近くの森に馬車を隠した。


森から400メートルほどで、地割れが走る。森を出ればこちら側も平原で身を隠す所は少ない。

闇の目「地割れぎりぎりまで建ててやがるな。」

伏せながら遠見の筒を覗き込んでいた。

カイ「こっちは、見張りが少ないようだな。」

闇の目「ま、この地割れがあるから、こっちからは攻め込めないからな。」

カイ「そういや、この少し先に村があったな。たしか、この近くに俺の村とその村をつなぐ橋があったんだがなぁ~・・・。俺が小さい時。」

闇の目「今は落ちてぇ・・・ないな。」

カイ「何度架けてもすぐに落ちるから、今は誰も架けようとしない。」

闇の目「橋を架けるのは大仕事だからな。」

カイ「お前の故郷は、この先の村か?」

闇の目「いや、もっと南。ナダの本城からすぐの村だ。」

カイ「そうか・・・。ここより南は・・・俺よく知らないな。」

お互い顔を合わさず、遠見の筒を覗き込んだままの会話だった。

カイはアイシャーに遠見の筒を渡した。

アイシャー「すごい地割れね。東側は近づけないから分からなかったけど、深くて幅が広いわね。」

カイ「ああ。橋落としってのは伊達じゃねぇだろ。」

闇の目「幅は・・・・約50メートルってとこかな。」

アカリも遠見の筒を見たいのだが、闇の目が覗いている物は借りたくなかった。アイシャーの方横で服を引っ張ってみた。アイシャーはその合図に気が付き、アカリに遠見の筒を手渡した。

アカリはじっくりと砦を観察した。

『本当によく見えるわ。谷は・・・深そう・・・。この角度からだと見えないけど、底に降りて登るのは無理そうね。三階は・・・スケルトンが・・・・四体こっちを見張ってるようね。人間も巡回しているみたい。』


薄暗くなるころを待ち、カイと闇の目は馬車の方へ戻り、荷台から荷物を降ろし始めた。そう、それはバラバラのバリスタだった。

闇の目「さて、ちょっと暗いが、組み立てますか。」

カイと闇の目は組み立て始めたが、完成するころには真っ暗だった。

カイ「どうするんだ闇の目。」

闇の目「さすがに今日はここまでだな。明日の明け方、打ち込んでやんよ。へっへっへ。」

『相変わらず不気味な奴だ。敵じゃなくてよかったぜ。』

カイ「さぁ~て。飯にすっか!」


次の日の朝。まだ薄暗い中。朝モヤにまぎれ、皆でバリスタを森から押し出した。そして、闇の目がロープを担いで来た。

闇の目「こいつを矢に結んで・・・。カイ、ロープ上げてくれ。」

カイ「このロープ細くないか?」

闇の目「細くないと届かないだろ。砦まで。」

カイは言われた通り、バリスタの上に取り付けられたガイドにロープを通し、その後ろの台にロープを乗せ、末端を結んだ。闇の目は、バリスタを確かめ、ロープが絡まないかを確認した。

闇の目「よし、やってくれ。」

カイがバリスタの弦(つる)を巻き上げる。弓のように人間の力で弦が引けないため、横に巻き上げ装置が付いている。そのハンドルを回すと弦が引っ張られるのだ。


ガリガリ・・ガリガリ・・ガリガリ・・。


カイ「ふぅ・・・。回しても回しても、なかなか引けないぜ。ちょっとでかすぎたんじゃねえか。」

闇の目「いや、多分これぐらいは必要だ。ロープが付いてる分、飛ばないからな。」

アカリ「矢じゃなく、お前が飛んでけ。」

闇の目「ん?なんか言ったか。」

アカリ「カイにガンバレって言ったんだよ。」

闇の目「モヤが薄くなってきたぜ。早く撃たねえと。」

カイ「はぁはぁ・・・あと・・・少し・だ・な。」

アカリとアイシャーは、遠見の筒で砦を見ていた。

カイ「よし・・・。闇の目・・・いつでもいいぜぇ。」

闇の目「風は大丈夫みたいだな。よし打ってくれ。」


バァシーーー・・・ブオオオオオーン


巨大な矢が飛び出し、それを追うようにロープが出て行く。ロープが絡まないことをカイと闇の目は祈った。

ロープはバリスタにもロープ自体にも絡むことなく出て行く。しかし、思ったよりも早く矢の軌道が下がりだした。

カイ「闇の目!ダメだ届かねえ。」

闇の目は余裕で笑っていた。

闇の目「多分、予想の範囲内だ。」


ガッキィーーーーーン・・イーン・・イーン・・・


大きな金属音が響き渡った。

砦の下、15メートルぐらいの所に巨大な矢が突き刺さったのだ。

カイ「予想の範囲だと。」

闇の目「おうよ。あそこから、ゴキブリのように登ってやんぜ。」

少しの沈黙があった。そしてカイが口を開いた。

カイ「お前・・・。ピッタリの表現だな。自分のことよく解ってんな。」

闇の目「あれ・・・。兄貴ぃ~。今の笑うとこだぜ。」

アカリ「どこが笑うとこなんだ。そのまんまじゃねぇか。」

アイシャー「ねぇ。カイ。ゴキ・・なんとかってなに?」

アイシャーだけが笑顔だった。


急いで闇の目はロープを伝い始めた。

闇の目「多分、砦の奴ら、さっきの矢の刺さった音で動き出したはずだ。お前ら急いで逃げろ。矢の嵐が来るぜ。」

闇の目がそう言うと同時に一本の矢が飛んできた。

砦の上部からはカイ達三人がよく見えた。その為、矢の放たれる方向は闇の目には向かなかった。しかし、金属音を確認しに砦の外へ出てきた兵達が、ロープを伝って砦へ向かう闇の目を発見した。

兵士「侵入者だ!弓兵、下だ。他の者も弓を持って出ろ!」

少しすると、何人もの兵が弓を持って地割れ際に集まってきた。

闇の目は矢の嵐にさらされていた。しかし、不思議なことに矢に当たらない。

闇の目「へっへっへ・・・。当たるかよ。」

闇の目はすでに地割れの半分以上進んでいた。


もう、矢はカイ達の方へ飛んでこない。

カイは少し離れた地割れ際から、遠見の筒で闇の目を見ていた。

カイ「なんだ・・・。なぜか闇の目が見づらい・・・。」

そう、闇の目の姿が何かに隠されているようだった。それは、敵の弓兵も同じだった。

『多分、半分は越えてる。もう少し・・・。急げ!』

カイは、左手を強く握り、少し震えていた。


しかし、矢は闇の目ではなくロープをかすめた。

闇の目の体重に耐え切れなくなった細目のロープは、見る間に解(ほつ)れ、あっと言う間に切れてしまった。

闇の目「くっそぉ~・・・。」

闇の目は、悪魔の裂け目に飲まれていった。

ロープが切れても矢の嵐はしばらく続いた。

ロープが切れている事と、闇の目の姿がないことを確認すると、数人の兵を置いて、皆、砦へと戻って行った。


カイ「まじか!闇の目が!」

カイは馬車へ戻り、少し考えた。渡りきったと嘘を言うべきか・・・。しかし、どう考えても嘘は言えない。今後の作戦に影響する。

カイ「闇の目が・・・死んだ・・・」

アカリ「カイさん面白くないわ。ビックリもしないわよ。」

アカリは冗談だと思った。

アイシャー「カイ・・・。」

カイ「俺・・・やっぱり死神・・・」

と言いかけた時。

アイシャー「カイ。ダメよ。もし闇の目が死んだとしても、今、落ち込んでる場合じゃないわ。闇の目の考えた作戦を実行して、作戦を成功させましょ!闇の目は命を懸けたのよ。彼の為にも、必ず。」

アイシャーは感情的になっている自分に気が付いた。そして驚いた。

しばらくの沈黙があった。

アカリもこの沈黙でようやく状況が理解できた。

『あんなに嫌だった奴なのに・・・・・・・。』


しばらくしてカイが口を開いた。

カイ「あ~・・・。爺に報告しないといけねぇんだよな。うぉ~・・・なんて言えばいいんだ。」

アカリ「団長・・・本当・・・なの・・ね。」


帰りの四日間、カイは上手く寝れなかった。


〈ダンの一手〉

城へ戻り、風の兵団待機所へ皆集まった。

まずは、シーラからの報告だった。ニースが、シーラから使わされたシルフの連絡を皆に伝えようと立ち上がった時。カイが立ち上がった。

カイ「まず、俺から報告さしてくれ。」

アイシャーとアカリは緊張した。

カイ「闇の目が偵察途中・・・。あの橋落としの谷で・・・・。転落死した。すまない・・・俺が未熟なばかりに大切な部下・・・いや、仲間を失ってしまった。」

ダン「そうか、闇の目が・・・・。アイツはいつ死んでも不思議ではないことを常に行ってきた男だ。その時が偶然、カイ、お前が団長の時に来ただけのことだ。」

カイは、ダンの意外な言葉に少し驚いた。それは、闇の目の事をよく知っているから出た言葉、そうとしか思えなかった。ダンは、意外と皆のことを見ていたのだ。

カイ「じぃ・・・・」

アイシャー「やりましょ。闇の目の為にも。」

アカリは涙を流していた。

カイは続けて、闇の目の火薬の話をした。

ダン「なるほどな・・・・。いい作戦だ。闇の目らしい考えだ。」

ニース「もう届いています。その火薬の材料。」

ダン「火薬として、完成したものを運ぶのは、危険なのでな。盗まれたり、我らフォーラが火薬を大量に購入したと分かれば、多少面倒なことになるんでな。」

ニース「火薬はもう魔術師学校で完成しているはずです。」

ダン「後は、樽の細工だな。どこかに当たってみよう。ニース。シーラからの情報を皆に伝えてくれ。火薬の話は、また後で決めよう。」


ニースが説明し始めた。

シーラが使わせたシルフからの連絡では、入り口は一つ。三階建で南側には地下が一階まである。北側の突き出た部分は二階建。どちらも屋上は、弓を持ったスケルトンが多く配備されている。

建物内部は、所々に番犬のようにスケルトンが配備されているが、基本的には人間ばかり。連絡方法は各部屋に金属の管が備え付けられ、それで瞬時に連絡が取れるようになっている。船舶の伝声管というやつだ。

酒の樽は、一階の南と、地下の南の端。基本的には、地下に下ろすと、スロープを転がして一階へ上げるのが大変な為、メインは一階。地下は倉庫。

一階は兵士の待機場と生活の場を兼ねている。二階はそれプラス食堂。三階は主に弓兵が待機。

階段は、地下へは一か所。それとスロープが別に一つ。一階から二階へは、階段が二つと食堂付近へ酒樽専用スロープあり。二階から三階と突き出た北側屋上へは階段は一つずつ、二か所。三階は屋上に出る階段のみの一つ。ニースが地図を広げて説明してくれた。

カイ「約十日ほどで大したもんだ。」

ニース「た・・多分こんな感じ。ただ・・・。」

カイ「ただ・・・どうした。」

ニース「シーラさん、ほとんど一階と地下しか行った事が無いようで、二階と三階は詳しく分からないようです。」

ダン「変な敵が居なければ、これで十分だが・・・。」

アイシャー「あの黒い服の奴は・・・」

カイ「ああ・・・。卑怯者の屍人を操る呪術師だったな。」

ダン「そいつがキーのようだな。」

カイ「そいつを倒すのが俺たちの仕事の一つだな。」

ニース「それについては、まだ情報はないの。」

カイ「三階に居るのか?シーラが行ってない所だろ。」

ダン「そう考えるのが自然だな。」

アカリ「三階だったら・・・でかい鎧や骸骨の相手はしないとダメね・・・。」

カイ「スケルトン以外は、俺たちが相手しないとダメだな。」

ダン「兵に大鎧の相手はどうだ?騎馬の突撃で崩せそうか?」

カイ「でかい鎧か?・・・打ち返されると思うぜ。みんな落馬だな。ありゃ~結構ヘビーな感じだ。」

アイシャー「あの四体面倒ね。簡単に私達だけで相手できればいいけど、敵兵が周りにいっぱいいると考えると・・・・」

ダン「では・・・・ここに穴を開けてみるか。」

ダンは砦の見取り図の一階の南の端を指さした。

カイ「そこに火薬樽を・・・。」

ダン「ちょうど置きやすい所だな。爆発すれば、この砦の南の壁は壊れるだろ。爆発で敵兵も混乱するだろうし、この穴から砦内部へ入れる。大鎧を無視してな。入ってしまえば弓は怖くない。どうだ。」

皆、少しの時間考えた。

ダンの策は的を射ていた。ほとんどの問題をクリアしていた。

後は、いかに上手く樽を設置するか。そして、突撃と樽の爆発のタイミングをいかにしてとるかだ。

カイ「なあ。今シーラが潜入してんだろ。そしてシルフを飛ばして情報をくれてる訳だ。これってこのまま戦の時まで潜入を続けて、シーラに樽を爆発させてもらう。その樽を爆発させる前にシルフで連絡してもらって兵を突撃させれば・・・・。」

ダン「・・・・敵は、我等(われら)が兵に気が付き、砦から出てくる。敵と剣を交えるタイミングで爆発!大混乱だな。」

カイ「たとえ、敵が出てこなくとも、爆発すれば、立て籠る事もできないな。」

ニース「敵兵は三千とみていますが、大混乱する三千と、統率力のある我が兵三千では比べ物になりません・・・ね。」

アイシャー「後は、驚かない不死達ね。」

カイ「黒い呪術師の首を取るまでは、やっぱりでかい鎧は、俺たちが足止めする必要があるかぁ・・・。」

ダン「そうだな。お前たちが、呪術師の首を取りに行ってもいいが、大鎧を足止めできる奴は、騎馬隊がダメなら、お前達しかいないな。」

カイ「兵を活かすために、食い止めるぐらいできるだろ。やってやるぜ。」

ダン「もし籠城されれば、お前たちが大鎧を止めなくては、砦の壁に梯子(はしご)も掛けれんし、扉の破壊もできん。」

カイ「樽の爆発で済むんじゃ。」

ダン「梯子ぐらい持って行かねば、不審がられるだろ。それに、樽の爆発が失敗したら、皆、壁の外で、矢に射られて多くの血が流れるだろ。」

カイ「失敗は考えたくないが・・・そうだな。・・・・シーラに悪いことしたな。少し予定がくるって、荷が重くなったな。」

今まで殆ど話さなかったアカリが口を開いた。

アカリ「カイ・・・。あいつが居たら・・・ねぇ・・本当にあいつ・・・もういないのね。」

と、いつも闇の目が座っていた窓の方を見ていた。

カイ「ああ、そうだな・・・。あいつ、あんなだったから、存在感あったからな・・・。何か足りない感じがするだろ。」

アカリはうなずいていた。

アカリ「私、あいつ、好きじゃなかったけど・・・・」

カイ「お前は初任務だから慣れてないと思うが、戦になれば多くのモノを失う。そのうち・・・」

と、そこで言葉を止めた。

カイは、『そのうち慣れる』と言いかけたのを飲み込んんだ。そして、『俺は、人や仲間の死に慣れすぎたのか』と気づき、自分が嫌になった。多くの死を見て来た。そのうち大して感じなくなっていた。『俺は死神か・・・』

カイ「いや・・・。失ったモノは・・・まだ生きてる。あいつらの願いや望みがあったから、皆、命を懸けたんだ。その願いを俺たちが引き継ぐんだ。」

アカリ「そうね・・・悲しんでいられない。落ち込んでいても前に進まない。・・・ねぇ。あのモジャモジャの、命を懸けるほどの願いって何だったのかな。」

突然アカリはニヤッと笑った。

アカリ「私、分かっちゃった!きっとシーラさんみたいな、ボインちゃんがいっぱいいるエッチな所を作る事よ。」

カイ「お!そらぁ、命懸ける価値があるな。」

カイはその言葉に、アカリらしくない言葉だと感じた。まだ、無理をしているんだなっと感じていた。

ダンも同じように感じてアカリのことが気になった。

『無理をしとるな。過ちを犯さねばよいが・・・』


闇の目がいない静かな会議は終わった。皆が席を立った時。

カイ「アカリ、文字は読めるか?」

アカリ「読めるわよ。書けないけど。」

カイ「それで十分だ。アイシャー、お前も来てくれないか。」

アイシャー「いいわよ。どこへ行くの?」

カイは、ダンを呼び止めた。

カイ「ダン爺!あ・・・ダン・・そう・ちょ・・・う。」

ダン「ふ・・。やっぱり慣れないとそうなるだろ。」

カイは、すまなさそうに笑った。

カイ「総長。この城に資料室ってあったよな。ちょっと調べたいことがあるんだ。」

ダン「ああ。あったのだが、今は外だ。資料が多くなり過ぎてな。今は資料館が城の近くに別館で建っている。なぁんだ、お前に似合わないな。やらしい本はないぞ。」

カイ「おいおい。爺!その言葉そっくり返すぜ。エロじぃ。」

ダン「カイ!」

少し声色が変わったのだが。

ダン「いいとするか・・・。案内しよう。」

カイ「怒られると思ったぜ。」

ダン「怒られてるんだ!」

カイ「へっへっへ・・・」

ダン総長、アイシャー、アカリ、そしてカイ。四人で資料館へ行くことになった。


〈過去の印〉

そこは城から西へ少し歩いた所だった。

カイ「ここが資料館か。でかくていい建物だな。」

ダン「後々は、軍や城の関係者だけでなく、町の人々も入れるようにしたいと思ってな。」

カイ「なるほどなぁ~・・・。」

中に入ると、インクと紙の匂いだろう、独特の空気があった。

アカリ「あれは、何をしているの。」

多くの人が本や資料を見ながら、何かを書いていた。

ダン「あれは、写しだ。大事な資料だ。書き写して保管しておくのだ。その隣は翻訳だ。」

カイ「はぁ~~~~~・・・。これ全部やってんのか。」

ダン「そうだ。手伝ってくれるか。」

カイ「遠慮しとくぜ。しっかし・・・。こりゃ終わりが見えねぇ作業だな。」

ダン「で、何を探すんだ。」

カイ「闇の目の村のことナダのことだ。後はナダ付近の地図。」

ダン「ナダの資料で役立つモノは殆どない。王の名前も今は分からん。近くに村があったらしいが、そこも皆、謎の死で生き残りはいないと・・・。」

カイ「ん・・・。爺。今なんて言った!」

ダン「近くに村があったが、生き残りが居ない。と・・・」

カイ「生き残りがいないってことは・・・・。村人は殺されたのか?」

ダン「正確には解からんのだが、村人は息絶えていたそうだ。」

ダンは、奥へ歩き出した。

ダン「カイ。こっちに来てみろ。この辺りに・・・。これだ・・・。ここを見てみろ。」

そう言い、ダンは今にもちぎれそうな古いスクロール(巻物)をカイに見せた。

カイ「まて、おかしいじゃないか。80年前にアストって人が村を訪れて、書き留めているじゃねぇか。」

ダン「何がおかしい。80年前に、村人は皆死んでいた。このアストってやつが訪れた時には生存者はいなかった。と書かれている。」

カイ「地図はないのか。この他に村はないのか。」

ダン「どうしたんだカイ。地図は、こっちのスクロールだ。解かっとると思うが地図は貴重だ。手荒く扱うな。」

カイ「この村か・・・ナダの城の近くに、村のようなマークがバツされている。」

アイシャー「おかしいわね。確か、カイと闇の目さんは話していたわよね。」

カイ「ああ・・・。闇の目はこの村出身だと言っていた。」

ダン「それは、闇の目自身が自分の身を守る為に言った嘘だ。『闇の目』本当の名は解からんのだ。」

カイ「闇の目の出身の村なら、たどり着けば、ナダ本国を叩く情報や協力が得られると思ったんだが・・・。」

アイシャー「本当に嘘かしら。本当だったら・・・・」

カイ「今の話だと、総長も闇の目については何も知らないようだな。」

ダン「そうだな、そういった事は聞かない方がいいと思ってな。まぁ、聞いても本当のことは言わんだろうがな。軍には訳アリが多い。」

カイ「80年前に村が・・・。これ間違いないんだろうな。」

ダン「残念ながら、フォーラにはそれを確認した奴はおらん。」

カイ「ってことは、村は残っていて、闇の目がこの村出身って可能性もあるな。」

ダン「それは否定できん。」

カイ「ダメだ・・・。あてにできん。」

アカリ「カイ。その情報は嘘じゃなさそうよ。他にも二人が『村人が皆殺されていた』と、書き残しているみたい。」

そう言い、二つのスクロールを渡してきた。確かにそこにはそれぞれの筆跡、名前、日付の違うスクロールがあった。

カイ「村人が皆死んでいたのは間違いないようだな。もし、闇の目が本当のことを言っていたら・・・。ダン爺より年上だぜ」。

ダン「あいつが年上・・・・見えんな。噂も聞かんが、新しく村が出来ているのかもしれんな。」

カイ「結局、自分で確かめるしかないのかよ。」

カイは、柄にもないことをしたのに、まったく無駄であった事に、少し不貞腐れていた。

アカリはふと立ち止まった。

アカリ「この辺は、神とか悪魔とか、そういった関係のモノみたいね。」

カイ「ややこしい話だな。」

そういいながらも、白い塔の地下での出来事を思い出し、本を手に取ってみたのだが・・・。

カイ「あ・・・。ダメだ。文字が小さい。」

アカリ「初めから読む気もないくせに。」

カイ「なぁ~んだ。バレていたか。今度、シーラに読んでもらって教えてもらおう。」

アカリはつぶやいた。

アカリ「あ・・・。カイの匂い。」

カイ「え!匂い。臭いか俺?。闇の目とどっちが臭い。」

アカリは笑っていた。

アカリ「違うの。カイの匂い、前に村へ行くとき、二人で馬に乗ったでしょ。」

アイシャーは、カイとアカリが笑顔で仲良く話しているのが、気に入らなかった。なんだか見ていてイライラするのだ。

アカリ「あの時、懐かしい匂いがしたの。あの匂いはディノの匂い。今それを思い出したの。」

カイ「親父の匂いと俺の匂いが似ているのか?単純に男の匂いじゃ・・・」

アカリ「違う。ディノの匂い。そう・・・その懐かしい匂いで思い出したんだけど・・・。カイ、お父さんの事調べていたわよね。あまり関係ないと思うけど・・・。確か、昔、占ってもらったことがあるってことを言っていたわ。」

カイ「親父が占?」


アカリの話はこうだった。

一人で、町や村を彷徨っていたころ、変な占い師に出会った。タダでいいと言われ、見てもらったそうだ。タダというのは、占い師の方が親父に興味を持ったという事だ。

まだ、女もいないのに、もうすぐお前は息子を授かると言われたそうだ。適当なことを言っていると思い。聴いていると、お前は、変わった名だな。名字があるな。と言われたそうだ。


アカリ「え~・・・・なんて言ったかなぁ~・・・カイ何とかって名字で・・・名は・・・マコト・・・そうマコトって言っていた!」


親父は、その名字と名前の響きに、何かを感じたそうだ。

そして、しばらくして母と出会い、白い塔の村で男の子を授かったらしい。

占い師の予言は当たっていた。


カイ「じゃ、俺のフルネームは・・・『カイ・・・カイ』かよ!俺の親父はディノじゃなくてマコト。名字があるってことは、どこかの貴族か?」

ダン「お前、虫に刺されたような名前になるな。」

カイ「んん・・・響き悪いな。」

アカリ「あと・・・私の名前『アカリ』は、その占い師に見てもらった後に思い出した名前らしいの。はっきり思い出せないが、大切な人の名前だった気がするって。思い出したのはそれだけ。何も役に立たないね。」

アイシャー「はいはい!話終わり!」

と、不機嫌そうにカイとアカリの間に割って入った。


その後、数時間ナダについて、ダンの記憶と、この館内で働いている者から話を聞き、資料を探った。

ナダとフォーラの建国はほぼ変わらず、約100年前。統治した王の名はバルタン。おそらく今は二代目か三代目に継がれているだろう。当時の王は好戦的ではなかったようだ。しかし、いつの頃からか閉鎖的な国となり、フォーラとも交戦状態にある。


アイシャーは言い出せないことがあった。

自分がヴァルキリーで約250年も生きている。このこと自体を隠しているため、知っているとは言い出せなかったのだ。

ヴァルキリーとして任務をこなすだけの生き方だと、人の生き方や歴史、出来事などはどうでもいい事なのだ。くだらない興味のない事なのだ。その為、魂がかかわること以外は、ほとんど記憶にない。そういった事もあり、気付いていなかったのだが、カイやダン達の話を横で聞いていて、人からの視点だとおかしくなることに気が付いた。


ナダが統治されるまで小さな部族同士の戦は多くあった。アイシャーは戦士の魂を集める為、現在のナダ付近で多くの魂を集めヴァルハラへ送った。王となるほどの器の持ち主ともなれば、魂の大きさ輝きは別格。ヴァルキリーの多くは、そういった魂を狙っているわけだ。しかし、そのような大きく美しい魂はヴァルハラで見た記憶がない。アイシャーの推測ではあるが、ナダの初代王バルタンは死んでいない。人間の寿命を考えると、非常におかしい事となる。ナダの王は人間ではないと考えるのが正しい。ナダの王はドワーフやエルフと考えたくなるのだが、それは、噂にも聞いたことがない。人間の形をした何か・・・。それとも、リッチになったワートやヴァンパイアのカイゼルのような存在なのか・・・。

アイシャーは、ナダの王バルタンに、非常に危険なモノを感じ取っていた。


〈進軍〉

ダンは進軍の準備に取り掛かった。

ニースはシーラにシルフを使い、闇の目の死と、計画の連絡を行う。

仕込み樽は、村とフォーラ城の中間地点の森で、隠れて渡した。一応、交換を装って、古い樽を同じ数だけ持ってきてもらった。

後はシーラの準備が整うのを待つだけとなった。


この間の数日がカイにはとても長く感じた。


ニースからシーラへ連絡が届いた。

シーラは闇の目が死んだことにショックを隠せなかった。

この風の兵団のメンバーは、他の団体に所属していれば、最も死ににくい人間であることは間違いないからだ。その癖のある超人的な能力を活かせば、簡単には死なないと思っていたのだ。

シーラ「ボルツさんに続いて・・・闇の目さんも・・・」

そして、シーラにはもう一つ大きな任務が課された。それは、闇の目が行うはずであった、火薬樽への点火であった。この作業は、一歩間違えばシーラが命を落とす可能性があった。しかし、今、この作業が行えるのはシーラしかいなかったのだ。

シーラは考えた。どうすればより安全に、且つ、確実に爆発させられるか。しかし、これは練習する訳にもいかなかった。一度だけであるが、火薬の爆発を学校で学んだことがあった。その為、火薬の怖さは解かっていた。しかも、今回は火薬の量が桁違いなのだ。これに私が火を点ける・・・失敗できない・・・・。そう思うと恐ろしく、平常心ではいられなかった。

シーラは、点火の事を考え過ぎないように、まずは、どこに設置するか、そして、点火前に樽の前に居る方法を考えた。

そして、火薬樽を地下倉庫に五つ、一階の酒樽置き場に三つ。一日の間に置くことに決めた。

悩みだすときりがなかったが、心を決め、『いつでも進軍して下さい。開戦一日前には火薬樽を置きます。開戦に前には連絡を』とシルフを使い連絡した。


シーラからの連絡を受けたニースは、大慌てでダンに報告するのであった。

ダンは、臨時招集をかけ風の兵団に連絡した。


そして、次の日。

カイが装備を整え、軍装に着替えようとしていると、そこへ鎧に身を包んだダンがやって来た。

カイ「え!・・・。ダン・・・あ、総長。出るのか?」

ダン「私が出るとまずいか?」

カイ「いや・・・。驚いたぜ。総長自らが戦場に立つなんて、思っていなかった。」

ダン「久しぶりの戦場だ。私もこれが最後のお役目かもな。」

カイ「そうなのか?。もう、これで引退か?」

ダン「ま、王がどう考えてるか解らんが、これが最後の戦場になる可能性が高いだろう。この戦は負けれんだろ、カイ。」

カイ「うれしいぜ、総長。」

カイは薄手の革鎧、鎧というよりジャケットのような鎧を着、その上からフォーラの紋章が彫られたブレストプレート(バストプレート:胸当て)と紋章入りの青いマントを装備した。


フォーラの紋章は、二つの聖杯を大きな一つの杯へ注ぎ込んでいる聖杯をモチーフにしたデザインになっている。自由都市フォーラ。商売や生き方、宗教までもがお互いに混じり合い、一つの新たな文化、生き方、そして、互いの神を認め合い争いを好まない、お互いの持つ信じる杯を合わせる、という意味が込められている。


カイ「またこの紋章入りの胸当てか・・・。あまり好きじゃないな。」

ダン「何を言っている。その胸当てがお前の身を守ってくれることもあるんだぞ。」

カイ「ふっ。こんなの戦場に出れば紙のようなもんだ。大して意味をもたねぇ。まだ、革鎧だけの方が動きやすいぜ。」

ダン「そうかもな。戦となれば、気休めだな。さて・・・命を懸けますか。お前の連敗もここまでだ。」

そう言い、カイの肩を叩いた。

カイ「なぁ・・・総長。俺たちは、国や仲間、愛する者や信じるものを守る為に戦ってんだよな。」

ダン「そうだな。私も国を守って平和に暮らしたい。」

カイ「だよな・・・・。てことは、ナダの兵も同じだよな。」

ダン「・・・・。そうだ。何かを守る為に命を懸けている。」

カイ「生まれた所が違うだけなのか・・・。俺が幸せになると誰かが不幸になるのか・・・おかしいよな。」

ダン「お互い、間違ったことはしていない。」

カイ「・・・・。」

カイが部屋を出ようとしたとき。

ダン「カイ。ヘルメットを忘れるなよ。」

カイ「周りが見えないし、声も聴きとりにくいから嫌いなんだよな。」

そういいながら、ヘルメットを棚から取り、被った。

ダン「鎧よりもヘルメットの方が大切だろ。頭が一番大切だろ。」

そういうと、剣の鍔の部分でカイのヘルメットをガンガンと軽く叩いた。


カイは思った。

『戦いの先に、平和はあるのか。』


騎馬隊を先頭に進軍が開始された。


重装騎馬隊1000

騎馬隊500

重装歩兵1000

歩兵500

計3000の部隊であった。


今回の戦は、珍しくダン総長が自ら指揮をとることになった。

ダンが戦場に立つのはどれほど前になる事であろう。それほど、この戦には懸けるものがあるのだろう。


〈緊張〉

シーラには、ダン自らが指揮する、兵3000がフォーラの城を出たことが伝えらえた。

シーラは普段と変わらぬふりをして砦に酒を運ぶのだが、これから戦になり、自分が重要な任務を背負っていると思うと、とても普通にしていることは出来なかった。

この日、シーラはあまりの重圧から、砦の中で気分を悪くし、吐きそうになった。周りの兵たちは、シーラに隙あらば声を掛けたくて仕方のない連中ばかりだった。シーラが少し休んでいると、すぐにナダの砦の兵たちが声を掛けてきた。そして、シーラの代わりに数人の兵が樽を運び、空の樽を持ってきてくれた。シーラは気分が悪かったが、これならばいけると確信を持った。

カイやアカリが思ったように、シーラはこの短い期間の中で、砦の兵達の心をがっちり掴んでいたのだ。

次の日。気分が悪かったのを理由に、シーラはサーシャに頼み、一日配達を休ませてもらった。そして、サーシャに色々と砦内部や兵達の様子や、シーラがどう思われているか等を探ってもらうように頼んだ。

シーラには非常に気がかりな事があった。それは、黒装束の呪術師が何処にいるか解からない事であった。約一ヶ月、毎日通っているのにもかかわらず姿を確認できていなかった。これでは、戦が始まっても、操られている屍人を止める事が出来ない。また、この砦の長(おさ)が分からないままなのだ。おそらくは黒装束の呪術師と思えるのだが、誰もそれらしいことを口にしないのだ。


サーシャが戻り、色々と話を聞いてみたが、黒装束の呪術師の話は伺えなかった。

それよりなにより、サーシャが最も驚いたのは、シーラが大人気だったことであった。

サーシャ「シーラさん。あなた大人気ね。みんな、私がしばらく配達に来なかったことよりも、あなたが休んだことばかり聞いてきて・・・・。はぁ~・・・嫉妬しちゃうわ。」

『やっぱり男は胸しかみてないのかしら・・・』

サーシャ「み~~~~~んな、鼻の下伸ばして、シーラちゃんシーラちゃんって・・・。上手く声掛けれないから、伝えといてくれ!とかね。」

シーラは、苦笑いしかできなかった。

シーラ「ご・・・ごめんなさい。明日は、私が行くから。ありがとう。」


それから二日後だった。シーラは砦の兵から、フォーラの兵、約3000がこの砦へ向かい進軍をしていると聞いたのは。

シーラは念の為、砦の方は進軍に気が付いた事を、シルフを使い連絡を送った。


進軍から七日目。

最後尾を走る馬車の中。

ダン「ここまで来て、砦から出てこんところを見ると、野戦はほぼないな。どうやら砦の籠城戦だな。」

ニース「シーラさんからは、砦の指揮官の情報はありません。兵達の噂では、やはり野戦はないようで、籠城が少し前から濃厚なようです。」

カイ「ダン総長。どっちがよかった。野戦の方が楽だったか?」

ダン「そうだな。野戦だと乱戦必至だが現状で何とかなりそうだ。しかし、籠城だと、シーラにアレを成功してもらわんとな・・・・。」

アイシャー「シーラ・・・。心配ね。」

アカリは、黙っていた。


シーラは、火薬の入った樽を八本積んで村を出た。

砦へ到着すると兵が先に声を掛けてきた。

砦の入り口の兵「明日辺りここは戦場になりそうだ。配達は、明日の朝早くか、今日の夜ぐらいしかできないと思う。」

シーラはわざとらしく、知らなかったと言わんばかりに。

シーラ「え!戦いですかぁ~・・・。皆さん怪我しないで下さいね。配達どうしようかしら・・・。」

少し大げさな演技をしながら砦に入って行った。

いつものことだが、ここで樽の中身のチェックがある。シーラは詳しく樽の仕組みは聞いていなかったので、非常に緊張した。それが顔に出ていた。

兵士「どうしたんですかシーラさん。顔色悪いですよ。」

シーラ「え!あぁ~・・。戦争になるって聞いて・・・・ちょっと色々と考えてて・・・。」

兵士が樽の栓を開け中の酒を確認していた。普段と変わらず酒の確認はできた。

『あら・・・上手くいったわね!・・・本当に爆発するのかしら?』

その後、砦内に入り、兵の手を借り、樽を転がし一階に三本、地下に五本上手く置く事に成功した。

まずは上手く火薬の樽を運び入れた。

村に戻り、シーラはニースに連絡を入れた。

「黒装束の呪術師の存在は確認できず。明日の朝、砦へ入り樽に火を点けます。」

そう連絡した。

ニースからは、

「砦に入ったら、連絡をくれ。そして、こちらの連絡で樽を爆発させてくれ。その連絡に合わせて兵を動かす。敵兵が動き始めたころに爆発すれば効果は大きい。上手く脱出してくれ。無事を祈る。」

そう返事が返ってきた。

シーラは震えが止まらなかった。

その夜、シーラは寝れなかった。


しかし、当日の朝。シーラの心は落ち着いていた。

シーラ「サーシャ行ってくるわ!」

サーシャは泣きそうだった。涙をこらえシーラに声を掛け抱きしめた。

サーシャ「シーラ・・・。生きて帰ってね。」

シーラ「上手くいくわ。必ず・・・。」

シーラはボルツと共に古城を目指した時のことを思い出していた。


砦へ到着すると、表はいつもと変わらなった。

入り口で、兵士に今日は来なくてよかった。と言われたが。

シーラ「戦が終わったら沢山飲むでしょ。それと、空の樽がまだ残っているの。」

そう言いながら中へ入った。

外とは違い、中は慌ただしさがうかがえた。皆、鎧を身に着け、剣や槍、弓を持ち待機していた。そんな様子を見ながら、まずシルフを飛ばし、そして、一階南の突き当り、酒樽置き場へ向かった。


まずシーラは、火薬の樽が動かされていないかを確認した。沢山置かれた樽の一番奥にそれらしい樽が伺えた。

『あそこに置くの、苦労したのよねぇ~・・・。とりあえず見つかっていないみたいね。』

時間を稼ぐように普段よりゆっくり樽の回収作業を始めた。前日、わざと多めに残した空の樽を。

しばらくすると、兵達の声が聞こえた。

兵「馬が返ってきた。すぐそこまで来ているそうだ!」

どうやら、フォーラ軍の状況を見るため、馬が出ていたようだ。

兵「あいつらが出たら、門を閉めろ!」

『あいつら?』

シーラが馬車の方まで戻ると、馬車は門の内側に入れられ、門は閉ざされていた。

兵「ここに居れば大丈夫だ。攻め落とされることはない。」

門の横にいた兵士は余裕の表情だった。

シーラは出口がなくなり、戦が始まったことに不安を覚えた。しかし、自分に与えられた任務を遂行することだけを考えることにしていた。

そして、地下へ向かった。火薬樽が五本置かれている地下倉庫へ。


〈開戦〉

フォーラ軍は、砦まで約2㎞の距離まで進軍していた。

本陣を構え、いつでも攻め込める状態にあった。

朝モヤが消え、砦まで見通しが良くなってきた。

ダン「骸骨が沢山出てきましたね。思った通りだ。そして、大鎧が四体。トロールが二匹。外に人間はいませんね。そろそろ閉まるか・・・。」

カイは遠見の筒で砦を見ていた。

カイ「お!。門が閉められたぜ。」

ダン「人間は中。屍人は外で来ると思っていましたよ。」

アイシャー「少し特殊な籠城ね。」

ダン「では、まずは・・・。怪しまれてはいけないですね。布石を打っておきますか・・・。

そう言うと、バリスタを四台と大型投石器四台を前へ押し出した。

カイ「敵に動きはねぇな。このまま撃たしてくれるのか?」

砦の弓兵の射程外から、バリスタで巨大な矢を門を狙い放った。

放たれた四本の内一本が門へ真っすぐに飛ぶ。しかし、その門の真正面には大きな鉄の盾(タワーシールド)を持つフレッシュゴーレムが立っていた。そして、その大きな鉄の盾で巨大な矢を受け止めた。

ダン「あの矢を受け止めるとは・・・。すぐに次を撃て。投石器も放て!」

新たな矢を用意し巻き上げを始めると、今まで動きのなかったスケルトンが前へ出始めた。

ダン「動きましたね。バリスタの二発目は阻止しに来ましたか。そうしないと、ひたすら撃たれますからね。・・・指揮する者はいるようですね。投石器一発放ったら下がれ。バリスタは撃つのは止めて、下げるように伝えなさい。」

バリスタは少しずつ下がり始めた。投石器は大岩を放つが、砦に当たることはなかった。

ダン「撃って来るとは思いますが・・・・。重騎馬(重装騎馬)二部隊に分かれ、北からと南から、砦の壁沿いで、巨大な鎧兵を挟み撃ちにしなさい。北からの突撃部隊、弓兵の攻撃がはげしいぞ、前だけを見て突っ込め。突撃!」

ダンは、ニースの方を見て、樽を爆発させるよう連絡するように言った。

そして、重騎馬隊が動き始めすぐに重歩兵(重装歩兵)を真正面から真っすぐ門に向け動かした。梯子や扉を破壊するための巨大な丸太を持って。この重歩兵の前進により、敵弓兵の的を分散させる狙いがあった。

カイ「俺達も行くか。総長、行って来るぜ。アカリはここを守ってくれ。いいな。」

カイはヘルメットをかぶり、フェイスガードを下げた。

カイ、アイシャー、バルトスの三人はこの重歩兵にまぎれ戦の中に身を投じた。

アカリは、ニースとダン総長を守るようにカイに命じられ、後のことはダンに任せた。アカリは不服ではあったが、初めての戦場と言う事もあり、仕方なく納得した。


重騎馬隊が一度目の突撃をかける。

フォーラの騎馬隊は、約10㎏のハルバード(鉾槍:槍斧)を使う。突き、払い、叩き。これらすべてが行える武器を選んだのだ。やや重く作られているのは、馬上からの突きや払いといった一撃の攻撃が強化されるからだ。


ハルバード

長い竿の先が槍、そしてすぐ下に斧が付いたハイブリットな竿状の武器。

槍のように突き、斧のように振り、また、打撃を与えることもできる。

馬上からの突きはほぼ確実に死を与え。馬上からの打撃は、例え兜を被っていても、頭蓋(ずがい)を砕き、また、首の骨を折る。


重騎馬隊は砦の門に向かい、まるで鳥が羽を広げるかのように右と左へ綺麗に部隊が別れ、全速力で地鳴りを上げて走り始めた。

敵兵の弓の射程に入ると、雨のように弓矢が放たれた。その弓の攻撃に対抗する為の重装備ではあったが、一人また一人と騎馬が崩れ命を落としてゆく。

それでも騎馬は前進を続ける。これが騎馬隊の突撃だ。

砦の外のスケルトンは、その騎馬の突撃に対して、槍を構えた。

ダン「やはり、用意していたか・・・。頼むぞ、みんな。」

槍を持たぬスケルトンは騎馬に跳ね除けられ、次々と砕けて行く。その勢いのまま、槍を持つスケルトンへ突っ込む。先頭の騎馬が次々と倒れ、その倒れた騎馬の上を次の騎馬が駆ける。

多くの犠牲を出しながら、扉の前の大鎧に突撃を掛ける。

嵐のような矢が振り続ける。人間なら、味方に向かって矢を放つことは出来ないが、スケルトン同士には関係がなかった。大鎧にも矢の嵐は降り注いでいた。

先頭の騎馬が大鎧の真正面からハルバードで突き刺す。

騎馬兵「もらったぁーーーー」

兵士の重さ、馬の重さ、装備の重さ。そして速度。その全てをかけた必殺の突きだった。しかし、その突きは大きな盾に防がれ、彼は落馬し命を落とした。

他のフレッシュゴーレムも巨大なハルバードを振り、騎馬を野球のボールを打ち返すかのように振り払った。その光景はおぞましいものであった。

後ろからも突撃するのだが、その鎧を貫くことは出来なかった。

一度目の突撃で、トロールと多くのスケルトンは排除することができた。しかし、最も倒したかったフレッシュゴーレムは四体とも生き残った。そしてこの時点で、重騎馬の三分の一を失い、およそ700となっていた。


ダン「まずい。想像以上の消耗だ・・・。シーラまだか・・・。もう一度突撃するか・・・。」

ダンは、悩んでいた。もう一度突撃をかければ、重騎馬の半数を失うのは火を見るよりも明らかであった。しかし、ここでもう一度突撃をかけなければ、前進する重歩兵が大きな被害を受けるのも確かだった。

ダンは、覚悟を決め、もう一度、重騎馬に突撃の命令を出した。

重歩兵たちは、大きな盾を空に向かって構え、矢を避け、士気を保つため大声で叫びながら前進していた。

「俺たちゃ無敵勇敢だ」

ドンドンドン

「騎馬が来ようが矢が降ろうが」

ドンドンドン

「怯むな前進砕いて進め」

ドンドンドン

「かーちゃん待ってる死ねねぞ」

「おう!」

ドンドンドン

カイ「この歌嫌いなんだよなぁ~・・・。ふぅ~・・・。生きた心地がしねぇぜ。」

アイシャー「砦の中に入らないと、この雨のような矢からは逃れられないわね。」


〈黒い神風〉

砦の地下倉庫。火薬樽の前にシーラは居た。

シーラは周りを伺い、樽の確認をしていた。そして、スカートを少したくし上げ何かをしようとしていた。シーラのスカートの内側には、特殊な油が入った小瓶が隠されていたのだ。

その時、シーラに近づく者が居た。

兵「配達のお姉さん・・・。こんな日に来なくてもよかったのにぃ。俺は歓迎だけどね。」

そして、その男はシーラの胸の辺りを掴み、服を引き裂いた。

シーラは小さな悲鳴を上げ、胸を隠した。そして、今まで感じたことのない恐怖を感じていた。

兵「前から、気になってたんだ。頼むぜ。静かにしてくれよ。」

そして、男は、シーラに抱きついた。

当然だがシーラは丸腰だった。この状況を打破する方法がなかった。

この作戦の為、命を落とすことは覚悟していたシーラであったが、こんな辱しめを受けるとは思いもよらなかった。

『いや・・・。こんな事されて、作戦も失敗なんて・・・こんな男に・・・』

男は、シーラの服をさらに破ろうとした。

その時、シーラは恐ろしい殺気にも似た気配を感じた。

謎の声「こっちを見ろ!・・・こっちだって言ってんだろ!・・・こっちだぁー!」

それは男の後ろから聞こえた声だった。

何もない所から、ふと手が現れ、男の頭を掴んだ。そして、その頭を無理やり後ろに向くようにひねった。

兵「ぐあぁ・・・ああああ・・・」

謎の声「離れろ。その女から離れんだよ!」

次の瞬間、その男は血しぶきをあげて倒れた。

シーラは、何が起こったのか理解できなかった。そして、敵兵が突然血しぶきをあげて死んだことに恐怖していた。

謎の声「脅かしてすまねぇな。ボインちゃん。」

その声と、その喋り方でシーラはほっとした。

シーラ「闇の目さん!」

闇の目「このまま見守るつもりだったが、ついつい手が出てしまったぜ。」

何処にどうやって身を隠していたのか分からなかったが、その姿は間違いなく闇の目であった。

シーラ「闇の目・・・さん。死んでなかったのね。」

闇の目「いや・・・危なかったぜ。癒えるまで二週間ほどかかっちまったぜ。なんせ、谷底まで落ちたからな。まだ死ねねぇってこたぁ~、やること残ってるって事だろ。」

闇の目は、腰に巻いていた布を解き、シーラの胸元を隠した。

シーラはその布に驚いた。それはとても美しい糸で編まれた不思議な光沢をした布であった。そして、そこにはシルフが宿っていた。

闇の目「シーラ。おめーには解ると思うが、その布っ切れは敵から姿を隠したり、飛び道具が当たらない呪(まじな)いがかかってんだ。」

シーラ「わ・・・解るわ。シルフが守ってくれている。」

闇の目「持ってきな(持って行きな)。脱出までお前を守ってくれる。」

シーラ「こんな物を・・・私に・・・」

闇の目「シーラ・・・お前見てると、妹を思い出すんだよ。守れなかった・・・。いや、守る事なんて出来やしなかったんだ。目の前で殺された。村人も・・・。そして、俺だけ生き残った。守ってやりたかったよ。」

シーラ「闇の目・・・」

闇の目「さぁ~って、火ぃつけて、脱出だな。急ぐぞ、外じゃ爺達が苦戦してるからな。」

そう言うと、闇の目は懐から油瓶を出し樽にかけた。

兵「おい、お前何をしてるんだ!」

部屋の外から声がした。

闇の目「おおっと。ゆっくりしすぎたな。」

兵「侵入者だ!」

そう叫んだ敵兵は、力なくその場に倒れこんだ。驚くことに、すでに闇の目のダガーがその男の首筋を切っていた。

闇の目「バレちまったかな?」

そして、油に火を点けた。樽の中の火薬に引火するまで少し時間はある。

闇の目「シーラ付いてきな。」

そう言うと、闇の目は一本シーラにダガーを渡し、そして、自らは、両手にダガーを持ち通路を進み始めた。


殺した兵の後ろにまだ兵がいたのだろうか。すぐに伝声管で砦内に侵入者が居る事が伝えられた。闇の目達の前に敵兵が集まるのは時間の問題だった。

闇の目が走り出すとすぐに敵兵が現れた。しかし、闇の目は立ち止まらなかった。横を通り過ぎたように見えたのだが、敵兵はその場に倒れ、動くことはなかった。

次の兵も、闇の目は足を止めることなく、剣を受け流し懐に入りダガーを突き刺す。そしてまた次の兵も、腕をとり後ろに回り込み首筋にダガーを入れた。

次々と敵兵が襲ってくるのだが、闇の目は踊るようにすり抜け、そして命を奪っていった。まるで黒い風だった。そう、ここにも死神が居た。

シーラは、この闇の目という男が恐ろしく感じた。カイとはまるで違う強さを感じた。

突然、闇の目はダガーを捨てた。

闇の目「もう切れねぇ・・・」

どんなよく切れる刃物でも、人を数人切れば血のりで切れなくなるのだ。

そして、腰に付けていた金属の棒を二本、右手と左手に一本ずつ持った。

その棒は、長さ40㎝ほどの丸い金属の棒で、美しい装飾が施(ほどこ)されていた。

その棒をカイのように両方の手に持ち、二刀流のように使い、敵を叩き殺していった。特にスケルトンには効果があった。いや、その為に用意した武器なのかもしれない。

闇の目は、突然、通路を走るのをやめ、近くの部屋に入った。中に居た兵を瞬殺し扉を閉めた。

闇の目「しくったか・・・。爆発しねぇ・・・。」

シーラも闇の目について行くのに必死だった為、気が付いていなかった。

闇の目「シーラ。俺は地下に戻る。命を懸ける時が来たのかもな。」

シーラ「え!」

闇の目「お前は二階を目指せ。一階から出るのは危険すぎる。俺が樽を爆発させるからな。・・・あとは混乱に乗じて上手く外へ出ろ。」

シーラ「死ぬわけないわよね。闇の目さん・・・」

闇の目「俺が、あの世の神様に好かれてるように見えるか?死にに行くわけじゃねぇしな。だが、確実に爆発させる。生きて帰れる保証はねぇがな。」

そう言うと、闇の目は、いつも着けている黒い革鎧を脱ぎ始めた。

闇の目「シーラ。多分俺は助からない。一つだけ守ってほしいことがある。これは俺の頼みだ。よく聞いてくれ。火薬樽の爆発に成功したら、その後、どれだけ俺に似た人物を見ても、声を掛けたり、近づくんじゃねぇ。その俺は、俺じゃねぇ。」

シーラ「意味が解らないわ!」

シーラは、一人の男が命を懸けることを目の当たりにし、頭が回らなかった。

闇の目「意味なんて解らなくていい。とにかくだ。危険なんだ。俺に似た奴は。」

シーラは闇の目が言っていることが解らなかった。そして、混乱していると、さらに驚くことが・・・。闇の目の革鎧の下は、サラシのようなものが巻かれていた。そのサラシを解くと、拳ほどの大きさの緑の宝石が首から金の豪華なチェーンで掛けられていた。

闇の目「こいつは、悪魔除けの宝石だ。この大きさだと、国が買えるほどの価値があるはずだ。お前を守ってくれるだろう。」

そう言うと、シーラの首にそのネックレスを掛けた。

シーラ「こ・・・これはエメラルド・・・。」

闇の目「似合うぜ、シーラ。走るとき邪魔になるから、今は隠しとけ。」

そして、もう一つ驚いたのは、闇の目の体の傷であった。それは左の胸の横から脇腹、腹にかけて、何かでえぐられたような大きな傷跡があった。そして、その傷は、黒紫色になっていた。

シーラは思わず目を背けてしまった。しかし、その傷が気になり、もう一度ちらりと見た。気のせいだろうか、大きく脈打っているように見えた。

シーラ「闇の目さん・・・。この傷は・・・」

闇の目「これは、俺の妹達が殺されたときに付けられた傷だ。体の傷だけじゃなく、心まで到達している傷だ。」

闇の目は、その傷を隠すようにサラシを巻き直していた。

シーラは聴きたいことがあったが、それを止めるかのように闇の目が先に口を開いた。

闇の目「さぁ~~て。身軽になったし、本気を出すとすっか。じゃあな。いい女でいろよ。」

シーラは涙が出そうになった。そう、この男がもう帰ってこないことを感じていたからだ。

闇の目「急げ!」

闇の目が先に扉を開け、周囲の兵を倒し、大声で叫びながら下へ向かった。シーラも南の階段を使い二階を目指した。そして、連絡の為シルフを飛ばした。

「樽は、もうすぐ爆発します。踏ん張ってください。二階へ向かい、混乱に乗じて脱出します。」


〈好機〉

その頃、ダンは二度目の突撃を指示していた。

ダン「突撃だぁ!死ぬんじゃないぞ!あの鎧を一体でも倒せぇ!」

ダンの声色は変わっていた。今にも戦場向かい、走って行きそうだった。風の兵団待機所で、作戦を考えていた時とは大違いであった。ダンは昔のダンに戻っていた。戦場の血に飢えた狼に。

ニースとアカリは、今まで見たこともないダンの顔と大声に驚いた。

ダンの声は、当然だが兵士たちに直接届くわけではない。突撃の合図のホーンが鳴るだけであった。


重騎馬隊が動き始めてすぐにニースへ連絡が届いた。

ニース「総長!シーラさんから来ました。もう少しすると樽が爆発するようです。少し耐えて下さい。と言う事です。シーラさんは二階へ上がり脱出を試みるようです。」

そうニースがダンへ伝えてすぐの事だった。


ドゴゴゴゴゴーーーーン


皆、今まで聞いた事の無い大きな爆発音が響き渡った。そして、少し遅れて、地面が揺れ突風が吹いた。

馬達はその大きな音に驚き、パニックになり走り出すものもいた。

そして、しばらくして二度目の大きな爆発が起きた。


ダン「やりおったな!」

ダンは拳を強く握った。

ダン「壁に穴が開いたはずだ。騎馬隊大急ぎで穴から内部に入れ。続けて歩兵隊だ!」

そう叫んですぐに、三度目の爆発が起きた。


騎馬500は、壁の穴付近まで大急ぎで駆けつけ、馬を捨て砦内部へ入って行った。そして、しばらくして歩兵500も後に続いた。


ダン「これで、弓の攻撃が止まる。少しの辛抱だ。重歩兵隊。」

爆発でパニックになった敵兵たちが、扉を開け砦から出てきた。そうなると、一階、二階の屋上からの弓での攻撃は、味方を巻き込むため、簡単には撃てなくなった。

今まで耐えていた重歩兵たちは一斉に敵兵に襲い掛かった。

ナダの兵はまだ3000人がほぼ無傷。フォーラの兵は2000人ほどになっていた。数の上ではナダ有利であったが、この爆発でパニック状態であった。


カイ、アイシャー、バルトスの三人は、フレッシュゴーレム四体の相手をすることとなった。

カイ「こいつら叩かねぇと、こっちの士気が持たねぇ。」

アイシャー「そうね。ゴーレムは私達で何とかしないと。」

ふと前方を見ると、バルトスが巨大なハルバードを持つフレッシュゴーレムの正面に居た。バルトスは、この状況なのに、無防備に立っていた。そして、フレッシュゴーレムが巨大なハルバードで横から薙ぎ払った。カイは思わず「あ!」と声を出してしまった。そして、薙ぎ払ったハルバードは、その振り切った方向へ飛んで行ってしまった。

カイ「なにが起こったんだ!」

バルトスは微動たりせずにそこに立っていた。

カイは、バルトスが「鬼神」や「剣聖」と呼ばれる理由が、今、解かった。バルトスに攻撃を仕掛けたフレッシュゴーレムは両腕がなくなっていた。そう、すでにバルトスに切り落とされていたのだ。

カイ「は・・・早すぎる・・・。剣がみえねぇ。」

バルトスが、両腕のなくなったフレッシュゴーレムに止めを刺すのは、それほど時間は必要としなかった。

残りは三体となった。

そして、カイとアイシャーは大きな剣と盾を持つフレッシュゴーレムを相手にするのであった。


しばらくすると、ナダの軍は少しずつではあるが、冷静さを取り戻しつつあった。

そして、どこから湧いてきたのか、スケルトンが増えていた。

ダンは、内心焦っていた。樽を爆発させるまでの消耗が大きかった。そう悔やんでいた。

そんな状況の中、フォーラ本陣の後方から、大きな音が迫りつつあった。

ダン「何事だ!」

ニースはその大きな音に恐怖を感じていた。

ダンはその迫りくる音に覚えがあった。


大男「げはははははぁ~」

ドコドコドコドコ・・・・


砂煙を上げ、猛スピードで走って来る大型の戦車が二台。その戦車を引くのは、不気味な白い生物であった。

そして、その二台の戦車は、スケルトンやナダの兵を跳ね除けながら砦に突っ込んでいった。

ダン「あいつら・・・・。勝手に来やがって。」

アカリ「な・なに。今の不気味なモノは?」

ニース「み・・・味方です・・・よ・・ね?」

ダン「巨漢のアルゴとスマッシュが勝手にやって来たようだ。全く、不気味な生き物を連れてきやがって。」

ニース「あ・・あれは・・・あれは、幻の危険生物バジリスクですね!」

アカリ「え!あれが、バジリスク。本当に存在するの!?」

ダンは、「勝手に来やがって」と怒っていたが、顔には笑みが浮かんでいた。

ダン「あいつらの話では、あの白い八本脚の大トカゲは、バジリスクの亜種らしい。めったに見ないので、謎だらけらしいが、睨まれて石化はしないらしい。」

ニース「へっ・・・へぇ~・・・。あ・・あ・・亜種ですかぁ・・・。す・・・すごい。」

ニースは興奮していた。見たことも聞いた事もない謎の生物。それが目の前を通り過ぎたのだ。


バジリスク

頭に冠を被ったようなニワトリの姿で描かれることが多い。猛毒を持ち、睨んだ相手を石化させる恐ろしい能力を持つ。他にも、コカトリスと呼ばれるニワトリのような生物もいる。同じく、猛毒と石化能力を持つ。呼び名が違うだけで、バジリスクと同じとされることもある。また、バジリスクは、八本脚の小さなトカゲとして描かれることもある。


巨漢のアルゴとスマッシュが門の前にやって来た。

どちらも巨漢だが、アルゴは特にでかい。250㎝を超える巨漢だ。

不気味な白い八本脚のトカゲに引かれてやって来た巨漢。この光景を見て驚かない者はいないだろう。もちろん戦場にいた多くの者が驚いた。それはカイ達も例外ではなかった。

戦車から降りた次の瞬間、味方であることが解った。

巨漢のアルゴ「バルトス。俺にも戦わせろ。援軍に来たぜ。」

その巨漢から発せられた大声はよく通った。


〈アカリの懸け〉

そのアルゴの大きさを見て、アカリは思いつくことがあった。

アカリ「ダン総長。私、シーラさんの脱出を手助けしてきます。」

そう言うと、ダンが答える前に、馬に乗ろうとした。

ニースが駆け寄り、声を掛けた。

ニース「砦へ行くのですね。」

アカリはうなずいた。

ニース「シーラさんを、無事に助け出してきてください。」

アカリは馬に飛び乗り、ニースから棍(こん:棍棒)を受け取った。

ニース「アカリさん、貴方に加護を・・・シルフの力で守ってあげます・・・」

ニースはしばらく精神集中しつぶやいた。

ニース「・・・・シルフの加護をアロープロテクション。これで、あなたの周りの空気を動かし、矢が飛んできても、ずらしたり落としたりします。これで、ほとんど矢は当たらない。砦までは無事にたどり着けるはずです。きっと。」

アカリ「必ずシーラさんを連れて戻ります。」

敬礼をしアカリは戦場に突入した。

その姿をダンは、目を細め何も言わずに見送った。


スマッシュとアルゴは剣と盾を持つフレッシュゴーレムを相手にしていた。

この大盾(タワーシールド)が厄介だった。この盾、バルトスの一撃をも防ぐほどのものであった。その為、バルトスに代わりスマッシュとアルゴが相手することになったのだ。

スマッシュは大きな丸太を武器としていた。アルゴも少し前までは、巨木を武器として使っていたのだが、少し前に、鍛冶屋のドウバに仕上げてもらったメイス(槌矛:つちほこ)が完成したのだ。ドウバに作ってもらったとは言うが、実際これほど大きなものを打つとなると、ドウバでは無理であった。アルゴやスマッシュが槌を振るったのは言うまでもない。

この巨大なメイスで殴られれば、例え巨大な盾で防ごうとも、受けた強烈な一撃が振動として伝わる。巨漢二人に挟まれ、殴り続けられては、鎧を着たフレッシュゴーレムも倒れるのは時間の問題であった。

金属のぶつかる鈍い音が響き渡る。大きな盾と、巨大なメイスがぶつかり合う。

その横に、一人の小さな女が現れた。

アカリ「そこの大きなお兄さん。」

その声にアルゴは振り向いた。

アルゴ「お!どうした。小さなねぇ~ちゃん。あんたにゃ~こんな場所似合わねぇぞ。」

アカリ「頼みがあるの。私、シーラさんを助けに行きたいの。」

アルゴ「おぅ。あのシーラか。」

アカリ「シーラさんは、今、二階を目指しているはずなの。私を、一階の屋上に投げ入れて。」

確かに、アルゴほどの巨漢なら、軽く投げるだけで、6、7メートルの一階の屋上までアカリを投げれそうであった。

アルゴ「よぉ~し。任せろ!」

そう言うと、メイスをスマッシュに投げて渡し、そして、右手にアカリを乗せ、左手をそっと背中にそえた。

アルゴは大声を上げ地響きと共に走り、真上へ飛びあがった。その跳躍力は驚くべきものであった。そして、バスケットのレイアップシュートのようにアカリを一階屋上へふわっと投げた。

一瞬の出来事であった。誰もが目を疑うほどの出来事であった。

アルゴはこの目立った行動の為、着地の瞬間を多くの弓兵に狙い撃ちされてしまった。しかし、多くの矢が刺さったまま、またフレッシュゴーレムを相手にするのであった。


アカリは、簡単に一階の屋上に到達した。

気付いた弓兵やスケルトンアーチャーは、アカリに一斉に弓を向けた。

アカリは、着地の前から棍を構え、近くのスケルトン三体を叩き潰した。カイに言われて持ってきた棍の打撃が非常に有効であった。

そして、矢が飛び交う中、次の弓兵に向かい飛び掛かった。ニースのアロープロテクションの魔法が効いているのであろう、次々とアカリに迫る矢は、当たることなく横を通り過ぎて行く。アカリの目からは、まるで矢が避けていくように見えた。

アカリは、スケルトンアーチャー、弓兵を次々と倒し、一階屋上を一人で征する勢いであった。


シーラは、闇の目と別れ二階(一階屋上)を目指していた。

闇の目と別れて間もなく、大きな爆発が数回起こった。その爆発は誰も経験したことがない大きな爆発であった。

シーラも爆発音のすごさと振動で、驚き、悲鳴をあげその場にしゃがみこんだ。心臓の鼓動が大きくなり、爆音で耳が聞こえなくなっていた。

その爆発により、砦内部はパニックとなっていた。

しばらく、耳鳴りと、爆発の凄さで放心状態だったシーラであったが、耳が聞こえるようになると動き始めた。

初めは、身を隠しながら上に向かっていたシーラであったが、追って来る者はいなかった。どうやら、シーラは侵入者と思われていなかった。砦内部には侵入者の連絡は皆に届いていたのだが、黒い革鎧の男と連絡が回っていたのだ。実際、闇の目は、自分にナダの兵を引きつけていたのだ。

しかし、屋上への出口で問題が起こった。一階屋上に配備されている兵は、人間ではなく殆どがスケルトンであった。兵達は、シーラのことを酒の配達人として認識しているのだが、スケルトンはそうは認識していない。実際、ナダの兵からはスケルトンには近づかないように何度も言われていた。

シーラは、スケルトン兵を数えていた。どう数えても20体以上は居る。無傷で駆け抜けることは不可能と思えた。二階屋上へも足を運んだが、状況は変わらなかった。

二階へ戻り、外をチラチラと見るのであったが状況は変わらない。ここで、味方の兵が攻め込んでくるのを待つのが一番いいのだろうか。動くことができなかった。

シーラが動けず、悩んでいた時だった。

突然、一階屋上が騒がしくなった。兵やスケルトンが一か所に集まりだしたのだ。屋上への出入り口から、身を隠しながら様子を見ると、スケルトンや兵士が次々と倒されていくのが見えた。

『誰か一階の屋上から入ってきた!カイさん・・・それとも、闇の目さん。』

それはシーラの予想とは違った。小さな女性の影が見えたのだ。それは、本陣に居るはずのアカリであった。


アカリは素早く動き、敵の攻撃を躱し、懐に入り投げや強力な一撃を入れて敵を倒していった。

カイには全くおよばなかったアカリではあったが、その戦闘力は十分であった。


シーラは闇の目からもらったダガーを構え、アカリの方へ急いだ。そして、自分の存在をアカリに知ってもらうため大声を上げた。

シーラ「アカリさぁ~~~~ん。」

少し危険な行動ではあったが、アカリへの攻撃を少しでも分散する狙いもあった。

アカリはその声で、シーラを確認した。

敵兵の攻撃を躱し、そしてまた躱し棍を振り、また次の敵の攻撃を一歩前進し、左手で敵兵の右手を掴み手前に引いた。アカリは、敵兵の重心を移動させ、懐へ入ろうとしたのだ。しかし、その敵の武器を持った右腕が簡単に抜けてしまったのだ。アカリが人間と思った敵はスケルトンだったのだ。人間とスケルトン、見分けがつかなかったというよりも、この乱戦状態で体が勝手に動いたというのが正しいだろう。そして、引いた腕が抜けてしまったことで、アカリは体勢を崩してしまった。そこへ、スケルトンの左手に持たれていた盾で殴られてしまった。盾がアカリの顔をとらえたのだ。

声を上げることもできずに、アカリは膝から崩れ落ちるようにその場に倒れた。

シーラはその倒れ方が、危険だと感じた。とっさに、シルフの力、風の刃で敵を払いのけ、アカリに駆けより、敵の一瞬の隙をついて抱え上げ走り出した。

普段のシーラなら、アカリを抱えて走るなど不可能であっが、これが火事場のクソ力というものであろう。

そして、そのまま、一階屋上から飛び降りた。シーラには迷いも恐怖もなかった。

シーラ「シルフ達よ、私達の落下を遅くして!」

それは、シーラの口から出たとは思えない、叫びに近い大きな声だった。

周囲のシルフ達が集まり、シーラを抱えていた。落下速度は下がり落下して行く。しかし、このままの速さでは、大怪我は必至であった。

『ダメだわ、私とアカリの二人じゃ重いわ。落下速度が速すぎる。この数のシルフでは無理だわ。』

このシーラの飛び降りに最も早く気付いたのは、スマッシュであった。


巨漢のアルゴとスマッシュは、大きな盾を持ったフレッシュゴーレムを倒した。

しかし、体が大きな二人、的が大きい為に、かなりの矢を受けていた。特にアルゴはひどく、かろうじて立っている感じであった。

スマッシュ「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・アルゴ・・・とりあえず、役目は果たしただろ、俺達は引こうぜ・・・」

アルゴはうなずくのがやっとであった。

そして、戦場から去ろうと思った時であった。頭上からシーラの声が聞こえたのだ。

スマッシュは、動かない体にムチ打ち、軽くジャンプし、シーラとアカリをキャッチした。着地は足に力が入らずこけてしまった。そして、すぐにアルゴが口笛を吹き、あの白いバジリスクが引く戦車を呼んだ。


巨漢二人と共に、シーラとアカリは戦場から離脱したのであった。


〈骨の戦士〉

カイとアイシャーがもう一体の大盾を持つフレッシュゴーレムに苦戦している間に、バルトスは盾を持たないフレッシュゴーレムを簡単に仕留めていた。そして、カイとアイシャーに加勢していた。

三対一となると、少し余裕ができる。アイシャーは隙を見て気を練り、衝撃波の魔法を盾に掛け突撃した。

例え重厚な鎧に身を包まれているとは言え、魔法の衝撃は鎧の上から伝わる。少しではあるがゴーレムは体勢を崩す。

バルトスはこの一瞬を逃さなかった。鎧の隙間を狙いゴーレムの左足を切り落とした。そして、膝から崩れるように傾き、頭の位置が下がる。その低くなった頭部の鎧の隙間を狙い、カイが魔法の剣で突き刺した。

その魔法の剣の一撃がフレッシュゴーレムの動きを止めた。

少しの間、カイ達は動けなかった。

『本当に仕留めたのだろうか?』

皆、そう思っていたのだ。しかし、そのフレッシュゴーレムは、もう動くことはなかった。

しばらくし気が付くと、スケルトン達がカイ達を取り囲むように集まっていた。

カイ「こいつらぁ・・・ひつけぇ~なぁ・・・」

アイシャー「一度死んでるからね。」

バルトス「死んでから、ああは使われたくないな。」

珍しくバルトスが口を開いた。

カイは驚き、バルトスの顔を見た。その顔は、少し笑っているように見えた。

三人は、身構えた。


カイ達の周りには、少なく数えても十体のスケルトンが居た。

カイやアイシャーは三体ぐらいまでなら相手にできるであろう。何とかスケルトンを分散できれば勝機もありそうであった。

バルトス「様子を見ていると、どんどん増えるようだ。これ以上増える前に・・・・。俺の前に居る四、五体を一気に吹き飛ばす。少しの間だが敵を減らせる、その間に、倒せる骸骨を叩け。」

カイは、会話がしやすいようにヘルメットを脱ぎ捨てた。

カイ「随分とよくじゃべるじゃねぇか。どうした。・・・・信じてるぜ剣聖。ミスるなよ。」

そう言ったとたん、バルトスの周りの空気が変わった気がした。

バルトスはその大剣を両手でしっかりと持ち、踏み込んだ。そして、次の瞬間、突風と共に周囲に居たスケルトンが消し飛んだ。六体ほどのスケルトンが目の前から消えた。いや、消えたのではない、バルトスのその大剣により叩き飛ばされていたのだ。

バルトスのその一撃を合図とするかのように再び戦いが始まった。

カイ達は次々とスケルトンを砕いて行くのだが、何処からともなくスケルトンが集まってくる。

カイ「くそぉ~・・・・。どうなってんだ。」

アイシャー「きりがないわ・・・」


その三人の戦いを、少し遠くから見ている者があった。

『よくも、私の芸術品のゴーレムを・・・・。兄を殺した奴。スケルトン達に切り刻まれてしまえ。』

次々と、スケルトンが襲い掛かるのだが、バルトスはその大剣を神速の速さで振り回し、払い除けていた。

『あのでかい剣を持った兵士・・・・アイツが・・・アイツが邪魔だ。』

バルトスが、剣を大きく振り出そうとしたしたその時だった。

『ん?なんだ・・・』

そう、バルトスの足元が沈んでいたのだ。バランスを崩したバルトスは、膝をつくようにその場にしゃがみこんだ。スケルトン達は、その一瞬を逃さなかった。一斉にバルトスへ襲い掛かった。

バルトスは、その大きな剣を頭上に横に構え、盾のようにディフェンスに使い、スケルトン数体の連撃を跳ね除けた。流石は連戦連勝の剣聖、剣を使わせたら右に出る者はいないとまで言われた男、そこからの立て直しは見事なものだった。

そして、その先に何か違和感というか、いやなものを感じた。

『もう、やらせないぜ。』

バルトス「ウォーーーーー」

そのバルトスの異様な叫びと空気感に、時間が止まったかのように、スケルトンもカイやアイシャーも一瞬剣を止めてしまった。

バルトス「我が主プライティン。貴方の骨から生れし我に、力を貸したまえ。」

そして、剣先を地面にこすりながら下から上へ振り上げた。

バルトス「そこだぁ!」

剣先から何か衝撃波のようなものが放たれた。それは地面を削りながら一直線に進んでいった。そして、何かにぶつかり砂煙が立ち上った。

『しくじったか!?』

バルトスは、仕留めそこなったことに気付き、その砂煙に向かい駆けだしていた。

そこには、今までなった土壁があり、その後ろに人影があった。

謎の人影「くそっ・・・。邪魔な奴め。」

バルトスはその声に耳を傾けなかった。そして、その土壁ごと大剣で叩き切った。

その人影は、さらに土壁を作りながら後ろへ後退した。

流石のバルトスも、増えた土壁を打ち砕き、その奥の人影を切ることは出来なかった。

その人影は、やはり黒装束の呪術師であった。

バルトスがその呪術師を追い詰めたそのせいだろうか。スケルトン達の統率が乱れ始めていた。


黒装束の呪術師はバルトスの間合いから抜け出すのがやっとであった。

『くそ・・・。しぶといヤツめ・・・。逃げきれん・・・』

バルトスは、巨大な剣をまるでロングソードのように扱う。異常なまでの速さで、黒装束の呪術師を間合いに捉える。

『ここで死ぬ訳にはいかん・・・・。アレを・・・使うしか・・・』

スケルトン達を薙ぎ払って、カイ達も黒装束の呪術師に近づきつつあった。

『まだ、一体しかいない貴重なモノだが・・・』

黒装束の呪術師が叫んだ。

「プリズンオープン!」

その瞬間に、光がよじれ何か空気感が変わった。

そして、何もない空中から不気味な赤い腕が現れた。

その腕がどんどんと伸び、一本の腕が二本になり、その赤い肌の生物の肩が現れ、やがて頭と体が現れた。


〈異界の生物〉

赤い肌にヤギの頭、そして四本の腕、、足はヤギの脚だろうか。背中には、コウモリのような翼。身長2メートルほどの異様な生物であった。

その生物から発せられる異様な空気。それは空気というよりも妖気といった方が正しいかもしれない。カイ達は、その異様なモノに見入り息をのんだ。

黒装束の呪術師は、何かぶつぶつと唱えて走り去って行った。そして、呪術師の前に馬車が到着し乗り込んだ。驚くことに、その馬車を引く馬は首がなかった。

『カイィ・・・。お前の皮をはいで殺してやる。いつかこの恨み晴らしてやる。まだ、死ぬ訳にはいかない。』

あっという間に、首のない馬が引く馬車は戦場から走り去っていった。

そして、赤い異様な魔物がカイ達の前に立ちはだかっていた。


カイ達は赤い魔物の方を注視していた。

カイ「あいつ(黒装束の呪術師)、何者なんだ。」

アイシャー「・・・はぁ・・・私、あいつをまともに見れない・・・」

バルトスが半歩ほど前に出た時だった。

声なのか音なのかよく解からないものが、赤い魔物の口から発せられたかのように感じたその時だった。

一瞬、何かが光ったかのように思えた。

アイシャー「あ!力場が!」

次の瞬間、少しだけ前に居たバルトスが大きく後ろへ吹き飛ばされた。

アイシャー「あいつ、よく解からないけど、今、魔法を使ったわ。」

バルトスはしばらくして起き上がった。

カイ「ふぅ~・・・。死んではいなかったようだな。」

アイシャー「あいつ多分・・・悪魔よ。・・・やばいわ。倒す方法が・・・無いわ。」

アイシャーがそう言っているうちに、悪魔は前に出て、その四本の腕で殴りかかってきた。その攻撃が、アイシャーの方に向いた時、その隙を狙ってカイが切り付けた。

カイ「その腕もらったぁ!」

カイの魔法の剣が、悪魔の斜め後ろから、右肩を切り裂いた。

しかし、傷口が驚く速さで塞がっていった。

カイ「なにぃ・・・。親父の剣で切ったはずなのに・・・・塞がった・・・」

アイシャー「ダメなのよ・・・。もっと致命的というか、真っ二つにするぐらいに叩き切らないとダメージにならないの。回復が異常なの。」

カイ「アイシャー。お前戦ったことあるのか?」

アイシャー「ないわ。空から見たことあるだけ。」

しばらく後ろに居たバルトスが口を開いた。

バルトス「あれぐらいのサイズなら、俺の剣で真っ二つにできる。」

アイシャー「無理よ。あなたの剣じゃ、傷を付ける事は出来ないわ。」

バルトス「俺は、プライティンの子達の一人だ。一代目の骨の子達の持つ剣は、悪魔を砕く事が出来る剣だ。ただし、でかい悪魔は無理だ。だが、あの大きさなら切れる!」

カイとアイシャーは驚いた。バルトスがプライティンの子達の一人、つまりブレイブハートであることと、その剣が悪魔を切れる退魔(たいま)の剣であることに。

バルトス「奴は、本能的にこの剣が危険だと察知したんだ。だから、まず俺を攻撃した。また近づくと魔法のようなものが来ると思う。」

バルトスが剣を構え近づくと、今度はその背中に付いているコウモリのような羽をばたつかせ、空へ飛びあがり、またおかしな声を発した。

アイシャーはそれを解かっていたかのように盾を構え、防御姿勢でバルトスの前に出た。そして、その光弾を盾で受けた。

もちろんアイシャーは予測していたのだが、大きく後ろへ吹き飛ばされた。

カイ「アイシャー。大丈夫か。」

アイシャー「大丈夫・・・・すごい衝撃・・・」

悪魔は、降りてくることはなく、頭上を飛んでいた。

バルトス「飛ばれては手が出せない・・・」

カイ達は、防戦一方となった。


ナダの兵達のほとんどが去り、スケルトンもいなくなった。

砦の外にいるフォーラの兵達は、カイ達が戦う、この異様な光景を見守るしかなかった。

まだ、剣を持っていたナダの兵達も、この異様な状況に剣を止めていた。

バルトス「何とか、叩き落とす方法はないのか・・・」

上を見ながら、そうつぶやくしかなかった。


空を飛ぶ悪魔は、魔法のようなものを連発してきた。

カイ達はそれを避けるので精いっぱいであった。

『私は何とか避けているけど、カイやバルトスはキツイわ。』

ここまで剣を振るい続けてきたカイ、そしてバルトス。ともに疲れきっていた。二人ともあの悪魔の魔法にタイミングを合わせ、回避し続けるのは無理と思っていた。

『次、躱せるか・・・タイミングが・・・息がととのわねえ・・・』

カイは目を見開きタイミングを外さないように身構えていた。もちろん、バルトスも同じであった。

そんな緊迫した空気の中、何か空気を切り裂く音が聞こえた。

『この音は・・・なんだ』

そう思ったカイではあったが、悪魔から目が離せない。

それは、すごい勢いで上空を通過した。そして、通過したと思った瞬間、また、次の音がやって来た。

その音の正体は、バリスタの巨大な矢であった。後方からダンが狙わしていたのだ。

バリスタは攻城戦用の為、真っすぐ飛ばして小さな的を狙い撃つのはほぼ無理。しかし、その連続で放たれた三発目が、空に羽ばたく悪魔をかすめた。

そして、悪魔が落ちてきた。

『遠い・・・間に合うか・・・』

悪魔を叩き切ることのできる剣を持つバルトス。悪魔の魔法回避のため、少し離れていた。疲れた体に鞭打ち、急ぎ悪魔に向かい駆けだした。

皆、時間が止まって見えた。

カイ『間に合ってくれ!』

アイシャー『お願い!間に合って!』

バルトス『間に合ってくれ・・・また飛ばれると・・・・次はない』

悪魔が地面に落ちた。まだ、バルトスの間合いの外だ。悪魔が体勢を整えようとしていた。

バルトス「我が主!もう一度力を!」

バルトスは剣を下段に構え、刃を悪魔に向け、剣先が地面をこするように振り上げた。バルトスの剣から見えない波動が、地面を切り裂きながら悪魔へ一直線に向かっていった。そして、悪魔が上を向いて今にも飛び立ちそうになった時、その波動が悪魔をかすめた。

悪魔の右肩を切り裂き二本の腕を切り落とした。

悪魔「ウヴォヴォヴォヴォ・・・」

それは悲鳴だったのだろうか。恐ろしい声が響いた。

その切り裂かれた傷は、塞がることはなかった。

バルトスは一気に間合いを詰め、渾身の一撃を悪魔の左首筋から振り下ろした。まさに真っ二つ。その振り下ろされたバルトスの大剣は、悪魔の腹の辺りまで切り裂いていた。

カイ「やりやがった!」

その傷も塞がることなく、悪魔の体は左右に開き、その生命活動を停止した。

アイシャー「仕留めたわ!」

バルトスはしばらくそのまま動かなかった。いや、動けなかったっと言った方が正しかったであろう。

切り裂いた傷が塞がらないのを確認すると、そのままその場に倒れこんだ。急ぎカイ達が駆け寄り、バルトスを抱え、周りに注意しながら戦場を後にした。


〈戦の後〉

ダン「お前達、よくやった。」

ダンは、バリスタの射手達に声を掛けた。

そして、次に、後ろの兵に命令した。

ダン「あの化け物の死体。急いで回収しろ。」

回収を命じられた兵士「え!あれですか・・・・。死んで・・・ますよね。」

ダン「多分な。四の五の言わずサッサと回収しろ。」

命令された兵達は、声を掛け合い、八人の兵が、悪魔の死体回収へ向かった。

砦の外の戦いは終わった。後は砦内の掃除といった所であろう。

3000対3000、しかも砦の籠城戦ともなれば、勝ちは無いに等しい。6000~7000の兵が居ても普通に考えて三、四日の地味な戦になってもおかしくない。

しかし、今回は、火薬を使った策が功を奏した。まだ、砦内が完全に制圧されていないとはいえ、もう守備力は残っていない。約一日で決したのである。


カイとアイシャー、そしてバルトスが本陣へ戻ってきた。

ダンは目を細めて声を掛けてきた。

ダン「カイ。よくやってくれた。これが勝利だ。お前の死神より、この私の力が上回ったな。」

しかし、厳しい顔は変わらなかった。

ダン「・・・・私の力・・・。いや、お前たちの力、お前達の活躍あってこその勝利。・・・だが・・・今回も多くの犠牲が出た・・・・多くの命が・・・。味方も、敵もな・・・カイ。」

その言葉に、何か深いモノを感じたカイであった。

本陣の天幕の中へ入ると、風の兵団のメンバーがそろっていた。

そして、そこには泣きくずれるシーラの姿がった。

カイは、シーラの肩に手をかけた。

シーラ「カイ・・・ごめんなさない・・・」

カイは、シーラの『ごめんなさい』の意味がすぐに解った。

そこには、もう息をしていないアカリが横たわっていた。

そのアカリの姿を見たカイは、全身が震えていた。今まで、多くの死と向き合ってきたカイであったが、今までとは違ったものを感じていた。

カイは、その震える手で、アカリの頬を撫でた。そして、抱きしめて泣いた。

カイ「これで・・・これでよかったのか・・・・。すまない。」

カイは、アカリをこの戦場へ連れてきたことを後悔した。

そして、カイの体を悲しみと怒りが支配していた。歯を食いしばり、拳を強く握り、大声で叫んだ。

カイ「これが、これが勝利なのか!」

カイは、勝てばきっと何かが変わると思っていた。しかし、現実はそんな単純なものではなかった。

ダンは、カイの背中を見ていた。

『そうだ、そうして苦しんで生きろ。それが生きること、人として逃れることのできない選択の答えだ。』


アカリはあのスケルトンの盾の一撃で、首の骨を折っていたのだ。

盾を当てられた頬が切れていた。そして、白い服が血で赤茶色に染まっていた。

カイ「なぁ・・・・シーラ・・・。頬を目立たないようにしてやってくれないか・・・。女の子だからな・・・。それから、同じ服を用意してくれ。着替えさせて送ってやろう。」

シーラは声を出さずにうなずいた。

ニースは、その状況を横で見ていた。どう声を掛けていいか分らなかったのだ。


カイ達が一休みしていると、周りの兵達が勝利の声をあげ始めた。周囲はすっかり暗くなり、火の周りに陽気な兵が集まり騒ぎ出した。カイもその様子を遠目に楽しんでいた。そんな時、一台の馬車が本陣前にやって来た。

カイとアイシャーが様子を見に行くと、馬車から二人の女性が降りてきた。

暗くて分かりにくかったが、女性の一人は村のレミだった。

レミ「あ!カイ!よかった・・・無事でいてくれて・・・・ありがとう・・・」

もう一人の女性「ふふぅ~ん。彼がカイね。なかなかいい男じゃない。見覚え・・・・無いわねぇ。」

レミ「彼女は、村から砦にお酒を運んでいたサーシャ。」

カイ「あんたが酒を運んでたのか。あんたのおかげでシーラを上手く潜入させれた。ありがとう。」

サーシャ「そんなこといいのよ。さぁ勝利を祝って飲みましょ。お酒持ってきたわよ。」

レミがカイの方を見ていると・・・。

アイシャー「ねぇ。レミ・・・だったかしら。いつもカイに近付き過ぎなの。は・な・れ・て!」

その後ろからシーラの声がした。

シーラ「あ!サーシャさん。」

サーシャ「シーラ!」

お互い抱き合って喜んだ。

シーラ「貴方のおかげで上手くいったわ。」

サーシャ「よかったわ。シーラ・・・・生きて帰ったわね。」

サーシャは少し涙ぐんでいた。

レミ「村にフォーラの兵達が入って来たから、戦いが終わったって分かったのよ。」

カイ「と言う事は・・・村からナダの兵も出ていったってことだな。」

レミは嬉しそうにうなずいた。

アイシャー「近い近い!」

サーシャ「さあ、みんな飲んで。ただ酒よ!」


バルトスとダンは奥でゆっくりと酒を楽しんだ。その横には、手当てを終えた全身包帯でぐるぐる巻きの大男が二人酒を交わしていた。ニースは、緊迫の糸が切れ、気が付くと寝ていた。


そして、夜は深けていった。


〈バカの行方〉

次の日の朝。

季節はまだ春。朝の空気は冷たかった。

カイは、その冷たい空気に目を覚ました。毛布をマントのように肩から掛け、砦の方を見ていると、そこへシーラがやって来た。

カイ「お、早いなシーラ。俺も何となく目が覚めちまったが、早く起きてもすることないぞ。」

吐く息が白かった。

シーラ「はぁ~。・・・・空気冷たいですね。あ・・・あの~・・・昨日、言い出せなかったんだけど・・・闇の目さん、生きていて、私を助けてくれたの。」

カイ「そうか、簡単には死なないとは思っていたが・・・生きてたんだな。」

シーラ「驚かないのね。」

カイ「ああ・・・。あいつ、お前の事妙に気に入ってたよなぁ・・・」

シーラ「そ・・・そうでしたか・・・。闇の目さん、私を見ていると、妹を思い出すって言っていたの。」

カイ「そうか。妹の面影か・・。なるほど。」

シーラ「途中まで一緒に砦から出ようと上を目指していたんだけど、樽が爆発しない事に気が付いて、一人で地下へ戻って行ったの。」

カイ「戻ってこないな・・・。あのバカ。」

シーラ「そうね・・・・。彼、よく解からないこと言っていたけど、きっと命を捨てるつもりで爆発させたんだと思います。そんな感じの事言っていました。」

カイ「シーラ・・・泣くなよ。まだ死んだとは決まってない。もし、ここに戻らなくても、あいつきっと死神にも嫌われてるから、まだあの世には行ってないと思うぜ。」

シーラ「カイ・・・上手く言うわね。」

カイ「もし。もしだぜ。死んでいたら、きっとアカリに『なんでお前まで来てんだよ!来るんじゃねぇよ!』て蹴り飛ばされて、帰ってきてると思うぜ。」

シーラの顔に笑顔が戻った。そして、シーラが布に包まれた少し重そうな物を出してきた。

シーラ「カイ・・・。コレ見て。」

それ驚くほど大きな緑の宝石だった。今まで、後ろでひそかに、『しーらぁ・・・カイと、なに話してるぅ~』っと、ヤキモチをやいていたアイシャーが、その宝石の大きさに驚き、二人の会話に割って入った。

アイシャー「す・・・すごい!こんな大きなエメラルド見たことない!」

カイ「本物・・・・か?」

シーラ「闇の目さんが、別れ際に私にくれたの。」

カイ「妹の形見かな?闇の目みたいなやつが、偽物を着けるわけないよな。」

アイシャー「ねぇ。闇の目さんって・・・泥棒よね。」

カイ「ドロボー・・・ね。ま、そんなとこだな。」

アイシャー「これ、首から下げていたら・・・。」

シーラ「邪魔ね。」

カイ「確かに・・・じゃ、何のために・・・」

アイシャー「お守りじゃない。泥棒の。」

カイ「お!コレ着けてると、矢が当たらないんじゃ!」

シーラ「あ!カイさん!。思い出した。悪魔除けとか言っていたわ。その場の気休めと思っていたけど・・・」

アイシャー「あ~。悪魔が嫌う色だわ。」

シーラは、そのエメラルドを外した時の闇の目を思い出していた。その体にはおぞましい黒紫の傷があった。

『あの、傷は・・・』

シーラ「まだ・・まだ生きているかもしれないわね。」

シーラは、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

カイ「もう少しして、気温が上がったら砦へ行ってみるか。闇の目を探さないとな。シーラはどうする?」

シーラ「行きます!私も一緒に!」

アイシャー「行きますぅ~~。私も一緒にぃ~~」

口をとがらして、ふざけた口まねをした。

シーラ「そんな言い方してません。顔も!」

アイシャー「そんな言い方~してません~・・・顔もぉ~」

カイ「お前、ヤキモチやいてんのかぁ~?」

アイシャー「何?何を焼くの?それ美味しいの?」


気温も上がり始め心地よい春の日が大地を照らす。

カイとアイシャー、そしてシーラは馬を借り、砦に向かった。

シーラ「戦いに勝ったとはいえ・・・」

シーラは、周りを見回して言葉に詰まった。

カイ「何度見ても、戦の後は気持ちいいもんじゃねぇ~な。」

シーラ「・・・そうね・・。私たち・・・何のために戦ってるんでしょうか。」

カイ「俺も時々感じるぜ。」

アイシャー「人間って、ホント昔から変わらないわね。ま、私たちはそのおかげで・・・・」

カイ「ん?お前、人のことをよく知った言い方だな。ばばぁみたいだな。お前いくつなんだ?で、そのおかげってなんだ?」

シーラは横で笑っていた。

カイ「シーラどうした?俺、何かおかしなことを言ったか?」

シーラ「えぇ~っとねぇ~。」

と、少し意味ありげに笑っていた。

アイシャー「し・・しーらぁ~~~~」

アイシャーは明らかに慌てていた。

『女ってよく解んねえ生き物だなぁ~・・・』


砦の周辺では、フォーラの戦後処理班が、味方の生存確認や、敵兵の生き残り狩り、そして、戦利品や武器や防具をあさっていた。


カイ達は、爆発により大きな穴の開いた所に到着した。

カイ「す・・・すっげ~なぁ・・・・。この壁、吹っ飛ばしたんだな。」

地面には穴が開き、黒く焦げた壁の石が散らばっていた。

カイ「こらぁ~直接樽に火点けたら、助からねぇ~なぁ~・・・」

シーラの方を見て、しまった余計なことを言ってしまった。と、後悔するカイであった。

皆、馬から降りた。

カイ「気を付けろよ。敵の生き残りがいる可能性があるからな。アイシャー、シーラを頼む。」

アイシャーは、シーラのそばに付き様子をうかがった。

カイは、その場所に肉片を見た。一体何人の兵がここで爆死したのだろう。

『あまり、シーラには見せたくないな・・・』

シーラは今にも崩れそうな上を見ていた。

本来なら天井があるのだが、爆発で三階まで筒抜けになっていた。

シーラ「私・・・ここに樽を置いたのね・・・。爆発で変わってしまって、場所がよくわからないわね。」

地下に落ちないように、カイ達は奥へ進んだ。


シーラがある部屋で足を止めた。その部屋は、闇の目と別れた部屋だった。そしてそこには、兵達に踏まれたのであろう、ボロボロになった黒い革鎧があった。シーラはその革鎧を拾い両手で抱きしめた。


皆、心のどこかで『闇の目は生きている』と思っていたのだろう。口数は少なく、だれも砦を出ようと言わなかった。


三階の屋上までたどり着いた。


闇の目は、見当たらなかった。


カイが下を見下ろしながら。

カイ「こんな砦、よく落とせたな・・・シーラやアイツのおかげだな。」

アイシャー「闇の目さん・・・どこへ行ったのかな。」

シーラ「そ・・そうね・・・どこへ行ったのかしらね。」

その「どこへ行ったのかな」という言葉に、皆、何かほっとするものを感じて、なぜか笑顔になった。

カイ「そうだなぁ~・・・あいつなら・・・・どこかな。ちょっと俺には分からねぇな。」

皆、空を見上げていた。空には、鷹が舞っていた。人間同士の争いなど関係ないかのように青空が広がっていた。

カイ「あいつの墓は・・・いらねぇな。」


〈解散〉

それから数日後。

フォーラの町の北東。ひそやかにアカリの葬儀が行われた。

アカリの遺体は、ダンの計らいにより急ぎフォーラへ運ばれたのだ。その急ぎの馬車には、風の兵団も乗り込んでいた。

カイの望み通り、アカリの服は新しい物に替えられ、頬も目立たないように縫い合わされ、うっすら化粧されていた。この化粧はシーラの思いつきであった。頬も少し赤く、今にも起き上がりそうだった。

兵士が戦場で戦死して、このような葬儀が行われることはフォーラでは過去に一度もなかった。


アカリは、火葬され、墓地に埋葬された。


ダン「いい葬儀だったな。」

カイ「ああ・・・。じぃ・・あ・・総長、おかげでアカリの遺体は奇麗だったよ。」

ダン「お前、特別にしてもらったと思っとるだろ。特別というのは私は嫌いでな。何かと特別と言い出すときりがないだろ。」

カイ「・・・じゃ、なぜアカリの為に急ぎの馬車を。こんな葬儀を。」

ダン「お前、女は嫌いか?」

カイ「・・・いや、嫌いじゃないぜ。」

ダン「そう言うことだ。女だからだ。戦場で散った女だからだ。奇麗に送ってやりたかった。」

カイ「じぃ・・・」

カイは、ダンがなぜ総長になったのか改めて理解できた気がした。優しさは戦場にいらないが、剣を置けばそれは別なのだ。

ダン「所で、お前、どうするんだ。」

カイ「ん?何のことだ。」

ダン「辞める気だろ。風の兵団、団長。」

カイ「ああ・・・。やっぱ俺には向いてねぇ。アカリを死なせてしまった。」

ダン「そうか・・・。アカリの事は、あまり責めるな。だがな、今回のお前の活躍は王は高く評価しているぞ。」

カイ「俺は、故郷の村を取り戻したかっただけだ。村に戻ってゆっくり暮らすぜ。」

ダン「王に会っていけ。」

カイ「え~・・・なんて言ったっけ。ガンダ・・・ちげえなぁ。」

シーラ「カイにしては、惜しいわね。」

カイ「なんだ聞いてたのか。」

シーラ「ガルダよ。でもね、本当の名前は秘密らしいわよ。」

カイ「会わないけど、いいねぇ~。秘密が多いのは。」

ダン「普通の兵なら、大喜びで王に会うのにな。」

シーラ「今回の話、頼んだ時から予測はしてたけど、やっぱり特殊部隊辞めるのね。」

カイ「ああ。故郷の村に戻る。ま、故郷の村を守る為なら剣を握るが、軍はもうお断りだ。」


アイシャーは、人の葬儀というものを初めて見た。そして涙し、不思議な感覚に包まれていた。この世からアカリという存在がなくなってしまったのだ。

死があるから生が尊い。矛盾しているようだが、これが真理なのだ。抗う事の出来ない死があるからなのだ。


カイは、この特殊部隊を抜けた。隊長不在となり、部隊は消滅するかと思えた。しかし、ダンや王は、この部隊を残し休眠とした。


〈帰郷〉

新たな生命が芽生える春。心地よい春風が平原に吹き渡る。

カイとアイシャーは白い塔の村へ引っ越し中であった。引っ越しといっても運ぶ物はそれほどない。あのデブ鳥ぐらいだ。

アイシャーが愛情を注ぎ育てたデブ鳥。今では80羽となっていた。40羽運び、残り40羽は、そのまま置いてきた。集落の名物となりつつあるデブ鳥。あの集落の人達も喜んで世話をしてくれることとなった。


軍から借りた馬車で残った少ない荷物を運ぶ。

アイシャー「カイ。この風、気持ちいいわね。」

カイ「そうだな。春の風は心地いいな。」


白い塔の村では、カイの帰りを、皆、歓迎していた。カイの家は奇麗に改装され、デブ鳥用の小屋と土地も用意されていた。さらには、カイの銅像の制作も考えられていた。村は、ちょっとしたお祭りムードであった。

軍から暇をもらったシーラが、このお祭りに参加しないわけがなかった。


村は大騒ぎの夜となった。

アイシャーはこの状況があまり理解できなかったのだが、大いに楽しんだ。経験したことのない盛りあがり。『人間って楽しい。生きているって楽しい。』そう思った。

シーラも、お酒の配達で世話になったサーシャ、そして、レミも一緒に喜んだ。


次の日の朝。

シーラ「カイさん。何かいるものなぁい。」

カイ「あ・・・。特に思い当たらないなぁ~・・・。」

アイシャー「そうねぇ~・・・。私も思い当たらないわ。」

シーラ「今だったら、王がなんでも用意してくれるわよ。」

カイ「もう十分だ。俺は、ここに戻れた。」

カイは、シーラにもう少し近くに寄れっと合図した。

そして、小声で、

カイ「シーラ、アイシャーにそれとなく聞いといてほしい。本当に俺と一緒にこの村でよかったのかって。」

そう、カイはまだ契約による束縛を気にしていたのだ。

こういった時のアイシャーの勘は鋭い。

アイシャー「なぁ~にこそこそいちゃついてるのよ!」

『勘がいいというか・・・こういった時は鋭いなぁ・・・』

シーラも同じようなことを思っていた。


シーラは早速アイシャーを家の外へ連れ出し、散歩しながら話をしてみた。

シーラ「ねぇ。今、楽しいでしょアイシャー。」

アイシャー「ええ。最高よ。」

シーラ「ねぇ・・・人として・・・生きてゆくの?」

アイシャー「そうね。初めは人間なんてってバカにしていたわ。でも、だらだら長生きしている前よりも楽しくていいわ。楽しいだけじゃないけど・・・」

シーラ「でも・・・あなたは・・・」

アイシャー「そうね。私、人間じゃない。シーラと同じぐらい、いえそれ以上長生きするわね。今の感情が保てるかしら・・・。」

シーラ「そうね。私も200歳とかになって、今のような感情があるかしら・・・」

少し間をおいて・・・

シーラ「アイシャー・・・貴方、老いて行くカイを見れるの・・・」

アイシャーは答えに詰まった。

シーラ「ダン爺みたいになっちゃうのよ。よぼよぼぉ~って。」

と、少し冗談を言ってみた。

アイシャーは、その言葉に笑顔を見せた。

シーラ「ダン爺って言ったのは冗談よ。あなたを笑顔にするための。爺は内緒よ。」

アイシャー「シーラ。段々とカイみたいになってきたんじゃない。」

シーラ「私は、礼儀をわきまえています。」

アイシャー「私、今本当に楽しいの。生きているって思えるの。これも、カイのおかげよ。だから、私、彼の最後を看取るわ。」

少し時間をおいてアイシャーが驚くようなことを聞いてきた。

アイシャー「ねぇ・・・シーラ。人間になる方法ってあるのかな?」

シーラは思わぬ問いに大きな声を出してしまった。

シーラ「え!」

慌てて口をふさいだが、周りの数人がシーラの方を何事かと見ていた。

アイシャー「じゃ。私からの欲しい物はその答えってことで。シーラ、調べといて。」

シーラ「それ・・・本気。」

アイシャーは力強くうなずいた。

シーラ「そんな答え、あのワートや、あの大賢者ぐらいしか解らないと思うわ。」

シーラはしばらく考えながら歩いた。

アイシャー「ねぇ。こうして二人でお話しするの、久しぶりね。」

シーラ「えっ。そ・・そうね。」

アイシャー「こうして知り合えたのもカイのおかげ。最近、そう思えるようになったの。昔の私は・・・生きているだけ、生きている実感がなかったの。」

シーラ「ねぇ。サーシャさんの所へ行ってみない。確か果物も食べれたはずよ。」


カイ「おせなぁ~・・・・何してんだ。俺の悪口で盛り上がってんじゃ・・・」


結局、シーラはこの村に三日ほど滞在した。

シーラも酒の配達を約一ヶ月続けたこともあり、村人からは慕われていた。もう、村の一員であった。


シーラを見送るためにカイとアイシャーは馬を出した。

村を出て、少し砦の方に様子を見に行こうという話になった。


少し馬を進めたときに事は起こった。


何か強い魔力の力場を三人は感じた。

そして、目の前に小さな稲妻が落ちたかのような衝撃が走った。

一瞬の出来事であった。その小さな稲妻の衝撃に目を閉じた一瞬だった。


シーラとアイシャーの前からカイが消えたのであった。


〈使われし死神〉

空の上から、カイ達三人をうかがう者の姿があった。

『見つけたわ。私の過(あやま)ち。見つけ難かったのは、塔の近くに居たからね。私達もあそこなら見つからないと思っていたんだけど・・・。』

小さな稲妻が落ちるかのように、衝撃とともにその姿を現した。

カイの目の前に、細身の全身鎧の騎士が立っていた。

カイは本能的にその鎧の騎士を敵だと認識した。しかし、カイは丸腰だった。

カイは村へ帰ってきてからは、一度も剣を腰に差すことはなかったのだ。そう、彼は剣を捨て、本当にアイシャーや村の人々とゆっくりと過ごすつもりだったのだ。

『こいつは何者だ。ここはいったい何処だ。』

そこは、この鎧の騎士が作り出した結界の中であった。その結界の中には、シーラもアイシャーも居なかった。


アイシャーとシーラは何が起きたか理解できなかったが、アイシャーが何かを感じていた。

アイシャー「この感覚は・・・・・。」

シーラ「アイシャー。いったいどういうこと。」

アイシャー「もしかしたら・・・私・・・今まで考えてなかった・・・・」

アイシャーの瞳には大きな涙がうかんでいた。

シーラ「アイシャーしっかりして。」

アイシャー涙をこらえ歯を食いしばり、何もない空間から剣を取り出した。そして力いっぱい両手でその剣を振った。


ガッキーーーーーン。


何もないはずの空間がアイシャーの剣を弾いた。

アイシャー「結界よ、これ。・・・私、カイとのつながりが強くなったから、きっと神が使わせたのよ。この過ちを正すために・・・長く地上に居すぎたのよ・・・私。」

シーラはアイシャーの言っていることが少し理解できた。

シーラ「もしかすると、この結界の中には、神に使わされた何者かがいるってこと?」

アイシャー「そう。きっと私と同じ死神。神の下へ戦士の魂を運ぶヴァルキリーが。」

シーラ「神の使いがカイを殺して、アイシャーを取り戻しに来たってこと?」

アイシャー「そうね・・・。神は人間なんて、虫以下と思っているわ。カイと契約したときの私のように。虫は神に牙をむかないけど、人は時として神にあらがう。だから、神は私を手元に戻す為にカイを殺すでしょう・・・」

シーラ「神が・・・そんなぁ・・・。じゃ、私達や僧達が毎日祈っているのは何なの。」

アイシャー「神の中にも人を愛する者はいるわ。でも、多くの場合は、神は自分の都合で人に手を貸すの。つまり人は、神に利用されているのよ。全てが全てじゃないけど・・・。私達は、その神にあらがえない存在。神から生まれし神の使い。・・・忘れていたわ・・・」

アイシャーは膝から崩れ落ち泣いた。


カイ「お前は、何者だ!」

しかし、鎧の騎士は何も答えなかった。そして、二本の剣をカイの前に投げた。それは、カイの愛用の剣であった。

カイ「てぇめ~・・・。丸腰の俺は切れねぇってか。」

カイは普段の通り、二刀流で構えた。

『あの装備じゃ、俺の剣は躱せねえぜ。』

相手は、全身鎧にロングソード。盾は持っていなかった。

しかし、カイは相手の力量を読み違えていた。

カイは踏み込み、右手の魔法の剣を振った。そして、その剣は鎧の騎士をとらえたはずであった。しかし、そこには鎧の騎士はいなかった。当たるはずの物がなかったため、カイはバランスを崩した。その瞬間、これはやられると予感した。剣を振った遠心力を利用し左手の剣を適当に振るしかなかった。

鎧の騎士は、思わぬ二撃目が来たため、ロングソードでその剣を受けた。

カイが態勢を整えると同時に、鎧の騎士はそのロングソードで攻撃してきた。

『軽そうな攻撃だ。払いのけて首を取ってやる』

そのしなやかで軽そうな一撃は、カイの想像を超える剣撃であった。そのロングソードを受け止めた左手に持つ剣は砕かれ、カイは追い込まれた。

『ダメだ・・・。技量とかではなく、何かが違い過ぎる。』

この数撃のやり取りでカイは心を決めた。

『誘いこんで、一撃くれてやる!』

肉を切らして骨を断つ。カイの決断は早かった。

カイは少し疲れが見えるように大振りで魔法の剣を両手で振った。隙を見せて攻撃を誘発したのだ。鎧の騎士はその隙を逃さなかった。

カイは、その踏み込みで、鎧の騎士の攻撃を読んだ。

『突きが来る!』

突きは点の攻撃、必殺ではあるが躱しやすい。

カイは、下半身に力を込めて体制を整え、突きを躱すつもりであったが、はやりその突きはカイの予想を上回る速さだった。いや、躱せないという悪い方の予想通りだった。

『やっぱ躱せねぇか。』

カイはその突きを左脇腹で受け、左腕をそのロングソードに絡め、一瞬だが、鎧の騎士の動きを止めた。痛みは感じなかった。そして、魔法の剣を左脇腹付近に叩き込んだ。距離が近過ぎた為、渾身の一撃にはならなかったが、強烈な一撃を打ち込んだ。

感覚ですぐに分かった。

『こいつの鎧は俺の剣を通さねぇ!』

しかし、この一撃は、鎧の騎士を吹き飛ばした。

ロングソードがカイの体から抜ける。恐ろしい痛みがカイの体を走り、さらに傷口を大きくした。

カイ「あぁ・・・ががぁ・・・」

わざと大声を上げた。声を上げることで、気絶はしなかったが既にカイは戦いえない状態になっていた。

『くっそぉ・・・・。しくったぜ・・・もう手がないぜ。』

カイは痛みで意識もうろうとする中、死を覚悟していた。瞬きすることなく、目を見開き、フルフェイスで見えるはずのない相手の顔を見ていた。

鎧の騎士が剣を構え、止めをさしに来た。


結界の外では、シーラとアイシャーが見えない壁に触れながらカイを心配していた。

突然アイシャーが口を開いた。

アイシャー「カイが呼んでいるわ!」

シーラ「え!どうしたの?」

アイシャー「シーラ。行ってくるわ。」

そう言うと、アイシャーの体は半透明になり、そして、消えた。

シーラ「ア・・・アイシャー・・・」

一人になったシーラは、その場に座り込んだ。


カイの前に迫りくる死。

『クソォ・・・。一瞬だけでも力を!』

そう思った時、鎧の騎士が現れたときと同じような小さな稲妻が、カイの目の前に落ちた。

そこには凛々しい姿の女戦士が立っていた。その姿は、間違いなくアイシャーであった。

アイシャー「古き盟約を果たし、あなたの剣となり、盾となり、その力を今示す!」

鎧に身を包んだ、戦闘態勢のアイシャーが立っていたのである。

アイシャー「我が名は・・・」

アイシャーは少し悩んだ。本当の名を名乗ろうと思ったのだが、今は、愛したカイの為に、愛してくれたカイの為に。ヴァルキリーのシグルドリーヴァではない。アイシャーとして。


アイシャー「我が名は、アイシャー。」


〈アイシャー〉

アイシャーはカイを確認した。そしてその姿に少しほっとした。

『まだ、生きていてくれた。』

アイシャーはカイを守りたいということ以外考えられなかった。そして、今、目に前に居る鎧の騎士を敵として認識したのだ。

剣と盾を構え鎧の騎士に襲い掛かった。

アイシャーの連撃が鎧の騎士を襲う。

カイはその姿を見守るしかなかった。

一見、圧倒的にアイシャーが押しているように見えたが、カイは気が付いた。

『あのアイシャーの攻撃を、ロングソードで全て受け流すだと・・・』

アイシャーの剣はショートソード。手数が多い攻撃だが、鎧の騎士はその攻撃をショートソードよりも扱いにくいはずのロングソードでさばいてゆくのだ。攻撃にこそ転じていないが、ロングソードに関しては相当の手練(てだ)れということなのだ。

『アイシャーが技量で負けているのか・・・』

カイの勘は当たっていた。

鎧の騎士は、アイシャーの動きを読み、ショートソードを払いのけた。

そう、アイシャーの癖も知っていたのだ。

そして、ロングソードの振りとは思えない速さでアイシャーを切った。

カイは『まだ浅い』そう思った。

だが、次の瞬間ロングソードが怯んだアイシャーの体を貫いた。

その光景にカイは目を疑った。

そして、思わずカイは叫んだ。

「アイシャーーーーーー」


〈カイ〉

カイの体を熱いモノが駆け巡る。

カイは鎧の騎士を突き飛ばしていた。突かれた脇腹の傷は急激に塞がり体が勝手に動いたのだ。そして、アイシャーを抱きしめた。

アイシャーの切られた傷は浅かったが、突かれた腹の傷は深かった。口からは多量の血を吐いていた。

カイは一目でこの状況が危険だと感じた。今まで戦場で多くの仲間を失ってきているカイ。その経験からであった。

カイは、今にもパニックになりそうだった。

『塞がれ・・・塞がれ!』

そう、アイシャーは傷の回復が早いのだ。しかし、この傷は塞がることはなかった。

アイシャーは、ぐったりと目を閉じたまま返事はなかった。

『急いで奴を倒し、処置すれば、まだ助かるはずだ。』

それ以外、今のカイには思い浮かばなかった。

カイは床に落ちていたアイシャーのショートソードを拾い左手に持った。

この時、カイは自分のことに気が付いていなかった。

鎧の騎士はカイの姿に驚いていた。それはまさにウェアウルフ(人狼・狼男)であった。


カイは再び鎧の騎士と剣を交えた。

人狼化したカイの速さは鎧の騎士の動きを捉えるには十分だった。

『攻撃が当たる!』

少しずつではあるが、カイの剣が鎧の騎士に当たるようになっていたのだ。鎧を貫くことは出来ていなかったが、魔法の剣の一撃は鎧を通して身体へ達する。

明らかにカイが優勢であった。


だが、この状況は長くは続かなかった。

カイはこの力を段々と制御出来なくなってきていた。もちろんカイ自身は気付いていない。意識が敵への怒りの攻撃に集中され過ぎていたのだ。つまり、もう防御や周りの状況が見えていないのだ。これがバーサーク(狂戦士化)である。完全に狂戦士化してしまえば、もう人として生きることは出来ない。何も見えず、何も感じず、体が粉々になるまで剣をふるう狂乱状態に至るだろう。

鎧の騎士は、狂戦士化しつつあるカイのパワーと速さに押されていたが、その強靭な鎧を使うことで切り返せると予測し、戦い方を変えようとしていた。


カイの攻撃は、段々と大振りとなりつつあった。

鎧の騎士にしてみれば、予測しやすかった。

魔法の鎧を信じて、カイの強烈な一撃を鎧で受けた。いや受けたというよりも、受け流した感じだった。

そして、鎧の騎士のロングソードがカイを叩き切った。

しかし、カイは怯むことなく突進してきた。これも予測していたのであろうか、鎧の騎士は人とは思えぬ跳躍力で後方に飛び跳ね、魔力を叩きつけた。

カイはその魔力の衝撃で後ろに大きく飛ばされた。傷口が開き血が飛び散った。人であればもう命はないであろう。しかし、カイはまだ立っていた。

着地した鎧の騎士は、もう一発、衝撃波を放った。

カイは倒れることはなかったが、血を吐きその場にゆっくりと膝をおとした。

そして、体を覆っていた体毛は無くなり、徐々に人らしく戻っていった。


気が付くと、カイは血まみれの状態で膝をついていた。目の前には、鎧の騎士が見えたが、体が動かなかった。

『やられる・・・』

カイはぼんやりと回復して行く意識の中そう思った。

しかし、鎧の騎士もダメージが大きかったのだ。

カイの魔法の剣を受け、衝撃波の魔法を連発したのだ。一息ぐらいは必要だろう。

『なぜ来ない・・・』

カイはこの状況を理解できていなかった。


この少しの間にカイは考えた。

『剣でまともにやりあっても無理だ・・・。一瞬でも怯んでくれれば、鎧の隙間に・・・』

少しの間ではあったが時間が止まったようであった。

そして、カイは奇策を思いついた。

動かない体を動くか試すように動き始めた。

『まだ動けるぞ。いけるか。』

十分に間合いを計りながら鎧の騎士をにらみつけた。

カイは小声で何かを発した。

カイ「頼むぜ・・・。お前達が切り札だ。」

カイは精神集中していた。この行動を鎧の騎士は予測できなかった。

そして、心の中で叫んだ。

『くらえ!』

その心の叫びが眼光に現れた。

鎧の騎士が気づいた時には少し遅かった。

カイはそれを飛び道具のように使った。

カイの周囲から光の玉が鎧の騎士にめがけ五つ放たれた。その光の玉はウィル・オー・ウィスプ(光の精霊)であった。

普通の人間がこれを食らって立っていることは出来ないだろう。おそらく一、二発くらえば気絶してしまうだろう。

光の玉は、カイの願いを聞き、鎧の騎士へ向かい個々がバラバラに飛び出した。

カイも、ウィル・オー・ウィスプを放った直後に鎧の騎士へ間合いを詰めた。

鎧の騎士は、ウィル・オー・ウィスプを次々と切り裂いた。

カイも間合いを詰め、剣を振るうが鎧の騎士を捉えられない。

しかし、カイとウィスプの四方からの同時攻撃。一つのウィスプが鎧の騎士に触れた。そして、足の止まった鎧の騎士にもう一発ウィスプが当たった。

鎧の騎士は仰け反った。

この一瞬をカイは逃さず、間合に捉えた。首を落とすのは難しいと思ったカイは、左の脇から腕を切り落とし、あわよくば首を取ろうと剣を振った。


迷いはなかった・・・・


何かが輝いたかのように見えた。


気が付くと、カイの目の前には誰も居なかった。


カイは気付いた。自分の足を水のようなものが伝い流れていることに。


それは自らの血であった。


血というものは、流れ始めたときは体温と同じため、流れ出ていても気が付きにくいのだ。皮膚の表面を流れていくうちに、外気にさらされ血の温度が下がったときに、皮膚を伝っていることに気が付くのだ。


大量の血であった・・・。気が付かないうちに、カイの腹に大穴が開いていた。自らの腸(はらわた)が見えるほどの傷。大量の出血。

カイ「俺は・・・・愛した女一人すら救えないというのか・・・・」

傷口は塞がることはなかった。


カイは死を覚悟した。


カイの奇策のウィル・オー・ウィスプを受け、一瞬倒れそうになった鎧の騎士であったが、人狼化が解けたカイの攻撃は、鎧の騎士にしてみれば簡単に躱せたのだ。そして、これで決めるとばかりに魔法のジャベリン(投げ槍)を放ったのであった。

カイの背後には、鎧の騎士が投げたであろう武器の跡が地面にあった。その威力がすさまじかったことが伺える大穴が開いていた。


ツーーーー・・・・と冷たくなって行くのを感じる。段々と目が見えなくなり体の感覚がなくなっていった。

人は死ぬときに、聴力が最後に残るという。そして、カイは聞いた。それは鎧の騎士の声に違いなかった。

鎧の騎士「ごめんなさい・・・・。私はまた愛する人を・・・・・。私の愛したあなたのお父さん。そして、私の・・・・・私の大切な・・・・・・。オーディン(神)の命には背けないの・・・」

そして、カイの腕にあったバンクルを手に取った。

鎧の騎士「ディノの為に剣とこれを残したつもりでしたが・・・。神の戒めでしょうか、結局、私があなた達の命を・・・」



そして、静寂が訪れた・・・・。



シーラが気付くと地面に大きな穴が開いていた。その近くに、アイシャーの剣とカイの魔法の剣が落ちていた。

シーラはそれらを拾い上げ、大声で叫んだ。

シーラ「アイシャーーーーーー。カイーーーーーー」



暖かな春の風が吹き、草原の草木が揺れる。そして、雲が流れる。


そして、何事もなかったかのように時間は流れる。


こうして一人の男と一人のヴァルキリーが時の中に消えていった。


誰も抗うことのできない死に至った。





神の慈悲であろうか。神は、一つの願いを叶えた。



〈契約の力〉


ザザザザザザザザ・・・・


力強く地面を蹴り体格のいい男が走っていた。


キャプテン「おいおい。新人に押されてるぞ。止めろ!止めろ!」

部員「我が弱小ラグビー部もあいつ一人で変わりそうやな。夢の初勝利やな。」

キャプテン「あいつ一人で勝てへんわ。お前らもしっかりせぇや!」

そこへ一人の女性がやってきた。

女子マネージャー「来たわね。私、待ってたのよ。」

キャプテン「あ?あいつ知ってんのか?」


『知っているわ。私ずっと前から彼を知っているの。そして、ここで一年前から待っていたの。契約を交わした人だから・・・・・』


休憩の為、彼が戻ってきた。

女子マネージャー「お疲れ様。新しい人ね。あなた名前は?」

マネージャーは積極的に話しかける。

新人「カイ・・・海部天開(かいふ てんかい)。」

天開は声を掛けられた方を見上げた。

そこには可愛いショートカットの女の子が居た。

『可愛いなぁ~・・・・どこかで・・・会ったような・・・・』

女子マネージャー「私は愛香よ。勝田愛香(かつた あいか)。アイって呼んで。よろしくね。」


『前はプライドが許さなくて言えなかったけど・・・・今なら言えるわ・・・』

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死神と死神 松本 久太郎 @DoumyoujiQtarou

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